十六~サーカム近郊…待ち人きたる~
サーカム。以前は小さな村があった。湖を光景に納めるガーナル平原の西の端、その一帯をサーカム近郊と言っている。
これより先、リルヴァールまでは起伏の激しい地形もあって、移動ルートなども制約を受ける。その為、王国軍特有の機動戦術が難く、広く平坦なこの場所がゴルダルード帝国との戦では最終防衛地点に度々指定されていた。
ただ、リルヴァールに向かうに連れて、高低差では徐々に登っており、地形的に布陣するには有利ではある……。
そんな場所にクローゼ達が着いたのは、約束の日を僅かに過ぎた日にだった。そこには、西方より光を受けて布陣するイグラルード王国の第一と第七軍団の姿もあった。
王国軍旗と共に先頭を行っていたクローゼ達は、その陣地に迎え入れられる事になる。簡単な承認の後、クローゼはフィリップら各軍団長ともに、見るからにそれと分かる天幕に案内された。
この時クローゼに帯同していたのは、カレンと護衛のダーレンのみであったが、彼だけがそれを分からないかもしれないほど、オーウェンのものであった。
彼は案内役の背を見ながら、他の者が口々にそれを示唆する言葉で会話をするのを聞いて、さりげなくカレンに声を掛けていく。
「オーウェン殿下の……なのか?」
それにカレンが少し複雑な顔をして、頷きを返していた。その様子に「早すぎないか」とクローゼは声にしたが、それは呟きとして終わった。
そのまま、なし崩しに歩いて……クローゼが、開かれた天幕の中で目にしたのは、中々の光景だったといえる。
彼の意識に映える、王家の紋章が描かれた大きな軍旗が、存在感を示す比較的大きなその空間。その中に置かれたテーブルで、幾人かと合議をするオーウェンの顔が見えた。
そして、その両横には見知らぬ男女。そして、大きな男が二人に「にゃは」の声がしてきた。
それを見た彼は思ったのだろう。表情がそれを表していた。そのままにやけた顔で開口一番、オーウェンに言葉を漏らす。
「殿下、早すぎませんか」
唐突な言葉は、当然無礼不敬になる。しかし、クローゼの隣にいたカレンに飛び付くクアナの行動が、その事を一瞬紛れさせた。
「にゃは。カレンカレン。いたー」
カレンの驚きとイーシュットの嘆きに、オーウェンの手が隣に立つ騎士と思われる女性の抜刀を制していた。また、腕を捕まれたその女性の顔が、僅かに赤くなるのを見たのはダーレンだけだった。
「君がやった湖畔の砦の事に比べたら、たいした事ではないよ」
クローゼの「早すぎる」は、オーウェンが来る予定の日時の事になる。クローゼ自身は、単純に、来るのが早いと思ったままを口にした。――そう、いつもの事になる。
しかし、実際の所で言えば、オーウェンの連れてきた一軍は彼の手駒でも何でもない。単に、貴族の私兵の寄せ集めだった。その上で、更に三千程の兵を糾合しながら、彼は三割を超える時間を作って見せた。
ただ、彼はそれを言うでもなく、クローゼに言葉を返していた。そして、オーウェンの隣から、若干赤らんだ彼女がクローゼを睨む。
「お前が噂のあれか。なら、殿下への今の無礼は許す……次はないと思え」
続きの言葉を発したのは女性の騎士。王国第一騎士団長にして、六剱の騎士の一人銀白乃剱 シオン・クリーヴレストになる。
ただ、高圧的な態度にクローゼが『はっ』となったが、クアナをぶら下げた格好のカレンに止められた。その状況で、クローゼの『誰だよ』と軽い呟きから、『私と同じ……』とカレンが答える。彼女が誰であるかを聞いてクローゼは「そうか」を見せる。
「まあ、それはおいても……色々と御聞きしたい状況ですね」
「それは、私も同じだよ。それもだけれど、君の副官らは別の天幕に留め置いてある。形として連れて来てしまった。疑うつもりは無かったが、それで納得しない者もいてね」
二度目のシオンを止めながら「彼は救国の英雄だ、それに問題ない」の声をオーウェンは向けていた。
その言葉に抵抗を見せるシオンは「……の特務外交官待遇兼任臨時副官代行等と……訳も分からない者を通す事など」となっていた。
その様子はさておき、一旦、クローゼの視点に目を向けてみる。
最初の場景から、その場では簡単に言えば軍義が行われていた。その話をする者達の風格から、クローゼの横に並ぶ、彼等と同格者はいくらクローゼでもわかる。
そして、カレンに何かを一生懸命話している、クアナにイーシュットのランガー達も、何となく陛下の意向だと理解できたのだろう。彼もそれは通り過ぎた。
