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夜明けの来訪者




「世話になったな」

「……うむ。気を付けるのだぞ」


 朝日が昇り、世界が光に包まれる。

 鎧兜を着込んだリューネへラウルは惜しむような視線を向けつつも、何も言葉を伝えられないでいた。


 リューネの意思を変えることは出来なかった。

 こうして早朝に出て行こうとしているのは、一重にリューネがリンを避けているからだ。


 きっと、リンが頼めばリューネは思い留まるだろう。

 頑なだった食事についても、リンが望むだけでリューネは簡単に食事を共にした。


 リンはどうしてかリューネに懐いている。リンならば、リューネがこの村に残ることも望むだろう。そうなった場合、リューネはきっと断り切れない。


 ――だから。

 だからラウルは、リンを起こさなかった。

 リンに頼れば、リューネは残るだろう。

 ラウルがリューネにこの村への滞在を望むのであれば、そうした方がいい。


 それでもリンを起こさなかったのは、リューネを思うからである。


「なあ、リューネ。そなたはこれからどうするのだ?」

「どうするもねえ。オレがすることは変わらねえ。人も、魔族も、全部殺す。全部滅ぼす。壊し尽くす」


 それは何度問いかけても変わらない答え。リューネという少女の行動の原動力となっている負の感情は、ラウルの言葉では決して変わらない。


 それでも、とラウルは手を伸ばす。

 どうしてかはわからない。

 いや――きっと、リューネも戦争の被害者だから。

 責任を負う必要はないとリューネに言われていても、ラウルは気に病んでしまっている。


 何か出来ることはないのかと。


「そろそろ行く。あの子が起きちまうしな」

「……そうだな」


 お互いに言葉を発することなく、リューネは歩き出す。ラウルは一瞬小さな背中に向かって手を伸ばそうとしたが、すぐにやめた。

 何を言えばいいかもわからず、どうすればいいかもわからなかった。

 ただ、ラウルとしては――リューネに行って欲しくない。

 でも、それを言葉にすることは出来ない。リューネの気持ちは、ラウルでは変えることが出来ないから。


「……なんだ、ありゃ」

「あれは……」


 だがリューネはすぐに足を止め、ラウルに振り返った。

 リューネが向いていた視線の先には、草原の風景には見合わない黒い塊が存在していた。

 異変に気付いたリューネはすぐに踵を返し、ラウルの元へ戻ってくる。その表情は決して柔らかくない。


「――王国軍だ」

「っ!?」


 よく見ればその黒い塊は、集団であった。総数で言えば三十にも満たない小規模の集団だが、誰も彼もが剣の模様が刻まれた鎧を着込んでいる。

 一部は馬に乗り、緩やかだが確実に村を目指していることがわかる。


「王国軍が、どうして」

「さあな。オレが知るかよ」


 突き放すような物言いだが、リューネは去ることを選ばなかった。

 リューネは王国軍を恨んでいる。復讐の対象である。

 だがそれだけではこの場に残る理由にはならない。

 ……その理由は、きっとリューネ自身もわかっていない。

 でも、残らなければならない。そう感じたからこそ、リューネは足を止めてラウルと二人で王国軍を迎え入れる。


 ほどなくして王国の兵士たちが村へとたどり着いた。入り口に立っているラウルとリューネがそのまま迎える形となり、王国軍は村の前で停止する形となる。

 二人に気付いた先頭の兵士が、マスクも上げずに兜越しに声を掛ける。


「……貴様らは何者だ? この村は老人ばかりの筈だが」

「……余は、ラウル。旅人だが……今はこの村に滞在し、村長という大役を任されている」

「オレのことはどうでもいい。気にすんな」


 リューネの不遜な態度に兵士たちが睨んでみせるが、リューネは知ったことかと態度を改めはしない。

 集団の中から一人、とりわけ堅牢そうな鎧に身を包んだ男が姿を現す。

 その男性の兜だけ、他の兵士たちとは異なった造りをしている。

 天を穿つように伸びた一本角。まるで神話世界のユニコーンを彷彿とさせる。


「俺は戦王国騎士団、第八方面部隊長のジオードだ。で、お前さんが今の村長なのか?」

「うむ。身に余る大役だが、任された以上は全うするつもりだ」

「ふうん。旅人、ねえ」


 ジオードは兜を脱ぐと、無精髭を弄りながらジロジロとラウルを観察する。続けてリューネに視線を向け、足元から頭の先まで舐めるように視線を動かす。

 視線に気付いたリューネが声を荒げそうになるのを、ラウルはそっと手で制した。


「こやつもまた旅人でな。もう村を発つところだ」

「……ふうん。まあ、いい。今回の目的は違うしな」


 今回『の』という言葉が引っ掛かるものの、ラウルはひとまず兵士たちの目的を知るべきだと判断する。

 黙秘するラウルとリューネを前にして、ジオードは書状を取り出した。


「この度前線への食糧供給の不足が懸念されている。よってこの書状に記述されている分の麦・野菜を要求する!」


