十八~戦場を見る目。戦局を見る視覚~
2020/03/19 修正改稿
魔術に代表される魔法のある人智の世界。そこで行われる戦において、それ自体は無視できない。しかし、黒の六循の装備を考えれば、その存在が薄れているのが分かる。
また、矛盾と言う言葉が彼の記憶にある事から言えば、強力な魔法に対抗する汎用的な対魔力防御――防護――の図式の連鎖が起こっていた。
そう言った意味で人智においては、剣をとり矢を射って、槍を突刺す……その光景が戦と言える。
それをクローゼは、本陣の後ろの小高い場所から見ていた。場景で最も彼の目に映ったのは、早々に切られた切り札――魔弩砲の炸裂である。
「あれは、どうなってるんだ?」
大きな呟きの先には帝国軍があった。最前列に、獣装騎兵を従える様に並び来る獣装歩兵の大盾と分厚い鎧の壁。
それを貫いて前進を止める……いや、息吹きまで止めている魔弩砲の風切り音。弦とは思えぬ弾きで放たれ、槍とも取れる矢を打ち出す――その初弾。その閃光が確かな魔力の煌めきを纏う場景が見える。
「弩ですね。魔弩砲と伯爵は言われてました。槍ではなく、閃光の様にも見えます」
「いや、『どう』飛ばしてるかだ」
見たままの報告に、原理を問われてユーリは隣のラグーンを見た。それを彼は「弩だな」と供に、大きな盾を地面に立てて持ち、背中には長い筒を伸ばしているパトリックの前に、顔ごと視線を向けていく。
そこには、斜に構えて腕を組むジーアの姿があった。彼女達は、なし崩しに現状を甘受して、この場にいたという事になる。
向けられたその顔に気が付いて、彼女は『私?』 と言う顔をする。それは、驚きと言うよりも『また?』の感じに見えた。
「魔動術式でしょ。遠いから分からないけど、紐の付いてるのに、竜水晶があって……飛んでるのに刻んであるって所じゃない。黄色で光ったから、風雷の属性なのかな。見てみないとだけど」
その言葉に続いて二度目の閃光が走る。それにつられたジーアは声を続けた。
「見た感じ、術師の魔力魔量もあるけど、何回もは無理でしょ。限度はあるかな。……当たらないの見ると結構飛ぶね。こういうのは、私よりもあの人の方が説明上手いけどね」
「以外と冷静なんだな」
「君のなんとか筒のを見てるから。そう言えば、あれ使わないの」
淡々と話すジーアに、クローゼの『意外な』と言う表情がみえる。そして、切り返された「そう言えば」に、彼はパトリックを見て「ああ」と答えた。
「予備があんまないから。それに今は丸投げ出来る人いるし。……ヤバいの来たら考える」
それにジーアが「そうなの」を向けて、クローゼの「何なら、あそこに魔量充填まわした方がいいか」の呟きで、彼女の「そんな事したら術師、爆発するわよ」を引き出していた。
それで、クローゼが「えっ」となる間にも戦局は動いていく。
中央は三回目の閃光で帝国軍の動きが止まる。そして、積極的に動いているのは、王国軍の右翼であった。馬ではない何が動いている。そんな様子だった。
「あれは、剣獣か?」
ラグーンの視覚が捉えたのは、イーシュット達ランガーであった。助力の遊撃な筈の彼は、帝国の前進にあわせて声をあげたという事だった。
「盟約により、助力致す――」
高らかにあげた声と共に、五頭程の剣獣――馬の様な大きさの犬が如くの四足――が前線の王国兵の頭上を飛び越えて整列し、額の刃に似た角を帝国軍に向けて煌めかせていた。
それらが唸りと咆哮で、獣装騎兵が駆る軍馬の嘶きを誘っていた光景になる。
「何だあれ。遊撃の意味を間違えてないか。……まあ、俺は好きだけど」
ユーリがラグーンに疑問を答えている間に、クローゼは額に手をおいて明るさを遮り、その場景に笑顔を向けていた。
何故かイーシュットと気があった彼は――中々やるなあいつ……とそんな感じを出していた。
その状況で彼の思考を取り除けば、現在、帝国軍の中央は魔弩砲の閃光で、左翼は軍馬の嘶きにあわせて隊列を崩していた。
残る敵右翼は、ズィーベン将伯 ヘルベルト・ヴェッツェルがゼクス将伯を副将にして、新鋭の第六軍団を麾下に入れて二個軍団を以て、対峙する王国軍に迫っていた。
