竜王、リンと遊ぶ。
「よし、ではさっそく遊ぶとするか」
「……なんでそうなるー」
「ハナユリと約束したからな」
翌朝、目が覚めたラウルはさっそくとばかりにリンを連れ出した。ハナユリに笑顔で見送られては、リンも無碍には出来ないのだろう。
少し歩いて川辺に到着すれば、洗濯をしている村の老人たちと顔を合わせる。
軽く会釈をすると、老人たちも会釈を返してくる。
どこの誰かもわからないラウルを、村の老人たちは快く受け入れてくれた。
ラウルが川で見つかったあの日、老人たちが手を貸してくれたからこそ、ハナユリはラウルを家に連れて行くことが出来た、とは昨晩の内に聞いた話だ。
「おはよう、ラウルくん。リンちゃん」
「おはよう」
「おはようだー」
声を掛けてきたのは、村の老人たちの中でも比較的若い初老の男性だ。名をリールというが、ラウルはまだそれしか彼のことを知らない。
朝の陽気に身体を照らし、ぐっ、と伸ばす。リンはそんなラウルを見上げているだけだ。
「遊んでないで、おかーさんのお手伝いしたいのに」
「だがそのハナユリが、お前の遊び相手になってくれと頼んできたんだぞ?」
「むー……」
可愛らしく頬を膨らませるリンに、ラウルは思わず頬が緩む。
がっはっは、と笑いながら、リールもその大きな手をリンの頭に乗せる。
そして、ぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「ぬわーっ!」
「いーんだよ。子供は遊ぶのが仕事なんだからっ」
「うむ。子供はよく遊び、寝て、食べて、育つことが大事だ」
「……むぅー」
それでもリンは中々機嫌を治してくれない。
それならば、とラウルはリンを抱き抱え、肩の上に座らせる。
俗に言う肩車だ。身長の高いラウルの上なら、視界もかなり広がるだろう。
「ぬぅ!?」
「よーしリンよ。余が好きなところへ運んでやろう!」
「気を付けてなー」
「ひーとーさーらーいー……」
リンを乗せたままラウルは地面を蹴る。軽やかな歩みは二人を山へと連れて行く。
標高の低い山は、ある程度だが道も舗装されている。昨日に歩いたコースとは別の道を、ラウルは登っていく。
「おーろーせー」
「痛いではないかっ」
リンは降りることが出来ない以上、ラウルの髪を引っ張って抵抗してくる。右へ引っ張られれば、ラウルは身体を右に向ける。左に引っ張られれば、左へ向く。
まるでリンに操縦されているように、ラウルは身体をふらふらさせながら登っていく。
「むー、このーっ」
心なしか、リンの声が弾んでいることにラウルは気付いていた。ラウルからはリンの表情は見えないが、きっと頬を綻ばせているだろう。
「あー、もー。だったらあっちー!」
リンもなんだかんだ乗り心地がいいのだろう。諦めるような言葉と共に、山の頂上へ指を差す。
「了解したぞ、リン!」
「きゃーっ」
それがリンの望みならばと言わんばかりにラウルは走る速度を上げる。
山中に生い茂っている花や草木を眺めながら、二人はあっという間に山を登っていく。
山道を登っていくと、少し開けた場所に出る。遠くから水の音も聞こえてくるので、恐らく川が近いのだろう。
よ、っとラウルはリンを下ろす。
「……むー」
途端にリンは再び頬を膨らませた。どうやら肩車を相当気に入ったようで、ラウルはぽん、とリンの頭に優しく手を置いた。
「さて、何をして遊ぼうか」
「…………でも、お手伝いがー」
「遊ばなければリールのようにぐしゃぐしゃするぞ」
「ぴぃっ!?」
がば、と髪を抑えるリンを見て、溜まらずラウルは笑い出す。リンはまたも頬を膨らませてしまうが、ラウルはそんなリンの頬を指で突く。
「ぷー」
「ほれほれ」
「ぷー……ぷはっ」
もちもちの頬はラウルに突かれ、思わず息が漏れてしまう。空気の抜けたリンを見て微笑むラウルに、リンはすぐに頬を膨らませる。
けれどもそれは機嫌が悪いのではなく、リンも楽しんでいる――ラウルはそう、感じていた。
「ぐにぐにするぞっ」
「きゃーっ」
両手で優しくリンの頬をつまみ、上下左右にぐにぐにと揺らす。
そのやり取りはまるで、非常に仲のいい親子のようであった。
