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竜王、帰還する。




「おかーさん、おとーさんは……どこ?」

「ラウルさんはちょっと出掛けてるだけだから、すぐに帰ってくるわよ」

「……むー。もう二日だよー……」


 頬を膨らませて不満を露わにするリンを、膝に乗せてあやす。

 ラウルが村を出てから二日経ち、早ければもう戻ってくる筈の時間となっている。

 だがラウルは未だ姿を現さず、リンどころかアインスたちも不安の声を上げているほどだ。


「はいリン。ご飯が出来たから、アインスくんたちを呼んできて」

「……はーい」


 リンは素直にハナユリの言うとおりにアインスたちを呼ぶ為に畑に向かう。

 相変わらず頬は膨らんでいる。いつの間にか姿を消してしまったラウルを求めて、畑へ向かう足取りもどこか重い。


「おとーさん、どこー……」


 泣き出さないのはリンの芯の強さだが、それで寂しさが補えるわけではない。

 アインスたちも普段は変わらず接してはいるが、同じように寂しさを感じている。

 どこに行ったかもわからない。知っている人間がいなくなることがここまで不安になることを、リンは知らなかった。


「……おぉ、リン、か」

「……おとーさん?」


 俯きながら歩いていると、不意に影がリンを覆った。

 聞こえてきた声に、恐る恐る顔を上げる。

 少しばかしぼろぼろで、呼吸も荒いが、それでもそこに、求めている人がいた。


「ただいまだ、リン」

「おとーさんっ!!!」


 リンはたまらず、ラウルの胸に飛び込んだ。泥臭さと汗臭さが入り交じっていても、気にもせずに抱きついた。


「ラウル様、いつの間にご息女を……むう、エルはちと寂しいです」

「…………おとーさん。誰?」


 抱きついて頬ずりする間もなく、リンは覗いてきた少女のような女性・エルに気付く。

 ジー、とラウルをジト目で睨む。「おとーさんにはおかーさんがいるのに」とぶつぶつ零しながら、エルとそっと距離を取った。


「ああ、こやつはエル。アインスたちの長だ」

「アインスの?」

「うむ。よろしく頼む」

「……むー」


 エルが差し出した手に、リンは頬を膨らませて顔を逸らした。

 明確な拒絶に「のわ!?」と叫ぶエルと、苦笑するラウル。

 ぎゅ、とリンはラウルの腕に抱きついた。


「おとーさんは、リンのおとーさんだもん! おとーさんは、おかーさんのだもん!」

「ら、ラウル様。エルはどうすれば……っ」


 オロオロと困惑するエルと、ぷー、と頬を膨らませるリン。

 どちらの姿も中々見たことのない姿に、ラウルは我慢出来ずに笑い出してしまう。


「ら、ラウル様、なにを笑っておられるのですか!」

「おとーさん、どうして笑ってるのっ!」


 二人から詰め寄られても、とにかく可愛いだけである。


「リン、どうしたの――って長様とおにーさん!?」

「長様?」

「長様だ」

「長様ーっ!」


 三人の様子に気付いたアインスたちが、一斉に畑から飛び出してくる。

 人狼族の子供たちは、リンに習ってラウルとエルに抱きついていく。


 くすぐったさを感じながら、暖かい温もりが二人を包み込む。


「長様、長様、長様」

「アインス。……ツヴァイ、ドライ、フィーア、フンフ」

「よかった。長様、無事だった!」

「ああ。ラウル様が助けてくれた」

「「「「「わーいっ!」」」」」


 耳をぴこぴこと、尻尾を揺らしながら子供たちは歓喜の声を上げてはしゃぐ。

 老人たちも畑から顔を上げ、ラウルたちを歓迎する。

 次々と作業の手を止め、声を掛けてくる老人たちに、ラウルは感謝の言葉が尽きない。


「余は……帰ってきたのだな」


 この村は、もうラウルにとって家族同然となっていた。

 村の誰もが、ラウルを歓迎してくれる。

 改めて、ラウルはこの村こそが自分の居場所だと実感した。


「ラウル……さん?」

「――ハナユリ」


 いつまで経っても戻ってこないリンを心配してか、ハナユリが家から顔を覗かせた。