「敵の右翼は厄介だぞ」
イーシュットが王国弓兵の支援の元、王国軍の槍兵と歩兵を引き連れる形で、小型の剣獣を駆る護衛と供に戦端を開いた。それを半ば呆れた顔をしたラグーンが、王国軍の左翼に目を向けて軽く呟いた。
「あんなのどうやって止めんだよ」
ラグーンの声に釣られて、クローゼが視界におさめる場景を変える。そこには、最初に見た敵側布陣――盾の壁に守られた獣装騎兵――が、一層の重厚感を増して迫るがあった。
中央と右翼はある意味奇策。そう取れる方法で、一定の優位性を確立している。しかし、クローゼの聞いた限りでは、イーシュットの咆哮を演出するような物はその側にはなかった。
「ああっ。教練通りの展開でな。まあ、とりあえず見て見るんだな」
いつもの事だの雰囲気のラグーンに、クローゼは怪訝な感じを見せる。だが、それしか出来る事はないという表情で彼は攻勢を見る事になった。
それを見たラグーンの追加の声がした。
「弓で上から、槍でつついて剣で切る。開けた穴から騎兵で『ドン』だな」
ラグーンの何とも言えない顔に、益々分からないといったクローゼの視線にそれが映る。
帝国軍の盾持ち獣装歩兵の前進から、少し間隔をあける様に獣装騎兵が距離を取る。 そして、前進した盾の壁に王国軍の矢が一斉に降り注いだ。
それを皮切りに左翼の王国軍が前進を始める。
獣装歩兵の盾が頭上を覆い矢を防ぎ、止まった足で王国軍の前進を許す。そして、また矢が頭上に……その流れで乱れた獣装歩兵の隊列に、王国槍兵の突擊の突きが浴びせられる。
その突きで前面を覆う鎧は抜けない。だが、押し倒した感じに獣装歩兵を転倒させて、続く歩兵が鎧の隙間に剣で加える刃。
「流石に、向かい合いでなんか文字通り刃がたたないから、ああするんだ。重装歩兵って言っても、歩きで全身鎧なんてのは無理というかついてこれない。隙間も多い。それに、転ばしたら意外と起きれない。あとは、近付いたら鈍いからなんとかなるだな」
「じゃあ馬ごと鎧見たいな……何だった。あっ、獣装騎兵は切れないじゃないか」
ラグーンとクローゼの会話の最中に、距離を取っていた獣装騎兵が後続の歩兵を連れて、突撃の助走に入り速度あげてその光景に迫っていた。
クローゼ自身は、何日か前に黒装槍騎兵や護衛隊がそれらを切り捨てた。それを意識していなかった結果の言葉だったのだろう。そんな彼を視界を合わせたラグーンは言葉をつなげる。
「切り伏せる。なんてのは……なんだ、騎士とかそんなんの領分だ。当然、普通の騎兵はランスでドンだな。男爵とこの黒装槍騎兵みたいなのは、普通じゃない。乗ったままで、あんな繋ぎ目とか、隙間やら……後、そのままぶった切るとか尋常じゃ……」
声の主に、何の話だというクローゼの顔。それにラグーンの表情がピクリとした。ただ、次の言葉が出る前に、彼の指した先に視線が促される。
その先では、互いにギリギリで交錯する騎兵の場景が出来た。その場面では、側面から入り込んだ王国騎兵がその場は勝っていた。
そして、反転する空間を探して移動する先へ殺到する敵兵に王国軍の矢が降り注ぐ。そして、王国騎兵が自陣に戻る光景が見えていた。
「王国の魔導師だって言ったんだけど……私こんな感じてしょ。いつもと一緒で……ははっ」
「分かったからいいよ」
「そんで、あっちの指揮官も中々だな」
挟まれた言葉を遮って、ラグーンの声が場景に意識を誘う。その先では、帝国軍の獣装騎兵の突撃完遂と獣装歩兵の大盾で半円の橋頭堡の構築する。その様な場所が王国軍の前線に何ヵ所出来ていた。
「後ろの弓兵の動き方と左右の配置と動き。後、獣装騎兵の入り方が絶妙だな」
その過程を視覚に捉えていたラグーンが、簡単にそれをそう評価した。その場景は、簡単に言えばこのような事になる。
獣装騎兵の機動性に劣る所――突撃速度での横移動の不足――を補う為。初めから一定の部隊毎に指定の間隔で、決められた隊列方向にクロスさせて突撃を敢行させていた。