その隣に見えた次点の騎士。サンディ・ドリューウェット騎士爵は『殿下預りなのだから』にたどり着いて目線は動いて、クローゼはその次で止まった。
軍監や軍官史ではない感じの、クローゼと同年代に見えるの男。その男が『救国の英雄』辺りから、眼差しが変わった様子にであった。
――誰だ? 殿下の隣にたってるから、副官か何かなのか。でも、後ろじゃないしな。それに何か視線が熱い気がする。
その思いを兄に摘ままれて連れ去られた、クアナから解放されたカレンに向けた。しかし、思った答えはえられなかった。クローゼはそんな顔をしていた。
「ヴルム卿で御ありですか?」
その流れで、オーウェンの促しを得て彼はクローゼに問い掛けてきた。それに「まあ、そうだけど」とのクローゼ答えには、彼は感謝を述べる。
「ありがとうございます。父の件、一族を代表して感謝致します」
「いや、貴方の父上を私は知らないと思うけど」
「これは、失礼致しました。父はラズベス・ベルグと申します。先の件で、陛下に助命の言をして頂き。それについての感謝を……」
感謝と困惑が交差して、何故かシオンの「先ずは名乗られよ」の仕切りが入った。どちら共に取れるそれで、彼らの会話が成立して行く。
「クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアだ」
「マーベス・ベルグ・ノースフィールと申します」
互いに――王より賜った――ベルグを持つ彼らは、出した言葉のままだった。
そして、困惑の主は平静を装い『そんな記憶はないが』を意識して止めていた。その上で彼は、探る様な雰囲気になる。
「申し訳ない。感謝される程の事をしたつもりはないのだが……」
「内々の事だが、ラズベス卿の処遇の件だ。この場は良いだろ。マーベス、そちらで彼と話して良い。ヴルム卿も謙遜はよされよ。まあ、それは君らしいのか。少し彼の謝意を受けてくれないか。私はケイヒル伯らと話がある」
オーウェンの助け船。クローゼにとってだが、それが入って会話の流れが決まった。
――ラズベスの助命がなったの事と子爵であるマーベスの爵位で、ノースフィールの家名は残ったという事をクローゼは聞く事になる――
「殿下の命だ。殿下の軍義の邪魔になる。さあ、早くあちらに行くぞ」
それは、そんな促しの言葉を発したシオンからだった。何故か、軍義に遠いと思われる者をまとめて連れて別の輪を作り、彼女がその場を仕切った上になる。
その展開に、当たり前の様にクローゼはカレンを見た。それに当たり前な表情がかえってくる。
「あの時、始めに『処断すべきものはいない』と明言されていたのでは」
その言葉に、クローゼは顎に手を当てて納得を見せる。そして唐突に「彼女はなんだ? 」と小声をカレンに向けた。それに答えて、彼女も小さな声で話し出した。
それは、マーベスとイーシュットやクアナが、シオンに上から何かを言われて、本来の話にならない隙間の事にだった。
銀白乃剱シオン・クレーヴレスト騎士爵。六剱の騎士にして、聖騎士の称号を持つ彼女はカレンより一つ年長であり、十八歳のクローゼよりも四つ上になる。
美しい金髪が珍しさもあって、雰囲気はセレスタと被る。ただ、立ち姿はその上からな感じが彼女とは違うが、全体的な容姿のバランスから有無を言わせない感がある。『気高い』そんな雰囲気をもっていた。
クローゼからするとキーナやグレアムに近い年齢の彼女は、クロセの記憶では年下になるが、フェネ=ローラを姉という彼は、その辺りの感覚は薄れて来ているのだろう。
話がずれたついでに、シオンは、アーヴェントにカレンが有るなら、オーウェンには私が……という気持ちを隠そうともしない。それをオーウェンに向けて彼の困惑を誘っていた。
勿論、彼の生死が不明な期間は、その気持ちと職務や立場による葛藤で、周りは大変だったようである。そんなシオンの簡単な見たままの話をカレンはした。
その最後に、クローゼは『強いのか』とカレンに軽く聞く。
ここに立つまでの彼の流れから、感覚がその基準になるのもおかしくはないが、普段の彼からは、少しずれている気もする。彼が自覚しているかは別であるが。
「私は苦手だ。純粋に剣での立ち合いは負けないのではと思う。終わった後にやり返されるのが……駄目だ。だから、本気で向き合ったら分からない」
その意味深な答えに、彼は「なんだそれ」とあからさまな声を出した。その声に対象のシオンが反応する。
