七日目ー王国軍陣地にて。
「それではこちらが、要求されたものになります。お納めください」
「お、おお……」
戦王国騎士団第八方面部隊が長、ジオードは突然の来訪者に面食らっていた。
兵站の確保として用意した一週間の猶予。その最終日に陣地を訪れたのは、見覚えのない青年であった。
ルイン・アッシュクロード。ここら一帯の四つの村を治めるアッシュクロード家の嫡子。
そして、領主が死んだ今、確かにその地位を継ぐのは彼であることは間違いない。
だがジオードが持っていた情報では、ルインはまだ領主を継いでいない。
継ぐことを拒む素振りすら見せていたこともあり、だからこそジオードの部隊は密命を託されたのだ。
全ては魔族を滅ぼすがために――。
ジオードに託された任務は確かに兵站の確保だ。
本来であればアッシュクロード家の領主を通して確保するのだが、その領主が死んでしまい、跡継ぎもいないために宙ぶらりんとなっていた。
戦王国はそこに目を付けた。
治める人物がいないのであれば、村の一つが消えても誰も気にしない。
であれば。
――その心具は、かつて人類に戦争を仕掛けた竜王の遺体を加工した物だと言われている。
莫大な魔力を秘めた肉体を加工した心具は、そのままでも破格の性能を誇っている。
だが、それをさらに強化する方法があるとしたら?
戦王国は魔族の殲滅を謳い、更なる戦力を求めていた。
聖王国の姫君が何処かへ隠した心具の捜索はもちろんのこと――保有している、もう一つの心具の強化を求めていた。
竜装王具グレイル・メイガ。
血に塗れ、怨嗟をすり込ませることで竜装王具は出力を増す。
その性能は村一つを滅ぼしてもお釣りが出るほどだ。
だからこそ、ジオードの部隊には「優先」として命じられていた。
領主に渡す書状を直接村に持っていったのも、そのためだ。
所詮小さな村の一つで賄えない量。
拒めば反逆者として、用意しきれなければ誤魔化しているといくらでも理由を付けて滅ぼせる。
「確かに要求した分だな。確認した」
「ありがとうございます。父からもジオードさんの話はよく聞いていましたので、これも何かの縁と思いまして。これからは僕が領主を継ぎますので、以後、よろしくお願いします」
にこにこと笑みを絶やさない青年ルインは、小さな布きれを渡してきた。
受け取ってみてその重さですぐに金だと理解した。
ルインの微笑みと共に、ジオードは内心を見透かされたような気分になる。
――まさか、な。
ルインは表情から真意を掴みにくい。やりづらい相手だ、とジオードは苦々しい表情を浮かべる。
「……隊長」
「大丈夫だ。それよりも食料などを早く積み込め。ルイン殿、ご協力感謝します」
「ありがとうございます。僕はアッシュクロードの屋敷にいますので、次がありましたらそこへお願いします」
「……了解した」
「それでは、これらの兵站が少しでも戦争終結に役立てますように。迅速な運搬をお願いします」
ルインはにこやかに馬車に乗り込み、陣地を去って行く。
脂汗をかきながら、ジオードは舌打ちと共に椅子を乱雑に蹴り上げる。
「隊長、どうするんですか。このままじゃ竜装王具が――」
「……落ち着け。どうせ目的の一つである兵站は確保した」
「ですが我々の本来の任務は――」
「わかっている。……全員、すぐに準備を整えろ」
去り際のルインの言葉は、まるでこちらの真意を見抜いているような言葉だった。
だとしたらジオードの判断は間違っているかもしれない。
村を厳重に防備され、もし誰か一人でも逃したら――この企みが知られてしまう。
そうなればどうなるか。
民は反乱を起こし、あっという間に人間の軍は瓦解する。
聖王国の崩壊すら知らさなかったというのに。
最悪の事態は避けなければならない。
その事態を防ぐために出来るとすれば……一刻も早く、目的を果たすことだ。
一気呵成に村に攻め込み、火を付けて滅ぼし尽くす。
アッシュクロードの屋敷とは距離も離れている。
いくらルインの手腕が見事であろうと、今日そのままに護衛が間に合うとは思えない。
そうとなればたかが村一つ。どのみち村に戦力など存在しない。
ならば、答えは一つ。最低でもバレる可能性を減らすために装備を隠蔽しつつの襲撃。
それも、視界が狭まる夜半に。
「夜襲を掛ける。全員、大至急用意せよ! 竜装王具グレイズ・メイガを血で染めるために!」
部隊全体に指示を飛ばしながら、ジオードは荷物の中に隠しておいた竜装王具を取り出した。
踝に骨のような翼の装飾が施された、足先まで全体を覆うグリーヴ。
それこそが竜装王具グレイズ・メイガ。
「往くぞ、我らが戦王国に勝利あれ!」




