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ラウルの告解とリューネの秘密②




 『……オレは、人と魔族のハーフだ』


 リューネが苦しみながら吐き出した言葉。

 それはラウルの思考を真っ白に漂白し、エルの表情を苦々しいものへと変化させた。

 やはり、とエルは呟いた。見当はしていたようだが、リューネからの言葉でようやく確信を抱いたのだろう。

 

「……オレは、普通の人間とは違う。普通の魔族とも違う」


 夜空を見上げたリューネがぽつりと呟く。

 宵闇の中でも目立つ金の髪を掻き上げて、その下に隠れていた耳を露わにする。

 真っ白だった思考はすぐに現実に呼び戻され、視線はその尖った耳に向けられる。


「その耳、か」

「オレの父さんは人間だ。そして……母さんは、エルフだ」


 人間の丸い耳とは違う尖った耳。

 魔族のエルフほど長く尖っていない耳。


 それは、人でもエルフでもない――でも、どちらでもある、という事だ。

 リューネ・モルドレイトという一個人を、人間とエルフのハーフであると証明している。


「人間と魔族の間に子が生まれるとは……聞いたことがありませぬ」

「ああ。父さんたちもよく言ってたよ。『リューネ(オレ)は奇跡の宝物だ』ってな」

「……人と魔族の間に生まれた子、か」


 俗世に疎かったラウルでも、人と魔族の間に子供が作れるとは考えもしなかった。

 そもそも種族が違う。いくらエルフが人に近しい亜人種と括られていても、人と魔族は根本的に系統が違うのだ。


 なのに、リューネは生まれた。

 それを奇跡と呼ばずして、何を奇跡を呼べば良いのだろう?

 だが当のリューネは、奇跡という言葉に目を細めた。


「奇跡の子、なんて言われたこともあるさ。だがな、それは別に祝福されたわけじゃねえ」

「どうしてだ? お前の存在は、祝福されるべきことだろう?」

「戦争状態で、人間と魔族が結ばれたんだぞ。なんで敵と仲良くして、あまつさえ子供を作ってるんだ?」

「む……」


 リューネはラウルにもエルにも視線を向けない。遠い夜空を見上げたまま、掴めるはずのない空に向けて右手を伸ばす。


「オレは人ではない。エルフでもない。じゃあオレは、どっちの世界で暮らせば良い?」

「それ、は――」

「父さんも母さんも、人里から離れた場所で隠れるようにしてオレを育ててくれた。父さんたちはオレを愛してくれた。そこには人も魔族も関係ない、確かな家族があったさ」


 ぐ、と拳を握りしめる。途端にリューネから、凄まじいほどの憎悪の感情が溢れた出した。


「家が焼かれた。人間の軍に。父さんは人間の「同胞を救いたい」という言葉に騙されて、殺された。母さんは辛くもオレを連れて逃げ出した。同族であるエルフたちは母さんを受け入れてくれた。だがな――」


 リューネが歯を食いしばる。言葉にするのを躊躇っているようにも見える。

 だがラウルにはリューネを止める言葉が見つからない。エルもまた、自分の知らぬエルフたちの動向を気にしている。


「エルフたちは、母さんを殺した。助けてくれると約束したのに。守ってくれると約束したのに!」

「……エルフは血筋を気にしている種族だ。混血が生まれたとなれば、そう、するであろうな」


 エルフ族と交流があったエルは、エルフたちのことも理解している。

 混血が生まれたとして、どのような事をするか。してしまうか、を。


「オレは奇跡の混血児として、エルフの研究材料にされるところだった。そこからなんとか逃げ出して――そして長い放浪の末に、姫様に出会ったんだ」


 拳を下ろしたリューネがラウルに振り返る。だが依然とその瞳には憎悪と憎しみが渦巻いている。

 掛ける言葉が見つからない。ラウルやエルにとって、エルフという種族は「それが当たり前」だったのだ。

 むしろリューネの母親であるエルフが、人と恋に落ち、子を作ったという方が信じられないくらいである。


「姫様はオレを救ってくれた。オレという存在に、人と魔族が共存できる理想を夢見てくれた。父さんと母さんの死を嘆いてくれた。オレに少しでも、人という種族の美しさを教えてくれた。なのに、なのに、なのに――!」


