表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/192

第108話 サラの願い

 「ここがその方の屋敷か。古くて小さいな」

 『ボロ屋で悪かったね!』


 客の一言にムッとした家主は声を荒げ、慌てて右手を押さえてうずくまった。

 どこかにぶつけたようだ。

 肘まで巻かれた包帯が痛々しい。


 『く、薬を換えないと……』

 「ほう?」


 信長は息も絶え絶えなサラの言葉に興味を惹かれ、包帯を外すのに苦労している彼女を眺めた。

 その様子をハラハラとした顔で見つめている若者に気付き、ニヤリとする。


 「信親!」

 「ははっ!」

  

 いきなり名を呼ばれ、信親は飛び上がらんばかりに驚いた。

 何事かと思い、信長の前に進み出る。

 顎をクイっとサラの方に向け、ぶっきらぼうに告げた。


 「手伝ってやれ」  

 「は、はい!」


 信長にそう言われ、信親は嬉々とした顔で包帯と格闘しているサラに声を掛けた。


 「貸してみなさい」

 『お客にそんな事させられないよ!』


 村で一夜を過ごした一行は、サラの見舞いに家を訪れていた。

 火起請を無事にやり遂げた彼女であったが、鍋に突っ込んだ右手は火傷を負い、痛みで昨夜は眠れなかったらしい。

 目の下に隈を作り、命の恩人だよと一行を招き入れていた。


 「ごちゃごちゃと五月蠅い女だ。我らは急いでおる故、モタモタしているのは見ておれん!」


 貸せ貸さぬといったやり取りをしている二人に信長は苛立ち、声を荒げた。

 恩人の言葉にサラが大人しくなる。

 いそいそと信親が包帯と取っていった。


 「利き手でない方を使えばこうはならなかったのにな。先を見通せぬ女だ」

 『そんな事まで考えられる筈ないでしょ!』


 余りな言いようにサラは呆れた。


 「火傷を見せてみろ」


 包帯を取り終わったのを見て信長が言う。

 サラは素直に右手を出した。


 「そこまでは酷くない。直ぐに池の水に浸けたのが効を奏したようだな」

 『池に落としてくれた誰かさんのお陰だね』


 ジト目で信長を見る。

 その右手は赤く腫れあがり、大きな水ぶくれがいくつも出来ていた。

 しかし、沸騰した水に手を浸けた割には軽症に見える。

 鍋から小石を取り出したのを見計らい、すかさず池の中へ彼女を蹴り落した信長の機転であった。

 

 「薬は何を使う?」


 恨みがましく自分を睨むサラを無視し、尋ねた。

 興味は次に移っている。

 溜息を一つつき、サラは説明する。


 『アロエの葉だよ』

 「アロエ?」

 『これだよ』


 サラはアロエの葉っぱを信長に見せた。


 「ロカイだな」

 『知ってるのかい?』

 「我が国でも利用しているのでな」

 『へぇ』


 顕著な薬効があるとして、世の東西でいにしえより用いられてきた薬草、アロエ。

 中国では蘆薈と書き、日本でも鎌倉の頃には伝わり、ロカイと呼んだ。


 「どこに生えているのだ?」

 『アロエは良く使うから庭に植えているんだよ』

 「ほう?」


 サラはガラスの入っていない窓から庭を見せる。

 日当たりの良い場所にアロエが生えていた。 

 庭にはそれだけでなく、色々な植物が植えられている。

 

 『アロエは採り立てじゃないとね』


 そう言って包丁を手に庭へと向かう。

 信親が慌ててその後を追い、利き手が不自由な彼女の代わりに収獲した。


 「家の中にも薬草らしき草が所狭しと置いてあるな」

 『それで生計を立ててるんでね』


 戻って来たサラに、家の中を見回して信長が言った。

 梁に渡した縄には様々な草の束が掛けられている。

 壁に備え付けられた棚も荷物で一杯だった。


 「他にどんな薬草があるのだ?」

 

 信親が採ってきたアロエの皮を剥き、中の透明な組織を取り出している。

 必要な量を揃え、火傷の傷に貼り付け、新しい包帯を巻いていく。

 サラは大人しくされるがままで、顔だけは信長に向けてその質問に答えた。


 『頭痛、腹痛、下痢、風邪、熱さましやら色々さ』

 「ほう」


 感心したようにサラを見つめる。

 信長の目線に誇らしげな顔をした。


 「この大鍋は何に使う?」

 『汁を煮詰めて作る薬もあるんでね』

 「成る程」


 そこまで聞き、信長はある事を思い出す。 


 「勝二の説明にあった魔女の通りだな」

 『冗談はよしとくれよ!』


 勘弁してくれとサラは天を仰いだ。

 自分でもそう思っていたのだから。




 『しかし、王女様が私の家なんかに来て下さるとはね』 

 『父の統治が行き届いておらず、貴女をそのような目に遭わせてしまったようです。誠に申し訳ありません』

 『止めとくれよ!』


 謝るイサベルにサラは恐縮した。

 異様な風貌をした外国人の中にはスペイン人もおり、女性が三人も含まれていた。

 他言無用という事で身分を明かされ、王女とそのメイドである事を知る。

 国王の娘を自分のボロ屋に招いた事で焦ったサラであったが、逆に彼女から謝られたのだった。


 『王女様がこんな村にどうして?』


 目立った産業も資源もないこの村に、王女が来るような理由など思いつかない。

 イサベルが説明する。


 『陸路でバチカンに向かうのですわ』

 『船で行けば早いのに!』


 サラは驚いた。

 マドリードからバチカンへ向かうのに、船を利用しないとは思いもしない。

 

