手と手を繋いで。
「……うっ。ここ、は」
「目を覚ましたか」
ジオードが意識を取り戻したのは、宵闇の戦いから三日が過ぎたころだった。
普段は誰も使っていない小屋に運び込まれていたジオードは、痛みを堪えて上体を起こす。
介抱するラウルは身体を起こしたジオードの肩を掴み、ゆっくりと寝かせる。
「ここは余たちの村だ。あの戦いから三日が過ぎている」
「みっか……。なぜ、殺していない……!」
現状をなんとか理解したジオードは真っ先に浮かんだ疑問を口にする。
ジオードたち王国軍はこの村に夜襲を仕掛けた。
その目的は竜装王具の呪いを強めるため。
戦王国が戦争で勝つために、自国の民を生け贄に捧げようとしたのだ。
だが夜襲は防がれた。
三十の兵はたった三人の襲撃によって機能を失い、壊滅した。
竜装王具を持ち出したジオードもまた、ラウルが所有していたもう一つの竜装王具によって敗北し、結果として竜装王具すらも失われた。
村を襲い、村人を殺そうとした兵士たち。だが戦いの中でも誰も死んでいなかったことを覚えている。
そして今、ジオードも生きている。
「殺すつもりはない。共にこの世界に生きているのだ。命を無駄に散らす必要はない」
「俺は、貴様らを殺そうとしたんだぞ。今だって身体が動けば、すぐにでも貴様の首を折っているのかもしれないんだぞ……っ」
「だが、出来ていない。……それに、するつもりもないのだろう?」
「っ……」
ジオードの胸中をラウルは見抜いていた。だからこそ手当の為に村に運び込み、村人たちには「近くで王国軍が倒れて全滅しかけていた」と嘘を吐き、介抱した。
王国軍がこの村を襲おうとしたことを知っているのは、ラウルを始め戦場にいたエルとリューネ、そしてハナユリとリールだけである。
「戦いの中で貴様は『失敗すれば俺たちが殺される』と言っていた。戦王国に半ば脅される形での襲撃だ。この襲撃が、貴様たちが村人を心の底から殺したい、と思っての行動でないことを知った」
「だから、殺さないと? 甘い。甘すぎるだろ……っ!」
「甘くて良いのだ。余は誰の命も失いたくないのだから」
感情が荒ぶるジオードは、痛みで動けない身体を呪う。
「ジオード、お主は部下を死なせないために襲撃をすることを決めた。そうであろう?」
「……察しがいいんだな」
「お主が部下を顧みないのであれば、竜装王具の一撃に巻き込んでいただろう」
闇の中での戦いは、誰がどこに倒れているかもわからないほどの劣悪な視界だ。
けれどジオードは混乱状態であっても決して部下たちを傷つけることはしなかった。
竜装王具の呪いによって激情に支配されても、その一撃が部下を襲うことはなかった。
「俺を、どうするつもりだ。領主に報告か?」
心の中を見抜かれたジオードは大きく息を吐いた。震える腕をかろうじて動かし、両手を挙げて降参の意思を見せる。
これからどうなるかは、もうわからない。
領主に突き出されたとしたら、反逆罪で処刑されるだろう。
突き出されずに村を追い出されれば、任務失敗の責で殺されるだろう。
どっちにしても殺されるのだ。だから、どうでもいいとジオードは考えていた。
「報告はするつもりだ。流石に三十もの兵士の手当にはこの村だけでは薬が足りない」
「そうか。どっちみち竜装王具も失ったんだ。遅かれ早かれ死ぬことには変わりはない」
「そこで、だ」
ラウルはぽん、と両手を叩き、ジオードの想定外の提案を投げてきた。
「この村に残るつもりはないか?」
「はぁ!? いつっ!」
予想外の想定外すぎる提案に勢いよく上体を起こしたジオードは再び痛みに苛まされる。
息をぜーぜーと吐きながら、理解出来ない表情でラウルを睨み付けた。
「俺は、王国軍の兵士だ」
「うむ」
「俺は、この村を滅ぼそうとした」
「そうだな」
「俺は、我が身可愛さにこの村を犠牲にしようとした」
「うむうむ」
「何を考えて俺をこの村に残そうと考えた! お前はまさか馬鹿なのか!?」
息を荒げるジオードの肩をぽん、とラウルが叩く。その表情は穏やかなもので、ラウルが口を開くよりも早くに、この提案が兵士たちを思ってのことだと察した。
「王国に戻れば殺されるのだろう? 言ったはずだ。余は、誰の命も無駄にしたくない」
「だから残れと? 俺たちが再び村を襲う可能性だって――」
「竜装王具が壊れたのだ。する理由がないだろう?」
「っ……だが」
「それに、お主たちが再び武器を取り村を襲うのであれば、何度だって止めるだけだ。戦争の中で、人間が人間を殺そうとするなど、そんなことはしてはならぬ」
有無を言わさぬラウルの迫力にジオードは言葉に詰まる。
嘘を言っている様子もなければ、むしろ言葉の全てが本気で言っていることが感じられる。
目の前のラウルという青年は、心の底からジオードたち王国兵士を思い、生き残るための手段を提案している。
「……俺たちが戻らなければ、異変を察した王国がさらに軍を動かす可能性だってあるんだぞ」
「それでお主たちを犠牲にして得た平穏など、余はいらん」
「いらん、って」
ラウルからすればジオードたちは敵だ。敵を助ける者がどこにいるのだと。
ラウルの瞳はどこまでも真っ直ぐだ。嘘偽りなく、決意が込められている。
「どうせ殺されるのなら、もう少し生きたらいいではないか。誰かの命を奪うのではなく、誰かを守るために」
「この村を、守れというのか……?」
「守って欲しいとは思う。村が襲われるとして、戦力は確かに欲しい。だがな」
ラウルは居住まいを正すと、もう一度ジオードの顔を真っ直ぐ見つめた。
真っ正面からの真剣な表情に、ジオードは思わず息を呑む。
ラウルが何を言い出すのか、今回ばかりは見当も付かない。
「たまには畑でも耕してゆっくり過ごした方が良いだろう? 戦うのは疲れるだろう?」
「……は、はは」
ラウルの言葉にジオードは胸の内から笑い声がこみ上げてきた。
我慢することなく笑い出す。あはは、と小さく笑い出し、すぐに大声となる。
「なんだお前は。どうしてそこまで呑気なんだ。お前という奴は、この時代に、そんなことを考える奴がいるのか!?」
ジオードが生まれた時にはもう戦争が行われていたのだ。
兵士になるように訓練を受け、戦うことが当たり前の世界でジオードは生きてきた。
畑を耕すのは、戦うことの出来ない者のすることだと教え込まれた。
……だが時には、畑を耕し黄金の小麦を収穫する人たちを羨んだこともある。
戦うことの出来ない者、ではない。戦いとは無縁の世界で、ゆっくりと人生を謳歌している者、だ。
戦争がなければ、と考えたこともある。もちろん部下にはそんなことは話せない。
「わかったわかった。どうせ戻って殺されるなら、もう少しだけ生きるとしよう。土を耕すのも悪くない」
涙を浮かべるほど笑ったジオードは、ラウルに手を差し出した。
「うむ!」
ラウルもまた満面の笑みでその手を掴むのであった。




