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第119話 信長、奴隷となる

あくまでイメージです。

 「臭うて堪らん!」

 「汚ねぇ奴らばかりだな」

 

 一行の面々は顔をしかめ、ウンザリ気に吐き捨てた。

 それぞれが手足を鎖で繋がれ、狭い檻に押し込められている。

 周りにはそんな檻がいくつもあり、少なからぬ人々が同じ環境にあえいでいた。

 床は黄色い液体が水溜まりを作り、ところどころに黒い物体が転がっている。

 鼻を突きさす悪臭の原因だった。

 

 「まさか、奴隷の身でコンスタンティノープルの地を踏むとは思いませんでした」

 「僕も、まさかもう一度奴隷になるとは思わなかったよ」


 勝二の呟きに弥助が応える。

 前回とは状況が異なるとはいえ、やはり心細い。

 仲間の存在に救われていた。  


 「わざわざ奴隷になる必要なんてあったのですかねぇ」

 「うーん、百聞は一見に如かず、だっけ? 見ると聞くとじゃ違うよね」

 「確かにそうですが……」

 

 勝手知ったる弥助に言われ、勝二も頷くしかない。

 頭では奴隷の悲惨さを分かっているつもりだったが、実際にその境遇に落とされ、初めて感じた事もある。

 これを見越しての事なのだろうかと、船でのやり取りを思い出していた。




 『武器を捨てろぉ!』

 「断る」


 剣を突き付けて為される海賊達の要求に、その男は顔色一つ変える事なく拒否した。


 『テメーら抵抗するつもりかぁ?!』

 「どこが抵抗している? 抵抗はせぬが武器は捨てぬと言っているだけだ」


 怒る海賊達を気にも留めていないようである。

 男の隣にいる通訳は、頼むから気にしてくれといった顔をしている。


 『武器を捨てねぇのは抵抗するつもりだからだろぉがぁ!』

 「この女共は我らが責任を持って守る事になっておる。ここで武器を捨てれば、我らの立てた約束を破る事になろう」


 自身の後ろに隠していた女達を指し、言った。


 『大事な人質に手出しはしねぇ!』

 「ならば我らもその方らに手出しはせぬ。従って武器を捨てる必要はない」

 『ああ、もう!』


 そんな押し問答を繰り返していると、海賊船から船長らしき男がやって来た。

 いつまでトロトロとやってんだとブツクサ言っている。

 

 『お前ら、なにやってんだ!』

 『お頭ぁ』


 奇妙な男達と対面していた海賊が情けない声を出す。


 『こいつらがてんで言う事を聞かねぇんでさぁ!』

 『何だとぉ!?』


 部下の泣き言に海賊船の船長がいきり立った。


 『おい! 殺されたくなけりゃあ黙って言う事を聞け!』


 精一杯の凄みを効かせて怒鳴るがまるで効果がない。


 「その方が船の長だな?」

 『だったら何でぇ!』


 冷静な声で質問された。

 脅しが通じなかった事に腹を立て、いつも以上に声が大きくなる。

 しかし、そんな船長にその男は言う。

 

 「勘違いをするな」

 『勘違いだぁ?』


 言い方に苛立つ。

 大人が子供を諭すような口調であった。

 

 「我らが抵抗しなかったのは殺される事を恐れてではなく、無駄な殺生をせぬ為だ」

 『何ぃ?!』


 その言い分は怒りを通り越して呆れるくらいだった。

 多少は静かになった海賊らに男が告げる。

  

 「我ら武家の生まれは幼き頃より武術を修め、白刃の下を潜り抜けてきた。いついかなる時でも死を迎えられるよう、常に覚悟を持っている」

 『何言ってやがんだ?』


 意味が良く分からず、互いの顔を見やる。


 「ならば分かるように言ってやろう。その方、スパルタは知っておるか?」

 『スパルタ? ペルシアの大軍に一歩も引かなかった、あのスパルタか?』

 「ほう? 知っておるとは感心だ」

 『海賊だからって馬鹿にしてんじゃねぇぞ!』


 100万の敵兵と互角に渡り合った英雄レオニダス。

 幼い頃からその英雄譚を聞かされて育ってきた。

 勇敢さを追い求めてきた結果が今の海賊の姿であるが、自身の決断を後悔した事はない。

 

 「ならば教えてやろう。その方らが相手にしているのは、そのスパルタと変わらぬ存在だという事を」

 『なぁに言ってやがる!』


 鼻で嗤う船長には応えず、その男は自身の武器を静かに抜いた。

 それに合わせ、男の周りにいた者達も腰の武器をスルリと抜く。

 一連の動作は滑らかで、幾度となく繰り返した事が容易に知れた。


 『なんだ、こいつら!?』


 海賊達はギョッとした。

 場の空気がガラリと変わった気がした。

 たとえるなら猛獣の入った檻に裸で入れられたような、緊迫感と圧迫感に包まれている。


 戦えばやられる。

 思わずそう感じ、海賊らの背中に冷や汗が流れた。

 何より恐ろしいと思ったのは、武器を構える彼らの目である。

 死への恐怖などまるで浮かべていない、冷めきった色をしているのだ。 

 