そうして、盾の壁に垂直に入る自軍を狙う、王国騎兵の横腹を逆に狙って、王国騎兵の突撃を迎撃する。また、自軍の突撃を王国軍前線まで到達させていた。
それと同じく弓兵の列も斜めに伸ばして、隊列を維持出来た獣装歩兵の前進と崩れそうな前線の支援を平行させていた。加えて敵側の弓兵の正面への間接照準を外して、相対的射撃距離の不足を補っていく。その結果の光景であった。
「真っ直ぐ来るのを狙った所で、横擊食らったら流石に。外側のが、練度が高いと分かった上でのそれだ。有りそうで無かったな。あれは」
「ラグーン。妙に冷静だな」
「ああっ。今んとこ、こっちの楔。真ん中の采配が効いてる。……おい、行ってるのお前の所だろ」
ラグーンは戦況を自身の経験則に照して、クローゼの声に返している。その彼は、唐突に振り向いて言葉を投げた。そこには、驚きのマーベスの表情があった。
しかし、当然ラグーンの言葉と視線の先は、マーベスではなくその護衛の体の男にだった。
その若者の父は引退した傭兵で、ラグーンと昵懇だったという。その若者の頷きに、彼は『そうか』の顔を返して前を向き直る。
ノースフィールの私兵は、元々傭兵団だった者の集合体。そして、混戦が予想される場所に送られたのは、一番新しく加わった傭兵団であった。
戦が多かった過去から、十数年の短い平穏を経て淘汰された傭兵団の中でも、信用と実績、実力と経験で独立した集団としての体を近年まで成していた。
その彼らの実力をラグーンは認識していた。
「記憶の限りじゃ。最近までお前のとこ素だっただろ。よく把握したな。……誰だ、あの指揮官」
「あの人ですよ。第一騎士団の……」
銀白乃剱 シオン・クレーヴレスト。ユーリがそう告げると『ああ』という雰囲気がそこに流れた。
シオンの人となりは別にして、ラグーンは彼女と知らずに評価した。それは、ラグーンの若かりし頃の時勢で定期演習の様に王国と帝国の争いがあった。また、エストニアの利権に絡むもあって、彼はその多くに参加している。
その事を踏まえ、ラグーンの気付いた時から傭兵の――それを生き抜いた――経験と生死を別けるよみの部分がそうさせていた。
「ああ、あの女なのか」
ラグーンの呟きが表す、彼の雰囲気をシオンは、ノースフィールの私兵を使い自身の行動で覆していた。
――マーベスがこの場にいるのは彼自身の力量に対する自覚だが、彼は、この場に来るまでにノースフィールの軍。彼らの主要な者と彼女と少なくない会話を交わし、彼女の考えや人となりをその言葉として受けていた――
内示であるが、ノースフィールの私兵達の行き場はオーウェンになる。その事を踏まえて彼女の口からは、彼らに向けられた言葉があった。
「王国の騎士たれ」と。
エドウィンとライムントの茶番から続いた、あの戦いでプロとして振舞い……以後の『所詮』の謗りを受け続けて来た彼らは、不本意な召集を経てのこの場にあった。
その彼らの二つ目をシオンは続けて投入する。
その采配は、出来上がりつつある帝国軍の橋頭堡の脆弱な部分を的確に見極めて、効果的に打撃を与えていく。
それによって、そこを起点に集結し旋回する様に突撃を繰り返す獣装騎兵の勢いが弱まり、王国軍に落ち着きが見え始めた。
「落ち着いたな」
最もらしい顔で、大きな呟きをクローゼは見せる。それに『はぁ』のユーリとラグーンの苦笑いが続いて、『そうだな』の同意が釣られていた。
その雰囲気から、彼らの視点が全体を眺める流れになる。そこで最も目を引くのは、対峙する本陣の距離感で半分を越えて押し込む自軍右翼になる。
咆哮による奇襲で、帝国軍の勢いを止めたイーシュット達に引かれる形で押し込む第四軍団を、無傷だった第七軍団が王国軍らしい戦いで支援する流れだった。
「吠える吠える」
そう、クアナから聞かされた王国軍第七軍団長ザカリー・ウォッシュバーン伯爵は、あの光景で軍馬用の魔装具の有用性を再認識していた。
そして、勢いに乗った攻勢に気を引き締め、再度の鼓舞をしている最中でもある。
その中でも一際異彩を放つ光景を、視覚で捉えたラグーンの指先でクローゼは認識する。
