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スープに映る無力の嘆き




「ラウル様、どうしてこのようなことになったのでしょうか」

「うむ、わからん」

「村の人じゃない人間さん……」

「ほれアインス、余が守るから怯えなくてよいぞ」

「えへへ……」


 膝にアインスを乗せたラウルは、ふさふさの頭を撫でる。相変わらずの触り心地の良さだが、それを堪能してもなお緊張した空気は緩和されない。


「ったく。どうしてオレが……」

「いーのいーの。ごっはんーごっはんー」


 ラウルたちの対面には、鎧を脱いだ少女が座っていた。豪快に胡座をかき、その上にリンがちょこんと小さな身体を置いている。

 リンを見て戸惑っていた少女に何かを感じたのか、リンは少女を昼食に誘った。


 ラウルやエルが誘えば少女は絶対に拒絶していた。

 いや、誰が誘っても断っていただろう。


 だが少女は、何故かリンの言葉には素直に従う。

 リンを見て呟いた、「姫様」という単語に関係するのだろうか。

 それらは少女にしかわからない。

 結果として少女はリンと食事を共にすることを受け入れた。


 リンはリンでラウルに撫でられているアインスを羨ましく見ながらも、少女の膝からは降りようとしない。

 他の人に懐くリンの姿を見て、珍しいとラウルは感じていた。


「はい、お待たせしました」


 緊張した空気が少しだけ緩まる。鼻腔をくすぐる匂いに誘われるがまま視線を向けると、食事の準備を終えたハナユリがスープを運んできた。

 ハナユリお手製の豆のスープだ。畑で取れた野菜をふんだんに使った、ラウルの大好物である。


 各々にスープが配られると、次いで中央にパンの山が置かれた。こちらもハナユリが作ったものであり、その味はお墨付きだ。


「さらに今日は、アインスくんが獲ってくれた猪のステーキもありますよ」

「ステーキですと!?」

「ステーキステーキ!」

「さっすがアインスー!」


 肉類の思わぬ登場に、エルとアインス、さらにリンが喜びの声を上げる。

 普段は野菜とパンばかりの食卓が一気に賑やかになる。


 わぁ、と食卓が活気づく。

 心なしか少女も表情を緩め、それを見たラウルの緊張も僅かばかり綻んだ。


「「「いただきます」」」


 手を合わせると、それぞれ思いのままに食事に手を付けていく。ラウルはスープから、リールはパンから。エルはステーキからと三者三様の攻め様である。

 リンは少女の膝の上でもふもふとパンを齧っている。

 少女は少女でパンを齧り、リンが手を伸ばすとすぐにステーキを切り分けて与えている。


 姉妹のような光景を見て頬を緩めているのはハナユリだ。事情を知らない、というのもあるが、ハナユリにとってリンが笑顔でいることが一番であり、今の光景は望んでいたものそのものなのだ。


