竜王、甘やかす。
村に戻ってきたラウルとエルは、少女をどうするか悩んでいた。
鎧を着ている以上、拘束しても鎧を脱いで逃げられてしまうかもしれない。
普通の鎧であれば拘束は容易であるのだが、少女の鎧の着脱は普通の鎧とは違う。
少女は泉での戦闘において、鎧を装着した。
だがその方法は普通ではない。少女は鎧を『召喚』し、鎧は意思を持っているかのようにひとりでに少女を覆っていった。
そのような芸当は、普通の人間にはできやしない。
明らかに異質な力――まさに、魔法である。
「鎧を脱がすわけにもいかぬしな」
「そもそも魔法で呼び出した鎧です。脱ぐ時も逆召喚するのが普通だと思います」
エルの言葉にラウルも賛同する。とにもかくにも、少女についての情報が足りなすぎる。
下手に扱ってもより少女の警戒心を強めるだけで、話をすることも出来なくなるだろう。
かといって客人扱いもできない。実際にラウルたちは二度も一方的に襲われている。
どうすればいいか、と答えが見出せないまま、村に戻ってきてしまった。
「ひとまず家で寝かせるとしよう」
「そうですね。妾としては……簀巻きでもいいので、拘束はするべきだと思いますが」
「そうだな。……村に被害が出る前に、だな」
少女の戦闘力は、エルよりは低い。先の戦いでも終始エルが圧倒していたほどだ。
だがそれはあくまで近接戦において、である。
少女が距離を取って放った一撃――『心具』による攻撃。
その威力は破格の物であり、屋敷を半壊させ、下手をすれば、山を吹き飛ばせるほどのものだろう。
「エルよ、心具とは何なのだ?」
屋敷から戻ってくる時には聞くタイミングを残していた、ずっと抱いていた疑問。
魔族たちは魔力を使い、魔法や――魔法に近い力を引き出す道具である『魔具』を持っている。
それは魔族だからこそ研究され、開発されたモノだ。
少なくとも少女が使っていた『心具』は魔具とは異なる物だ。
百年前にはなかった存在故に、ラウルは対処法を知らない。
「ラウル様は、魔具の事は覚えていますよね?」
「うむ。魔力を消費し、魔方陣を介さずに魔法を発現する道具だな。詠唱や魔方陣を必要としない、画期的な物だ」
「はい。魔具とは魔力を使う、魔族の道具ですね。そして心具とは、人間が使う魔具、と考えてください」
「……なに?」
エルの言葉が理解出来ないラウルではない。
魔具を使うには魔力を消費する。
だが人間は本来魔力を持ち合わせていない。
では、心具を使うのに必要なエネルギーは――何処から来るのか。
そこまで考えたラウルの思考を読んで、エルが目を伏せながら答える。
「心具には、人間の生命力を使うと言われています」
「生命力……寿命か?」
「はい」
心具を使った後の少女を思い浮かべる。明らかに異常と思えるほど疲弊していた。
屋敷を壊した時、片膝を突いていたほどだ。
華奢な体躯で放ったとは思えない一撃に冷や汗を掻くほどだった。
それが、命を消費して放ったというのなら――納得できる。
「命を削る。それが、人間が魔族を討つために出した答えなのか」
「恐らくはそうでしょう。個人個人であれば、人間は魔族には敵いません」
「……そうか」
悲しげに目を伏せるラウルに、エルは掛ける言葉が見つからない。
道行く老人たちに声を掛けられても、意気消沈してしまったラウルは顔を上げないでいる。
足取りも重い。
話さなければよかったのだろうか。――いや、いつかは知ることである。
その時まで引き延ばしてしまえば、今以上に落ち込んでしまう可能性もある。
「ハナユリ――とリンは、畑に行っているのか」
「そのようですね。アインスたちも行っているのでしょう」
季節は徐々に冬に近づいてはいるが、やるべきことはたくさんある。ましてやまだ日が落ちるわけでもない。
無人となっている家に入ると、ラウルは少女を背から降ろした。
エルが少女を受け止め、ラウルは少女を寝かせるために布団を敷く。
鎧の先端が布団を裂かないことを祈りながら、少女を布団に横たえる。
「いつ目覚めるかはわからぬ。念のため、二人で見張っておこう」
「ラウル様はお疲れでしょう。妾一人でも大丈夫ですので、休んできてください」
「そうもいかぬ。むしろお前の方が疲れているだろう」
最後に飛び出したのはラウルだが、エルは少女と一戦交えていたのだ。
それが負担となっているのは明白で、ラウルはエルの身を案じている。
「主君を置いて家臣が休むなど有り得ません」
「お前ならそう言うと思っていたぞ」
思わずラウルは苦笑してしまう。百年前にも何度も交わしたやり取りに、二人の間の空気が緩んでいく。
少女を見張っておける位置で、ラウルは柱に寄りかかるようにして胡座をかいた。
そして、おもむろに自分の膝をぽんぽんと叩く。
来い、と言わんばかりの所作にエルは戸惑いを隠せない。
「ら、ラウル様?」
「余は座ってれば休める。そしてお前は余の膝で休む。それならいいだろう?」
「よくありません!? わわ、妾がラウル様のお膝になど……!」
「静かにせぬか。こやつが起きてしまう」
「ぐ、ぬぬぬ……っ」
いつの間にか静かな寝息を立てている少女を指差して、ラウルはしー、と叫び出すエルを制止する。
歯噛みするエルは顔を真っ赤にして震えている。だがそれは決して怒っているわけではない。
どうすればいいか困惑している表情だ。
そして明らかに、「配下である自分」よりも「ラウルを慕う自分」のほうへ揺れている。
「ほれ。たまには余にも労わせろ」
「妾は、妾は……!」
エルはわかっている。
ラウルに邪な気持ちは一切ないことを。そして非常に口惜しいことに、エルの想いには気付いていないことも。
あくまで配下として「慕われている」自覚はあってが、その根底にある好意には気付いていない。
困ったものである。
ラウル、という存在はいつもそうだった。
百年前は種族の違いが障害となりすぎていたために、配下であるだけで十分だったのに――今のラウルは人型なのだ。
子を宿すことが出来るわけではない。だが、魔族の中でも人間種に近い人狼族であるならば、愛を交わすことは出来る。出来てしまう。
ハナユリがいる。二人の想いを知っている。
だからこそ後押ししたというのに。
「……失礼します」
ハナユリへの罪悪感を覚えながらも、エルはあまりにも魅力的な提案を拒めなかった。
恐る恐るラウルの膝に頭を乗せ、横になる。
身近に感じてしまうラウルの体温に鼓動が高鳴る。
幸いな事にラウルからは、今のエルの表情が見えづらいのが助かった。
「…………えへへ。竜王様ぁ~……」
蕩けきっている今の表情を、エルは決して見られたくない。
人狼の長としても、ラウルの配下としても。
ここまで緩んでしまう自分を、見せたくはなかった。
「お前はいつも、余のために頑張ってくれる。これくらいしか出来ないが、しばらく休んでいてくれ」
不意に頭を撫でられては、もうエルは抵抗する気力など微塵も沸き上がらない。
耳を伏せ、尻尾をぱたぱたと振り回しながら、極上の一時にその身を任せるしかない。
願わくば、この瞬間が永遠に続いて欲しい――もしくは、誰にも見られませんようにと。
複雑な乙女心を悩ませながら、いつしかエルもそっと意識を手放した。




