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竜王、期待される。




「それじゃ、かんぱーいっ」


 リールの家に集まった老人たちに混ざりながら、ラウルも一緒に酒を呷る。

 正直に言ってそこまで上質な酒ではない。が、ほんのりと酔うには十分なほどだ。

 ぐい、と一気に飲み干すと、空になったコップにすぐに酒が注がれる。


「まーまーラウルくん飲んで飲んで!」

「お、おう。どうしたのだ。今日はいつになく機嫌が良いではないか」

「若いもんは気にせず飲むもんじゃ。ほれほれワシの酒を飲めー!」

「では、ありがたく頂こう」

「っかー! いい飲みっぷりぃ!」


 煽られるままに酒を飲んでは注がれ飲んでは次がれていく。

 明らかに飲み過ぎな量ではあるが、ラウルは多少は酔うが、他の老人たちほど酔っ払いはしなかった。

 若さからなのだろうか。ひっくひっくとしゃっくりをしながら、リールが肩に手を回してくる。


「でよー、ラウルくんよー」

「飲み過ぎではないか? 明日も畑があるだろうに」

「いーんだよ今日は! ひっく、うぇ~」


 馬鹿騒ぎする老人たちに苦笑しながら、ラウルもまた注がれた酒を頂くことにする。

 ラウルが最後の一杯とばかりに飲み干すと、「おお~!」と老人たちの歓声が湧き上がる。


「いい飲みっぷりだなぁ!」

「そうでもない。リールたちのほうがよっぽど楽しそうに飲んでいるではないか」

「いーんだよワシらは。ラウルくんが飲むことが大事なんじゃよ」

「余が……?」


 リールの物言いにラウルは首を傾げる。少し酔ってしまった思考では深く考えることはできないものの、神妙な顔つきになったリールを見て、何事かと気を引き締める。

 リールだけではない。他の老人たちも、気付けば手を止めていた。

 静かな酒盛りの場で、リールがこつん、と頭を地面にぶつけるほどに下げた。


「ラウルくん。頼みがあるんじゃ」

「……何事だ?」


 酒に頼らなければ言い出せないことなのか――リールは、老人たちは頬を紅潮させながら、じっくりとラウルを見つめた。何十もの視線に晒されて若干の居心地の悪さを感じつつも、ラウルは決して老人たちから目を逸らさない。


「君に、この村の長になって欲しい」

「…………なんだと?」


 予想外の言葉に、ラウルは咄嗟の反応が出来なかった。

 少し間の抜けた声を出してしまったかもしれない己を恥じつつ、居住まいを正してリールに、そして老人たちに向き直る。

 リールはすぐさま言葉を続ける。


「わかっとるわかっとる。君のことじゃ。"余所者の余がそんな立場になどなれるはずがない"とでも考えとるんじゃろ?」

「……うむ。その通りだ」


 一拍置いて、ラウルは言葉を返した。リールの洞察通り、ラウルは自分自身をこの村の住人とは考えていない。自分はあくまで世話になっている居候程度の存在だと。

 だからリールの申し出は受け入れられない。余所者の自分が、村の長など務めるわけにはいかないと。


「じゃがなラウルくん。君じゃなきゃダメなのだ」

「何故だ。それに後継者を決めなくてはならないほど、皆限界なわけでは無いだろう?」

「まあ、な。幸いにも身体はまだまだ元気じゃ」

「では――」

「君が、ユリちゃんを笑顔にしたからじゃ」

「ハナユリを……?」


 頭を過ぎる、初めて出会った日のこと。ハナユリの微笑みに惹かれ、半ば居座るような形でこの村に滞在している。その間に何度も見てきたハナユリの微笑みに、ラウルは不思議な感情を抱いていた。


 ――いつか、満開の笑顔を見たい、と。


「知ってると思うが、この村にはユリちゃんとリンちゃん以外、若いもんはおらん」

「……ああ、知っている」

「全ては魔族との戦争じゃ。ワシの娘も、タゴサクんとこの息子も、村を豊かにすると豪語していた若造も……みんな、戦争に連れて行かれ、帰ってこなかった」


 リールの口から聞くと、改めて悲惨な思いをしてきたことを理解する。

 戦争によって家族を奪われ、村を継いでいく者たちを奪われた。

 ハナユリは夫を。リンは父親を。リールたち老人は子供たちを。

 それは、とても辛いことだっただろう。


「元々女性が少なかったからか、ユリちゃんは残れたが……出稼ぎに行くと出て行った女たちも、帰ってこなかった。ユリちゃんは、ずっとずっと皆を見送って、帰りを待っている」

