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事態を乗り越えるために




「……そうか。領主様が亡くなられたのか」

「……黙っていて、申し訳ない」


 王国軍が去り、村は静寂を取り戻した。老人たちも目覚め、ラウルは真っ先にリールの家を訪ねた。

 事情を説明するとリールは表情を険しくした。


「いや、ラウルくんの気持ちもわかる。ワシらを気遣ってくれたのじゃろう」


 ラウルは領主が死んだことを村人たちには隠していた。

 それはリールの言葉通りの意味である。リールたち領民にとっては、領主は人格者だったのだ。

 だがラウルからすれば、エルたち人狼族を捕らえ、痛めつけていた存在だ。

 結果としてリューネに殺されたが、ラウルとしては自業自得、という感が否めなかったのだ。


「すまん。……だが、隠していたことでこのような事態を招いてしまうとは思わなかった」

「それはワシらも同じじゃ。……まさか、ここまでの量を要求されるとは思わなかったわ」

「どうにかならねえのか?」


 ラウルの隣にはリューネが座っており、今は兜だけを外してリールの話を聞いている。


「そもそもこの村の他に、領主様が治めている村は四つほどある。もしかしたら、その四つの分を纏めて要求しているのかもしれん」

「ジオードという兵士は、書状を持ってきただけだからそこまでは知らん、と言っていたな」

「ふむ。書状にこの村だけ、とは書かれていないようじゃし、恐らくは村四つ分でいいはずじゃ」


 村での生活は誰よりもリールが詳しい。そのリールが言うのだから、要求量については納得できるものだった。

 それならば、近隣の村と打ち合わせをし、食料を集めるために奔走しなければならない。


「……じゃが、一週間は短すぎる。領主様の時には収穫期に告知が出されていたしのう」

「収穫期はだいぶ過ぎている」

「そもそもラウルくんが来てからも一度は税を納めているしのう」


 やれやれと腕を組んでリールも顔をしかめる。本来の税を支払っておいての要求は、さすがに村の供給量を超えてしまっている。


「……なにか、裏があるのではないかと余は考えている」

「ふむ?」

「ジオードという男は、食料の要求に来ただけとはとても思えなかった」

「つーか、食料を積み込む馬車だって無かったぞ」


 兵士たちをつぶさに観察していたのか、リューネの意見は鋭かった。

 食料を集めに来た部隊が、食料を運ぶ馬車を用意していない。それは明らかな違和感である。


「別の部隊が来る、という可能性もあるのでは?」

「……いや、リューネの言うとおりだ。兵士たちはやけにしっかり武装されていた」


 ラウルもつい先ほどの記憶を振り返る。確かに戦王国は戦争の真っ只中であるが、兵士たちは全員が強固な鎧兜を身につけていた。

 まるで、これから戦いに赴くかのような。


「余は、部隊の事情などには詳しくない。だが……彼らは食料の調達というより……戦うために移動している、といった印象の方が強かった」

「……ふむ」


 これは杞憂なのか?

 ラウルの頭に何度も同じ言葉が過ぎる。

 いや、杞憂であれば良いのだ。ただの食料の調達に来た部隊が、たまたま重武装であっただけならば。

 だが、逆に――最悪を想定すると。


「目的が見えない以上はあらゆる事を想定してみるべきだ。『もしも』食料調達が目的でないのなら」

「……アインスくんたちのことが漏れた、とかじゃな?」

「有り得るかもしれない。だが、それは限りなく低いはずだ」

「と、いうと?」

「領主が殺されてから、時間がかなり空いている」


 ラウルは人間の事には疎い。そこばかりはリールやリューネの方が遥かに詳しい。

 だが、それこそ逆にラウルは魔族については非常に詳しい。かつて魔族の全てを支配していたからこそ、魔族のそれぞれの特性についてはあらかた網羅している。


 とりわけ人狼族という種族においては、ラウルが一番最初に支配下に置いた種族なのだ。

 およそどんな他の魔族よりも、ラウルは人狼族に詳しい自信がある。


「疲弊しているならともかく、心身共に満たされている人狼族が知らない人間の匂いに気付かないわけがない。人狼族の優れた嗅覚は、かの戦争においても『竜王の鼻』と呼ばれるほどに優秀であったのだ」

