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プロローグ




 勇者と竜王の死闘は、三日三晩の果てに、勇者の勝利に幕を閉じた。

 世界の希望を背負った勇者と、魔族の誇りを背負った竜王。

 両者の実力は互角だった。

 だが、結果として勇者は立ち続け、竜王は巨大な体躯を地面に横たわらせた。


 喉を切り裂かれ、大量の出血をしている竜王は、息も絶え絶えに目の前に立ち尽くしている勇者を見下ろす。


『見事だ……余を、一人で殺すとは……』


 竜王は勇者へ賛辞の言葉を贈る。それは生まれてから一度も敗北したことのない竜王に、初めて敗北を与えた者への賞賛だ。

 けれども勇者はその言葉にふるふると首を振る。


「ボクがあなたを殺しては、いけなかった」

『……何故だ』

「ボクがあなたを越えたのであれば、次はボクが竜王と並ぶ存在であると――ヒトは、恐れるから」

『……』


 消えゆく最後の意識の中で、竜王は勇者の言葉から悲痛さを感じ取っていた。

 目の前の小柄な少女。とても勇者とは言えない、まだまだ子供である。

 そんな存在が、魔族の中でも最も強い存在である竜王を討ったとなれば――人間は彼女をどう扱うか。

 魔族である竜王でも、人間という種族がどのような存在かは理解している。

 奴らは強い者を恐れ、奪われることに過大な妄想をする。

 一つの国を滅ぼした時の、王の見苦しさを思い出す。

 民を守るはずの王が、民と引き換えに命を乞う姿。

 あまりにも醜くて、ひねり潰した記憶が蘇る。


 では、自分が死んだ後の世界で、勇者がどのように扱われるか。

 勇者がもしも小柄な少女ではなく、清廉潔白な青年であったなら――彼の言葉に賛同する者たちを中心に、新しい世界が作られたかもしれない。

 だが、目の前の勇者は少女である。その外見と内包した力の差は、きっと人々は恐れるだろう。

 最初は彼女を歓迎しても、いつその力が自分たちに向けられるかわからなければ――。


「だから本当は、あなたに殺して貰いたかった」

『それは、申し訳ないな』


 わかっていた。三日三晩の死闘が茶番であったことくらい。

 勇者は本気を出してはいなかった。悟られぬように上手く手加減しているのを、竜王は見抜いていた。

 だがその真意を見出せず、結果として迷いが生じ、勇者の刃は竜王の喉へ届いてしまった。


「ボクは……どうすれば、いいんだろう」


 苦悩する少女に、竜王は言葉を失ってしまう。

 世界の覇権を賭けた戦いに勝利したというのに、勇者は喜んでいない。

 魔族では有り得ない。力こそ全て。勝利こそ最上の魔族ではすることのない表情をしている。

 沈んでいく意識の中で、懸命に、竜王は言葉を模索した。

 自らを討った存在が、そのような表情をしていては――それこそ、敗北した自分が情けないから。


『ならば、鳥のように自由に生きればいい』

「鳥……?」

『ああ……。国家にも、人にも縛られず、自由に生きて、己が信念の為に、その力を使えばいい』


 それは竜王の信念でもある。だが竜王は、その信念が指し示す方向を、見誤ってしまった。結果として引き起こしてしまった人間との戦争。

 繰り返される憎しみの連鎖に、竜王は嫌気が差していた。

 だからこそ、これで戦いが終わると安心して――勇者に託すのだ。


『背負えないのであれば、背負う必要などない。いずれ誰かが、世界を守る。お前は人の希望を背負い、余を倒した。それだけで、いいではないか』

「ボクは……それで、いいの?」

『背中を押して欲しいのであれば、余が押そう。余が、許そう。だから、余を倒した英傑よ。今だけは好敵手として――笑顔で、余を看取ってくれ』

「竜王……。っふふ。まさかあなたが、一番ボクを理解してくれるなんて。おかしな関係だね」


 涙はまだ収まってはいない。けれど、勇者はようやく笑顔を見せた。その笑顔を見て、竜王もまた口元を歪める。


『もう、限界だ』

「……おやすみなさい、竜王」

『……ああ。おやすみだ、勇者』


 意識を手放す言葉を最後に、竜王の意識は闇へと沈んだ。

 もう二度と、目覚めることは無い。そう思うと、少しだけ、寂しく感じるのであった。




   +




 意識は唐突に引き戻された。

 誰かの声が聞こえた、かもしれない。

 けれどもうその声は聞こえない。誰の声だったかもわからない。

 竜王はそっと身体を起こして、違和感を覚える。


 ――余、は。


 竜王は最初に、やけに視界が低いことに気が付いた。

 今までは山すらも見下ろしていた竜王だが、開けた視界に飛び込んできたのは、小さな顔だった。

 それが自分を見つめている少女だと気付くのに、幾ばくかの間が空いた。


「あ、目覚めたのですね」

「起きたー。うむ、起きたー」


 ぴょん、と目の前にあった顔が動くと、途端に重かった身体も軽くなる。

 どうやら目の前にあった顔の持ち主――まだ年端もいかぬ幼子が身体の上から退いたようだ。

 幼子はててて、と駆け足で近くに立っていた女性の足元に隠れた。

 隠れているつもりなのだろう。しきりに顔を覗かせて、竜王を見ているが。


「おはようございます」

「……う、む」


 立っていた女性が膝を折りたたんで、竜王と視線を合わせた。顔を覗き込むように見つめられ、不意に心臓が跳ね上がる。勢いよく胸に手を当てて、そこで竜王はようやく自らの肉体に起きている異常に気が付いた。


(人間、だと。余が、余が、人間になっているだと!?)


 違和感の正体。それは――竜王が、人間となっていること。

 目の前の女性は心配そうな表情で竜王を見つめている。額に手を当てて、熱がないかを確認し、しきりに竜王に体調を聞いてくる。

 だが竜王はそれすらも答えられない。

 自らに起きた変化に困惑して、なにも考えられないから――。

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更新ペースは書き上がり次第更新という形で行きますので、評価や感想・ブックマークなどよろしくお願いします。

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