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幕間 空のナミダ




「竜王に戻った竜装王具はこれで二つ。……あと、三つ」


 幼い少女は空から地上を見下ろしている。血に塗れ怒号交わる戦場を、悲しげに見守っている。

 少女が手をかざせば、その戦いは一瞬にして終結を迎える。それだけの力が、少女にはある。


 だが、少女はそれをしない。

 してはいけないと、実感しているから。

 この戦場は――この戦争は――自分は関わってはいけないのだ。


「責任はある。だけど、ボクが手を出しちゃいけない。ボクは関わってはいけない……っ」


 痛ましげな表情は、傷つき倒れていく者たちを想ってのものだ。少女にとっては人も魔族も関係ない。共に、世界に生きる大切な命だ。


 それが、終わったはずの戦争で失われていく。

 何度も何度も、手を伸ばそうとしてしまう。その度に引っ込めて、悔やんで涙を落としていく。

 それは少女の生まれ持っての気質のもので、どうすることも出来ない。


「あと、三つ。三つなんだ。そうすれば、そうすれば……!」


 少女は待っている。

 蒼穹の空で待ち続けている。

 

 誰を?

 決まっている。


 ――世界を守る、王を。


「此処にいましたか」

「――っ!」


 蒼穹に佇む少女に語りかける者がいた。

 その者は額に角を生やし、翼も持たずに空に浮いている。

 極めつけは、顔全体を覆い隠す兜だ。竜の頭部の造形は、その兜こそが竜装王具であることを暗に示している。


 少女はすぐにその者が幻覚であることを見抜いた。

 語りかけてきた魔族が、空を飛ぶことが出来ない事を知っているから。

 少女は忌々しげに睨め付けるも、飄々とした言葉に躱されてしまう。


「その兜、早く壊して欲しいんだけど」

「はっはっはっは。無理に決まっているでしょう。竜王様のお身体だからこそ、こうして遺志を継いでいる私が使うべきなのですよ?」

「どの口が……!」


 角を生やした者は、まさしく鬼であった。空を穿つ二本の角がその証拠であり、筋骨隆々な肉体は彼の者の屈強さをこれでもかと主張している。

 

