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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第三章 王国の盾と英傑の碑
93/204

十五~起点。黒装槍騎兵……槍擊~

2020/03/18 修正改稿

 ゴルダルード帝国皇帝ライムント・ファングは、この時、あからさまな隙を見せて後退を続けるイグラルード王国軍を誘っていた。

 獣装騎兵(ティーガー)を広く横陣に展開する事で、側面に回るのを防ぎつつ隙を顕にし、敵が時折見せた突出を誘う。そんな流れになっている。


 側面という点で言えば、王国軍が機動性を重視するのに対して、帝国軍は突破力に重きをおく。現状のライムントの選択は、ゴルダルード帝国にとって正攻法と言えた。

 また、ゴルダルードの戦術に起因するのは、軍馬の違いによる。産地によるのだが、クローゼ達の乗る軍馬とは根本的に違っていた。


 イグラルード王国の軍馬は、馬格からして、彼ら戦術を色濃く出していた。その為、騎兵はその防御力を魔装術に依存し、継続的走破性と機動性を重要視し実現していたと言える。


 中でもクローゼ達の乗る南部種は、特に優秀という事になる。知的で御し安く、丈夫で馬体も比較的大きい。なので、ジルクドヴルムの製の馬車がエストニアからの退却戦の時に、魔獣騎兵の追撃で足手まといにならなかったのは、馬車自体の性能だけではないという事もあった。


 当然であるが、イグラルードの産地馬の特性も色濃く出しているのは言うまでもない。

 ただ、黒千(ブラックサウザー)は中でも特殊で異質だと思われる。


 反対にゴルダルード帝国軍の軍馬は、馬格からして重厚で馬体も大きい。ただ、機動性において王国軍に及ばない。故に、帝国軍の正攻法と言えば現状の展開にならざるおえない。


 ――お分かりだと思うが、帝国軍の軽装騎兵(ヘッツアー)が駈る軍馬は、あの時戦いで残された軍馬の交配種、または同品種と言う事になる――


 ただ、帝国の正攻法な戦術は、気質の点で彼ら帝国の武人には合っていた。重厚な鎧を纏った、彼らの体現である獣装騎兵ティーガーは、正面からの破壊力において王国軍を凌駕する。


 帝国軍の獣装騎兵が「その力を見せ付ける様に布陣せよ」のライムントの命により、その通り行動していた。当然、前方の敵を警戒してであった。

 その間隙を突然現れたクローゼ達が突いた。その展開になっている。

 北側の湖付近から、唐突に現れた黒の軍装の一軍。新鋭な軍団の者の多くは知り得ないが、彼らが何者かを知る帝国兵にとって若干の畏怖を伴う様相と言えた。



 突然の流れで第七の牙(ズィープト・ファング)ギルベルト・ファング・ヴィルケは、一番北側に布陣していた第七軍団の獣装騎兵(ティーガー)の隊列の後ろで、黒い槍の様に進む隊列を視認する。

 そして、彼が黒い隊列全体を視界に捉えた時、全体の呟きのような呪文によって、ギルベルト自軍の騎兵の落馬を見る事になった……



 ――平行槍擊。量産が難しく、威力が出せる者が少ない魔衝撃の槍。それをセレスタが戦闘技術に昇華させた物になる。

 彼女が、魔衝撃を初めて見た時に口にした「根本的に見直なければ……」の言葉の延長線上にある、槍擊の一つだった。


 オリジナルの魔衝擊の槍が、ジワルドの監修で個人技を主体として出来たのに対して、量産型の魔衝撃の槍は『馬上で集団による』という、セレスタ・メイヴリック監修によって作られていた。


 手入れをする前提で、通常使っている馬上の槍をベースにした騎乗状態での槍擊を基準とする構造であり、装剣ではなく実装の刃が付いた槍になる。

 竜鉱石を採掘する過程で、大量に出る鉱石から出来る鋼を魔衝撃の部分に使った物という事だった。


 この槍擊の製作の手順としては、炉等による物理的なものと転換魔法による魔装技術の過程があるが、多角的な利点からこれは後者になる――




 ……戦場を駆け獣装騎兵(ティーガー)の前面を突き進むのは、ヴァンダリア中から集められた、五百数十名の適合者のヴァンダリア槍擊大隊である。


 ブラッドのヴルム中隊も同様で、現状も二百数十名を超える彼らを、最終的に大隊規模まで増強する予定になっている。――クローゼ自体に自覚が有るかは怪しいのだが。


 斬擊や刺突と言った近接騎乗戦闘とは違い、相対的な有効射程の距離を取って、並走または面走、追走して、その速度のまま竜硬弾を相手に浴びせかける戦術になる。


 ――その速度という事で言えば、相対的な観点で獣装騎兵(ティーガー)をニとした場合、イグラルードの騎兵は三ないし四となる。その基準で、南部産の軍馬は五を越えて、軽装騎兵(ヘッツアー)のそれは同等に近く……現状のクローゼ達の選抜された軍馬はそれらを凌駕する――


