2話 奪う者
僕、黑神戒人の休日は少し普通とは違うと思う。
と言うのも僕の家は道場だからだ。
道場と言っても門下生が数人、週3日くらいでやって来る程度の我流の格闘技で、人気も知名度も無い。
だけど一応来てくれる人はいるので、毎日掃除は欠かしていない。それが休日になると少し大掛かりになるのだ。
「父さん!また夜中まで鍛錬して寝落ちしただろっ!」
「んだよ、ウルセェなぁ朝っぱらから。」
「うるさいじゃねぇーよ!いつも言ってるじゃねーか道場のど真ん中でだらしなく寝るなって!本当みっともないぞっ!!」
僕の父黑神徹也は、闘いの才はあるけど基本的にダメ人間。
と言うか、現代社会に於いて戦闘とか必要無いので無駄な才能だろう。
鍛錬したまま寝落ちなんて日常茶飯事時で、食事もしないで鍛錬をして途中で倒れるなんて事もあるような戦闘バカ。
これでも昔は随分人の為に働いていたらしく今でも時々父の知り合いがやってきてお礼をしに来る事がある。
それに今も父の備蓄があるの結構助かっていたりする。
しかし、
「ふぁ〜〜あ。」
ボリボリ
こんな風に髪をボサボサにしてお尻を掻くダラシない姿からはそんな人の為に働いていた時代の威厳など全く感じないのだが。
ふぅ、
「とにかく、朝ご飯出来てるから早く顔洗ってきな!」
「はいはい、わぁーたよ。」
「はい、は一回だろっ!」
「ウルセェ、てめぇはオカンかっ!?」
「誰がオカンじゃっ!」
全く、口の減らない父である。
そんな父が洗面所に向かうのを見送ると僕は台所に向かい、ご飯をよそう。
今日の献立はシャケの切り身に、豆腐とワカメのお味噌汁、だし巻き玉子と昨日の残りの筑前煮だ。
特にだし巻き玉子はかなりの力作だ。
食事作りは僕の仕事で、朝昼晩、三食しっかりと調理している。
特に得意なのは和食だか、基本的に和洋折衷でやっている。
テーブルに人数分の茶碗と箸を並べ、お味噌汁をよそっていると背後に気配を感じた。
その気配はゆっくりと腕を伸ばし、僕の体に触れようとし……
「母さん、今熱いのよそってるからイタズラはやめてよ?」
「イタズラとは失礼な、可愛い母親の可愛い息子へのスキンシップじゃない。」
「はいはい、じゃあ今熱いのよそってるからスキンシップはやめてね?」
「はーい。」
「それと、自分のこと可愛い母親って言うのやめて。」
「えー?」
僕の背後に立ち目を塞ごうとしたのは僕の母、黑神遊華だ。
母は父と違い、普段は真面目でキビキビ働くキャリアウーマンだ。
真面目で堅物、そんな他人を寄せ付けない対人シールドを装備したクールな人である。
しかし、息子である僕が絡むとその鉄仮面は途端に融解、気化してしまい、甘々のダル絡みをしてくる。
会社でも人気らしい(知り合いの母さんの同僚に聞いた。)そのクール美人っぷりは、途端に可愛らしい残念美人と化してしまう。
難しい年頃である僕に対して一切の躊躇なくベタベタと触れてくる。正直ウザいと思った事もあった。
だが、家族なんて物はいつまでも一緒にいられるわけでは無い。
ならば、一緒にいられる内は仲良くしていた方が良い。と言うのが僕の考えなので、最近は特に何も思わなくなっている。
そうこうしている間に出来上がった朝ご飯を3人揃って食べ始める。
「んっ、まただし巻き玉子上手くなったんじゃ無い?」
「あっ、そう?今日のは自信作なんだ。」
「むっ、ニンジンが多い?」
「父さん、昨日ニンジン残したでしょ?その罰だよ。」
「でもマジィじゃねーか。ニンジン。」
「失礼な、美味しいでしょ?」
「そうよ?あなた本当にニンジン苦手ね。折角戒人が作ってくれたのよ、しっかり残さず食べなさい。」
「チッ、わぁーったよ。食うよ食えば良いんだろ!?」
ワイワイ、僕の家の食卓は朝から賑やかだ。
学校では誰かとご飯なんて食べれないからやはり家族って良いな。
「どうかしたの?戒人。」
「ん、なんでも無いよ、お母さん。」
「そう。」
「それよりシャケしょっぱく無い?」
「あー、ちょっとしょっぱいかも。」
「そうか?俺は気にならんが。」
「それはあなたが濃口だからじゃない?」
「確かにね、やっぱりちょっとしょっぱくなってたか。」
「まぁ、でもそれくらいのミスご飯を作って貰ってる恩に比べたら些細なことよ。」
「ん、ありがとう。」
平和な食卓、平和な団欒、平和な日常。
これほど美しく、尊く、幸せな物はない。
僕はそんな事を考えながら、お味噌汁を啜った。
視点変化・飛龍カエデ
「はぁ、会いたいなぁ。」
溜息と共に私の本音が口からこぼれていく。
よく晴れた休日のお昼時、私は窓辺に肘をつき外を眺めながら晴天の空とは対照的に憂鬱な気持ちになっていた。
私には婚約者がいる。
私の家と婚約者の彼の家は昔から仲が良かった。だから彼の母親に、
「カエデちゃんにお嫁さんに来て貰えたら助かるわぁ。」
と、言われた日私は彼の婚約者になったのだ。
婚約者と言うと愛が無い、政略結婚を想像するかもしれない。
でも私達は違う。
心から愛し合ってとてもラブラブなのだ。
彼は照れ屋さんなのでいつもイヤイヤ言ってるけど、私は知っている。
あれはツンデレと言うやつなのだっ!!