 『かのハンニバルの足跡を辿る旅ですわ』 

 『ハンニバルって、あの?』

 

 サラも聞いたことがある。

 ローマと五分の戦いを繰り広げた英雄の名を。

 



 『あんたは言葉が上手だね』

 『ありがとうございます』


 サラは勝二と話す機会を見つけた。

 通訳である彼と二人で話したかったのだ。

 

 『この国の言葉は誰から習ったんだい?』


 初めから疑問に思っていた事を尋ねた。


 『以前、船に乗っていた時に、共に乗り合わせた友人からです』

 『へぇ』


 それは会話のとっかかりに過ぎない。


 『あの子は?』

 『ノエリアですか?』


 一行には複数の女性が含まれていた。

 王女イサベルとそのメイド、少女にしか見えないノエリアである。

 

 『やっぱりスペイン人なのかい?』


 客である日本人の見送りに、王女がバチカンまで付き添うというのも変わった話だが、あり得ない話ではない。

 しかしノエリアは、王女とは関係なさそうだった。

 一人の若い男の後ろを常に歩いていたからだ。


 『マドリードで拾った孤児です。縁あって旅路に加わっております』

 『ふぅん』


 やはり王室とは無関係だった。

 サラは自分の推測通りだった事に気を良くし、目論見を果たそうと思い立つ。


 『あのさ』

 『何でしょう?』


 考えた事を話しだす。 


 『私もあんた達の旅に連れて行ってくれない?』

 『え?』


 唐突な申し出にその通訳は面食らったようだった。

 

 『村から出たいのですか?』

 『まあ、ね。あんた達のお陰で助かったはいいけど、これ以上はここに居たくないっていうかさ……』

 『でしょうね……』


 サラの置かれた状況を思い、その男は頷いた。

 重ねて頼み込む。


 『あんたからあんたらのお頭に言ってよ!』


 親し気に話しているのを確認し、信頼関係があるのだと見て取った。

 それくらいの事ならば具申しても問題はない筈だ。

 礼儀に厳しい貴族の場合、使用人が主人に物を頼む事など覚束ない。


 『今はこんなザマだけど、何かと役に立つと思うよ?』


 右手を力なく上げ、弱弱しくアピールする。

 まだ力を入れる事は出来ない。


 『駄目かい?』


 上目遣いで見る。

 しかし、男はそんなサラを見てもいない。

 暫く考え込み、口を開いた。


 『サラさんが同行する事は全く構いませんが、出来れば成功率を上げたいところですね』

 『成功率?』 


 何が言いたいのかと男を見つめる。

 勝二は説明を始めた。


 『単純に頼むのではなく、サラさんの能力が必要だと訴えれば……』


 そこまで話して何かを思い出したようだった。


 『そういえば!』

 『どうしたんだい?』


 急に興奮しだした男にサラは戸惑った。


 『ちょっとお聞きしても宜しいですか?』

 『さっきから気になってたけど、そんな勿体ぶった言い方しなくてもいいんだよ?』


 馬鹿丁寧に過ぎるだろう。

 村にそんな口調の男は新任の神父くらいしかいない。


 『いえ、この言い方に慣れているので』

 『そうかい? で、何だい?』


 話を元に戻した。


 『サラさんは虫除けに使う、白い花を咲かせる植物をご存知ですか?』

 『虫除けに使う白い花?』


 藪から棒に言われてもピンとこない。


 『マーガレットのような白い花です』


 それには思い当たった。


 『……かい?』

 『多分それです!』


 勝二には聞き取れない長ったらしい名前だった。

 虫に効く菊に似た草となればそうだろう。

 そうに違いないと思った。


 『ここにありますか?』

 『ここにはないけど……』


 それもまた都合が良い。


 『見たら分かりますか?』

 『まあね』

 『良かった!』

 『どうしたんだい?』


 喜ぶ男をサラは訝しむ。


 『いえ、ずっと手に入れたいと思っていた花なのです!』

 『そうなのかい』


 しかし今は大事な話をしている。

 ないがしろにされていると思い、サラは不愉快になった。

 不機嫌さを隠そうともしない女に男は慌てる。


 『すみません、説明が不十分でした。旅の事ですが、断言は出来ませんが大丈夫だと思います』

 『本当かい!?』


 一転、笑顔である。

 女優のような美人だなぁと勝二は思った。


 『商機はシロバナムシヨケギクです』

 『商機?』


 商人らしく、勝機ではなく商機を掴む。

 勝二は除虫菊を口実にサラの同行を信長に願い、了承された。

シロバナムシヨケギク・・・

別の作品でも使ってます・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 109話の前書きに >第109話 サラの旅立ち >サブタイトルを変更し、こちらをサラの旅立ちとしました。 >前話は「サラの願い」とします。 とありますので、サブタイトルが修正されていないか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