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魂の輝き




 轟音は一瞬にして通り過ぎ、辺りに静寂と暗闇が訪れた。

 ラウルは閉じていた目を開き、エルはラウルに守られるように抱き締められていたことに気付く。


「リューネ!」

「リューネ殿っ!」


 二人の視界に真っ先に入ってきたのは、月明かりに照らされた銀の鎧と金の髪。

 兜は砕け、銀の鎧は大半を失いつつも――かろうじて、リューネの命を守りきっていた。


「っけ、これが、てめえの力かよ……」


 リューネは尚も視線を落とさずに真っ正面を睨んでいる。目の前には傷一つないジオードが立っており、その両足に装着された竜装王具が禍々しく明滅している。


 リューネは片膝を突き、咳き込むと同時に血を吐いた。

 竜装王具グレイズ・メイガの一撃によって、内臓をやられたのかもしれない。

 それでもリューネは、立ち上がろうとする。


「リューネ、もうよい。後は余が――」

「……黙ってろ。王国の騎士なんだ。オレが、オレが殺すんだ。これは、オレの、復讐なんだ……っ」

「ド阿呆が! 剣も折れてどうするつもりだ!」

「剣……?」


 エルに言われて、リューネはようやくその事実に気が付いた。

 ずっと握りしめていた、グレイズ・メイガの一撃を相殺するために放った心具

 空穿慟哭ソラヲウガテは刀身を失っていた。


「剣が……姫様からいただいた、剣が……」


 がた、とリューネが崩れ落ちる。息も絶え絶えな様子に、ラウルはたまらずリューネをそっと抱き締めた。

 もうよいと、ラウルをエルを守ったリューネを賞賛するために。


「そなたは立派だ。お前のおかげで、余とエルは守られた。そなたこそ真、立派な騎士よ……!」

「騎士……っはは。そっか。オレは……」


 ラウルの腕の中で、リューネはゆっくりと目を閉じた。浅い息を何度か吐いて、うわ事のように言葉を必死に絞り出す。


「来い、りゅうそう、おうぐ……!」


 中空へ伸ばした手に、手甲が握られる。鉤爪を背負うその手甲は、リューネが持つ竜装王具カインズ・ヘル。


「これ、を……」

「それは……」

「お前の、だろう? ……なあ、ラウル」


 リューネが初めてラウルの名を呼ぶ。胸にこみ上げる温かな気持ちを受け止めながら、ラウルは差し出されたカインズ・ヘルをその手に取る。


「エル、リューネを頼む」

「了解しました。――お気を付けて」


 リューネの介抱をエルに託したラウルは、カインズ・ヘルを両手に装着した。

 驚くほど軽い。

 身体の底から力が湧き上がってくる。

 そして――あまりにも、違和感がない。


「竜装王具。貴様、それを何処で……!」


 ジオードが激情を露わにする。その双眸はカインズ・ヘルへ向けられており、返答次第ではジオードはすぐにでもラウルへ飛びかかるだろう。


「平和を願った姫より、だ」


 違和感がないのは当然だ。

 竜装王具は、竜王ラウルの死体を加工して作られた。

 それはつまり――。


「丁度いい。竜装王具を持って帰れるのなら、この不始末も全てどうにでもなる……っ!」

「させんよ。これは奪わせんし、誰も死なせはせん」

「冗談を! 怨嗟の声も聞こえない竜装王具で、勝てるねえだろぉぉぉぉぉ!?」


 相対して、ジオードの様子がおかしいことにラウルは気付いた。

 錯乱しているというよりも、狂気に塗れている。

 それは間違いなく、グレイズ・メイガの影響だろう。


 血で染め上げなくとも、これまでに血を吸い続けてきたはずだ。

 既に呪われており、更なる呪いを求めていたのなら、ジオードの豹変っぷりも理解出来る。


「必ず止めてやる。ジオードよ、余は、お前たちだって守りたいのだ!」