 『テメーラ、やる気かぁ?!』


 反射的に船長もサーベルを引き抜いた。

 しかし双方それ以上は動く事なく、睨み合いとなる。 

 エーゲ海に注ぐ眩しい光がジリジリと肌を焼く。

 頬を伝う汗が床の染みを大きくしていった。


 『何なんだこいつら』


 船長が呟いた。


 『何なんだ、お前らはよぉ!』


 理解出来ない存在を前にし、堪らず叫んだ。

 しかしその男達は無言のままである。


 『糞! 上手く商船を捕まえたと思ったのによぉ!』


 お宝を積んだ商人の船だと思い襲撃した。

 しかし乗っていたのは、海賊達がこれまで見た事のないような者達で、高値で売れそうな宝石も金貨も空っぽだった。

 ならば乗員を人質にしてしまおうとなったのだが、その結果がこれである。 

 

 『売りに出す奴隷もいるってのに、面倒な事になっちまってよぉ……』

 「奴隷?」


 思わず漏れた船長のぼやきに反応があった。

 男が構えた武器を下ろして言う。


 「ふむ、ならばこうしよう」

 『あ?』


 その提案は驚くべきモノだった。


 「我らも奴隷として売られてやろう」

 『なんだとぉ?!』


 耳を疑う船長にその男はこともなげに言う。


 「なに、奴隷とやらを知りたいのでな」




 「勝二」

 「ははっ!」


 別の檻にいる信長に名を呼ばれ、勝二は自身の檻から返事をした。

 なかなかにシュールだと思いながら。


 「手足を鎖で繋がれ、臭くて狭い檻に入れられ、売られるのを待つのが奴隷なのか?」

 「この国ではこうなのでしょうね。地域によって差異があるかと思いますが」


 ここまで扱いが酷くない地域もあろう。

 イサベルらは別の場所で監禁されているようだ。


 「そもそも何故こやつらは団結して反乱を起こさぬ?」

 「反乱、でございますか?」


 確かに鎖に繋がれてはいるが、作りが甘いので互いに協力すれば壊せそうである。

 また、見張りもそこまで多くはなく、強襲すれば制圧出来そうだ。  


 「たとえばあやつを見てみい」


 そう言って信長は、少し離れた檻にいる一人の男を指さす。

 静かに座っている男の姿に勝二は衝撃を受けた。


 「あれは?!」


 まさかと思った。 


 「どうした?」

 「い、いえ、何でもありません!」


 思い込みかもしれない事を語る訳にはいくまい。

 誤魔化す勝二に信長も思うところがあったようだが、構わず話を進める。


 「……まあ良い。して、あの者から漂う強者の風格は何だ? あのような者がおれば、このようなところから脱出するのは容易であろう」

 「もしも私の思った通りであれば、恐らくは……」


 信長の言う事は同意出来た。 

 そんな勝二を鋭くただす。


 「勝二!」

 「な、何でしょう?」

 「何を知っている?」

 

 素直に全て吐けと口にした。

 勝二は勘に過ぎない事を話す。


 「恐らくですが、私はあの者の出自を知っております。アフリカに暮らすマサイ族だと思われます」

 「マサイ族?」


 説明する。


 「身体能力が抜群の部族です。主にケニア、タンザニアに住んでいるので、奴隷としてもこの辺りにいる筈がないのですが……」

 「ケニアやタンザニアは、確かアフリカの東側だったな」

 「その通りです」


 連れて来られたにしても遠すぎる。


 「ちょっと呼び掛けても宜しいですか?」

 「構わぬ、やれ」

 「はい」


 勝二はかつて覚えたマサイの言葉で話しかけた。


 『こんにちは。あなたはマサイ族ではありませんか?』

 『何?!』


 その反応は激烈だった。

 挨拶程度しか出来ない勝二に対し、口を挟む暇もなくまくし立てる。


 「早口なのでほとんど理解出来ませんが、やはりマサイ族のようです」

 「そうか」


 勘が当たったようなのでホッとする。

 手足の長さや身につけた衣服でそうではないかと思ったのだ。 


 「マサイ族の身体能力は凄いですよ。勿論人にもよりますが、胸の高さくらいまで飛び上がれる人もおります」

 「それは凄まじいな」


 垂直にジャンプする踊りで有名なのがマサイ族である。

 誰よりも高く飛べる者が尊敬を集め、村一番の娘を嫁に出来るという。

 高く飛ぶには瞬発力が必要で、瞬発力のあるなしは、刀を持った際の踏み込みの速さに繋がる。


 「だったら尚更だ! そのような者がいるのに、何故この者達は大人しく囚われたままなのだ? 皆でまとまれば大きな力となるであろう?」

 「その辺りは弥助が詳しいかと」

 「それもそうだな」


 正直見当はついたが、自分が語るよりも弥助に語らせた方が説得力があろう。


 「弥助、何故じゃ?」

 「ええっ?!」


 問われた弥助は返答に窮した。

 改めて考えた事がなかったからである。

 ああでもない、こうでもないと自身の記憶を洗い出し、言った。


 「奴隷が反乱を起こす話も聞くけど、大抵は事前に漏れて失敗する事の方が多いみたいです。奴隷商人に仲間を売る奴隷もいるとか」

 「成る程」


 さもありなんといった答えだった。

 そんな時だ。


 『皆さん、助けに来ましたよ!』


 金策に駆け回っていたヨゼフが姿を見せた。

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