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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第三章 王国の盾と英傑の碑
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≫十九~放たれる皇帝の牙~

 閃光と咆哮により、押し込まれたゴルダルード帝国軍を支えていたのは、自身の軍旗をはるか後ろにした皇帝ライムント・ファングであった。

 戦線が、崩壊するかの様な場景に、眉をひそめる事もなく、もたらされる情報を彼は呑み込んだ。その状況で、本陣を後にし前線を視界に入れて彼は立っていた。


 敵側との隔てを僅かにして、崩れ行く様に眼光を通し感覚的に音を拾い、それを的確な判断で具体化していく。

 部隊間の隔ても、兵種による区別も、常識的な感覚も全てを包み込んで、眼前の光景を纏めていった。


 咆哮に対しては、自身の直軍から槍兵と弩兵を中心に投入して、秩序を残す獣装騎兵を下がらせて再編する。

 中央は三度前進の後、尚もそれを主張する将伯らに、勇とは何かを示して惜しげもなく後退させた。

 そのまま、徒歩兵力を左翼方向に振り分けて、敵前での再編を成しつつあった。


 それでラグーンが言った、『どっちもどっち』の状況まで持ち込んでいたという事になる。


 オーウェンやフィリップが、初手で魔弩砲(バリスタ)を切ったのは、それなりの理由がある。

 ――それは実質的な数ほど戦力として、見込めるのものが少ないという事だろう。


 本当の意味で戦力なのは、第七軍団と第一騎士団に、黒装槍騎兵あたりで収まる。

 第一軍の徒歩兵力はまだしも、第十騎士団は箔付けであり、諸侯軍は数合わせての感が否めない。連戦で磨り減らした残りの三軍は、思いほか持っている方であった。


 剣獣を駆るランガーやノースフィールの私兵は嬉しい誤算だったが、既に半ば切ったカードである。


 あざとく中央部を薄くし、無作為に見える様に布陣した。両翼に正規軍をきっちりと配置し際立てせて、もう少し前面を崩したかったと言うのが本音である。


「もう少し、来ると思いましたが……」

「ならば、仕向ければ良い」


 フィリップの言葉にオーウェンの考えが向けられた。言葉通りにオーウェンは、近衛を連れて第一騎士団に並び、王家の紋章が輝く軍旗を響かせる。

 そのまま、中央の前線を構築する第一軍を左右に向けて放ち、目の前を開ける。自身の前には、閃光を放つ魔弩砲の列のみとして見せていた。


「これなら流石に来るだろう」


 オーウェンの行動に、クローゼは「そっちかよ」と思いとも声とも取れぬ言葉が出ていた。

 そして、オーウェンの隣に純白の輝きを見て、カレンに向けて声をかけた。


「殿下の両翼に、真紅乃剱(グリムゾンソード)銀白乃剱(シルヴァーソード)があれば映えるな。カレン、殿下を頼む。……何かあったら陛下が悲しむだろ」


 ――盾を持つ者にして彼自身の王――


 アーヴェントのあの時の言動から、クローゼは王の意を優先した。本音を言えば、アーヴェントから預けられたカレンを、セレスタの側に置いておきたかった。


 ――自分が勝手をする為に――


 その事をクローゼがセレスタに告げた時、彼女は笑顔でこう言った。


「あの時は、クローゼが居たから特別にああ言っただけ。居ないのが当たり前で、鍛練して積み上げてきたから。少しだけ、覚悟がいる位。それに『やばいのは任せとけ』なんでしょ」


