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少女の思いとリールの意外な過去




 ほどなくして、少女は目を覚ます。

 瞳を開いて真っ先に飛び込んできた光景――見知らぬ天井に気付いた少女は、咄嗟に布団を剥いで飛び上がる。

 身を低くして、あらゆる状況に対応できるように周囲を警戒する。


「目が覚めたか」

「てめえは……!」


 意識を取り戻した少女にラウルが声を掛けると、少女の鋭い視線がラウルを射貫く。

 だがラウルは憎しみの込められた視線を物ともせず、少女を強く見つめる。

 ラウルの傍らに腰掛けるエルは少女の動向に注意を払っている。

 どうにかして逃げれる状況ではないと、少女は確信した。


「……何が目的だ。オレを監禁するつもりか?」

「そのようなことはしない。余はただ、話し合いたいだけだ」

「話し合いだぁ?」

「うむ。色々話したいことはあるが……」

「――ッハ。オレは話すことなんてねえよ」


 ラウルに敵対する意思がないことを感じ取ったのか、少女は少しだけ警戒を解く。とはいえそれは本当にほんの少しだ。もしもエルが行動を起こせば、少女はすぐさま剣を手に取るだろう。

 だがラウルはそれでも構わないとばかりに言葉を続ける。


「余はラウル。こやつは余を慕ってくれているエル。見てわかる通り、余は人間で、こやつは魔族だ」

「……」

「領主の屋敷でのことは、特に話そうとは考えていない。余は、そなたのことを知りたいと思い、連れてきた」


 そもそも小屋の様子を見に行くだけの用件だった。そして泉で少女を見掛け、その容姿――出自に興味が湧いた。

 少女が使う鎧や剣技。そして、竜王の力を宿した籠手。


 知るべきだと、ラウルの勘が告げていた。

 どっちみち少女が住み着いていたことをリールに報告しなければならないのだから、村に住んでもいいのではないか。

 そこまで考えての行動だった。


 とはいえ、明らかに敵意を向けられている以上、浅はかな考えであることに変わりはない。


「知るかよ。オレは人間と馴れ合うつもりはない。魔族とも馴れ合うつもりはない」

「それは、そなたの出生に関わることなのか?」


 そこで少女は初めて、兜が外されていることに気が付いた。

 ち、と舌打ちすると同時に瞬時に兜が少女の素顔を隠す。だが見られてしまっている以上、隠すことは出来ない。


「その耳はエルフ族の特徴だ。だが本来のエルフ族よりも大分短い」

「知るか。黙れ。オレに関わるな」


 少女は素性を語ろうとしない。その拒絶は徹底されたもので、いくらラウルに敵対するつもりがなかろうと、決して和らぐものではなかった。


「これ以上関わるつもりなら、この家ごと吹き飛ばす」

「――っ」


 兜に秘められた鋭い視線が、ラウルではなく家に向けられる。それは一重にこの家だけではなく、この村全体を巻き込むという意味を孕んでいる。

 ラウルは言葉に詰まってしまう。それがラウルの弱点であることを理解した少女は、立ち上がるとラウルの横を通り過ぎる。


「お前はオレの命を二度も奪わなかった。だから今回だけ見逃してやる」

「……待て。お前は――」

「オレに関わるな」


 いくら話しかけようとも、少女の態度は変わらない。

 素顔を隠す鎧甲冑のように、少女は頑なにラウルとの交流を拒む。


「ラウル様、やめましょう」

「しかしだな、エル」

「村の脅威とならないなら放っておけばよいのです。勝てる相手にしか噛みつけない子供なのですから」

「……なんだと?」


 あからさまなエルの挑発に、少女は真っ先に噛みついた。

 敵意を剥き出しにした少女は振り返り、エルを睨み付ける。エルもまた望むところだといわんばかりに少女に敵意を向けている。

 一色触発の空気に耐えきれず、ラウルは二人の間に割って入る。


「待て待て待て。余は争うつもりはないと言っているだろう」

「ですがラウル様。このまま放置すればこやつはいずれラウル様に牙を向けるかもしれません。それならば、悪い芽は早い内に摘んでおくべきです」

