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夜襲への奇襲




 漆黒に包まれた世界を進む一群。規則的な足音は彼らが訓練された兵士であることを暗に示している。

 戦王国騎士団、第八方面部隊。

 未だ続く戦争のために、兵站の補充を任された部隊だ。


 最も――今は、その任務ではなく本来の任務のために動いている。

 全ては勝利のために。

 勝利のために、全てを捧げよ。


 竜装王具グレイズ・メイガを血で染める。

 そのために、一つの村を皆殺しにする。


「お前ら、準備はいいな?」

「はい隊長。総員、いつでも突撃できます」


 丘を越えるとすぐに目的地の村が見えてくる。夜ではあるが、獣避けの松明が焚かれているのが見えた。

 兵士の一人が村を双眼鏡で覗き込む。松明の明かりだけが頼りだが、それでも見張りの類は見当たらなかった。


 頃合いだ、と隊長であるジオードが手を挙げる。その手が振り下ろされた時が、兵士たちが村へとなだれ込む合図となる。


 兵士たちの心臓が僅かに早くなる。今から行う事が、必ずしも正しいとは思ってはいない。

 だが、今は戦時中なのだ。敵を倒すために、必要なことなのだ。

 勝利のための礎となれるのならば、光栄だろう。


 そう思い込むことで、兵士たちは緊張を誤魔化した。

 同胞殺しを背負いたくない言い訳を、心の中で続ける。


「――行くぞ」


 静かなジオードの声と共に手が振り下ろされる。

 第八方面部隊は総勢三十名の小さな部隊だ。だが一つの村を滅ぼす程度なら十分な戦力だ。


 何も難しく考える必要は無い。兵士たちは皆、命令に従うだけなのだ。


 咆哮も何も発さずに、兵士たちは漆黒の草原を駆け出す。

 全ては勝利のために。全ては勝利のために。全ては勝利のために。

 何度も何度も、まるで呪詛のように繰り返して――。


「うわぁぁぁぁああ!?」


 あと数百メートルで村に押し入るといったタイミングで、先陣を切る兵士が叫び声を上げた。

 それと同時に金属音が響き、兵士たちは足を止める。

 暗闇の中で何かが起きた。それを把握しない限り、無闇に突撃することは出来ない。


 正規の訓練を受けてきた兵士たちだからこそ、動きを止めてしまった。

 むしろ殺意に塗れたまま突撃していたら――結果はきっと、違っていたかもしれない。


「魔族……魔族だ、魔族が出たぞーーー!」


 兵士の一人が叫んだ。腰を抜かした兵士の前に立つのは、可憐な小さい少女だった。

 だがその少女は兵士たちよりも遥かに長い時を過ごしている。

 雲から出てきた月明かりが彼女の銀の髪を照らし、ゆらゆらと動く尻尾を覗かせた。


 頭の上に見える耳は、人間のそれではなく……人狼族と呼ばれる、魔族の特徴だった。

 彼女――エリクシア・ウェアリティアは、哀れむような声を上げる。


「人の軍よ。情けない。情けない! 同胞を殺すような罪深い者が、我ら偉大なる魔族の敵であったとは。嘆かわしい! くだらない! 哀れである!」

「何故だ、何故魔族がここにいる! ええい貴様ら立ち上がれ! 魔族を殺せ、魔族を、殺せ!」


 ジオードの怒声が兵士たちを奮い立たせる。

 同胞でない、敵である魔族が目の前にいる。

 兵士たちは呪詛の言葉をかなぐり捨てて剣を握る。


 にやり、とエルは口角を吊り上げた。大胆不敵なその笑みに気付いたジオードは、咄嗟に左右へ神経を尖らせる。


 大地が膨れ上がり、爆ぜる。それと同時に二つの影が飛び出してくる。

 一人は褐色の肌を持った長身痩躯の青年、ラウル。

 そしてもう一人は、全身甲冑を纏う騎士・リューネ。


 一人の兵士が敵襲と叫ぶ。だがその時には一歩遅い。

 ラウルとリューネは真っ先に動揺を見せた兵士に襲いかかる。


「――すまんな、村を襲わせるわけにはいかないのだ!」

「しゃらくせえ。殺しちまえばいいものを!」


 ラウルは兵士の腕を掴んで、そのまま背負い投げる。リューネは舌打ちをしつつも、急所ではなく手足を狙って剣を振るう。


 殺すつもりのない動作に気付けた兵士は誰一人としていない。咄嗟に急所を庇おうとして、結果的に別の場所を傷つけられ、意識を失い、あるいは動けなくなり大地に倒れる。


「お前、あの村の――」

「そうだとも! ジオードよ、済まぬがお前たちの夜襲だけは阻止させて貰う!」

「っち、全員仕切り直せ! たかが三人だ、迎撃しろ!」


 ジオードは怒号を上げつつも剣を引き抜き、兵士たちに指示を飛ばす。冷静さでいられたのはジオードだけで、混乱した兵士たちにはジオードの声は届かない。


「貴様……魔族が何故ここにいる、魔族に味方するのか!」

「魔族であろうと関係あるか! 余は、平穏を、平和を求める者を守るのだ!」