 当たり前の事を当たり前にいった。「槍擊すらまだ途上なのだ」……そんな感じだった。

 そこには、湖畔の砦での一幕が再びあった。


 ――そうだな。自分だけ覚悟してる訳じゃないし。それに、テレーゼが言った。フリートヘルムは、違う感じだし。任せようみんなに、セレスタがそう言うなら。だけど……。


 クローゼの思いの先にある「格好いい」と彼が思ったオーウェンの軍旗。その隊列の後方にある騎士団の列を見て……ため息まじりの顔をした。


 ――セレスタに摘ままれた鼻――


「そんな顔しない」


「おう」と答えるクローゼの視線が彼女を越えて、この場だけが別の空間であったかの様な……戦線を見直していた。


 彼の視線に映る光景。


 両翼は激しさを増して、戦線の中央だけが静寂を見せている。そんな局面を大胆にもオーウェンは、自身のを餌にライムントに誘いをかけていた。


 その流れにライムントも、声もなく仕草で、直軍の残りほぼ全てを左翼に振り向ける。

 自軍右翼が半包囲な様相を呈して、混戦の最中にあるのを認識してだった。


「ディートハルト。白い手袋が足下に見えるな。受けて立たねばなるまい。だが、些か不粋な物がある、払って退けよ。我が牙に命ずる――」


 声と共に彼は自らの牙を見た。


「ディートハルト。卿がギュンターを伴って弩砲(あれ)を排除せよ。我が騎士団(ヘッツアー)より騎士をつける」

「皇帝陛下。それらは御身の元に。我が弟子ギュンターのみで十分」


「良かろう、我が道を作れ。コルネリウス。バルトルトを共に、あの亜人と獣を討て。アルバン。卿は、敵の右翼の内側。あの軍の将たるを討て。あれは厄介だ。それをなせば崩れる。卿らには……ふっ、要らぬか。……良し、早速準備致せ――我が意を完遂せよ」


 放たれる牙に、ライムントの意志がのり声が連なる。満足げな彼に、側近の一人が申し述べていた。


「我が軍右翼が、危うく映りますが……」

「あの男だ。問題ない」


 ライムントが信頼をおく「あの男」とは、テレーゼの父、ヘルベルト・ヴェッツェルである。

 いや、言い方であるなら、テレーゼは彼の娘として見られる。


 問題無い戦線では、先にシオンが残りのカード二枚を反対に切ったのを、彼は絶え間なく動く前線付近において耳から確認した。

 その確認に、ヘルベルトは冷静に指示を出す。


「良し。引きずり込め」


 ヘルベルトの声に、周りが反応を始めていた。


 それまで彼らは、ノースフィールの軍に基点を折られ、第一軍の半数程からの横擊を受けて、前面の軍に右側まで手を掛けられていた。

 しかし、混戦ともとれる状況で、彼らは、執拗に中央付近へ攻撃を加え続けていた。

 混戦の戦線を、遠目から――剣先を眼前にと動き回るヘルベルトがそれを支えていた。


 そして、中央部分の予備兵力と思われる一軍が動いた瞬間だった。……彼の指示が出たのはである。

 彼の指示通り、フィリップ・ケイヒル伯爵のあの時の言葉 。ケーキに、ナイフが刺さる様な柔らかさで切れ、その甘美さを見せる(さま)さながらに崩れて見せた。


 フィリップはその光景を、たまたま天幕の外で見ていた。それは、クローゼの第十騎士団に対する話を聞く。……いや、(たしな)める為にだった。


 ――駄目だ。留まれ……


 あからさまな誘いであった。だが、第五・第六の両軍はあの後退戦て、忍耐と我慢を積み重ねていた。

 それによって、この状況を成したとすれば、彼らの力は評価すべきである。

 これが、本当に勝利に繋がるのであればだが。


 ただ、例え罠だと分かる者がいても、目の前の勝ちをここまでの流れで、集団になれば留まれる訳などなかった。

 行く先の向こう側に、ヘルベルトの切り札があったとしてもになる。


 勿論、ヘルベルトが苦心して、後方に下げた一団があった。しかし、彼の本当の狙いはそれですらなく北にあった。そう、この戦場で皇帝より先に牙を動かしたのは彼だったのである。


