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竜王、謝罪する。




 大空を舞う鳥は――――何処までも自由だ。


「祝え、王の覚醒を。百年越しの再起を! 竜王は此処に目覚めたんだよ!」


 少女は高らかに宣言する。それは王の目覚めを喜ぶ声であり、待ち望んだ瞬間であった。

 その背に汚れ無き純白の翼を広げ、眼下に広がる世界へ微笑みを向ける。


「まずは籠手――竜装王具カインズ・ヘル。全てを喰らい屠る竜王が爪!」


「かつて竜王はその一振りで山を抉った。その力が込められた爪によって生み出されたカインズ・ヘルは、呪われようともその力を遺憾なく発揮する」


「世界に散らばった竜装王具は五つ。その一つは王の下に帰還した。――さて、これが何を意味するか」


 少女は大空を舞う。燦々と輝く太陽を背にして地上を見下ろす。

 その視線の先には、戦いが繰り広げられている。


 片や鎧装束を身に纏う、魔法すら扱えない種族――人間。

 けれど人類は心具を手に入れたことによって、この戦争を優位に進めている。


 片や多種多様な種族が乱雑に暴れ回る、魔法と豪腕で薙ぎ払う――魔族。

 劣勢に見えるものの、個の力は圧倒的に魔族が優位である。


 これは百年以上続いている光景だ。

 少女は地上に背を向けると、太陽を見上げる。

 その瞳には、強い決意の意思が込められていた。


「勇者と竜王を失った両軍は、とっくに戦意を喪失していた。なのに戦いは続いている。何故か。それは簡単だ。戦争を望む者が、いる」


 太陽は不敵に笑う。表面上は何も変わらない。変化は起きていない。

 けれど少女は理解している。

 太陽は笑っていると。


「待っていろ。必ず、世界に平和を取り戻してみせる」


 ――――『』として。


 少女の声は空に解けて消えていく。

 握りしめた拳を太陽に向け――少女は流星となって空を駆ける。




   ◇




「怒っているのか?」

「いいえ、怒っていませんよ。つーんっ」

「……怒っているではないか」


 視線を合わせようともしないエルの背中を見つめながら、ラウルは少しばかし落ち込んでいた。

 意識を失った少女を背負いながら山を下りている二人だが、心なしか空気は重い。


 いや、一方的にエルが怒っているだけなのだが、ラウルは怒っているエルなど真面に見たことがないからか狼狽しているようだ。

 何より怒っている理由にも見当が付いているから、ラウルは何も言えない。


「……済まなかったな」


 だからラウルは、謝ることしかできない。精一杯の心を込めて。

 生前は、エルにはろくに向けたことのない言葉。


「お前は余を守るために戦ってくれていたというのに、余はそんな思いを無碍にして前に出た」


 びく、とエルの身体が震えた。小さな背中は、百年前と何ら変わっていない。

 変わったのは、ラウルだ。

 竜ではなく人となったラウルは、あの頃のように巨大な体躯も、山を穿つ爪も、オリハルコンを砕く牙もない。


「今の余は、あまりにも弱い」


 昔と比べると、今のラウルは「人より優れた」程度だ。

 もちろん人間同士での武の競い合いなどをすれば、勝ることはできる。

 天性の才で剣の軌道を読んで回避することも、造作もない。

 だからこそ、鎧騎士の少女とは互角以上に渡り合えた。


 だが、そこまでなのだ。


 百年の時を過ごし、一族を守るために研鑽を積んだエルには到底敵わない。

 それはエルを村に迎えてから、幾度となく組み手を交わしたからこそ理解していることだ。

 エルもそれを理解しているからこそ、ラウルを守るために尽力している。


 ――いや、それ以上に。


「ラウル様……竜王様は、妾が守ります」

「うむ」

「かつてはお守りできませんでした。昔の妾は竜王様より弱くて、勇者を止めることができませんでした」

「……うむ」


 最後の戦い――竜王は、望んで勇者との一騎打ちを選んだ。

 魔族の中で誰よりも強かったからこそ、ここで決着が付けば、それはそのまま戦争の勝者が決まる。


 護衛を申し出たエルや幹部たちは、全員下がらせた。巻き込むわけにはいかないと。

 あの時は、魔族の全てがラウルにとって「守るべき存在」だった。