――それは極獣闘士クアナが、獣装騎兵の一団の頭の上を跳び跳ねる姿だった――
「何やってんだ……あれ」
「ああ。重装騎兵に飛び乗って……兜を反対に向きしてる。……片っ端から。ははっ」
ラグーンの視覚には、彼女の体格に会わせたかのような小型の剣獣が獣装騎兵の下を通り抜けて、走り周る姿。それを起点に、飛び跳ねるクアナの様子が映っている。
また、その小型の剣獣は大型の剣獣にしかない刃の角があり、時折、器用にそれを使い獣装騎兵の腹帯を切って鞍ごとの落馬を演出していた。
クローゼの目に映し出されるのは、クアナと言えばそうであるが、兎に角、何が飛び跳ねる様子が見えていた。
――何か、右側押しきれそうだな。
「あれは、あれだけど……中央は何してるんだ?」
クローゼがそう言った、中央の第一軍団は魔弩砲を放つ前の位置に戻ったまま、動きもしていなかった。
――魔弩砲を秘匿した感じで、敵側に深く布陣して相手に合わせて後退し、それを放った展開を巻き戻した様にしてた――
「意図が読めませんが、何かしら策があるのでは」
「もう、魔力魔量切れじゃない」
ユーリとジーアの声に、クローゼはラグーンを見てどうなんだ……という顔をしていた。
「どうやったら勝てる……というか騎兵は何してるんだ。同じ所いったり来たりしてるし」
「どうやったら? まあ、勝つ時は勝つ。負けそうなら逃げる。四十年近く傭兵やってるからな……命なんてのは、よっほどじゃないとかけない。だから、負ける感じはわかるが。相手がそうなら勝ちだな」
「何だそれ。あんたいくつだよ。凄い戦に詳しいから、よっぽどかと思ったけど……」
クローゼの問いかけに、頭を掻きながら目線をあげてラグーンは考える仕草をしていた。
「あー。歳か……初めて聞いたのが、九か十だったから……そんな位か。そら詳しいぞ。馬鹿な奴の下で何回も死にそうになったら、よく見るからな。負ける奴の感じは分からないと死ぬから。だから、そんな奴とやれば勝てる……」
「余計に分からん」とクローゼの呟きとジーアの「そんな歳には見えないけど」が重なってユーリが声出した。
「敵の軽装騎兵でしたか。それが左右に移動してる感じに見えるので、それの牽制かと思われますが」
「お前も目がいいんだな。……それにしてもだ。遊んでる位なら、目の前の敵、固まってんだから、どっちかに動かせ……だよ」
わかりもしないが、可笑しいと思ったままを言うクローゼに、マーベスが遠慮がちな雰囲気を向ける。
「宜しいですか……」
「なんだよ」
爵位で言えば、聞いた側が上なのだが、クローゼはお構い無しに『何だ』の態度をとる。
少し萎縮した感じをマーベスは見せて、その話をクローゼにした……。
「はぁ? ……だから何だ。こっちは覚悟決めたんだぞ。公爵? 貴族の子弟? 箔付け? 俺も貴族だが……それがどうした。戦だぞ」
「その子が悪いわけじゃないでしょ。何、突然怒ってるの。大体、君もやりたくて戦なんてしてないでしょ」
ジーアに窘められるクローゼの怒りは、当然マーベスが悪い訳ではない。その内容によってであった。
――騎兵二千。黒装槍騎兵を切り札とすれば、同等の数の戦力である彼らはクローゼの言葉通りだった。
王族……公爵家を含む貴族の子弟の騎兵。それも若年の者ばかりで、練度は愚か馬に乗れるというだけの者もいた。当然、第一軍団が戦争に出向くなど、まして最前線に陣取るなど想定していない上にである。
勿論、選抜すればそれなりの数にはなるかもしれないが、行かないと家名に傷が……が半数はいるというのが、箔付けの第十騎士団の現状になる。当然、オーウェンもフィリップも苦慮するところではあった。
謝るマーベスにクローゼも謝罪した。ジーアに言われた事に理があるのは分かったのだろう。そして、ラグーンに真剣な顔を向けて確認する。
「ラグーン。どっちが負ける?」
「まあ、まだ『どっちもどっち』だな。今んとこ優勢だが、難しい所だな」
それを聞いてクローゼは、敵側の本陣と思われるそこに……小さく揺らめくものを見ていた。