 テレーゼとラファエル。もう一人、ギルベルトの三本の牙に獣装騎兵(ティーガー)七百にヘルベルト自身の馬廻り、軽装騎兵(ヘッツアー)仕様の護衛達が三百。

 合わせて一千の騎兵が秘匿の行動から唐突に現れたのである。


「……父上は、大丈夫……ですか」


「見てわからないなら、大丈夫と言っても無駄だろう。だが、君の父上は親馬鹿かもしれないが、馬鹿ではない。それに、言の通りに成ったではないか」


「俺達は切り札。テレーゼ殿、ここからだ」


 戦局の様子に、テレーゼが不安を表した。しかし、ギルベルトはそれを軽く流して、ラファエルが覚悟をうながした。

 この時の彼等は、ヘルベルト・ヴェッツェルの牙であると言えた……。



「左翼、崩しましたね」

「やられたんだ……こちらが」


 クローゼとフィリップ。二人は話の途中で、同じ光景を見ていた。その会話がそれである。


「えっ、なんでですか。一目散に逃げてる気が」


「あれほど、綺麗に逃げれるものか。始めから決めていたんだろう。……やられた……だが、後ろの壁は薄い。今から伝――」


「男爵――やばいぞ。負ける流れだ」


 二人の会話に頭上からラグーンの声が届いた。それにクローゼは一目散に駆け上がる。


「はぁ、何だよ。どっちが負けるんだ」

「俺らだな。あれだ」


 ラグーンの指先に、その光景。――三本の牙、その一軍――その先頭の一部が速度を上げるそれだった。


軽装騎兵(ヘッツアー)かよ」


「違うな。それらしいが。それで数だろ次は……先のが、二……いや、三。後ろのは重いのだが、七か八って所だ。百だぞ」


「じゃあ、牙かよ……ああ、味方あれだけか……マジか。て、あれ、あのおっさん。そのまま動いてなかったのかよ」


 既に、クローゼの目と化しているラグーン。彼の言葉をクローゼは確定と捉えていた。

 そして、オーウェンの軍旗まで遮る者は……あの時の場所にそのまま居た、あのおっさん……サンディ・ドリューウェットと以下二百のみであるのを確認した。


 ――どうする。ああ、五と六何で釣られんだよ。


 遅れて上がって来たフィリップも状況を視認して、『あー』と言う仕草をしていた。

 二人の思考の様子が伺えるが、目的は同じでも過程は恐らく違うだろう。周りにもそれが伝わっていた。


「幻影出しとく。壁とか……あれ、王国軍とか……それかドカンと君が……」

「今さら出しても、ばれるだろよ」


 思案する感じのクローゼに、ジーアがかけた言葉をラグーンはそのまま否定した。

 否定であたふたし始めるジーアに、ラグーンが真顔で『落ち着け』という顔をむける。それで、『はい』となった彼女が軽く深呼吸をした。


 その直後、クローゼの大きな声がした。


「分かった。レイナード。ダーレン。先に行け。俺も飾り連れて後から行く」


 それにフィリップが反応して、クローゼの顔を見る。

「大丈夫です。守りますから彼らを貸してください。ケイヒル伯爵。お願いします」


 意味を理解したフィリップが、声を出そうした時に今度はユーリが何かを見つけていた。


「閣下。前から二騎抜けてきました。……後、確証がないですが、同時に後三騎。こちらの右翼に」

「そんなん牙だろ……。クアナ勝てるか……どうする三騎か……」


「任せろ。我らは、クローゼ・ベルグの護衛隊だ。とちらにしても、あの友軍、ほっとくわけにはいかないのだろう」

「まあ、そうだな」


 確証がないユーリの言葉も、クローゼは確定を前提に言葉を出した。それに、ダーレンとレイナードの声が乗ってくる。

 ダーレンの話し方をクローゼは、日頃から心地いいと感じていた。


「そうだな。前はカレンがいる。……北は頼んだ。向こうは俺が飛ぶ」


「命令しろ。お前はヴァンダリアだ。戦の場で頼まれて、部下に死ねとは言えん。それはクローゼ・ベルグの責任放棄だ……まあ、そこが良い所だがな」


 クローゼ・ベルグの護衛隊副長ダーレン・マクフォールの言葉が、クローゼの明確な覚悟を引き出して彼等は疾走していった。


「まあ、このまま、お嬢の顔を見ないて終いにする気は我らにはないよ。なぁ、レイナード」


 ダーレンが行きがけに、レイナードにそう言っていた。その言葉を聞いて、彼の向かう先にクローゼは目をむける。

 ――そこに映るのは、次点の騎士とその一団であった。


 クローゼの視線の先で、最初に陣取った場所で、サンディ・ドリューウェット騎士爵は全く動いていなかった。それは臆したなどではなく、彼が与えられた責務を果たすのに注力していたに他ならない。


 そして、その時がきたという事になる。彼の中ではそうであった。

 迫り来る一軍に、対峙する形で広がった彼らの先頭で「来たか」との呟きに、「ヴルム卿の話。その様相ゆえ、間違いないかと」の答えを受けていた。


 ――エドウィン殿下は、暴君であったか? ……私には違ったが。この状況も殿下の行いの果てか……。


「命を無駄にすることは許さん。だが惜しむな。我らは王国の騎士。爵位などではなくその心持ちを忘れるな。いいかここは絶対に通すな……行くぞ」


 馬蹄の音が、相対的な距離と進路を重ね合わせていった。その先の牙と思われるその者達にである。


「またそれか。決死の覚悟はいいが、今度は、後ろが空だぞ」


 軽装騎兵の様相の先頭で、ギルベルトが吠える。

 彼の後ろにラファエルが続き、足の早いヴェッツェルの護衛達を引き連れたテレーゼの姿があった。


 ――彼女は、敵陣の様子を見てギルベルトが言った「敵陣は薄い。露払いもかねて先行すべきだ。届けばそれで終わる」に乗り、足の遅い獣装騎兵をカミルに預けて、先行してサンディ達と対峙の距離にいた――