しばらくして、リンも完全に諦めたようだ。ラウルの手を振り払い、数歩下がる。
「むー……。わかった。ではリンが特別にラウルと遊んであげよう」
「ほほう。望むところではないか」
本来では逆の立場なのだが、ラウルは敢えてリンの言葉に乗っかる。
顔を見ればリンが楽しんでいることくらいすぐにわかる。だからこそラウルはリンの言葉に従う。
「ではリンが隠れるから、見つけてみろー」
「うむ。かくれんぼ、か」
「さんじゅーびょー、ね!」
子供の児戯くらいはラウルとて知識はある。指定された時間だけ待機し、その間に潜んだ相手を探し出す、簡単な遊びだ。
(……懐かしいな。戦いを起こす前に、ありったけのゾンビどもを焼き払い中からスケルトンを見つけたこともあったな)
遠い日のことを思い出す。それはまだラウルが王になる前のこと。
とはいえそれは、かくれんぼ、というには乱暴すぎるものだったが。
魔族の平定の為にゾンビを焼き払い、彼らの主人を探し出したことをイメージしていると、あっという間にリンの指定した時間が過ぎ去った。
「もういいかー?」
念のために確認の言葉を周囲に投げてみるが、返事はない。返ってきて居場所がばれては元も子もないからだろう。
「よし、見事に見つけてやろうではないか」
ラウルは辺りを見渡すと、すぐに小さな足跡を見つける。リンの足跡で間違いないだろう。
足跡は草むらに向かって続いており、かすかにだが息づかいも聞こえてくる。
「どこだー?」
だがラウルは敢えて明後日の方を向き、リンに呼び掛ける。ラウルが背を向けると、がさがさ、と小さな音が聞こえてくる。が、ラウルは敢えてそれも無視した。
どうせ遊ぶなら、もっと時間を掛けた方がリンも楽しいだろうという判断だ。
「むむ。なかなかやるではないか。かくれんぼの達人である余がわからないとは……っ!」
大げさなリアクションに、草むらからくすくすと小さな笑い声が聞こえてくる。
楽しんでくれているようでなりよりだ、とラウルも口角を吊り上げる。
「どーこーだー?」
あまり長引かせても時間が勿体ないと、ラウルは本腰入れてリンを見つけることにする。
草むらをかき分け、ガサゴソ、と音を立てると、すぐ奥からまったく同じ音が聞こえてくる。
「――そこかっ」
「っ!」
ラウルの耳に、息を呑む小さな音が聞こえた。
すぐにラウルは地面を蹴る。青年と幼子では、あっという間に距離を詰めることが出来る。
最後の一歩とばかりに踏み出すと、草むらが終わり、ラウルの方を見ているリンの姿を、ラウルは視界に捉えた。
と同時に、リンの身体が奥側へ傾いていることに気が付く。
その奥には、地面が見えない。それはつまり――その先は、崖、ということである。
「あっ――」
「リンッ!」
さらに一歩を踏み出した。手を伸ばし、こちら側へと伸ばされたリンの小さな手を、ラウルは掴む。
けれども勢いは止まらない。リンを抱き寄せるも、ラウルの身体はリンと共に中空に投げ出される。
落ちることを止めることは出来ない。竜の身体ではないことを、僅かばかりだがラウルは恨む。
人間が脆いことは知っている。ましてやリンは、その人間の中でも一際弱い、小さな子供なのだ。
この高さから落ちれば、ひとたまりもない。
だから、せめて。
リンの身体を包み込むように抱き締めながら、落下していく。
幸いなのは、切り立った崖ではなく、急な坂であったことだろう。
坂道を転がりながら、ラウルはリンを離さまいと抱き締める力を決して緩めない。
視界がめまぐるしく回転していく中、何度も激しく背中を打つ。
大樹にぶつかることで、かろうじてラウルとリンは止まることが出来た。
勿論、無事なわけではないが――腕の中のリンが無傷であったことに、ラウルは安堵のため息を吐く。
「っ……ふ、う。大丈夫か、リン……」
「え、あ、う、うん……」
腕を開くと、おずおずとリンが顔を上げた。身体中に痛みはあるものの、リンが無事なのだから、良かった、と優しくリンの頭を撫でる。
リンはラウルのシャツを掴みながら、泣きそうな目でラウルを見上げてくる。
「……ラウルは」
「うむ?」
「ラウルは、おとーさん、なの?」
「……む?」
不意に尋ねられた質問に、痛みも忘れて首を傾げるラウルであった。