「リンの我が儘に付き合わせてしまって、申し訳ありません」


 小さく会釈をしながら、ハナユリがスープを差し出す。少女は居心地の悪い表情をしつつ「いえ……」と躊躇いがちにスープを受け取る。

 リンが気を利かせて、膝から降りて少女の隣にぺたんと座る。

 なおも気まずそうな少女を、リンはじー、と見つめている。


「飲まないの? おかーさんのスープは絶品なのだー」

「あ、ああ」


 スープを見つめる少女は悲しげな瞳をしていた。だがすぐさまリンに押される形で、スープをスプーンで一掬いし、頬張る。


「……っ」


 少女の瞳が揺れた。がっつくように少女はスープを何度も口に運び、仕舞いにはスプーンを置いてお椀に直接口を付けて飲み始める。

 いささか不躾な行為だが、それを咎める者は誰一人としていなかった。


「……うめぇ。うめぇ。うめぇ……っ」


 今にも泣きだしてしまいそうな少女を、誰も諫めることなど出来ない。

 スープを飲み干し、パンを齧り、ステーキを噛み千切る。


 野性味溢れる食べ方を見て、リンはにこにこと笑っている。


「おかーさんのご飯、美味しいでしょー」

「ああ。ああ。ああ……っ」


 何が少女の琴線に触れたのかはわからない。けれど少女は肩を振わせ、一心不乱に食事を貪っている。


「畜生。畜生。畜生……!」


 目尻に堪った涙を拭いながら、それでも少女は食事を続ける。

 まるで久方ぶりの食事のように、乱暴だがしっかりと味わっていく。




   +




「……ご馳走、様でした」


 無我夢中で食事を続けた少女も満腹になったのか、ようやくスプーンを置いた。

 ハナユリが大量に作ったというのに、少女が満足する頃にはスープもパンも空っぽになっていた。

 小柄な身体の何処にあれだけの量が入ったのは甚だ疑問である。


「おねーちゃん、満腹?」

「ああ。こんなに満たされたのは久々だ」

「うむ。よかったよかったー」


 すっかりラウルの口癖が移ってしまったリンが満足そうに腕を組んでしきりに頷く。

 少女もまたそんなリンを見て少しだが頬を緩める。


「……本当に、似てるなぁ」


 少女のぼやきは誰かの耳に届くことはなかった。いや、エルとアインスは人狼族特有の優れた聴力で聞こえてしまったが、エルは黙秘を貫き、アインスは意味がわからずに可愛らしく小首を傾げている。


「食後の運動だー。アインス、行こっ」

「うんっ。おにーさん、ハナユリさん、ご馳走様でした!」

「うむ。後でツヴァイたちにも肉を届けさせる」

「お願いしますっ」


 にっこりと朗らかな笑顔を見せ、アインスはリンと共に家から飛び出した。

 少女は二人の背中を追うと、目を伏せてラウルたちに向き直る。


「……リューネ・モルドレイト。元聖王国第三騎士団団長、だ」

「……元?」


 名乗りをあげた少女――リューネの肩書きに違和感を覚えたラウルは反芻するようにその違和感を言葉にする。

 びく、とリューネは肩を振わせ、居住まいを正した。


「――ガイア聖王国は、五年前に滅びた。かつての騎士団総隊長がクーデターを起こした。王族の全てを処刑し、国を乗っ取ったんだ」

「な……」

「馬鹿なっ! ならば何故戦争が終わっていない!?」


 リューネの言葉に感情を露わにしたのはエルだ。彼女はつい最近まで人狼族を率い、人間の大陸で逃亡を続けていた。

 その間、何度も人間に襲われた筈だ。魔族と戦争を続けていた聖王国が滅びたというのであれば、人狼族を追っていたのは。


「ガイア聖王国はテラリア戦王国と名乗り、魔族の殲滅を唱えた。これまでより兵器の開発に力を入れ、戦火を拡大させていった」


 淡々と語ってはいるが、リューネは明らかに人間への憎悪を瞳に宿している。

 握りしめた拳にどれほどの激情を込めているのか。それはリューネにしかわからない。


「……リューネちゃん。それは本当かね?」

「こんなんで嘘を吐くかよ。王族を……姫様を殺されたなんて不謹慎なことをっ!」

「すまんすまん。……本当なんじゃな。国王様は……もう」


 リールはかつて王国に仕えていたと、リューネの言葉から察していた。

 亡き王国、かつて仕えた祖国がいつの間にか失われていた。それがどれほどショックだったのだろうか。


「五年前……なんですか?」

「ああ。忘れもしない。雪がようやく解けてきた、まだ寒い時期だった」

「……皆が連れて行かれた時期じゃ」

「―――っ!」


 思いがけないリールの言葉にラウルはハッと顔を上げ、ハナユリは息を詰まらせた。

 五年前――リンが生まれたばかりの頃――徴兵されていった村の青年たち。

 思わぬところで繋がってしまった事態に、誰も彼もが困惑している。


「五年……そうか。人間たちの大攻勢が始まった時期に、そのような背景があったとは……」


 この中で唯一魔族であるエルは当時の情勢を思い出している。

 五年前――ハナユリの夫が出兵し、エルたち魔族が追い詰められ、リューネの慕う王族が奪われた。

 それら全てが、テラリア戦王国によって行われた。


「俺は戦王国を――あの男を絶対に許さねぇ。王を、姫を騙し、殺したあの男を」


 鋭い憎悪の中に込められた、無力を嘆く感情。リューネをつぶさに見ていたラウルだからこそ気付いた。気付いてしまった悲しい事実。


(……この者もまた、奪われたのか。全ては……そう、余の責任だな)


 ならば自分に何が出来るか――そこまで考え、思い詰めてしまうのがラウルという男である。

 全ての切っ掛けは、自らが引き起こした戦争だから、と。

 そこまで思い込み、背負おうとする。


(何が出来るか、余に……この少女を、少しでも救えないものなのか)

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