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第115話 燃える大聖堂

未来の話です。

 『必ずや神罰が下るぞ!』

 『神を恐れぬ不届き者めが!』


 醜く顔を歪め、怒り狂った叫び声が広場に響いた。

 

 『思い直すのは今のうちだぞ!』

 『悔い改めよ!』


 翻意を促す声も聞こえる。


 『その行い、全カトリックを敵に回すであろう!』

 『貴様のせいで日本は滅ぶのだ!』

 

 呪詛じゅそを吐く者もいた。

 呪い殺さんとするような、怨念がこもっていた。


 「燃やせ」


 罵詈雑言など耳に届かないとでもいうのだろうか、虫けらを叩き潰すような調子で信長は命じた。

 その命令に、控えていた兵達が手に持った松明で薪に火をつける。

 油を染み込ませた薪は、呆気ないくらい直ぐに燃え始めた。

 チロチロとした火からチョロチョロした火に変わり、やがてボウボウと燃え盛る炎となった。

 その炎は隣の薪へと燃え移り、次第次第に取り囲んだ建物を赤く染めていく。

 武装した兵によって閉じ込められた者達の顔が絶望に染まる。


 『やめよ!』

 『火を消せ!』

 『助けてくれ!』


 必死に叫ぶが信長には届かない。

 表情一つ変える事なく、勢いを増していく炎を眺めた。


 『教皇猊下!』

 『大聖堂がぁぁぁ!』


 紅蓮の炎を巻き上げ、バチカンの象徴であるサン・ピエトロ大聖堂が、幽閉された教皇と共に燃えていく。

 天をも焦がす火の勢いに、見守る民衆から悲鳴とも怒号ともつかない叫びが漏れた。

 しかし、天皇の下に統一を果たした日本皇国軍5万、オスマン帝国軍10万の兵力がバチカンを包囲しており、焼き討ちを止める事など出来はしない。

 手も足も出せず、指を咥えて見ているしかなかった。




 『派手に燃えますねぇ』


 火に包まれた大聖堂を眺め、マルコが言った。


 『まさか教皇猊下まで火にくべられるとは、思い切った事をなさいますね』

 『燃やせるものなら燃やしてみよと言うから燃やしてやったまで』


 信長はこともなげに言った。

 命乞いをするなら助けてやらないでもなかったが、強情を張ったのでその意向に沿っただけである。

 

 『無実の者が魔女として火あぶりに遭っているのに、カトリックの総本山たるバチカンが放置してきた罰ですかねぇ』

 『殺された者らの恨みだと申すか? 馬鹿を申せ! 自業自得に過ぎん!』

 『仰せの通りです。私も枢機卿ですから、背負わねばならない罪は同じです』


 マルコは神妙な顔をした。

 教皇らの、日本に対する強硬な姿勢を諫められなかったのは彼の落ち度である。

 こうなる可能性は勝二が事前に警告してくれていた。

 信長は同じ事を既に国内でやっているので、躊躇わないと注意されていたのだ。

 しかし、半信半疑なままでは味方の説得に力が入らない。 

 日本人は蛮族であり、唾棄すべき風習が今も多く残っているとの、思いあがった意識を変革する事は出来なかった。

 悔恨の念に沈むマルコに信長が問いかける。


 『犯した罪を背負い、懺悔ざんげするだけか?』


 キリスト教では懺悔を重視する。

 神の前で懺悔すれば犯した罪も許されると思っているかのようだ。

 そうではないと口を開こうとした瞬間、炎上する大聖堂を遠巻きに見ていた信者達が一斉に叫び始めた。


 『こんな事、天の父がお許しになる筈がない!』

 『そうだ!』

 『きっと神罰が下る!』

 『その時になって後悔しても遅いぞ!』


 憤怒の形相で警護の兵に詰め寄る彼ら。

 しかし信長には通じなかった。


 『面白い』


 そう言ってクククと笑い出す始末。

 呆気に取られた彼らに放言する。


 『その神罰とやら、今すぐ儂に下してみよ!』

 『何ぃ?!』

 

 拝むがごとく、神罰を求めた。 

 反論しない信者達に言う。 

 

 『以前、儂は延暦寺の坊主共を数百人焼き殺し、必ずや仏罰が下ると明言されたが、今もほれこの通り、五体満足でいるぞ!』


 そう言って手をヒラヒラとさせた。

 数百人という数に聴衆は度肝を抜かれる。

 日本ではキリスト教でもイスラム教でもなく、仏教が信仰されていると聞く。

 こちらで言う司祭職を僧侶が担っているそうだ。

 その僧侶を焼き殺したとすれば、神職の者を殺すのと同様、天の罰が下って当然だろう。

 それなのにその本人がこうして元気に歩き回っている。

 あろう事か同じ過ちを再び犯している。

 どうしてなのかと人々は思った。

 