 対峙の状況で、ギルベルトの動きに無言のままのサンディが剣技をあわせた。その一撃は、端から全力の魔力を乗せた刃であった。


 ――剣の煌めきと放たれる揺らぎの魔刃――


「武技かっ!」


 ギルベルトの咄嗟の声に、テレーゼの翼が被さり魔刃を弾き返す。僅かな煌めきを彼女は見逃さなかった。そして、詰まる距離にテレーゼの声がする。


「ギルベルト殿」


 彼女の声と作り出した光景に、サンディは動じる事なく魔刃を続け様に放っていく。


 ――予断なく全力で、あの時の様な不覚はない。


 彼がクローゼと対峙した時、一瞬の驚きと躊躇で為すすべなく飛ばされて、クローゼの言葉で命をつないでいた。その時彼は、自身の力を知った……。


 サンディが放った魔力の刃。ギルベルトを狙った刃は、彼が斜行した為かわされた。だが、後ろの騎馬に当たり、その後の落馬と転倒を誘っていた。


 既に、切り結ぶ距離まで僅かな瞬間に、サンディは流れる剣捌きで細かい揺らぎを走る剣筋にのせた。

 それは、複数に分かれて近距離の相手に刺さり切り裂く光景を生む。


 次の瞬間、馬体の擦れる感じの交錯が起こり、彼等は交差して入れ替わった。


 ――端から剣を握る者のすれ違い。斬擊に金属音と怒号が混じるそれである――


 一団を統べる者同士が、手綱を引いて踵を返す。そこには、結果が確かに見えていた。

 テレーゼは若干の動揺を見せて、サンディは無言の剣技を放ち馬体を揺らして走らせていく。


 突き抜けるつもりのギルベルトとラファエルは、かなり数を斬り抜けて、テレーゼよりも先で馬体を返していた。


「テレーゼ。行くぞ」


 ギルベルトの声は、サンディの剣技を防ぐ魔力の翼を意識するテレーゼには届いた。しかし、声を返す事が出来ないでいる。


「テレーゼ殿」

「後ろからこられると厄介です。倒します」


 ラファエルの呼ぶ声に、彼女はそう答えた。


 それを聞きながらサンディは距離を推し測り、そのつど剣技を合わせていた。

 当然、テレーゼも返す様に自身の魔力を操る。


 後先考えない様なサンディとテレーゼは、切り結ぶのを決めた様に見えた。

 テレーゼがそう決めた事で、そこかしこで、馬体の動きと金属音がおこる。その場景では、馬上で斬り合う響きが出来ていた。


 ギルベルトの武技とラファエルの紋様の力は、距離と相性が悪いのか、切り合う二人に距離を詰めようとする。しかし、サンディはテレーゼの剣勢を血肉でかわして、二人に揺らぎを向けていた。


 テレーゼの斬擊と剣勢に、サンディの肢体から鮮血が飛んで行く。根本的な速さが違うテレーゼと三対一の状況に、サンディは……絶望処か満足げな顔をテレーゼに向けていた。


 相手の表情と現状にテレーゼは怪訝を持った。


 ――なに、こいつ。どうして落ちない


 一応に来るサンディの剣をテレーゼは捌き、剣を走らせる。致命的な部分だけは許さないサンディの姿勢に、苛立ちを見せてテレーゼが叫ぶ。


「なぜ落ちない――もう私の勝ちだ」


 かなりの傷を追わせた。真っ赤染まった王国製の鎧を着た目の前の男。……サンディは落馬処か姿勢すら崩さない。

 そして、テレーゼはその声を聞いた。


「最後が貴殿で良かった。サンディ・ドリューウェットと申す……覚えておいて貰えると光栄……」


 かすれ行く声をテレーゼは聞いて、その視線が自身の後ろの景色にあるのが分かった。


「テレーゼ殿――避け」


 ラファエルの声の直後。

 ――テレーゼに死をもたらす如くな、レイナードの一撃を……瞬間で馬体を合わせたギルベルトが、間髪のタイミングで受けて、彼女の天極の地への誘いは遠退いた。


 その流れで、馬体をせめぎ合い。ラファエルの呼ぶ声からの斬擊を挟み、駆けながらその三者がテレーゼから遠退いていく。

 光景の僅か後。自身のを守る様に集まって来たヴェッツェルの者が、落馬の音を出していた。


 彼女は音を聞いて、次の瞬間の場を体感する。


 それは、まるで黒い弾丸の様な……彼女には黒い矢に見えた彼らが、突き抜けて駆け抜け彼女を置き去りにして、言葉を引き出す場景だった。


黒装槍騎兵シュヴァルツランツィーラー


 体感の後、出した言葉の手前で、満足げな顔をしたサンディ・ドリューウェットの崩れ落ちる様子が、テレーゼには見えていた。


 それは、テレーゼ・ファング・ヴェッツェル。……彼女の最初の戦果になった。




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