 ――鬼族。

 かつての竜王の配下であり、そして今、魔族の大半を率いている種族である。


「我らは人を滅ぼします。それこそが亡き竜王様の意志ですから。あなたも邪魔をしないでくださいね?」

「っ……しないよ。ボクは手を出さない。ボクが手を出したら、世界は変わらないから」

「ええ。ええ。ええ。それでいいのです。無責任な勇者アルトリンネ様」

「ボクはその称号はもう捨てた。ボクは鳥になったんだ。――だから、ボクをその名で呼ぶな」

「おお、怖い怖い。では私はこのくらいで。あまりあなたを刺激してはなりませんからね」


 少女――勇者アルトリンネは鬼を睨め付ける。幻覚だとしても、勇者である少女の力ならば、幻覚の向こう側を貫くこともできる。

 それを理解しているからか、兜の鬼も容易く引き下がる。勇者を訪ねた目的も告げずに、愉快げに口角を吊り上げながらその幻の姿を消していく。


 大空に残されたのは、背に翼を宿す少女アルトリンネ。

 アルトリンネは今にも泣きそうな表情で、空よりもさらに(ソラ)を見上げた。




 勇者アルトリンネ。

 かつて一人で竜王を打ち倒し、戦争を終結に導いた少女。


 だが戦争が終わらなかったのは、最後の会話が原因だ。


 竜王ラウルの今際の言葉。


『鳥のように生きればいい』

『背負えないのであれば、背負う必要などない』


 人類の希望を背負った勇者は、押し潰されそうになっていた。小さな少女が、人類の命運を背負うことなど出来るわけがない。

 竜王を倒した先の未来を恐れた。

 強大無比な竜王を一人で打ち倒した力。

 それは本当に同じ人間が成し遂げたことなのか。人間は勇者を恐れ、歓迎はしなかっただろう。


 暗殺されるのであれば、それでもよかった。

 ひっそりと退場できるなら、なんでもよかった。

 でも、恐れられ、逃げられ、拒絶の言葉をぶつけられたくなかった。


 だから、勇者アルトリンネは逃げ出した。

 竜王を討伐したことは伝えた。

 竜王の遺体をその証とし、そのまま姿を眩ませたのだ。


 自分がどうすればいいかはわからなかった。

 でも、したいことをしようと決めていた。


 だから。


 勇者アルトリンネは、一つだけ、誰にも気付かれる前にあることをした。

 竜王の遺体から、心臓を抜き取った。

 膨大な魔力を持ち、ありとあらゆる魔法に通じた勇者だからこそできる魔法。


 それは、転生魔法。

 初めて自分を認めてくれた竜王(ヒト)

 初めて自分を受け止めてくれた竜王(ヒト)

 背負う必要などないことを教えてくれた竜王(ヒト)


 彼と共に生きたいと、望んだ。


 できるだけ、静かな場所で、戦争が終わり、ほとぼりが冷めたら彼を蘇らせようと。


 ――――――――だが、戦争は終わらなかった。


 何故? どうして?

 頭を支配する疑問に混乱しながら、一人の鬼が勇者の元を訪れた。


"私が竜王様の遺志を継ぎ、人間を滅ぼします"


 それは違うと、アルトリンネは首を振った。

 だが鬼は嗤いながらアルトリンネの言葉を否定する。


"竜王様は死にました。でも、あなたが戦争の終結を宣言しなかった。竜王様を倒すほどの存在がいないのであれば、魔族は従いませんよ。我々でも勝てる脆弱な人間に従う道理はありません"