 リューネの言葉はそこで途切れる。その続きはもう語られた。

 リューネの慕う姫君は、騎士団長のクーデターによって処刑された。


 母をエルフに奪われ、父と主君を人間に奪われた。

 それも、考え()る限り最悪の方法で。


 恨むなという方が酷である。人間にも魔族にも裏切られたリューネは、何を、誰を信じればいいのだろうか。


「……だからオレは、いつか必ず騎士団長のクソ野郎をぶっ殺す。エルフの全ても滅ぼす。それだけじゃねえ。人間も魔族も全て、オレが殺す」


 その言動に、ラウルは違和感を抱いた。その違和感に確証はないけれど、少なくともリューネの言動と行動に、少しばかしの食い違いを感じたのだ。


 だが――それを言葉にしていいのだろうか。

 踏み込むべき、ではある。リューネの事を思うのであれば、その一歩を踏み出してこそ、ようやくリューネと打ち解けられる。


「……リューネ殿。一つ、質問がしたい」

「あ?」


 口火を切ったのは、今の今までだんまりを続けてきたエルだった。

 ラウルを守るように一歩を踏み出し、二人の間に割って入る。

 その瞳は決意に塗り固められている一方で、瞳の奥にはリューネとはまた異なる激情が込められていた。


「リューネ殿が所持していたあの黒い手甲。それを、何処で入手された?」

「……ああ。あれか」

「妾はそれが何であるかは詳しくは知らない。だが、それが『竜王様の遺体を加工した』ものであることには気付いている」


 泉での戦闘で、心具を放とうとしたリューネがさらに召喚した手甲。

 左右にそれぞれ三つの鉤爪のある、禍々しい漆黒の手甲。

 ラウルは肌で感じて理解していた。あれがかつての己の肉体であることを。


「こいつの名は『カインズ・ヘル』。りゅーそーおうぐ? とか呼ばれていた気もするが……詳しいことは、オレも知らねえ」

「竜装王具、か」

「これは姫様から頂いたんだよ。カインズ・ヘルだけじゃない。この鎧も、なにもかも。……姫様が、オレを逃がす時に持たしてくれたんだ」


 亡き姫を想ってリューネが目を伏せる。

 だが、ラウルとは別にエルはそこに違和感を抱いていた。

 仮にもそれは竜王ラウルの肉体を加工して造られた物だ。


 心具としては破格の性能を有しているだろう。

 事実、泉でリューネが放った一撃は、ラウルが塞がなかったら甚大な被害を出していたと思われるほどだ。


「……その手甲は、呪われている」

「あ?」

「百年の時の間に、持ち主を転々としたのだろう。時には人を殺し、時には魔族を殺したのだろう。その手甲を所有していると……全てを憎むことに支配される。そう、妾は感じている」


 それは、ラウルがリューネに抱いた違和感にも繋がる。

 村で食事と共にした時のリューネは、とても人を憎んでいるようには見えなかった。

 屋敷での、泉での戦闘の際には言葉も届かぬほどに激情に支配されていたというのに。

 村では憑き物が落ちたかのように、普通の少女として振る舞っていた。


 もしそれが、カインズ・ヘルによって増幅された負の感情であるというのなら。


 ――だが。


「いいじゃねえか、別に」

「な……!」

「オレは元から人も魔族も憎んでる。カインズ・ヘル(こいつ)に支配されてる? どうでもいいさ。オレは人も魔族も全部殺す。殺せるんだったら、鬼にだって悪魔にだって魂を売るさ」


 リューネという少女は、呪われていることを認めた。それでいて、受け止めている。

 信じる信じないの話ではない。呪われていても構わないと、そう述べたのだ。


 本来であれば呪われていることにショックを受けるものだ。忌々しいものとして、どうにか引き離せないか考えるものだ。

 だが、リューネは呪われても構わないと語る。

 人を憎み、魔族を憎み――この世全てを恨み尽くすカインズ・ヘル。


 リューネは違うのだ。リューネは父を人間に奪われ、母を魔族に奪われている。

 呪われていなくても、リューネは世界を呪わんばかりに恨んでいる。


「……リンは、そのような人物には絶対に懐かない」


 いっそのこと狂ってみせようか、と笑い出しそうになったリューネを止めたのは、ラウルが漏らした言葉だった。

 素っ頓狂な声を上げたリューネだが、脳裏にはしっかり言葉通りの笑顔が――リンの笑顔が焼き付いていた。


「は?」

「あの子は聡い。そして、人の心に敏感だ。母の辛さに誰よりも先に気付き、自分のことを棚に上げて母を気にしていた。そのような子が、そなたに懐いている」

「……何が言いたい」

「そなたは悪ではない」


 リンは幼い。幼いが、人を見る目は確かだ。ラウルを父として求め、アインスやエルを村の一員として受け入れている。

 この村に住んでいる人は皆優しいと、ラウルは理解している。その中でも、リンはとりわけ格別だ。

 優しさだけでなく、善悪を理解している。


「だからオレは呪われておかしくなってる。そう言いたいのか?」

「……ああ」

「くだらねえ」


 リューネはラウルの言葉を一蹴し、二人を置き去りにして歩き出す。

 くぁぁ、とリューネが大きな欠伸をして身体を伸ばした。


 本人は気付いていないようだが、少しばかりリューネは心を許している。

 ラウルとエルに構うことなく欠伸をしたのがその証拠だ。


 それは、彼女の警戒心が僅かでも緩んでいることを意味するのだが……ラウルもエルも、この時ばかりは気付かなかった。

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