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竜王、語らう。




「ぼくは……あいんす、って言います」

「わたしは、つばい」


 顔を上げた人狼族の少年が名乗ると、少年・アインスの後ろに隠れていた少女も名乗り出る。後ろにいる少年少女はまだラウルを怯えた目で見ている。

 ラウルが地面に座り込むと、アインスとツヴァイも習って地面にちょこんと座り、後ろの少年少女たちも座りはじめた。

 綺麗に統率の取れた行動に、思わずラウルはくすりと笑う。


「アインスとツヴァイ、か。お前たちは、何処から来たのだ?」

「おっきな、いえ」

「すっごくおっきな家から、逃げてきたの」

「……逃げてきた? いや、続けてくれ」


 逃げてきた、となんとも物騒な物言いに思わず面食らうラウルだが、アインスたちの表情を見ればそれが嘘では無いことくらいは、想像に容易いことだ。

 咄嗟に首を傾げるのを止めて、ラウルは二人の言葉に集中する。

 深く考えるよりも、真っ直ぐに聞いてあげるべきだと判断した。


「おっきな家で、えっと……たくさん、働いた」

「ご飯はぜんぜんもらえなくて、朝から夜まで、ずーっとはたらいてたの」

「えとえと、ごしゅじんさま? って人に、痛いこともされた」


 アインスとツヴァイの言葉を聞いて、思わず背筋に悪寒が走る。

 後ろで誰かが呟いた。それでは奴隷ではないか、と。

 けれども少年たちは『奴隷』という言葉すら知らないようで、その言葉が聞こえていたにも関わらず首を傾げている。


「……なあ、リール。ここら辺で大きな家、となると検討はあるか?」

「あるとしたら領主様の屋敷じゃが……有り得ん。領主様は人徳者としても有名な御方なのだ」


 思わずリールに問いかけても、やんわりと首を横に振られる。

 村の様子を見ていれば、ここいら一帯を管轄している領主が奴隷を扱うような人間ではないことくらい、ラウルも理解は出来る。

 だが、相手が人間だから優しいのではないか、と疑問も過ぎる。

 アインスたちは人間と未だ争っている魔族であり、魔族は人間よりも頑強な肉体を持ち、人間と比べれば思考が浅はかな部分が目立つ。

 騙し、奴隷として扱うことも有り得るのではないか。


「それで、お前たちは耐えきれなくなって逃げてきたのか?」

「うーうん」


 ふるふると、ツヴァイが首を横に振る。


「はたらくのは、別に大丈夫でした。それしか、できること、ないですし」

「おさ様が、にげろって行ったから」

「おささまとー。おとなたちがいうからー」


 話を聞いている内に、だんだんと全容が掴めてきた。

 アインスたち人狼族の子供は、成体――『長』である存在と、彼らの親によって、屋敷から逃がされた。

 そして本人たちとしては、逃がして貰った理由も何も教えて貰わなかったのだろう。

 理由を聞いても、長様が、と、大人たちが、としか答えない。


「人狼族は、長様の言うことが全てです」


 ――それは、ラウルも知っていることだ。人狼という種族はとりわけ個よりも群を優先し、歴代の長が種族の指針を固め、生きている。

 長の方針に異を唱えることこそ人狼族にとってタブーであり、それは個としての感情すらも凌駕するものなのだ。


「だから、長が逃げろ、と行ったから逃げたのか?」

「はい」


 真っ直ぐに、それが間違いではないと信じて疑わないアインスの瞳に、ラウルは息を呑んだ。

 勿論奴隷として扱われている現状から逃げ出すことは間違いではない。正解であると言っていい。

 だが、子供たちが逃げ出せば――それを手引きした大人たちは、引いては長は、どうなるのだろうか。

 長は、自分の命を捨ててでも子供たちを生き残らせる判断をした。

 間違いではない。間違いではないのだが。


「……その屋敷は、どの方角なのだ?」

「……ごめんなさい。わからないです」


 盗みを働かざるをえないほどに餓えていたのであれば、かなりの距離があるのだろう。

 なんとも歯がゆい状況である。ラウル自身はどうにかして他の人狼族も解放してやりたいが、今の自分はただの人間である。

 ただの人間になってしまった。


「あの……はたけ、ごめんなさい」

「……うむ」

「なんでもします。ごはんもいりません。痛いことも大丈夫です。だから、許してください」


 全て話すことを終えたのだろう。アインスの口から出てきたのは謝罪の言葉だった。

 畑を踏み荒らし、作物を食い荒らしてしまった。それが悪いことであることはわかっていて、でも、餓えを満たすにはそうするしかなくて。

 ラウルは老人たちに振り返った。老人たちも気まずそうな表情をしている。

 ただの盗人であれば捕まえればいいだけだ。

 だが事情が事情なだけに、ましてや相手が魔族であろうと、幼い子供たちだから……老人たちも、判断を決めあぐねている。


「じゃあ、みんなにも畑を手伝って貰えばいいんじゃないですか?」


 口火を切ったのはハナユリだった。彼女ならそう言うだろうな、とラウルは心の中で納得していた。

 ハナユリは相手が誰であろうと、魔族であろうと既に己の中で割り切っている。

 だから、ハナユリはまずアインスたちが「子供」である点に重点を置いた。

 恨む対象ではなく、そして困っている子供であるならば、保護すべきだろう、と。


「うむ。余もそうしたい」


 ラウルは真っ先に賛同する。むしろハナユリが提案してくれたことが何よりも喜ばしいことなのだ。

 ラウルにとって人狼族はかつての同胞であり、決して見捨てることなど出来やしない。

 だがラウルがこの村に滞在することを許可するわけにもいかない。この村にとって、ラウルもまた余所者だから――と、ラウルは考えている。


「まあ、ユリちゃんが言うなら」


 誰かが零すように言ったその言葉に、他の老人たちも賛同の声を上げていく。


「魔族だろうとわしらにゃ関係ないしのう」

「そうじゃのう。こんな子供たちを放っておくわけにもいかん」

「じゃったらまずはこの子らの家を用意せんとなぁ」

「タゴサクの家はどうじゃ?」

「構わんぞい」


「え、あの、あの」


 思った以上に好意的な村人たちの反応に、アインスたちが混乱してしまっている。

 そんなアインスの頭を、くしゃり、と撫でる。顔を上げたアインスの表情は、まだ困惑したままだ。


「一先ずはゆっくり休め。大丈夫だ。ここにはお前たちを苦しめる者は、誰一人としていない」

「は、はいっ。ぼくたち、がんばりますっ」

「がんばり、ます」


 自分も受け入れてくれた村の住人たちに感謝しながら、ラウルはアインスを、ツヴァイを、そして他の子供たちもあやしていく。

 少しずつ表情を崩していく子供たちを眺めていると、胸の内に引っ掛かった何かが取れたような気分になる。

 清々しい、というほどではない。

 だが――ラウルは心の中で、一つ答えを手に入れた。ような気がした。


 村の老人たちが、人間が――子供であろうと、魔族を受け入れている。

 それは、間違いなくかつてラウルが求めていた光景である。

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