 『神が下界の出来事に一々罰など下す筈がなかろう!』


 口を開けない者達に信長が断言する。


 『神が罰を下すのなら、人殺しは一人として生きておらぬ! 我が国の武将は一人として生き残れぬ!』


 その場に居合わせた、バチカン攻略戦に加わった武将達から苦笑が漏れた。

 確かにその通りだと。  


 『思い違いをするな! 我らが犯した罪は我らにしか裁けぬ!』


 別の言い方をすれば神に頼るなと言えよう。  


 『罪を償いたければこの世で償え!』


 マルコに聞かせるように言った。

 そして最後を締めくくる。


 『今日でバチカンを頂点とするカトリックは終わった。明日から新しい考えの下、神の教えを守って暮らせ!』

 『それは一体?』


 訳が分からずマルコが尋ねる。


 『勝二に聞け!』


 そう言い捨てて信長は去った。




 「相変わらず無茶苦茶ですよ、あの方は……」


 大聖堂から運び出した芸術品を点検していた勝二は、信長の無茶振りに呆れ、その責務の重さにお腹が痛くなった。


 「しかし、あの時からこうなる事は決まっていたのですね」


 昔を思い出し、一人呟く。

 あの時の教皇はグレゴリウス13世で、日本の男色を痛烈に非難した。

 ソドムとゴモラを引き合いに出し、神罰が下るぞと脅したのである。

 こちらの説明を聞こうともせず、神の怒りや正義について得々と語った教皇始め当時の枢機卿ら。

 業を煮やした信長が席を立ち、バチカンとの縁は切れた。

 怪我の功名か、その直後にオスマン帝国とよしみを持てたのは、禍を転じて福と為すの言葉通りかもしれない。

 男色が普通に存在していたオスマン帝国では、日本の衆道を好意的に見たのである。


 「だから言ったのです。人の国の風習に口出しは止めて下さいと」


 燃える大聖堂には心が痛んだ。

 世界遺産の消失に直接関与したので尚更である。

 中に飾られていたミケランジェロのピエタ像を始め、運び出せる物は出来るだけ運び出したが、モザイク画などは永遠にこの世から消えてしまった。


 「この世から消えた物があれば、新しく生まれる物もあると思うしかありませんね……」

 

 止むを得なかったとはいえ罪悪感がとめどない。

 尊い人類の遺産を、男色を咎められたという理由で焼き尽くしたのだから。


 『ああ、大聖堂が焼け落ちる!』


 一際大きな叫びが漏れた。

 視線を向けると石組だけを残し、かのサン・ピエトロ大聖堂は燃え尽きてしまった。


 『形ある物いつかはなくなる、だね』


 十字を切りつつ現れたヴァリニャーノが、寂しそうに呟いた。


 『人は誠に愚かだよ』


 ヤレヤレとばかり、悲しそうに首を振る。

 勝二は彼の言葉にカチンとした。 


 『事前に何度も警告しましたのに、聞き耳を持って下さらなかったではありませんか』

 『いやいや、勘違いだよ。教皇パーパを始め、枢機卿らの傲慢さ、それを解き伏せられなかった私の愚昧さを嘆いただけさ』


 ヴァリニャーノは慌てて説明した。

 この危機を回避すべく、ヴァリニャーノが奮闘していたのは知っている。 

 無力感に襲われ、悲観的になっただけのようだ。


 『しかし嘆いていても始まりません。今直ぐにでも始めないと』

 『その通りだ。信者を混乱させる訳にはいかない』


 この日の為、素案は一応用意してある。

 前もって信長に指示されており、考えられる限りは考えた。

 しかし、自分一人に丸投げしてくるとは思わない。

 やるべき事は多く、それどころではないのが実情だ。

 一刻も早く、ヴァリニャーノら当事者に任せるのが一番だろう。

 いつまでもバチカンに留まる訳にもいかない。 

 考えを巡らせる勝二にヴァリニャーノが言う。


 『我々キリスト者は了見が狭く、独善的に過ぎるきらいがある。日本の人々のように融通をかせねばなるまいね』

 『あるべき人の道は万国で似通っていますが、厳し過ぎると反動が強いのは確かです』


 西洋人は極端に過ぎると勝二は思っていた。

 植民地獲得競争に狂い、奴隷を酷使し、その反動からかヨーロッパは人権至上主義になった。

 そして移民を受け入れすぎて国内が不安定化し、その反動がどう出るか判明する前に、こうして時代を越えてしまった。

 この時代、是非とも中庸の精神を学んで欲しいと思う。


 『兎も角、マルコ枢機卿と話し合おう』

 『新しいカトリックを誕生させねばなりませんね』


 二人は、焼け落ちた大聖堂と火だるまになった教皇に涙する信者達を他所に、明日に向かって歩き出した。

苦情はご勘弁下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大魔法峠OPが脳内でリフレイン
[一言]  浦安鉄筋家族を読んだ時のような、からっとした豪快な笑いを感じたわ。場面が飛んだから一話読み飛ばしたかと思ったけど、馬鹿が寝言をほざいてるだけだから描写する必要もないわな。
[良い点] これには松永も草葉の陰でにんまり。
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