 ジオードが出した書状を受け取り、記載されている文を読み上げる。

 人と魔族の言語に違いが無くて助かったと、この時ばかりは隔たりのないことに感謝した。


 だが、記載されている要求量はラウルの想定を大きく上回っていた。


「なんだこの量は! 半年の収穫量よりも多いではないか!」

「村の収穫量など知らねえよ。俺はこの書状通りの量を引っ張って来いって言われてるだけよ」

「だがしかし、この量は……!」


 村長を任されてもラウルは畑仕事に精を出していた。だからこそ、要求されている量がどれほど膨大で、村の蓄えを放出しても足りないことを理解してしまう。

 とてもじゃないが、はいそうですかと従って提供できる量ではない。

 そもそも蓄えている分を加えても足りないほどだ。


「ったく、本来なら領主の野郎に話を通すだけでいいのによお。無駄な仕事を回されたもんだぜ」

「……なに?」


 ジオードの口から出てきた言葉は意外なものだった。

 同時にリューネも身体をぴく、と僅かに動かしてた。

 領主に話を通すだけ――そう、つまりはこれまでは領主が纏め、それを提供していたのだろう。


 だが領主はもういない。他ならぬリューネが殺してしまった。

 領主の人柄を知らないラウルにはとやかく言うことは出来ない。

 いや、むしろエルやアインスたちの境遇を考えると、何かしらの罰があっても仕方ない人物だと思っている。


「あ? 知らされてないのか。領主の親父が死んだんだよ。んでまだ跡継ぎが決まってねーのに食料を集めてこいって言われたんだよ」

「なんと……領主殿が……」


 本来ラウルは腹芸は得意ではない。竜王であった頃はそのようなことは必要なかったし、人間となってからも必要な出来事は一切なかった。

 けれど今の一瞬で、嘘を吐く必要性は感じた。咄嗟に偽りの言葉を出せたこと自体が、ラウルには少し意外だった。


 ジオードはもう一度ラウルをじっくりと観察する。全身を舐められているような感覚は大変気分が悪い。


「と、ゆーわけだ。今すぐに食料を差し出せっつっても無理があるだろうし、一週間ほど時間をやる。それまでに食料を用意しておくことだ」

「だ、だが……」

「――王国に逆らうつもりか? 貴様、魔族に食料でも流すつもりなのか?」

「そ、そんなことはない!」


 答えを渋っていると、途端にジオードの表情が一変する。兵士としての顔ではなく、非常に残忍な顔が垣間見え、ラウルはすぐにジオードの言葉を否定した。

 背中越しに、リューネが殺気を昂ぶらせているのがわかる。幸いな事にジオードたち兵士には悟られていないようだが、背中に感じる憎悪の感情は非常に危険なものである。


 一先ず兵士たちに退いて貰わねば――リューネの刃は彼らを襲うだろう。

 それがどのような結果を招くかは明白である。


 王国の兵士が討たれたとなれば、当然それは反逆分子である。

 このような状況下でラウルが、引いてはこの村が関わっていないことを証明することは難しい。

 そうなれば当然、王国の矛先はこの村に向けられる。

 この村を守りたいラウルにとって、それだけは避けねばならぬ事態なのだ。


 戦うことも視野に入れるとしても、戦力となるのはラウルとエル。そしてかろうじてアインスたち人狼族くらいだろう。

 だがアインスたちはまだ幼い。戦う力があったとしても、ラウルは決して彼らを戦いには駆り出したくない。


「一週間だな。わかった。一週間でどうにかする」

「よーし懸命な判断だ。俺たちは丘の向こうに陣地を築いている。食料の用意が済み次第そこに届けろ」

「……わかった」


 ラウルの言葉に納得したジオードは兵士たちに命令を飛ばし、指定した丘へと移動を始める。荒々しい馬の足音が地面を揺らし、大量の土煙を上げながら騎士団は去って行く。

 ほどなくして騎士団が見えなくなると、力の抜けたラウルはへなへなと地面に座り込む。


「……済まねえ」

「何故謝る」


 うな垂れるラウルに、リューネが謝罪の言葉を吐いてくる。

 だがそれは見当違いの言葉である。曲がりなりにも、リューネはラウルに謝ってはならないのだ。


「これはこの村の問題だし、余は『領主が死んでいる』ことは知らなかった」

「……てめえ」

「リューネ。余はそなたの行動を咎める事など出来ない」


 リューネは少しばかし居心地の悪い表情をしている。それはラウルへの申し訳なさから来るものなのか。


「リールたちを起こそう。とにかくこの事態を乗り越えねば、下手をすれば村が滅ぼされる」


 それだけの圧を、ジオードから感じていた。

 それと、もう一つ。これはラウルの予測であり、何一つ根拠のないことなのだが。


「奴らはもう一つ、目的がある……と思う。それに知らねば、村を守れない……そんな予感がする」


 背筋に走る悪寒を気に掛けながら、ラウルは四肢に力を入れて立ち上がった。

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