「そこ。聞いているのか。殿下が国運をかけた戦に向かわれる。それを助ける立場の卿らの心持ちを説いているのだ。王国騎士の何たるか――」
「――殿下は、マーベスの意を受けろ言われた。それに、俺は騎士じゃないしな……」
「なっ 」
「大体、その二人はラーガラルの剣獣士だし。……のおっさんは、あんたに言われるまでもなく騎士歴長いだろ。彼は知らないけどな」
クローゼの声に、クアナの自分は「剣獣士じゃないない」の言葉が出る。それにクローゼが一瞬、気を取られた瞬間だった。
シオンの鞘から放たれた剣先が、クローゼの喉元に向けて伸びて、ダーレンがクローゼを僅かに後ろに引き下げた事で剣先がクローゼに見える位置で止まった。
そのままダーレンが、腰に手をかけて放つ瞬間に――クローゼはそれを制した。
「殺意はない。待機状態中だ」
行軍中の警戒の為、なし崩しなクローゼの状態。それもあったが、シオンの事を分かった上でカレンは動かなかった。
ダーレンは動きに反応したが、その有無は微妙だったのだろう。反撃が遅れている。実際には、その場の状況に影響されたのもあるのだが。
「口だけでは無いようだな」
「当てる気など無いでしょう。それに、私の護衛は優秀ですから」
「我が剣は慈愛だ。当てる気でも殺意などない」
シオンは、全く動揺を見せないクローゼの雰囲気を認め、彼の平然を聞き、声出しようやく剣を引いた。
その流れの後、お互いに何も無かった様な二人に、周囲の視線の方が慌ただしくなる。オーウェンの「いい加減にしないか」の声にシオンがしおらしく声を出して、クローゼが「問題ありません」と答えていた。
そして、別口の本題に入る。マーベス・ベルグ・ノースフィール子爵。クローゼの言葉で内示ではあるが、彼の父であるラズベスは爵位剥奪と所領没収の上、命だけは安堵されていた。
また、ノースフィールの家名は、成人したてであるマーベスが前国王からベルグの名を賜っていた事もあって、分けられた彼の所領はそのままで、家名は保たれた。その上でかれの感謝だった。
そして、あの時屋敷に留め置かれていた彼は、一連の流れからこの場にいた。
「マーベス殿。貴殿には良かったのかと思う。それで泣いた者もいる。忘れないで欲しい」
マーベスの誠実そうな話方に、何となく口調を合わせたクローゼがそう締め括ってその話は終わる。
そして、クローゼの興味は勿論その他に向く。落ち着きのないクアナから、イーシュットに視線を併せて「そうか」と言う顔を見せた。
直接会うの初めてだが、それが一層彼の好奇心を誘っていたのだろう。
イーシュットにしても、宣誓式に助力するつもりでいたのだが、何もなくアーヴェントが国王になった。その流れから、王都見学ついでに呼ばれてこの事態であった。時間経過は前後するが、勿論そのつもりで彼は来ていた。
そして、彼はそのつもりを出した。
「戦があるなら、初めから言ってくれれば良かったのだ。そうすれば、一族の戦士総出で来たものを」
「あの時は、こんな事になるとは思わないでしょう。今回は、陛下との『盟約』ですか。なら、剣獣士殿と……クアナ殿。援軍としては心強い」
イーシュットは、目前の男が魔王と殴りあった。また、聞いた話が本当になら尋常でない事を理解していた。
その上で、彼をラーガラルと呼んだ事に、イーシュットは少し高揚していた様にみえた。それは、ここまでの扱いがそうさせた一面もあった。
また、クローゼにしてみれば、自身の王であるアーヴェントの意向無くして、彼等はこんなところに来ないとの結論に達したのだろう。
なら、自身の好奇心もあるが、既に仲間として認識していた。といった辺りだと思われる。
「私もそれなりだ。だから、護衛としてラーガラルの戦士を五十名程の連れてきている。剣獣士も何人かある。それだけの数なら……イグラルードで言う中隊程度の力は出せる」
「なるほどそれは凄い。ですが、私の護衛隊も五十程ですが、二個中隊くらいは余裕ですよ」
「いや、こちらは助力の身。謙遜してみたまで。有り体に言えば、当たり五人には届くのは明白。あまり言い過ぎても失礼なる」
「いや、いや。ならこちらも……」
何となく、息の合った不毛な会話をカレンが制する形になり、それに対してシオンの言葉が乗る。
「彼らはなんだ? 子供か? 卿の教育がなっていないぞ。卿は六剱の騎士として自覚が足らないのではないか」
とばっちりを受けたカレンが、一応声を返して少し嫌な顔をしていた。それを見たクローゼが言い返そうとした辺りで、オーウェンの声がその場を引き寄せる。