「だから待てと。余は別に殺されていないのだからムキになるな」

「しかし……!」


 エルの気持ちもわからなくはない。二度も主君に敵意を向けられ、下手をすれば怪我を――いや、命を奪われていたかもしれない。

 それだけ少女が持つ心具の力は強大で、取り除いておかねばならないほどなのだ。


 エルは少女の排除を提案する。わかり合えないのであれば、脅威にならないようにするべきだと。

 だがそれはラウルの望むところではない。

 ラウルは対話を望んでいる。その結果をどう求めているかはわからないが、ラウルはまず話し合うことを望んでいる。


「おーいラウルくん。騒がしいようじゃが――」


 と、そこへ。畑仕事を終えたのかリールが尋ねてきた。

 相も変わらず豊かな髭を弄りながらも、リールは家の敷居を跨いだところで足を止めた。

 リールの視線は少女に向けられている。目を細めると、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「……王国の騎士様がなんのようじゃ。それも、第二騎士団の長が」

「アンタ……リール。リール・グローディア、か?」

「とうの昔に隠居したジジイじゃよ」


 少女もまた、動きを止める。二人の間に流れる空気に、ラウルは首を傾げる。

 剣呑な空気ではない。お互いに敵意を向けているわけでもない。

 だが、それでも――二人の間には、言い知れぬ溝があるように感じられた。


「リール、こやつを知っているのか?」

「ああ。……ちいとばかし、昔の知り合いじゃ」


 リールの言葉に賛同するかのように、少女はそっと兜を脱いだ。

 再び露わになる素顔に、リールは少しばかり驚いた表情を見せつつも、すぐに悲しげな表情を浮かべた。


「お前がここにいるということは……。そうか、姫様は……」

「…………」


 リールの言葉に少女は顔を逸らした。

 だがそれは肯定の意味であり、知らず知らずのうちにラウルも察してしまう。


 王国というのは、百年前にラウルが戦いを挑んだ王国に間違いない。

 ガイア聖王国――何人もの武人を輩出し、魔族からの侵略に抵抗を続けていた国。

 そして、勇者が生まれた国である。


「リールは王国の出身なのか?」

「うむ。遠い昔の話じゃがな」


 初めて聞く話だ。この村に住んでいる人は皆、この村で生まれ、この村を守っていたとラウルは思っていた。

 リールの普段の口ぶりからも、戦争への悲痛な思いは感じても、王国兵であったことは微塵も感じられなかった。


「リール・グローディアは十五年前の王国騎士団総隊長だ。……まさか、生きていたとはな」

「流石のワシも、こんなところで王国騎士が来るとは思ってもいなかったわ」


 緊張していた空気が、少しだけ緩んだのをラウルは感じ取った。

 少女とリールの間に直接的な面識はないのだろうが、王国騎士という共通点が少女の警戒心を解いたのだろう。


 これならば少しくらいは言葉を交わせるかもしれない――。


 だが、ラウルのそんな思いはすぐに引き裂かれる。


「今のオレはもう王国騎士じゃない。姫を守れなかったオレにそんな資格はない。……邪魔したな」


 悲しげな言葉と共に少女はリールの横を通り過ぎる。少女のいきさつを知らないまでも、その言葉は足を止めさせるのに十分だった。

 激しい憎悪の裏に隠された、悲しみの感情。


 少女もまた、大切な誰かを失ったのだろう。


「ただいまー」

「おにーさん、長様、戻りましたー」

「ただいま戻りました。……あら、お客さんですか?」


 少女が家を出ようと扉に手を掛けると、それよりも先に扉が開く。

 ハナユリがリンとアインスを連れて戻ってきた。元気いっぱいに飛び込んできたリンとアインスは、少女を見てびくりと身体を硬直させる。


「っ……」


 そして、少女もまた身体を硬直させた。


「姫、様……?」

「おー?」


 リンを見て、呆然と、呟いた。

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