 そこでアルトリンネは、己が選択を違えていたことを理解した。

 魔族は絶対的な実力主義。

 竜王を打ち倒した存在がいないのであれば――竜王を超える存在がいないのであれば、いくらでも、怯む必要がない。


 勇者は人間の味方をしていない。

 ならば、今攻めれば勝てるのではないか。

 竜王様が死んでも、まだ、負けてない。

 だって、相手が勝利宣言をしていないのだから。

 ならば負けていない。負けていないのならば戦える。

 膝を折る理由など、ない。


「――――っ」


 アルトリンネはそこでその鬼を仕留めるべきだった。そして、竜王を自分が倒したことを、人類が勝利したことを、明確に言葉にするべきだった。


 でもアルトリンネには出来なかった。人間の味方をすることが、怖かったから。

 人間の味方をしても、人間が彼女の味方をするとは限らなかったから。

 いや、絶対に味方にはならない。そういう確信を、アルトリンネは抱いてしまっていたから。


 自分の理解者がいない世界で、彼女を支えるものは何一つとして存在しなかった。

 抱いていた人間への不信感が、アルトリンネの選択を違えさせていたのだ。




 だから戦争は終わらなかった。


 勝者が逃げたから。敗者が認めなかったから。


 だから戦争は続いてしまう。

 竜王という強者がいないから。

 竜王の代行を騙るだけだから。


 勇者という強者がいないから。

 勇者の代行を騙るだけだから。


 アルトリンネは戦争に介入することをやめた。

 自分が介入しても、人も魔族も認めない。

 逃げ出した自分では、責任から逃げた自分では、誰も納得しないから。

 その世界で生きることをやめたアルトリンネの言葉では、誰も賛同しないから。


 それは鬼にとって都合がよかった。

 何をしても勇者は関わらない。だから、あとは好き勝手が出来る。


 それはとある人間にとっても都合が良かった。


 折角手に入れた竜王の肉体。

 それを使えば、魔族を滅ぼす心具が作れる。

 戦争状態でなければ兵器を作る大義名分がない。

 だから、戦争は続いて貰わねばならない。


 竜王の肉体は五つの心具へと加工され、人類に圧倒的な力を授けた。

 だが魔族もまたその心具に目を付け、奪い奪われ奪い続く心具を奪い合う戦争へと移行する。

 竜王の肉体――竜装王具は血に塗れ呪われていくこととなる。




 それでもアルトリンネは、自分から動く勇気を出せないでいた。


 だから、最後に出来ることをした。

 自分が頼れる存在は、一人しか思い浮かばなかった。


 自分を理解してくれて、受け入れて、背中を押してくれた――竜王ラウル。


 持ち出した竜王の心臓を、心具へと加工する。

 それもただの心具ではない。

 アルトリンネが持てる全ての知識を総動員して造り上げた、竜装王具を止める為の竜装王具。


 五つの心具を、竜王の元に戻すために――その呪い全てを受け止めれるように、心臓自体を六つ目の心具へと加工する。


 誰も知らない六つ目の竜装王具。

 心臓を使った、文字通りの『心』具。


 完成に百年の時を費やした。

 竜装王具――その名は、ラウル・グレシャス。彼の名をそのまま名付けたのは、アルトリンネの意志だ。


 そして竜王ラウルは転生した。

 心臓以外の肉体が欠けた状態では、人間のスケールに押し込むしかなかった。

 五体のない竜王ラウルは、最弱の人間として生まれ変わるしかなかった。

 でも、彼はまさしく『竜王の心臓』として転生した。


 過去の記憶を持ち、全ての竜装王具を、かつての肉体を受け止めれる力を宿して。


 ――人間・ラウルとして。


 事情を説明すれば、きっとラウルは後悔して無理矢理に背負うとする。

 それではダメなのだ。無理に背負おうとして自分が潰れてしまったから。


 後悔しても、それでも前を向いて欲しい。

 そして、自由のために世界を守って欲しい。


 少しの会話だけで、アルトリンネはラウルという存在がまさしく『王』であることを理解していた。

 世界を託すに相応しい人物であることを理解していた。


 自分は彼の前に現れてはいけない。

 結局、彼に頼ってしまったから。

 押しつけてしまったから。

 だからアルトリンネは、空から地上を見守り続ける。


 悲しさに押し潰されそうになっても――潰れるのは自分だけだから。


「だから」


 悲しげに、寂しげに、アルトリンネは独白する。


「世界を守って。人も魔族も、全部守って。お願いだよ、ラウル……っ」


 瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。




   +




 ――夢を見ていた。遠い昔の光景だ。

 泣きだしそうな少女の背中を押す光景だ。

 かつての自分が死ぬ瞬間だ。


 自由でいいと。

 背負う必要はないと。

 最期の言葉が相手を想う言葉であるとは、ラウル自身も苦笑してしまう。


 頬に、水滴が落ちてきたような気がした。

 泣き出しそうな少女がいつの間にか泣いていた。

 最期の記憶では少女は笑顔でいてくれた。死にゆく自分を看取ってくれた。


 でも、泣いている。それがラウルにはたまらなく辛かった。


「泣くな、勇者よ。何故泣いている?」


 夢の中で問いかけても、泣いている勇者は答えてくれない。

 ラウルは気付けば人の姿をしていた。夢の中だからかそんなことを気にしている余裕もないままに、ラウルは勇者をそっと抱き締めた。


「泣くな勇者よ。余はそなたの泣き顔など見たくない。

 お前が辛い思いをしてきたことを知っている。

 沢山の屍を踏み越えてきたことを知っている。

 その矮躯では背負いきれないことを知っている。

 だから、余が背負おう。

 お前が抱えているモノを。

 お前が背負おうとしているモノを。

 お前の全てを。

 余は、お前にも幸せでいて欲しいのだ」


 気付けばラウルは目を覚ましていた。

 ぼんやりとした意識で、おぼろげな夢の記憶をたぐり寄せる。

 懐かしい記憶で、何処か悲しい夢。


 昇りかけた朝日が世界を照らし、世界が瑠璃色に染まっていく。

 傍で眠るハナユリとリンの頭をそっと撫で、ラウルは立ち上がった。


「……新たな朝だ。勇者よ、お前は何処にいる? お前ならばきっと生きている。だから、力を貸してくれ。お前の力が、余には必要だ」


 新しい朝を、一つの決意と共にラウルは迎えるのであった。




 変革のイデア 第二章 交わらぬ理想、暗躍する野望


 そして王は、覚醒する。

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