表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

竜王、同胞との邂逅。




 カンカンカン、と畑に備え付けられた鐘の音でラウルは目を覚ました。

 設置されてはいるが、今まで使われることのなかった鐘は、畑によそ者が侵入したことを報せる緊急手段だ。

 飛び起きたラウルはすぐに上着を着込み、起きてしまったハナユリとリンに声を掛けると家から飛び出した。


 畑までは五分と掛からない。松明を手に取った老人たちが、畑の前で立ちすくんでいる。


「いったいなにが起こったのだ!?」

「おぉ、ラウルくん。それがな……」


 畑を覗いていたリールに声を掛けると、他の老人たちもラウルの為に道を空ける。

 とにかく状況を知りたいラウルは老人たちに頭を下げながら、集団の先頭に躍り出る。


「これは……っ」


 それはあまりにも酷い光景だった。昨日ラウルが耕し、老人たちが整えた畑が踏み荒らされていたのだ。

 芋は掘り返され、食い散らかされている。植えた野菜は噛み千切られ、大半はだめになってしまっている。

 老人たちからため息の声が零れるのは無理も無いことだ。だがそれ以上に、事態は深刻である。


「なあラウルくん。あいつは、なんなんだ?」


 老人の一人が、松明を掲げて遠くを照らした。びくりと何かが蠢いて、ラウルも思わず声を荒げる。


「何者だ! 畑を荒らすなど、許さない行為であるぞ!」

「っ……!」


 ラウルの声に反応して、暗がりの中から一人の男性が姿を現した。

 だが――その姿は普通の人間ではなかった。


「な……」

「ラウルくん、知っておるのか?」


 言葉を失ったラウルに、老人が問いかける。

 ラウルは、老人の言葉通り、彼らを知っている。

 だがそれは彼らと面識があるわけで無い。

 知っているのは、彼らが純粋な人間ではない――魔族である、ということ。


 頭の上に存在する、ふさふさの毛に覆われた三角の耳。臀部から生えている、豊かな毛の尻尾。頭身は人間と限りなく同じである彼らは、人狼と呼ばれる……『魔族』であった。


「……人狼族という、魔族……のはずだ」


 かつての記憶を思い出す。遠い昔の記憶だ。

 それは竜王であった頃の記憶。全ての魔族を支配し、統一した時代の記憶。

 人狼族は、その中でも最初に支配を受け入れた一族だった。


 人狼族の少年少女たちの中に、生体と思わしき個体は誰一人としていない。

 そして、ラウルを、村人たちを見ている目に恐怖の色が宿っている。

 怯えている。人狼族が、ラウルならともかく、老人を見て怯えている。

 ラウルはそんな人狼族に違和感を感じてしまい――思わず、一歩を踏み出してしまう。


「っ!」


 先頭にいた少年が身体をすくめる。抱き締めた少女を守るように背中に隠し、視線だけはずっとラウルから逸らさないでいる。


「……大丈夫か?」


 静かに、けっして怖がらせないように、ラウルは優しく語りかける。

 だが人狼族の少年は後退りしてしまい、再びラウルとの間に距離が出来てしまう。

 歩み寄るべきか。――歩み寄るべきだろう。


「リール、ハナユリに頼んでパンとスープを持ってきてもらえないか?」

「あ、ああ。……魔族、なんじゃろ?」

「明らかに敵意も何も抱いていない。むしろ余たちを見て怖がっている。……せめて、事情を聞くべきだ」

「わかった」


 リールは踵を返して走り出し、村人たちもラウルの判断に従った。

 畑は踏み荒らされ、作物は食い荒らされているが――そこに悪意は感じられなかったのが、ラウルの見解だ。


「少し待っていてくれ。今、食事を持ってきて貰う」

「……ごは、ん?」

「ああ。腹が減っておるのだろ?」

「……はい」


 ラウルの言葉に、少年は素直に首を縦に振った。決して警戒を解かれたわけではないが、ラウルの言葉に少しだけ、緊張は和らいだ。


「ラウルさんっ」


 しばらくして、ハナユリが大鍋を運んでくる。ラウルも運ぶのを手伝い、リールはすぐさま火を起こした。

 水や野菜をふんだんに放り込み、即席のスープを作り始める。


「ラウルさん、ごめんなさい。パンはもう切れちゃってて」

「……うむ。今からパンの完成を待っていたら、あやつらが倒れてしまうかもしれん。ひとまずはスープと野菜で腹を満たしてもらうしかないな」

「はい……。……魔族、なんですね」


 スープを作りながらも、ハナユリもまた人狼族の少年少女に視線を投げる。

 しまった、とラウルはハナユリを指名したことを後悔した。よりにもよって、身内を、夫を魔族に奪われたハナユリに魔族の食事を作って欲しいなど、頼むべきでは無かった。

 だがそれでも、ラウルにとってすぐに頼れるのはハナユリしかいなかったのも、事実なのだ。


「ああ。敵意はないようだ。……餓えてはいるが」

「わかりました。すぐに作りますね」

「あ、ああ」


 驚いたことに、ハナユリは何も言わずに調理を続けた。首を傾げているラウルに気付いたハナユリは、悲しげな表情で微笑みを見せる。


「……あの子たちが、あの人を奪ったわけではありませんから」

「……そうか。すまないな」

「謝らないでください。お腹が空くのは、辛いでしょうし」


 会話を続けている内に、野菜のスープが完成する。ハナユリはすぐに皿に盛り付け、先頭の少年に歩み寄る。

 ラウルも隣に立ち、スープの入った皿とスプーンを、少年から少し離れたところに置く。


「一先ずはこれでも飲んでくれ。毒などは入っておらん」

「……」


 近づけばそれだけ警戒されてしまう。それをわかっているからこそ、ラウルとハナユリは敢えて距離を置いた。二人が離れると、少年はスープとラウルたちに交互に視線を向ける。

 ぐぅ、と大きな腹の虫が鳴いた。空腹に耐えかねた少年はそっとスープを手に取り、一口啜る。


「……っ!」


 それがよっぽどお気に召したのだろう。少年は一気にスープを傾ける。熱さなどお構いなしに、スープを飲み干した。

 空になった皿を地面に置くと、少年は後ろの仲間たちに目配せする。それを見たラウルも、すぐに次の皿にスープを注いだ。


「皆さんも、いかがですか?」

「……みんな、大丈夫だ。……いただこう」


 少年の言葉を皮切りに、人狼族の少年少女たちはこぞってスープに飛びついた。

 よっぽど餓えていたのだろう。五人ほどの少年少女は、スープを飲んではおかわりを繰り返し、しまいには泣き出しながらスープを傾けるほどだ。


「この子たち、何処から来たのでしょう」

「余にもわからん。……だが、辛い思いをしてきたのは事実だろう」


 パチパチとたき火の音を聞きながら、ラウルとハナユリは食事を続ける少年たちを見守っている。

 ほどなくして落ち着いた少年たちは、深く頭を下げてきた。


「ごめんなさい」

「「「「ごめんなさいっ!」」」」


 少年の言葉に続くように、後ろの少年少女たちも頭を下げる。

 耳も尻尾を力なく垂れてしまい、それだけで彼らの懺悔の気持ちが伝わってくる。

 頭を下げ続けている少年の頭を、優しく撫でる。


「まずは、話をしよう。お前たちは、どこから来たのだ?」


 頭を上げるように促して、ラウルは少年たちと向かい合うように地面に座り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