「現状は把握した、その上で、基本方針が決まった。後は卿らの配置と具体的の策になる。卿らもこちらのテーブルで参加してくれ」
「いや、殿下。具体的な話しになるのでしたら、セレスタを連れて来て無いので、私が参加してもあまり意味が……」
「それは、分かっている。殿下も言われたが、基本的には決まっている。それに、ヴァンダリア騎兵はもう一つの切り札だ。それよりも貴殿の力の事を言っている」
クローゼの否定に、フィリップの言葉が続いた。クローゼ自身にはその声は届いていたが、フィリップの『もう一つの……』の言葉に心が奪われていた。
「我らをもう一つと言うことは、別にもう一つあるのですか。ケイヒル伯爵。それはなんです」
言葉の羅列のような言葉に、向けられたフィリップは勿論、オーウェンやその場の軍団の長達も『そこなのか?』と言う顔をしていた。
それで、オーウェンの了承の元フィリップがもう一つについて話しをする。
それは、魔弩砲またの名を雷弩砲というものであった。
そのままの通り、据え置き型の大型弩である。それを荷車に据え付けて移動可能にして、弦の動力で弾き出すのではなく文字通り魔力で行うものだった。
「そんなの聞いてませんが」
「極秘だったからな」
「そんなのどうやって」
「貴殿が献上した筒だったか。あの発想を応用したのだ。勿論、王国正規軍独自で弩砲を改良した。魔力は対魔力術式で弾かれるが、矢……これは槍だがな。それは弾かれない。魔力で魔力意外を飛ばす。あの発想は無かった。斬新な発想だったよ」
クローゼとフィリップの会話を見て、シオンが顎を軽く上げた。そのまま、上から目線の感じでクローゼを見る。身長の兼ね合いで実際には、そうでは無かったのだが。
それを、彼女の発言欲求であるとクローゼは捉えて声を出した。
「なんですか? 」
「使い物にならなかったあの筒を、私が実際に使える物にしてあげたのです。貴方の発案が、王国軍に貢献できるのです。感謝なさい」
クローゼにしてみれば心外であるが、何も自分だけが新兵器を開発した……いや、実際には彼が作っているわけではないので、そう言われたらそうですかと『言うしかない』そんな顔をしていた。
勿論、シオンは『どう?』の表情である。
「貴殿らヴァンダリア騎兵が使ったあの魔術は、あの筒の応用……というよりも本物なのだろう。ならば、これで獣装騎兵の突撃を正面から止められる。小細工無しでだ、素晴らしいよ」
これまでの経緯を踏まえて、実際にここ何日か帝国の攻勢を受けたフィリップから、その言葉出てそれについての話しては終わる。
魔弩砲二百台。百台を大隊規模で運用する――魔弩砲大隊二個。王国第一軍団に配備されている。という話になる。
以後の流れは、クローゼ視点で、そういう話なのだなという感じになっていた。フィリップの懸念から、クローゼやカレンの個の力についての話があったのもそうであるが、クローゼ自身は「そうですか」しか言っていない。
まあ、いつも事だった。
結局、クローゼ達については、野営陣地に戻ってからフィリップが改めて『分かる者』と話すという事に収まった。そのフィリップが、正式に軍権をオーウェンに返す形でその場のが修められる。
フィリップ・ケイヒル伯爵が、稼いだ日時と自身の第四軍から補充する形で、再編成をした軍を加えて、サーカム近郊に終結したオーウェンの麾下の兵力は次の様になる。
オーウェン麾下……約七万――騎兵一万四千。
内訳。
黒装槍騎兵……二千――槍擊大隊一個。
王国軍……(五万九千――騎兵一万)
第一軍団……一万ニ千――騎兵ニ千(第十騎士団)
第七軍団……一万二千――騎兵二千。
第五軍団……一万二千(再編)――騎兵二千。
第六軍団……一万二千(再編)――騎兵二千。
第四軍団……一万一千(混成)――騎兵二千(混成)
フィリップ・ケイヒル伯爵。
王国第一騎士団――千騎。
銀白乃剱シオン・クレーヴレスト騎士爵。
第一軍所属魔弩砲……二百――雷魔砲術師及び随員一千。馬車二百。
近衛騎士団の四百騎 。
次点の騎士以下ニ百。
サンディ・ドリューウェット騎士爵。
ノースフィール候の私兵四千――騎兵八百。
マーベス・ベルグ・ノースフィール子爵。
諸侯軍……三千――騎乗兵二百。
イーシュットとクアナの護衛……五十名。
ラーガラルの剣獣士数名となる。
そして、ガーナル平原に向けて、ヴァンダリア本軍。動員数二万。兵力一万二千五百――騎兵二千二百に、竜擊筒千五百 が行軍中であった。