 そこでばっちりとラウルと目が合う。

 リンも、アインスたちも、老人たちも、ハナユリのために道を譲る。


「ラウルさんっ!」

「ハナユリっ!」


 どちらかともなく二人は駆け出し、胸に飛び込んできたハナユリを、ラウルはしっかりと抱きとめた。


「よかった。よかったです。無事に帰ってきてくれて……」

「ただいまだ、ハナユリ」

「はい。おかえりなさい……っ」


 涙ぐんでいるハナユリをあやすように、しっかりと抱き締めて頭を撫でる。

 ハナユリに心配されることに心地よさを感じ、募る愛しさに抱き締める力を強くしてしまう。

 けれどハナユリもまたラウルの背中に手を回し、しっかりと強く抱き締める。


 潤んだハナユリの瞳が、堪らなく愛おしい。

 衆人観衆の中でなければ、今すぐにでも胸の衝動に身を任せてしまっただろう。


「…………ラウル様には、しっかりと奥様がいらっしゃるのですね」


 小さなエルの呟きは、誰の耳にも届かなかった。


 ………

 ……

 …


「改めまして。エリクシア・ウェアリティと申します。この度はラウル様に命を救われ、こうして保護してもらえることとなりましたこと、人狼族の長として、また、妾一個人として、大変感謝しております」


 落ち着いたところで、エルは村人たちの前で頭を下げた。

 かいつまんで自分たちの現況を説明し、領主から逃げ出したことを伝える。


 村へと戻る最中に、ラウルとエルはいくつかの約束をした。

 一つは、村人には領主の死をまだ報せないこと。


 村人にとっては領主は優れた人格者であり、この村が老人たちばかりなのに栄えているのも、領主の功績である。

 故に領主を慕う老人たちもいる。だからこそ、領主の死を報せるべきではない、とラウルは判断した。


 二つ目は、ラウルを「竜王」と呼ぶことを禁じた。

 エルにとって忠義を尽くす相手であろうと、今のラウルは竜王ではない。

 また、竜王であることを知らない――ましてや記憶喪失と思っている村人たちに、不安を与えるわけにはいかない。


 エルはまだ慣れたわけではないが、それでも「ラウル様」と呼ぶことで妥協した。


「これはこれは……まだ幼いというのに、立派じゃのう」


 老人たちを代表して、リールがエルに向かって会釈する。想像以上のエルの容姿に、老人たちはエルを魔族というよりアインスたちと同じ子供として見ている。

 年齢敵にはエルのほうが相当年上であるが、エルはむしろ幼い容姿であることを利用して、老人たちに取り入ろうとしている。


「ラウル様に助けて頂いた恩は、一生を掛けても返しきれないものです。人狼族は、等しくラウル様に従います」

「したがいますっ」

「ますっ」


 エルの言葉にアインスたちも同調する。リールはポリポリと頬を掻きながら、「ようこそ」とエルを快く迎え入れる。


「まあラウルくんも無事に帰ってきたことじゃし、これで村長を継いでもらえるの」

「なんと! ラウル様が村長に!」

「む。そうだったか?」


 ラウルとしては断ったつもりでいたが、リールはヒゲを弄りながら喜んでいる。

 エルもまたラウルが村長となることを喜んでくれている。

 他の老人たちも、アインスたちも、遠巻きに見ていたハナユリとリンもラウルを祝福している。


「これは……流石に断り切れんな」


 ここまでお膳立てをされてしまえば、ラウルとて断ることなど出来ない。

 心残りであったエルたち人狼族を救出出来たことで、村長を断る理由がなくなってしまった。


「わかった。未熟な身であるが、村長の件、任せてもらおう」


 どちらにせよ、ラウルにとってこの村に住まう全ての人々は守る対象なのだ。

 それは村長であってもなくても関係ない。

 いや、むしろ村長という立場を得たのであれば、村人を守る意思をより明確に出来る。


 新たな決意と共に、ラウルは村長となることを承諾した――。

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