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リューネの違和感




 一時(ひととき)の静寂を終えて、ルインはゆっくりと言葉を口にする。


「……ラウルさんは今、村長をやっているのですか?」

「ああ、任されている」


 ラウル自身、村長としての自覚はあるものの、自信が伴っているわけではない。

 だがルインを説得している以上、弱い部分を見せてはいけない

 だからこそラウルは、強い自分を見せようと背筋を伸ばす。威風堂々とした佇まいを見せつける。


「わかりました。僕もまた未熟な身ですが、領主を継ぎます」

「本当か!?」

「ええ。ですが……二つほど、条件があります」


 ようやく踏ん切りが付いたのか、ルインもまた決意の瞳でラウルを見返す。


「王国軍については、こちらで対応します。ですが僕はまだ未熟ですから、それに掛かりっきりになります。なので、この村……だけではなく、アッシュクロードが治める四つの村、その全てをラウルさんに纏めて貰いたいです」

「それは……」

「もちろんサポートはします。ラウルさんがいる村を優先で構いません。ですが他の村もまた、村長を任せられる若い人がいないのが事実なのです」


 一つ目の条件。

 それはラウルに自分の村だけではなく、他の村の長も兼任して欲しいというものであった。

 ルインが領主を継ぐ以上、領主としての仕事を優先しなければならない。その場合、村の全てまでをやるには知識も経験も足りない。

 だからその穴を塞ぐために、ラウルに手伝って欲しいということだ。


 だが少しばかし、この条件は卑怯なものである。ラウルも、そしてルインもそれを理解している。

 覚悟を決めたルインの瞳がラウルを射貫く。当然ラウルは、断ることが出来ない。


「わかった。余に出来ることならなんでもしよう」

「ありがとうございます。そして二つ目ですが」

「余も覚悟を決めた。何でも言うが良い」


 胸の前で腕を組み、ラウルはどっしりと構える。これ以上の要求はないだろうと腹を括ってルインの言葉を待つ。

 だがルインから出てきた言葉は、ラウルの予想を越えるものだった。


「後ろの方――リューネさんを、あなたの村に常駐させてください」

「む?」

「あぁ!?」


 いきなり話の矛先を向けられたリューネが咆えた。

 だがルインは物怖じすることなく理由を語り始める。


「リューネさんが父を殺したことは咎めません。ですが、あなたに『罪』はある。語り草程度でしたが……放浪する鎧騎士の噂は、聞いていましたから」


 ルインの言葉にリューネは言葉を詰まらせた。言葉を詰まらせたリューネに、ラウルはむしろ違和感を抱いた。

 リューネは悪く言えば狂犬だ。制御できない野生の動物だ。憎悪を頼りに放浪し、触れる者全てを傷つける鋭利な刃物だ。


 そのリューネが、ルインの言葉に逆上せずに言葉を詰まらせた。

 それは、罪があることを自覚しているということだ。

 それは、少なからず自分のしたことを悔いている、ということだ。


「贖罪をするべきです。そのために、あなたの力で守れる者を守って欲しい」

「てめぇ……!」

「……ルイン殿。申し訳ないが、その条件は受け入れがたい」

「あぁ!?」


 今にも爆発しそうだったリューネを諫めたのは、他ならぬラウルの言葉だった。

 むしろより爆発しそうになったのは言うまでもない。だがラウルは、悲しげに目を伏せて言葉を吐いた。


「リューネはたまたま余に同行してくれただけだ。リューネの行動を余が制御しているわけではない。……それに、リューネは『そうせざるを得ない過去がある』のだ。余も、止めて欲しいとは思う。だが、条件として無理にリューネを止める事は出来ない。それでは余もリューネも納得しない。わだかまりはいつか深い溝となり、繋がった縁が断たれてしまう」


 ラウルはリューネの過去を知っている。だからこそ、リューネのこれまでのことも、これからも止める事は出来ないと考えている。

 人と魔族を傷つけることは、確かにやめて欲しい。

 だがそれはラウルの考えなだけで、結局は『綺麗事』なのだ。

 そんなラウルの言葉でリューネが止まるわけがない。


 どうにかしてリューネが納得しなければ、その凶行は止まらない。


「……気に入らねえ」

「む?」

「オレをわかったような口を利きやがって。オレがやらないといつ言った? あーいいぜやってやるよ! しばらくくらいは暴れずに村に残ってやるよ! そんでてめぇがオレをまったく理解してなかったって見せてやるよ覚悟しとけ!」

