竜王、想いを告げる。
熱く跳ねる心臓を抑え込みながら、ラウルはハナユリを探して家を飛び出した。
ハナユリがどこにいるのかはわからない。
でも、どこにいても必ず見つけてみせる――固い決意と共にラウルは地面を蹴る。
「むぅー」
「リン、此処にいたのか」
飛び出してすぐにリンを見つけた。ラウルに気付いたリンは振り返るも、その頬は可愛らしく膨らんでいた。
ぽんぽんと、優しくリンの頭を撫でるように叩く。嬉しそうに目を細めるリンを愛おしく思いながらも、ラウルは夜の闇を見つめている。
「おかーさんは、すぐそこにいるよ。おとーさんならわかる」
「そうか」
「ねえ、おとーさん」
「なんだ?」
小さなリンが、ラウルの顔を覗き込んでくる。小さな身体で、でも、まるで品定めをしているかのような視線。その意図に気付いたラウルは、もう一度リンの頭を撫でる。
身を屈め、リンと視線を合わせる。リンはじー、とラウルを見つめると、不安げな表情を浮かべた。
リンの髪を手で掬い、優しくぎゅ、と抱き締める。力を入れれば壊れてしまいそうな華奢な身体を、愛おしく、包み込む。
「おかーさんのこと、好き?」
「ああ、余はハナユリを愛している」
「リンのことは?」
「もちろん、愛しているぞ」
その愛情に細かな差異はあれど、ラウルにとってハナユリもリンも等しく愛おしい存在だ。
リンはその言葉に「えへへ」とはにかむと、ラウルの胸に頬ずりする。背中を優しく叩き、愛しい我が子を抱く力を少しだけ強くする。
「おかーさんを、おねがい」
「うむ、任された」
家に帰るように促して、見送られる形でラウルは再び地を蹴った。
ハナユリの向かった方向を考えると、他の老人の家に行くとは考えにくい。
そう判断したラウルは――いや、判断するよりも早く、ラウルはそこを目指していた。
そこはラウルにとって――ハナユリやリンにとって、最初の場所だから。
「ここにいたのか」
背中越しに声を掛けると、ハナユリは身体をビク、と震わせた。
ハナユリは、川にいた。ラウルを拾った、出会いの場所。
川をずっと眺めていたハナユリは今にも消えてしまいそうで、たまらなくなって、ラウルはそっと近づいた。
「……ラウル、さん」
恐る恐る、ハナユリが振り返る。その瞳は僅かに赤く、先ほどまで泣いていたようにも見えた。
泣いていた、という事実を察して、ラウルは思わず足を止める。
これからラウルは、一方的に想いを告げようとしている。
ハナユリの気持ちなど無視した、ラウルが満足する為の行動だ。
……でも、ハナユリは泣いていた。
どうして泣いていたのか。先ほどまでの会話は、ハナユリがラウルをどう想っているかだ。
泣かれるほど嫌われているとしたら。
ラウルはそんなことを考えてしまう。
ハナユリの反応を見るにそんなことは有り得ないのだが、そこまで考えてしまうのがラウルという男の悪い癖だ。
考え始めると止まらなくなる。悪い思考は連鎖し、負の感情を巡らせる。
……けれど、だからといってラウルは胸に抱いた感情を誤魔化すことは出来なかった。
「余は、お前のことが好きだ」
「――っ」
「わかっている。お前には想い人がいることを。忘れてはならぬと言うことを。悲しみの中で失い、それでもリンを育てていこうと決意した強さは、きっとその人物から受け取ったのだろう」
ラウルの言葉にハナユリは何も返さない。
胸の前で手首を掴み、俯いてラウルと視線を合わせないようにしている。
ラウルはぐい、と一歩詰めた。びくりと身体を震わせるハナユリの身体を、包み込むように抱き締める。
「これは余の一方的な我が儘だ。押しつけだ。だが……」
腕の中で震えるハナユリをあやすように、優しく背中を撫でる。
ハナユリの表情は見えない。けれど、シャツの胸元をしっかりと握ってくる。
「余は、お前の笑顔を見ていたい。お前を、守りたい。この思いは迷惑かもしれない。それでも余は、お前を愛している」
畳みかけるようなラウルの愛の告白に、ハナユリはそっと顔を上げた。
瞳に新しい涙を溜めながら、もう一度、シャツを掴む手に力を込めたのをラウルは感じた。
「……私は、どうすればいいか、わからないんです」
「ハナユリ?」
「あの人のことは、今でも愛しています。今でも待ち続けています。でも、でも……私は、ラウルさんのことも、好きになってしまっているんです」
瞳から大粒の涙を零すハナユリは、秘めていた想いを吐露していく。
けれど、それはしてはならないことだと自分を戒める。
「リンが懐いて、笑顔を見せてくれて、ラウルさんには感謝しているんです。大好きなんです。でも、でも……あの人は、こんな私を許してくれません……!」
それは、想い人のことを誰よりも知っているハナユリだからこそ出てきた考えなのだろう。
違う、とラウルは断言出来なかった。
ラウルはその人物のことを何一つ知らない。人間のことを、詳しく知らない。
エルたち人狼族のことは知っていた。だからこそエルの考えも理解出来た。
「……ハナユリ」
「ラウルさ――ん!?」
ラウルは強引に、ハナユリの唇を奪った。
それがどういう行為なのかを理解した上で、ハナユリの言葉を遮るように、キスをした。
ハナユリは目を見開いていたが、次第に身体から力を抜いてラウルに身を任せていく。
背中に手を回し、ハナユリからも抱き締める。想いを伝えるための口づけは、確実に二人の想いを交わらせた。
少しの間を開けて、どちらからともなく口を離した。
顔を朱くしながら、ハナユリは苦しげな表情を見せる。
「お前が選んだ人物が、お前の幸せを望まぬはずがない。それだけは、断言出来る」
「ラウル、さん」
「卑怯なことをしたと、理解している。だが、だが……あのままでは、お前はもっと自分を追い込んでしまうと思い……すまない」
「……謝らないで、ください」
人間のことはわからないラウルだが、ハナユリのことは暮らしている内に理解していた。
だから、そんなハナユリを愛し、ハナユリに愛された人物が、ハナユリの幸福を望まぬわけがない。
「余は必ず、お前の笑顔を守ってみせる。だから、笑ってくれ」
見つめ合うハナユリの頬に手を当て、ラウルは流れている涙を拭う。
ハナユリはそっと、見つめ合ったまま瞳を閉じた。
その意味を理解したラウルは、再びハナユリの唇に己の唇を重ねる。
決して離さないと約束するかのように、強く抱き締めて。
「……私はまだ、あの人のことを忘れることは出来ません」
「いいのだ。忘れてはいけない。余は、ハナユリの全てを愛しているのだから」
「ラウルさん……。はい。私も、ラウルさんのことが、大好きです」
「ハナユリ……っ!」
三度目の口づけを交わす。
沸き上がる想いを堪えきれなくなったラウルは、強く、強く、ハナユリを抱き締める。
お互いに唇を離した時には、ハナユリの涙は止まっていた。
ぎゅ、とハナユリはラウルの胸元に顔を押しつける。
抱き締め合う二人を、月明かりが見守っている。
普段であれば騒がしいほどの虫のさざめきも、祝福の賛辞を送っているように感じられるほどだ。
名残惜しそうに身体を離したラウルとハナユリは、くすぐったそうな表情をしながら、愛おしそうに手を繋ぐ。
はにかんだハナユリの笑顔を、ラウルはこれからも守っていこうと、強く己に誓うのであった。




