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竜王、襲われる。




「竜王様!」


 エルの叫びと同時に、鎧騎士が一瞬で間合いを詰めてくる。

 鈍重な鎧を着込んでいるとは思えないほど軽やかな詰め方に、ラウルは意表を突かれた形となる。


 突き出された剣を至近で回避し、剣を払おうと上段蹴りを放つ。


「しゃらくせえ!」


 けれども鎧騎士もまた早すぎる反応速度で上段蹴りを躱し、手を伸ばしてその足を掴んでくる。


「む――」

「おらぁ!」


 そのまま力任せに放り投げられるが、ラウルも中空で姿勢を整えて着地する。

 鎧騎士は、すぐさま距離を詰める。剣を振るうよりも早く拳を突き出し、ラウルはかろうじて回避する。


 鎧騎士の動きはある程度は読めるのだが、ラウルはやりづらさを感じていた。

 予測の効かない動きは、剣術というよりも粗野で無骨な喧嘩に近い。


 本能任せの獣のようで、ヒトの知性が混じり合った――読みづらい動きだ。

 とはいえラウルとてヒトとしての肉弾戦に慣れているわけではない。

 知識として培ってきた、数多ある種族との戦いの記憶が、今のラウルの身体を動かしている。


「こ、のちょこまかと!」

「猿のような貴様に言われたくはないな」

「誰が猿だッ!」


 鎧に包まれくぐもった声は性別の識別をあやふやにさせる。

 剣と拳の織りなす縦横無尽の連撃を、ラウルはかろうじていなしていく。


「ッチ、やりづれぇ。なんだてめぇは!」

「何だと問われても、余は、余である!」

「答えになってねえだろうッ!」


 とはいえラウルは防戦一方だ。獣のような猛攻はラウルに反撃の隙を与えず、じりじりと消耗させられていく。


「竜王様!」

「来るなエル、こやつは――」

「しゃらくせぇ!」


 鎧騎士の放った蹴りが、ラウルの腹部に命中する。咄嗟に力を込めて踏ん張ったとはいえ、強烈な一撃にラウルは後退りしてしまう。

 終わりだとばかりに、鎧騎士は剣を上段で構え、振り下ろそうとする。


「まだまだよ!」

「ぐっ……!?」


 けれどもラウルは身を翻してその一撃を躱し、逆に片足を軸にしてさらに中断に蹴りを見舞う。

 鎧騎士にとっては予想外の一手だったのだろう。分厚い鎧に守られながらも、ラウルの一撃は確実に芯を捉えた。


 ダメージを受けた部位を擦りながら、鎧騎士が半歩後退する。

 兜の下から鋭い眼光がラウルを睨め付ける。


 不味い、とラウルは直感的に判断した。


「――ぶっ殺す!!!」


 鎧騎士が握った剣に、急速に力が――魔力が集中していく。

 魔法をよどみなく扱えるのは魔族であり、人間であれば魔法は険しいものであるはず。

 ならば、兜の下は魔族なのか、とラウルの頭に過ぎる問いかけ。


 だが、状況が状況なだけに問いかけることなど出来やしない。


「竜王様、お逃げください! それは『心具』です!」


 聞き慣れない言葉がエルから伝えられるも、まるで縛り付けられたようにラウルは身動きが取れないでいた。

 正面で構えられた剣に風が収束していく。先ほどまで無風だった室内を突風が暴れ回り、その全てが鎧騎士の剣に集中していく。


「風よ集え。風よ叫べ。その悲痛なる叫びを以て、我が怨敵を滅ぼせ――」


 風が、黒く染まっていく。鎧騎士の呪詛の言葉に呼応するかのように、ドス黒い風が刀身へ集っていく。

 肌で感じる。この距離だからこそ、その風がどれほど禍々しいものか、理解する。


「『空穿慟哭(ソラヲウガテ)』ッ!!!」


 躊躇いも見せず、鎧騎士は剣を振り下ろす。

 ――刹那。集った黒き風が爆弾のようにラウルへ放たれる。


「ッ――!」


 爆音と爆風に視界を奪われ、ラウルはかろうじてその場で堪えることが出来た。

 どうしてか直撃しなかった風の爆弾は、ラウルではなく屋敷を破壊の渦に飲み込んでいく。