「……そう、であろうな」

「ユリちゃんはな。ワシらに残された最後の宝なんじゃ。友人たちの訃報を聞いて、旦那のことを聞かされて……ユリちゃんは、全然笑わなくなった」


 それは、想像するに容易いことであった。けれど同時に、ハナユリが周囲を不安にさせてしまうほど気落ちしていたことを知り、愕然としてしまう。

 自分が思っていた以上に、ハナユリは多くのものを失っている。

 胸に痛みが走る。ズキズキと痛むのは、ハナユリの境遇を想ってのことだった。


「リンちゃんのために気丈に振る舞っているがそれもバレバレでな……。いつか、倒れてしまうんじゃないかと、ずっと考えていたのじゃ」

「……」

「じゃがそこに、君が現れた」


 すっ、とリールの視線が上がり、ラウルを見つめる。


「君がどこの誰かは関係ない。君はユリちゃんを思い、ユリちゃんを笑わせてくれた。……まあ、子供のような"笑顔"じゃないが――それでもワシらには、衝撃的だった」


 リールの言葉を聞いて、ラウルは少し嬉しさを感じていた。

 それは独占欲とも言える感情である。今まで微笑みすらろくに見せなかったハナユリが、自らには微笑んでくれたこと――それは優越感であり、彼女の特別になれたかもしれない、という思いがあるからだ。


「じゃからな、君には感謝している。ユリちゃんに笑顔を取り戻してくれたばかりか、リンちゃんにまで懐かれて……あの親子だけが、ワシらの生きがいだったのじゃ」

「……なんとなく、そんな気はしていた」


 日々を過ごす内に、村の老人たちがハナユリたちをどれだけ大切にしているかはよくわかっていた。

 だからこそラウルはリールたちに受け入れてもらえたことが嬉しかったし、滞在したいとも考えていた。


 だが、それだけでは足りない。

 ラウルを村長に推すには、もっと別の理由があるはずだ。

 ハナユリの件は、村長の座を明け渡すほど安いとは、ラウルは考えていない。


「……そして、先日の人狼族のことじゃ」

「アインスたちのことか?」

「ああ。ワシらは正直、あの子たちをどうするべきか、悩んだ。子供とはいえ魔族じゃ。ワシらの身内を奪った……魔族、なのじゃ」

「そうだな」


 考えてみれば、ラウルのあの時の行動は軽率だったかもしれない。

 老人たちは人狼族のことを知らなかった。ラウルが魔族だと説明しなければ、少し変わった人間で誤魔化せたかも知れない。


 ――いや、無理があるな。

 人狼族の特徴である耳と尻尾を思い出して、ラウルは首を横に振る。いずれはばれることであり、ラウルとしてもあの時はああ説明しなければそもそもアインスたちと話すことも出来なかっただろう。


「魔族と聞いて、ワシらはあの子らを……そうと考えた。じゃが君はまっすぐに、話をしようとした。最初は動揺したが、……そうじゃよな。あの子らは、まだ、子供じゃ」

「……そうだな。子供だったから、気付けば余も、前に出ていた」


 怯えていたアインスたちは、老人たちに危害すら加えられる状態ではなかった。

 逆に老人たちがアインスを警戒し、手を出そうとしたら――何かが起こったかも知れない。

 その最悪の可能性を考慮すると、あの時のラウルの判断は間違っていなかったと言える。


「余は魔族に対して禍根を抱いていない。リールたちとは違うのだ」

「じゃが、だからこそあの状況で正しい選択が出来た、というわけじゃ」

「む……」

「じゃからワシたちは、ラウルくんに託したい、と考えたのじゃ。君ならこの村を豊かに――いや、これからもユリちゃんを守ってくれると信じて」


 リールの、老人たちの言葉は喜ばしいことである。少し気恥ずかしい言葉だが、そんな期待を抱かれるのも悪くはない。

 だが、ラウルはゆっくりと首を横に振った。


「それでも余は、皆の期待を背負うことは出来ない」


 心にずっと、抱いてしまっているから。

 アインスたちを逃がすために奔走した、人狼族の大人たちのことを。

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