 だが、今のラウルには……その守るための力が、ない。


「妾は、竜王様を守りたいのです」


 ようやく振り向いたエルの瞳には、僅かに涙が貯まっていた。

 わかっている。

 あの状況でラウルが一歩踏み出したのは、エルにとって、過去の焼き直しなのだ。


 ラウルを守りたいのに、そのラウルが一人で無茶をして、――また、失ったら。


 エルは、恐れているのだ。再び、大切な存在を失うことを。

 ラウルもまた、人となり、ハナユリやリンと過ごす内に、その感情を理解していた。

 だからこそ、エルの気持ちを理解出来る。


「エル」

「っ……はい」

「約束はできぬ。感情に任せて、身体が突き動かされてしまうのは、余の性質のようだ」

「……」

「だからお前が、余を引っ張ってくれ。前に出すぎてあれば、余の手を取って抱きとめてくれ。余の背中を守ってくれ。余にとって、お前が一番、信頼出来るから」

「……。……~~~~っ!」

「……これからも、余を支えてくれ。今の余は、誰よりも弱い。誰かがいなければ、倒れてしまう」


 ぐっと堪えていた涙が溢れ出す。

 ぽろぽろと大粒の涙を零しながら泣きじゃくるエルを、ラウルはそっと抱き寄せる。


 あやすように背中を撫でる。顎をくすぐってくる耳が心地良い。

 ラウルにとって、エルもまたハナユリたち同様守るべき存在だ。だが、今のラウルにはそれほどの力がない。

 力を求める訳ではない。

 ――だが、この時ばかりは……かつての力に、焦がれてしまう。




 ほどなくして泣き止んだエルは頬を紅潮させたままラウルと並んで歩く。

 わだかまりは解消し、エルの怒りも収まった。

 そんな二人の話題は当然、ラウルが背負っている少女となる。


 注意深く見れば、誰でも気付ける特徴的な耳。

 少しだけ尖った、エルフのようで、エルフではない。明らかに人間ではない、耳。


「エル。余が死んでから、他の幹部たちはどうなったのだ?」

「……それは」


 エルが言い淀み、ラウルは察してしまう。

 言葉を濁すということは、話しにくいことなのだ。それは明るい話題ではない。

 つまり――。


「……誰が、生き残っていると思う?」

「――恐らくは、ですが。十二の部族の内、人狼族を含めても四つほどかと」

「そうか」


 ラウルは敢えて間を開けなかった。言葉を一瞬でも詰まらせれば、それは不安となってエルを襲うからだ。

 目を瞑れば、昨日のように思い出せる。遠い日の記憶であっても、ラウルにとっては忘れることのできない光景。

 全てを一つにして、争いを消すために、力尽くで従えた魔族達。


「エルフはどうなったかわかるか?」

「ルイミーエは……戦死した、という報告は受けてません。ですがエルフ族はかなり早い段階で姿すら見なくなりましたので」

「生き残り、とは考えにくいな」


 百年という時間は決して短くない。

 エルフという種族は長命ではあるが、戦火に巻き込まれてしまえば……。


「何にせよ、事情を聞く必要があるな」

「……妾としては、このような狂犬はさっさと殺すべきと思いますが」

「命は簡単に奪って良いものではない」

「わかっております。ですが、もしラウル様に牙を向けるのなら……っ」


 少女を見つめるエルの視線が鋭くなる。ラウルもまた、それ以上の言葉は言わない。

 ラウルの主張をエルは汲んでいる。だからこそ、これ以上はエルを信じて何も言わないのだ。


「……こやつは、明らかに憎んでいた。それも人だけでも、魔族だけでもない。双方を恨んでいた」


 ラウルの中で、それが一番の疑問だった。

 人間であれば魔族を恨む。魔族であれば人間を恨む。

 だが少女はどちらも恨んでいる。憎んでいる。

 そして、少女が人間かエルフなのかの答えも出ていない。


「知るべきだ。余はこやつのことを、何一つ知らないのだから。知って、余ができることがあるのなら、手を差し伸べる」

「――ええ。それでいいと思います。ラウル様は、そのままで在り続けてください」


 ラウルの言葉に、エルはようやく表情を柔らかくした。

 その笑顔を守りたいと、ラウルは強く心に誓った。

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