 風が穏やかさを取り戻すことには、屋敷が半壊するほどだった。


「これほど、とは……!」

「っち、外した……っぐ」


 鎧騎士は剣を握りしめたまま片膝を突く。コヒュー、コヒューと荒い呼吸をしている。


「竜王様、今がチャンスです!」


 被害を免れたエルがラウルに向かって叫ぶ。

 壊れた窓に立つエルは、外に向かって指を差している。ラウルはすぐに状況を理解して、窓枠に向かって駆け出す。


「ま、待ちやがれ……!」

「阿呆が! 心具をそのように乱雑に扱って自滅する馬鹿の相手などしておれぬわ!」

「……すまんな鎧騎士よ。事情は知らぬ。だが今はそなたの相手をしてる余裕がない」


 窓枠に飛び移ると、さも当たり前のようにエルの腰に手を回し、ラウルはエルを抱えるように飛び出した。

 「ひゃう」と小さく可愛らしい声が聞こえたが、ラウルは気にせず闇夜に身を投げ出した。もちろんエルが頬を染めていることには気付いていないが。


「ッガー、逃がした! 人間も、魔族も逃がした! クソ、クソ、クソがっ!!!」


 鎧騎士は消耗した身体をなんとか起こし、ラウルたちが逃げた窓枠を忌々しげに睨み付けた――。


 ………

 ……

 …


「……ふう。なんだったのはあいつは」

「わかりません。ですが、あやつが領主を殺したのは事実でしょう」

「そうか。……あいつが、領主だったのだな」


 転がっていた中太りの男性を思い浮かべる。苦悶の表情を浮かべて死んでいた男性は、十中八九あの鎧騎士に殺された。

 鎧騎士の素性も目的もわからない。

 だが……ラウルにとっては、間接的にだが、エルを解放する要因となったのは事実だ。

 感謝すべきことではない。だが、合理的に考えれば、鎧騎士の登場によってエルを救えたのは間違いなく事実である。


「一先ずは、村に帰ろう。エルも……来るよな?」

「当然です。竜王様が拒んでも絶対に乗り込みます」

「はは。お前は変わらんな」

「勿論です」


 草原を並行して駆けながら、エルは瞳に涙を浮かべてラウルを見上げている。

 エルの視線に気付いたラウルは微笑み返す。エルは急に足を止めると、不意にラウルの袖を掴んだ。


「……エル?」

「竜王様、なのですよね」

「ああ、そうだ。かつての力はもうないがな」

「力など、関係ありません!」


 エルは涙を溢れさせながら、ラウルの胸に飛び込んだ。受け止めたラウルは、出会った頃のエルの姿を思い出し、重ねる。

 孤独に生まれ、孤独に生きてきたエリクシア・ウェアリティ。同胞からも拒まれていた、特異的な魔力を持って生まれた彼女を、ラウルは決闘の末に配下に置いた。


 それは自らも特異な出自であったからこその同情だったかもしれない。

 だがラウルにとって、数多くいる配下の中でもエルは特別だったのだ。


 だからこそ、百年の時が過ぎて、エルと再会できた。


「エルは、エルはずっと、ずっと悔やんでました。竜王様を守れなかったことを、勇者を止められなかったことを。エルにもっと力があれば……!」

「よいのだ。あれは余の我が儘だった」

「ですがっ!」

「よいのだ」


 懺悔のように言葉を吐露し続けるエルを、ラウルはそっと優しく撫でて、あやす。

 ラウルにとっては、エルはいつまでも幼子のままだ。容姿が成長していないのもあるが、それ以上に、妹のように大切な存在だ。


「こうして再会できた。それを喜ぼう」

「はい。はい。はい……っ」


 ラウルの言葉に、エルは涙に塗れた顔を胸板に押しつける。

 必死に涙を堪えているエルを、ラウルは泣き止むまでずっと撫で続ける。


「さあ、帰ろう。あの村へ」

「はいっ!」


 泣き止む頃には朝日が差し込み、ラウルはエルの手を取って村へと向かって駆け出した。

 握ったその手を、今度こそ離さないと己自身に誓って――。

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