「う、うむ……?」


 激しい剣幕に思わず頷いてしまうラウルと、そんな二人のやり取りを見てルインはくすくすと笑っている。

 表情を和らげたルインは、ラウルに手を差し出した。

 今度はラウルからではなく、ルインから。


「それではラウルさん、リューネさん。これからもよろしくお願いします」

「ああ、任された」

「ったくしょーがねえ……」


 納得はしてないとばかりの物言いだが、その言葉は満足げだった。

 その表情がまた、ラウルに違和感を抱かせる。だが、この場では言葉にはしないことにする。


「僕はこれからすぐに屋敷に向かって手続きと食料などについてを進めます。ラウルさんたちも、一先ずは村に戻って王国軍を警戒してください」

「承知した。重ね重ね、ありがとう」

「いえ、僕もようやく……やるべきことと向き合うことが出来ましたから」


 ラウルとルインは微笑み合い、再び握手を交わすのであった。

 慌ただしく動き始めるルインを余所に、ラウルとリューネはひとまず村に戻ることにした。

 とにもかくにもルインが動かなければ事態は好転しない。

 そのためにも、ラウルたちに出来ることは待つだけだ。その中で、王国軍への警戒を怠らないことだ。


「……しかし、いいのかリューネ」

「あ?」


 村に戻る道中の半ばで、ラウルはリューネに問いかけた。

 それはリューネが村に残り、村を守るためだけに力を使うことを許諾したことだ。


 リューネは人も魔族も全てを憎んでいる。例え竜装王具の呪いを受けていようと、その根源の記憶は変わらない事実だ。

 だからラウルにはリューネの言動に違和感ばかり抱いていた。

 人も魔族も襲わない。ましてや村を守ることを承知した。


 それはリューネの目的とは大きく離れている。


「確かにリューネが残ってくれれば、心強い。リューネが自らの意思で凶行を止めてくれるのも、嬉しい。だがそなたは――」


 先を行くリューネの背中に向けて、ラウルは抱いていた違和感を言葉にした。

 その結果リューネが約束を反故にし、剣をこちらに向けるかもしれない。

 可能性はある。だがそれでも。ラウルは問わずにはいられなかった。


「……オレは、人も魔族も恨んでる。憎んでる」


 背中越しに、リューネが言葉を吐く。いつの間にか足は止まり、肩を震わせていた。


「でも、わからねえんだ」

「わからない?」

「この胸には、憎悪は確かに存在してる。だが――領主の野郎や、お前を襲った時のような激情が、沸き上がってこないんだ」


 リューネが振り返る。それと同時に兜の召喚が解かれ、夕焼けの空の下に黄金色の髪が晒し出される。

 その瞳は僅かに潤んでいた。自分でもわからない感情に、リューネ自身が戸惑っているのだ。


「いつもはもっと真っ暗だった。目の前が真っ暗で、殺した奴の顔すら見えないほど暗い世界にいた。それでよかった。殺す奴の顔なんて覚えるつもりもない。でも……」

「今は、見えるのか?」


 こくん、とリューネは首を縦に振った。


「靄に包まれてるようだった。でも、それも消えた。お前に心具をかき消され、そして――あの子に出会って、靄が一気に吹き飛んだ……気が、する」

「リン、に?」

「ああ」


 リューネは頷き、再びラウルに背を向けて歩き出した。顔を見られたくないのか、先を急ぐべき判断かはわからない。

 ラウルの中に一つの答えはあった。だがそれは、言葉にしてもリューネに届くかはわからないものだった。

 出会ったばかりのリューネであれば、真っ先に否定されていた。

 不安はあれど、ラウルは感じた思いを言葉にする。


「そなたはきっと、竜装王具の呪いから解き放たれたのだ」

「……っ! そんなことは、ねえ。オレはその呪いだって受け止めていた」

「だが実際に、そなたは激情に支配されていない。竜装王具の効果はわからないが……」

「違うッ! オレは全てを滅ぼすんだ。姫様を奪った奴らを、父さんと母さんを殺した奴らを殺し尽くすんだ!」


 その激情は憎悪よりももっと悲しいものだった。リューネ自身は頬を流れる涙にすら気付かずにラウルに詰め寄り、胸元を掴む。

 「だから」と言葉を続けようとしたリューネの両肩を掴む。

 びく、と身体を震わせたリューネの瞳を覗き込む。

 そこには悲しみと――恐怖の感情が込められていた。


「オレは、オレは――――」


「ラウル様! ここにおられましたか!」


 リューネの言葉を遮って、息を切らせたエルが飛び出してきた。

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