「うー、今日は家の手伝いで外に出られないって分かってたんだから昨日のうちにもっと話しておけば良かった〜。」
寂しさからつい愚痴がこぼれるが、嘆いても昨日は帰ってこない。
「はぁ、とりあえず仕事行きますか。」
私は母に告げられた目的地に向かうため窓枠に手を掛け勢いを付けて飛び出す。
私がさっきまで居たのは親の事務所。
高層ビルの最上階に存在するそこから飛び出すなんて自殺行為以外の何物でも無い。
普通であればだけどね。
私はいつも通り近くの塀に着地すると、そのまま建物から建物へと飛び移って移動する。
周りに見られたら大変?
そんな速度でなんて走ってないわ。
そんなこんなで母に送られた座標に着くとそこはかなり薄暗い路地裏だった。
都会らしく高い建物に囲まれたそこは今が真昼である事をうっかり忘れてしまいそうな程不気味な空気を孕んでいた。
「っと、報告にあったのはこいつねー。」
私の視線の先には一匹の異形がいた。
幼児の様な体でありながら歪に膨らんだ筋肉、そして額から飛び出す僅かな二つの突起。
《最下級怪異》の『小鬼』だ。
「はぁ、私のやりたい事はこんなのじゃ無いのに。」
溜息混じりに『小鬼』にデコピンをするとその頭部は弾け飛び肉片は光の粒子になって消えた。
もちろん普通のデコピンで死ぬ程怪異は弱く無い。
私が特別なだけだ。
「よし、任務完了!早く帰って電話でもしようかな。」
「ギ、ギギャ!」
「うん?」
「ギギャ、ギャギャ、ギュリャー」
「チッ、無駄に群れてるのかよ。」
帰宅しようとした私の背後には100を超える『小鬼』の群れがいた。
「何匹いようが私の敵じゃ無いよ!」
「ギ、ギギャ!!」
「…………は?」
普段通りまとめて消そうとした瞬間『小鬼』達はドロリと溶けだし互いに混ざり合っていった。
あまりにも理解不能な光景だったため、思わずガン見してしまっていた。
そしてその隙に奴らは変異を完了してしまった。
混ざり合った肉の塊が形を作り、現れたのは《上級怪異》、『大鬼』だった。
「うそ、大鬼?」
「グォォォォォォォォォォォォォォ!」
驚いて動きが止まった私に対し『大鬼』は勝利を確信したかの様に吠えた。
しかし、そんな場合では無い。
まさか、そんな!
「大鬼がそんな風に生まれるとか信じられない!」
「グ、グァ?」
私の叫びが期待していたのとは違ったせいか、戸惑った様な声を出す。
しかし!今はそれどころじゃ無い!!
「だって明らかに融合して進化するタイプのフォルムじゃ無いじゃん!何やってんの!」
「オ、オウ」
「溶けて融合とかそう言うのはスライムとかの特権じゃん!ちゃんとした肉体があるやつの進化方法じゃ無いじゃん!」
「…………………」
「ね、戒人?」
「…………………ッ!」
「いや、なんの話だよ。」
私が呼びかけるのと同時に『大鬼』の上半身が吹き飛び光の粒子になって消えた。
それは丁度やってきた私の婚約者の仕業だった。
黑神戒人。
それが私の愛する婚約者の名前である。