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竜王、平穏を過ごす。




「ふんっ」


 ぶん、と勢いよく鍬が振り下ろされる。鋼鉄の農具が土を起こし、耕していく。

 額に流れる汗を拭いながら、ラウルは空を見上げつつ、村の畑を眺めていた。


 ラウルがハナユリとリンに拾われてから、既に二週間が警戒しようとしていた。

 すっかり村の一員として受け入れられたラウルは、日々を静かに過ごしている。

 リンと遊び、ハナユリと語らい、村人たちと交流し、土を弄る。

 竜王であった時代にはとても考えられない生き方に戸惑いは隠せないものの、身体を満たす充足感に心地よさを抱いている。


「ラウルくん、休憩にしよう」

「ああ、助かる」


 手伝わせて貰っている老人から水を受け取り、飲み干す。少々温いが、それでも汗を掻いた今では五臓六腑に染み渡る。


「向こうの畑は収穫も終わりそうじゃし、ラウルくんが手伝ってくれたおかげで作付けも捗るのう」

「そう言ってもらえると手伝った甲斐がある」

「ほっほっほ」


 ラウルが滞在しているこの村は、国の東寄りにある。海は遠く、小麦を中心とした作物と僅かばかりの酪農をしている。暑い季節が終わり、麦を収穫し、そして寒さに強い作物の種付けをするために畑を耕している――ラウルのような男手は、老人ばかりの村にとってとても貴重な労働力となっていた。


「おとーさーんっ!」

「おぉ、リン。どうした?」

「お昼一緒に食べよーっ!」


 少し大きめの風呂敷を担いだリンが、元気よく畑に現れる。快く愛娘を受け入れたラウルは、畑の隅に置いている丸太に腰掛ける。

 リンが持ってきた風呂敷を広げると、ハナユリお手製の弁当が入っていた。

 焼きたてのパンの中心に、色とりどりの野菜が挟まっている。見た目からして美味しそうな弁当だ。


「いただきます」

「いただきまーす!」

「頂くとするかのう」


 老人を交えて、三人で昼食を共にする。一口齧るごとに口内に満ちるパンの香りと、芳醇な野菜の味に舌鼓を打つ。


「うむ、美味い」

「おかーさん、料理上手だもんねっ!」

「ユリちゃんは昔から料理好きじゃったしのう。ずずず……うん。スープも暖まるのう」


 日々を過ごしていく内に気付いたこととして、ハナユリは格別に料理が上手である。

 隣の家から分けて貰ったものも悪くなかったが、ハナユリが作る物と比べてしまうとどうしても物足りなさを感じるほどだった。


「今年は麦の収穫も一段落したし、ゆっくりと冬を越すだけじゃのう」

「牛や豚を潰すのか?」

「そうじゃのう……まあここいらは比較的暖かいから、無理に潰さなくてもよいが……肉類の在庫は少ないしのう」


 老人はしみじみと現在の貯蓄を思い出しながら、村の今後を考える。

 並んで座っているラウルもまた、倉庫を覗いたこともはある。

 冬を越すことなら、ハッキリいって十分可能である。この地域がどれだけ冷え込むかは知らないが、村人たちは食べていくだけの食料は余るほどある――それがラウルが倉庫で見た貯蓄量の現状だ。

 心配するほど困窮はしていないし、むしろ豊かな方だろう、というのがラウルの見解だ。


「まあこの村は領主さんの税が安いからのう」

「……そうなのか?」


 ラウルも税、という言葉は少なからず理解はしている。魔族でそのような制度は存在していなかったが、人間たちの暮らしを知る為に学習したことがある。

 人間は生まれ持った血筋によって支配階級が決定し、村に生きる老人たちはその下層――貴族と呼ばれる者たちに守って貰う存在だ。

 貴族たちは村を支配し、庇護する代わりに村で出来た農作物を税として受け取り生活する。

 自分たちは土を耕すことなく、完成された麦や野菜を味わう。

 その制度にラウルは若干の違和感を抱いていたが、それが人間たちが生きる為に生み出した制度であると考え、深く考えないようにしていた。

 なにより、この村はその税を取られても暮らしていくのに困らないからだろう。

 これでもしも村人たちが税の取り立てに苦しんでいたら、ラウルは領主の元へ突貫していたかもしれない。


「ラウルくん、なにか難しいことを考えているのか?」

「む?」

「おとーさん、目つきが悪かった」

「そ、そうか?」


 どうやらラウルは自分が思っている以上に、考えていることが表情に出るようだ。

 老人だけではなくリンにまで指摘を受け、困った表情で頬を掻く。


「まあ記憶がないならなにか不安を感じることもある。が、安心するといい。この村は平穏じゃ。ここは大陸でも東の方だから、戦争とは無縁じゃし」

「……そうなのか?」


 老人の言葉に、ラウルは頭の中で大陸の形を思い浮かべる。

 魔族が住んでいる大陸とは西の海によって分け隔たれている。

 だから、魔族と人間の争いは大陸の中でも西側で繰り広げられている。

 そして、王都は大陸の中央――この村より西に存在していることから、王都に攻め込まれたとしても、この村にまで魔族が攻め入ることはないだろう。


「……ふむ。そうなるのか」

「うむうむ。だからな、ワシらは静かに暮らせるんじゃ。戦争が終わらぬことは苦しいが……それでもワシらには、遠い世界の話じゃ」


 遠くを見つめる老人の言葉は、他人事のようで、でも、寂しさの感情を孕んでいた。

 それはきっとハナユリの夫を始めとした、兵士として徴兵されていった若い人間たちを想っているのだろう。

 日々を過ごせば、嫌でも理解してしまう。

 この村は、ハナユリとリン以外に若い人間がいない。老人しか残っていない村なのだ。


「戦争、か」

「リンはー、むずかしいことはわからない。でも……じーちゃんが寂しいのは、わかるぞー」

「ほっほっほ。大丈夫じゃよ。リンちゃんが可愛いからのう」

「ぬわ~」


 老人を慰めようと手を伸ばしたリンを、老人はがしっと捕まえて頬ずりする。

 嫌がる素振りを見せるリンだが、その顔は決して嫌がっているものでは無い。

 むしろ楽しんでいる表情に、ラウルも微笑みを浮かべる。


「さて、と。再開するか」

「そうじゃのう。ラウルくんがいれば百人力じゃ」

「ふっふっふ。任せておけ。百人ではなく千人力になろうではないか!」

「おー。おとーさんすごーい!」


 胸をドン、と力強く叩き、鍬を持って畑に降りる。

 肌を撫でるそよ風に目を細めながら、ラウルは遠くを見つめている。

 それはここより西の世界。

 未だ人間と魔族が争っているであろう、戦場を思い浮かべて。


(……今の余に出来ることは、ハナユリとリンを守ることくらいだ)


 人間となった今では、かつてほどの力は無い。魔力もないこの身体では、戦争の渦中に飛び込んでも無駄死にするだけである。

 それはラウルが一番よく理解している。多少普通の人間よりかは頑丈だろうが、それでも今のラウルは、非力な人間なのだ。

 無理はしない。焦りもしない。

 ラウルはただ、ゆっくりと、自らが転生した意味を考えることしかできなかった。


 もちろんそこに、悔しさが無いわけでは無い。

 竜王である自分が死んでも、戦争が終わらなかった。今もなお犠牲者が出ていることを知っていても、今の自分には何も出来ないと。

 せめて。せめて――戦争の状況くらいは知りたいと、望まぬ願いとわかってはいても、望まずにはいられなかった。


 かつて、王であったからこそ。

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