 力が漲る。滾る、と言うべきか。

 カインズ・ヘルが呼応する。ラウルの意思に従うように、輝きを放ち始める。

 それはまるで宵闇を裂く為に生まれた太陽。


 呪われていたカインズ・ヘルは、本来の所有者――否、還るべき場所へ還ってきたのだ。


「――声が聞こえる。悲しみと憎悪の声だ。だがそれら全ては、一つの結末を望んでいる」


 殺せ、と。

 殺してくれ、と。

 助けてくれ、と。

 涙と憎悪の負の感情が渦を巻いている。


 だが、ラウルの意思は変わらない。


「明日を想い、争いのない世界を求める声だ。これは呪いだけではない。――祈りだ」


 ラウルが呟く言葉に耳も貸さずにジオードは大地を蹴る。

 グレイズ・メイガが雄叫びをあげる。命を喰らわせろとジオードを操る。


 迫るグレイズ・メイガの一撃を前にしても、ラウルは動じなかった。


 瞳を閉じた先に浮かぶ、カインズ・ヘルの中に蓄えられた人々の想い。

 その中で一人、見覚えがあり、そして初対面の人を見つける。


 成る程、確かに似ていると確信した。


 その女性は、瞳を閉じて神に祈るように夜空を見上げていた。

 どうか、どうか、争いが終わりますようにと。

 部屋の中で封印されていたカインズ・ヘルは、その背中をずっと見続けていた。


 想いが、輝く。


「約束しよう。亡き姫よ。かつての宿敵である聖王国よ。そなたが守ろうとしたリューネは、余が必ず、守ってみせる!」


 大切な愛娘によく似た女性――リンネ・アルフ・ガイア。


「呼応しろ、肉体よ。我が元に全て還るがよい! 叫べ、満ちろ、穿てっ! カインズ・ヘルッ!」


 肉薄としたグレイズ・メイガより放たれた一撃を、ラウルはカインズ・ヘルの双爪で切り裂いた。


「な――」


 同じ竜装王具。呪いが暴走しているグレイズ・メイガと、そうでないカインズ・ヘル。

 本来であればグレイズ・メイガの一撃を防ぐことまでしか出来なかった。

 だが、本来の肉体に――ラウルの魂に、竜王ラウルの肉体が応えたことにより、その力は覚醒した。


 そもそも、だ。

 竜王とは、山を一撃で削りきる力を持っていた。

 その力を求めて造られた心具とはいえ、竜王の一撃を再現することなど容易には出来ない。

 それこそ、竜王の魂が必要なのは当然だろう。


 魂を使う心具だからこそ、竜王の魂に応え真価を発揮する。


「嗚呼。一つの答えを見つけた気がする。余は、余は……取り戻すために、蘇ったのだとッ!」

「なんでだ。なんで、同じ竜装王具なのに、どうして負けるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 カインズ・ヘルの一撃はグレイズ・メイガを一方的に蹂躙した。

 その余波はジオードを飲み込み、瞬く間に竜装王具を粉砕する。


 ――それだけでは収まらない。その程度で、止まるわけがない。

 山を削る竜王の一撃は、その名に相応しく、大地を抉り、丘を削り、山を屠り、地平線を覗かせた。


「余の勝ちだ。貴様の竜装王具は失われた。貴様たちに、村は荒らさせない……!」


 朝日が昇り、世界が輝きを取り戻す。

 戦いは終わった。騎士団の兵士たちは全て意識を失い、隊長であるジオードもまた大地に転がっている。


 昇る朝日に向けてラウルは拳を突き上げる。

 それはまるで、世界への宣戦布告。

 己が信念を貫き通す、嘘偽りのない姿だ。


 逆光に照らされるラウルの背中を見守っていたエルは、身体中に満ちる歓喜の声に涙を流す。


「世界よ、今まで済まなかった。だが余はもう迷わない。平和を、明日を、世界に自由を取り戻す。それこそが、余が生まれ変わった一つの意味だ!」

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