第100話 武芸の披露
「島津は剣術、孫一は鉄砲、弥助は槍術、蘭丸は弓を見せてやれ!」
「あのような事を言われていた割に、やけに親切でございますね?」
乗り気な信長に勝二が尋ねた。
武士は芸人ではないと否定しておきながら、思いのほか楽し気である。
主に訝し気な顔を向ける家臣をギロリと睨む。
「ここは王を守る都であろう?」
「左様でございます」
問われるままに勝二が答えた。
「そうであれば精鋭を集めておろう。その者らの練度を見れば、自ずとヨーロッパ全体の程度が推察出来る筈。このスペインは強国なのであろう?」
「そのような目的がおありでしたか」
信長の思惑に目を丸くする。
そのような発想は持っていなかった。
「その為にも色々と準備をしておけ」
「何をすれば宜しいのですか?」
「それは……」
信長が勝二に指示する。
「さて、太陽の沈まない帝国か知らないが、その力がどれ程のモノか見せてもらうとしよう」
クククと笑い出しそうな表情だった。
日を改め、マドリードにある闘牛場に信長一行はいた。
馬に騎乗した騎士が牛と戦う騎馬闘牛を見せる会場であり、収容人数は大きい。
即席の閲兵場としてフェリペ国王以下、多くの者が集まっていた。
目をキラキラとさせているイサベルも見える。
『ではこれより、我が国における武芸の修練風景をお見せします』
緊張でガチガチに固まった勝二が大声で叫ぶ。
会場が一気に賑やかとなった。
歓声の中、甲冑姿の島津兵らが現れる。
暑過ぎたタンジェと違い、マドリードの気候はそこまでではなく、兜もしっかりと被っている。
兜も鎧も色とりどりで見栄えがいい。
自国の兵士とは全く違う姿に、観客の興奮は一気に高まる。
さながら、荒れ狂った牛が登場した時のようだった。
会場の興奮がひと段落するのを待ち、勝二が続ける。
『剣術の稽古ですが、まずは我が国の刀の切れ味をご覧下さい』
一人の武者が闘牛場の真ん中へ進み出た。
それを見届け、勝二はフェリペに向かう。
『では陛下、お願いしていた物を頂けますか?』
言われたフェリペが控えていた者に何かを命じる。
悠然と立つ武者の前に一つの兜が運ばれて来た。
と同時に台が用意され、兜はその上に置かれる。
『この兜は今朝、フェリペ陛下に選んで頂いた全くの新品です。陛下、間違いございませんか?』
勝二の問いにフェリペが頷く。
それが信長の指示であった。
『では、この新しい兜を刀で割ってみせます』
その言葉に会場は呆然とし、やがて爆笑が広がる。
『そんな事出来る訳ないだろ!』
露骨な蔑みの目で勝二を見た。
『可能か不可能か、その目でとくとご覧下さい!』
勝二の合図に武者が動く。
腰に差した太刀をゆっくりと抜き、頭上に振りかぶり、一瞬だけ止まった。
そして、必殺の気合を込めた斬撃を兜の上へと叩きつける。
ガキィィィン。
金属がぶつかる耳障りな音が会場に響いた。
心配げな顔で見つめる勝二に何も何も言わず、武者はくるっと後ろを向いてスタスタと帰っていった。
後には兜だけが残されている。
勝二は内心ハラハラとして兜に近づき、目を凝らす。
求めていたモノがあった。
『ご覧下さい!』
兜をガバッと手に取り、頭上に高々と掲げ、それを観客へと見せつける。
『兜に穴が開いております!』
刀の太刀筋に沿い、くっきりと一本の凹みが出来ていた。
凹んでいるのみならず穴も開いている。
確かめてもらおうと勝二はまずフェリペに手渡した。
『本当に開いている!』
フェリペは驚き、本当にあの兜だったのかとあちこちを見た。
しかし、やはり同じ兜なようだ。
疑うのを諦め、好奇心に目を輝かせて自分を見つめるイサベルへそれを渡してやった。
『鎧を身につけてあんなに動けるのか!』
島津の兵が披露する剣術に、観衆の目は釘付けだった。
甲冑を身につけての介者剣法である。
木刀は用意していなかったので、スペイン軍のなまくらを借りて行った。
腰を落とし、身につけた甲冑で敵の攻撃を防ぎ、逆に防具に覆われていない箇所を狙い、刺し貫く。
または近づいて蹴りを入れたり、大きく体をぶつけて相手の体勢を崩し、とどめを刺す。
実戦さながらの鍛錬風景だった。
『あんなに遠くから当てるだと?!』
重秀(雑賀孫一)の種子島から白煙が上がる。
人々は大きく驚いた。
鉄砲自体は自国と同じマッチロック式のマスケット銃であるが、命中精度が違うのだ。
『銃の命中精度を上げるにはいくつか方法があります』
勝二が説明する。
『まず銃身を伸ばす。そして銃身を真っ直ぐに、中をまん丸にして弾が滑らかに射出される事です』
聞く者はフムフムと頷いた。
蘭丸が美しい所作で弓を引き絞る。
ピィーンと張られた弦に観客の緊張も高まった。
右手の力を緩め、矢を放つ。
矢は空気を切り裂きながら飛んで行き、ズバンという音を立てて的へと吸い込まれた。
『おぉ!』
固唾を呑んで見守っていた会場から一斉に歓声が上がる。
弓は一番分かりやすかった。
しかし、その弓にも大きな違いがある。
『なんて長い弓なんだ!』
『持ち方もおかしくないか?』
やたらと長く、弓の真ん中を持たず、下から3分の1くらいの位置を掴んでいるのだ。
しかしそれでも良く当たる。
百発百中ではないかと思う程だ。
『若ぇのになんて腕だ!』
射手の見た目は子供のようなのに、熟練の技術を持っていた。
『どれだけやればあんなに当たるんだよ?』
その修練を推し量った。
とそこに、一頭の馬が人を乗せてやって来た。
蘭丸と同じ弓を持ち、背中に矢筒を付けている。
それに合わせ、周りの者が素早く的らしき物を用意していった。
棒の先に赤い丸の描かれた板を付け、一定間隔に並べて立てていく。
『まさか馬に乗ったまま射るつもりか?』
勘の良い者が口にする。
『そのまさか、これを流鏑馬と申します』
勝二が説明した。
それに合わせ、馬上の人が馬をゆっくりと走らせ始める。
『あれは?!』
その人物にフェリペが唖然とした。
『織田信長様!?』
イサベルも気づき、驚きの声を上げる。
使節団を率いてきた者自らが馬に乗り、その武芸を披露しようというのだ。
驚かない筈がない。
「行くぞ」
そんな会場の困惑を他所に、信長は誰にも聞こえない声で馬へと語り掛ける。
「何と素晴らしいのだお前は。疾きこと風の如くでありながら、揺れも少ない」
エル・エスコリアル宮殿で飼育されていた馬を一頭借り受け、その足を確かめていた。
日本の馬と比べて体格は随分と大きく、その能力は驚嘆の一言で、一目で気に入った。
「それに儂の意図を正確につかんでおる」
馬の性格なのか調教なのか、扱いやすかった。
「是非ともお前を我が国へ連れて帰らねばな」
この馬を知れただけでもスペインに来た甲斐があったと言える。
「どれ、さっさと終わらせるか!」
信長は馬に鞭を入れた。
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