「まるで知ってるかのような言い分じゃのう」


 リールが呟いた言葉に思わず言葉を詰まらせてしまうラウルだが、すぐに表情を切り替える。


「屋敷から戻ってくる最中に、エルから聞いたのだ」

「エルちゃんはラウルくんにぞっこんじゃからのう。成る程のう」


 誤魔化した言い分だがリールはそれで納得してくれたようで、うんうんとしきりに頷いている。

 人狼族がいる以上、人間が村を監視した、ということも怪しいのならば。


「エルちゃんたちでないのなら……それこそわからんのう」

「そもそもあいつらは『この村は老人ばかり』って情報しかなかった。てめえがいることすら知らねえってのに、人狼のことなんか知るわけがねえだろ」

「……それも、そうだな」


 ならば、何が目的なのか。

 今のラウルたちにはあまりにも情報が足りない。答えを見出すカードが足りない。

 いくら考えても答えは出てこない。そもそもここで頭を抱えて考え込んでいる場合でもないのだ。


「ラウル様、ここにいらしたのですね」

「エルか、おはよう」

「おはようじゃのう、エルちゃん」

「おはようございますラウル様、リール殿。それと……リューネ殿」

「おう」


 リューネの姿を見つけたエルが僅かに頬を引き攣らせる。そもそもエルはリューネを信用していない。二度も襲われ、ラウルを危険に晒したのだから。

 リューネはもう出て行ったとばかり思っていたから余計にだろう。


「エル……そうだ、エル。お前に頼みがある」

「っは。なんでございましょうか。不祥エリクシア・ウェアリティ。ラウル様の命であれば火の中水の中嵐の中すら突き破ってみせましょう!」


 ビシ、とすぐにエルが居住まいを正す。あまりにも素早い動きで正座をし、頭を下げてきた。

 思わず面食らってしまうものの、動揺を表に出すわけにはいかない。


「丘の向こうに、戦王国の軍が陣を築いている」

「何ですと!?」

「彼らの目的は、戦争で必要な食料の確保のようだが……なにかもう一つ、目的があるようなのだ」


 ラウルはリールと情報を照らし合わせながら、現状の説明をした。

 どう考えてもこの村だけでは足りない食料の要求。他の村に向かう様子は一切なく、丘の向こうで陣を築いていること。

 そして用意された時間は一週間しかないこと。


 あまりにも無茶な要求に、ラウルが違和感を抱いたこと。


 人狼族の嗅覚で村が観察されていないことには信頼していると話し、エルの懸念も払拭しておく。


 ラウルの言葉が終わるまで、エルは目を閉じて静かに聞いていた。


「もちろんこれは危険だ。魔族であるお前は王国軍と関わるべきではない」

「でも、妾にしか出来ないことですよね?」

「む……」


 エルの言葉は最もだ。エルは人狼族の中でも嗅覚だけでなく聴覚や視力も優れている。

 危険への判断力も非常に優れていて、出なければ百年もの間生き延びることなど出来ない。


「任せてください。必ずや、ラウル様のお役に立つ情報を手に入れて参ります」

「……わかった。だが絶対に無理はするな。もし王国軍にバレたら、一目散に逃げろ。王国軍とは、絶対に戦うな」

「畏まりました」


 恭しく一礼して、エルは顔を上げる。その表情は決意に固められている。

 何度もラウルは念を押す。無理をするなと。見つかるなと。戦うなと。


 エルの身を案じてはいるが、それ以上にエルが王国軍を壊滅させてしまった場合も考慮しての言葉だ。

 エルもその真意を理解しているからこそ、ラウルの言葉に真剣に頷いた。


「よし、では偵察はエルに任せるとして、余は――」

「……ラウルくんには、隣の村に行って欲しい。そこにいる青年に事情を話してきて欲しい」

「隣の村? うむ、了解した」

「頼む。事情をしっかりと話せば、必ず力になってくれる」


 立ち上がったラウルをリールが引き留め、目的地を提示する。

 その真意はラウルには掴めなかった。だがリールが必要なことだと判断したのであれば、ラウルはその言葉を信じるだけだ。


「わかった。余はすぐに隣の村に向かうことにする」

「念のため護衛がいた方が……そうじゃ! リューネちゃんに同行して貰えば良いだろう。鎧装束を見る限り、実力もあるじゃろうし」

「はぁ!?」

「うむ。確かにリューネが同行してくれれば心強いな」

「はぁ!?!??! っておい人狼てめーがこっち睨むなめんどくせえ!」

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