「魔族は敵だ! 魔族は殺す、ここで殺して手柄にしてくれるわ!」


 ラウルとジオードの剣がぶつかり合う。打ち合い続け、膂力で勝るラウルが少しだけ優勢となる。


「ラウル様そのまま将を抑えておいてください!」

「他の雑魚共は任せておけ!」


 エルとリューネの言葉がラウルに届く。つばぜり合い、至近でジオードと睨み合い剣を握る手に力を込める。

 幸いな事に、兵士たちは未だ混乱から立ち直れていない。動揺する者も多く、体勢を整える前にエルとリューネによって意識を奪われていく。


「俺たちの任務を読んでいたのか。流石としか言いようが無い……!」

「襲撃は失敗だ。大人しく退くのであれば、余も言及はしない。領主にも何も伝えない。だから――」

「だから撤退しろと? バカを言うなぁ!」


 つばぜり合いを拒否し、ジオードは激昂しながら剣を振るう。

 かろうじてラウルは捌いていくが、ジオードの剣技は剣士として非常に優れていた。

 身体能力で上回るラウルを一方的に抑え込む。防戦一方のラウルだが、状況自体はラウルが優勢であることに変わりは無い。


「このまま互いに血を流さず、お前たちは食料を届けるだけで任務は完了だろう!?」

「そんなわけあるか! 戦王国がその程度で満足すると考えているのか! 任務に失敗すれば、俺たちが竜装王具の糧にされるだけよ!」

「な――」


 兵士たちが呪詛のように同胞殺しの言い訳を続けていた理由がそれだ。

 第八方面部隊にとって、任務の失敗は死を意味する。


 僅かな動揺を突き、ジオードがラウルを蹴り飛ばした。肩で息をしながらも、ジオードの激情の込められた双眸はラウルを捕えて放さない。


「ラウル様!」


 エルの声が聞こえた。すでに周囲の兵士たちは地に伏せている。大半は意識を奪われており、もう戦力として考えることは出来ない。


「戦争に勝つためだ。その礎になりたくなければ……他を犠牲にするしかないだろうが!」

「それは違う! 何があったとしても、犠牲の上に成り立たせてはならない!」

「知った風な口を利くなぁ!」


 ラウルは振り下ろされた剣を躱し、なんとか体勢を整える。

 だがすぐにジオードが肉薄し剣を振るう。猛攻に切り傷が増えていくが、それでもラウルは語りかけるのをやめないでいた。


「落ち着けジオード。お前ならば違えずに済むはずだ。同胞を殺すことなど、あってはならぬ!」

「黙れ、黙れ、黙れ! どうせ退けば死ぬのなら、同じことよ!!!」


 再びジオードが剣戟の合間を縫って蹴りを放つ。その蹴りを読んでいたラウルは咄嗟にガードに成功するが、その僅かな隙を突いてジオードはラウルと大きく距離を取った。


 ジオードが退いた先には、厳重に鎖で封印された木箱があった。

 ジオードは木箱を踏みつけると、握りしめていた剣で左の手の平を切りつけた。


「っ……起きろ竜装王具。貴様にエサを与えてやる。目の前のこいつらを、村を喰らい尽くせ!」


 痛みに顔を歪めながら、左の手を木箱に叩きつける。流れ出た血が木箱に流れ込み――木箱から瘴気があふれ出た。


「あれが……奴らの竜装王具か!」

「下がってくださいラウル様、ここは私が――」


 あふれ出た瘴気は、それだけで竜装王具の脅威を知らしめた。咄嗟にエルが庇うどうさをしなければならないほどに。

 木箱から姿を現したグレイズ・メイガがジオードの両足に装着されていく。

 溢れる力に、ラウルもエルも思わず身構えた。


「……退いてろ、テメエら」


 ラウルとエルの前に、リューネが立ち塞がる。その手に握りしめた剣に、風が集中していく。


「心具には心具をぶつけんだよ。それが普通だ」

「だが、あれは普通の心具ではないことくらいわかっているのだろう!?」

「わかってるよ。……オレだって使ってたんだからよ」

「ならば――」

「だからこそ――あの憎しみがよくわかる。伝わってくるんだよ。狂おしいほどに。ああ、オレと戦ってたお前らの気持ちが、なんとなくな」


 リューネは僅かに振り返り、ふっ、と笑う。


「――風よ、集え。我が敵を打ち砕け。我が道を切り開け! 我が風の真名は――」

「食らいつくせ竜装王具。全ては勝利のために。勝利のために全てを喰らえ!」


 高まる心の力が、思いの力が具象化する。

 風は集い、一つの塊となる。


 激情が集い、大地を飲み込まんとする。


「『空穿慟哭(ソラヲウガテ)』ッ!」

「グレイズ・メイグァァァァァァァァッ!」


 互いに放たれた心具の一撃が、漆黒の世界を飲み込まんと雄叫びをあげた――。


「――――ッチ」


 轟音と爆音と、そして。

 小さな舌打ちが、聞こえた。

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