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竜王、父親になる。




「どういうことだ?」


 背中に走る痛みを堪えながら、見上げてくるリンと見つめ合う。

 不安げな表情をしているリンは、ぼすん、とラウルの胸に顔を埋めた。

 ぐりぐり、と頭を押しつけてくる。くすぐったさを感じながら、ラウルはそっと凛の背中に手を回した。


「リンは、おとーさんのこと、なにも知らない」

「……そうなのか?」


 そこまで詳しいことは、ハナユリは語らなかった。語るはずもない。

 リンは父親の顔すらも知らない――だからか、とラウルはリンの「寂しくない」という言葉に納得してしまう。


「おとーさんは、リンが生まれてすぐに、どっかに行った、っておかーさんが」

「……」

「だからリンは、おとーさんがどんなのか、知らない」


 不意に顔を上げたリンが、もう一度ラウルの胸に顔を埋めた。

 垣間見えた複雑な表情は、リンの心境を表わしている。

 どうしようもないラウルは、そっとリンの髪を撫でる。

 背中と髪を優しく撫でると、リンの身体からゆっくりと力が抜けていくのがわかる。


「ねー、ラウル」

「うむ、どうした?」

「おとーさんって、どういうの?」


 それは、竜王であったラウルには到底わからない問いだろう。

 父の顔も母の顔も知らないラウルは、家族というものすらわからない。

 空を見上げて、瞳を閉じる。

 頭を過ぎるのは、竜王であった頃の――出会ったばかりの配下の顔。


「そうだな。……家族を守る、存在だろう」


 竜王としてラウルは魔族を支配していった。ラウルが力を振るえば、魔族は従っていく。

 それだけの力がラウルにはあった。魔族の誰も、ラウルに勝つことなど出来やしなかった。

 最初は人狼族の少女だった。紛争を止めると、勝手にラウルに付き従ってきた――狼というより、犬のような少女。

 思えばラウルが魔族を支配するに至った切っ掛けも、その少女が他の魔族から虐げられていたからだ。色褪せてしまっていた記憶が、彩りを取り戻していく。

 魔族を一つにすれば、争いはなくなる。

 その信念の元に、ラウルは魔族を統一した。

 けれどそれからは人間との戦いだった。

 切っ掛けはわからない。

 だが――人間と魔族が争っていることを知って、ラウルは人間も支配するべきだと思い立ったのだ。

 そうすれば、争いは無くなるから。


「ラウルは。ラウルは……リンの、どんな相手?」

「む?」

「ラウルは……っ」


 ラウルを見つめてくるリンの眼差しは、ある言葉を待っているものだ。

 少なくともラウルはそう判断し、撫でていた手を止めて、壊れないようにそっと、リンを抱き締めた。


「余は、リンを守るぞ」

「あ……っ」


 ぎゅう、と今度はラウルが抱き締める力を強くし、リンの顔を胸元に押さえ込む。

 胸をくすぐるリンの吐息。胸の中の暖かな存在が、今はとても愛おしい。

 守らねばならないと、小さな身体に誓おうと――そんな意味を込めた、抱擁である。


「何があろうと、余はリンを守る。リンの味方でいよう。余自身の魂に誓おう」

「……~~っ」


 ぎゅう、とリンがラウルの背中に手を回し、抱き締めてくる。子供ながらに強い力は、決して離れたくない――そんな意思が感じ取れる。


「……あの、あのね?」

「うむ?」

「おとーさん、って呼んでいい?」


 ――それは、果たして受け止めていいものなのだろうか。

 今まで父親のいなかったリンが、父親を求めている。それはきっと、ハナユリにも言えなかった心の孤独だろう。

 父親がどういう存在かはわからなくても、いたらきっと――そんなことを考えながら、日々を過ごしていたのかもしれない。

 ラウルはそっと、リンの身体を離した。リンはびくりと身体を震わせる。そんな不安をかき消すように、ラウルはリンの額に口づけする。

 それくらいの知識は、ラウルでも持ち合わせている。


「うむ。ならば今日から余が、リンの"おとーさん"だ」

「~~~っ。おとーさん!」


 明るくなったリンの笑顔を見て、ラウルも思わず微笑む。甘えてくる愛しいリンを撫でながら、ラウルは胸の中でそっと小さな決意を固める。


(余が人間になった経緯はわからない。これからなにをすればいいかもわからない。だがせめて、この手が届く存在は、守ってみせよう)


 その決意は、竜王であった頃と比べると遙かに小さなスケールである。

 けれど、それでいいとラウルは思っている。


「ん~~」

「はは、くすぐったいぞ」

「いーの。おとーさんに甘えるの、すきっ!」

「ほれほれー!」

「きゃーっ」


 ぐりぐりと頭を擦り付けてくるのは、親子としてのスキンシップだ。

 そんなリンをたまらなく愛おしいと感じているラウルが、嬉しくないわけがない。

 もう一度強く抱き締めて、愛情を証明するかのようにリンを撫で回す。

 誰の目から見ても仲睦まじい親子の光景が、そこにはあった。




   +




 しかし、問題はある。

 それはハナユリだ。リンの父親になるとラウルが決めたとしても、リンの父親ということは――ハナユリの夫でもある、ということだ。

 ラウルはハナユリが夫を失った悲しみから立ち直っていないことを見抜いている。

 そんな状況で、勝手にリンの父親になったと告げて良いのだろうか、それはハナユリを困惑させ、不安にさせるだけではないのだろうか。

 告げなくてはならないことだ。リンのためにも。そして、僅かな時間の間に、ハナユリの笑顔を好いているラウル自身のためにも。


 山を下りれば、もう陽が傾きかけていた。紅の光を背に浴びながら、ラウルはリンと手を繋いで村へと戻る。にこにこと笑顔を絶やさないリンを見た村人が、何事かとラウルに視線を向けるも、ラウルもまた微笑みを返すだけだ。


 困惑する村人を余所に、ラウルとリンはハナユリの待つ家の前に戻ってきた。

 繋がっている手から、リンが力を込めたことにラウルは気付いた。

 きっとリンも、ラウルが父親になることが、ハナユリにとってどういうことかは、知っているのだろう。

 聡い子だ、とラウルは思わずリンを褒めようとする。


「あら、リン。ラウルさん。お帰りなさい」

「ただいまー」

「うむ、ただいまだ。ハナユリ」


 さて、どう切り出そうか――とラウルが思案を巡らせた時。


「おかーさん。今日からラウルはリンのおとーさんになったのだ」

「……え?」


 突然の言葉に、ハナユリは言葉を失い、ラウルは目元に手を当てて呆気に取られる。

 だがリンはそんな二人を知ってか知らずか、ラウルの腕に抱きつき、頬ずりする。


「リンはおとーさんがだいすきっ。おかーさんもだいすきっ。これで、幸せ。むふー」


 リンが手を伸ばして、呆然としているハナユリの手を取る。

 なにを言えばいいかもわからないハナユリは目を回しているほどだ。

 リンはラウルが思っている以上に舞い上がっているようで、そんなハナユリの様子に気付いていない。


「……詳しくは後で話そう」


 そう提案することしか、ラウルには出来なかった。


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