 セレスタはその実績と自負により、戦闘継続性を維持したまま長く連なる横陣展開を始めた獣装騎兵(ティーガー)の前面を走破出来ると判断して、クローゼの「やるぞ」を当然の様に受け入れていた。


 ――その上で「突き抜ける」である――



「槍擊第三射用意――」


 セレスタ・メイヴリック。クローゼの近習として彼と共に机を並べて、その才幹を認められて最年少で近衛騎士団を経験した彼女。

 そして、あの時の悲劇的な戦を経て、当時の年齢でヴァンダリアの力を任され、それを支える者達も当然の様に受け入れた彼女が物語の起点と成った瞬間がここにあった。



 ギルベルトの視界を置き去りして、二つ目の敵陣に槍擊をあわせ駆け抜けて、何もさせずに三陣目に向けるセレスタの声が、その一団の馬蹄の音を無いものとして通っていった。


 クローゼの大きな声とは違うが、的確で耳に届く感じになる。受ける報告を正確に取り広い、全体を見渡している感覚で即座に指示を出す彼女。この環境なら、動揺して慌てる感じのあの彼女は出てこない。


「放て」


 一番効果的な場面なる所で、彼女指示が飛んでその場景が繰り返された。そして、横陣の繋ぎ目の空白にそのまま飛び込んでいく。その流れで、外側の目から四つ目の敵陣の様子がセレスタの耳に届く。


「敵。弓隊移動。獣装騎兵一部突出――」


「槍擊用意――各自迎撃。クローゼは盾 」


 セレスタの声がクローゼに刺さる。クローゼはすぐさま、アンカーになる魔力魔量を薄くするイメージをして対物衝撃盾(シールド)の発揮ポイントを広げ、前方上空に空間防護(スペース)の壁を展開した。


 暗黙の了解な迎撃体制に、敵第四陣の獣装騎兵の奥半分ほどが、放たれた矢と呼応して徐々に速度を上げながら矛先を向けてきた。

 それが盾魔方陣の煌めきで、矢を叩き落としたクローゼの視界に入り、彼の声が飛んだ。


「セレスタ、目の前に敵が来る」


「ダーレン――」


 殆んど即答のセレスタの声に、クローゼの右側を並走していた男は答えた。それなりの速度で駈ける一軍から、更に一段上げたダーレンが飛び出す。それに続いてクローゼの護衛隊も動いていた。


 突然の事に「なっ」となったクローゼを他所に、涼しい顔のレイナードがあわせて速度を上げた。セレスタの声が、隊長である自分にではないのを全く気にもしていない。そんな感じを出していた。


 ――槍擊からの突破。狙いはそうなる――


 セレスタの指示が続いて、前衛に出来た空間が大隊ごとの連携で埋まる。まるで、クローゼだけが下がった様に見えた。


 その彼の見る先で、ダーレンの号令が槍擊の三連槍射を呼び「カチカチ」の音を挟みながら、突撃姿勢で竜硬弾が弾道を刻む。

 それが、旋回している敵の先端のプレートを突き破り、勢いを殺いでいた。


 起動の呟きと無音の槍撃に落馬する敵騎兵。

 その光景に、護衛隊はそのままの姿勢で近接騎乗戦闘に雪崩れ込み、露払いの如く残りを蹴散らしていく。その横では、無人の野を駆けるかにレイナードの斬擊が閃光を放っていた。


 そして、彼らが作った空間を黒い黒装の一軍が通り抜けて、クローゼが押し出されたかの様に隊列は戻る。だだ、彼の愛馬琥珀色の薔薇(アンバーローゼ)は、自らのペースを変えた訳ではなかった。


 ――これが騎乗戦闘における槍擊――


 他の騎乗武器の弓やクロスボウ等との決定的な違いとなる。この革新を成したのは、セレスタ・メイヴリック。彼女になる。

 幼い頃から、彼女の父が回りと熱心語っていた。騎乗技術とその運用。ヴァンダリア騎兵に綴られた力と技を彼女なりに理解して。意図して聞いていた訳ではないが、ディリックが彼女に残したものの一つなのだろう。


 クロセのクローゼは、魔衝撃を見て銃を連想した。しかし、知識としてかじっただけでは、こうならなかったと思われる。




 その一連の動きを、後方で見ていたカレンは、後背からの動き。置き去りしてきた獣装騎兵が向きを変えて追撃の構えを見せていたを前方に送り、王国軍の騎兵が動き出したのを見る。

 その状況でこの動きを、彼女は自らの感覚と照らし併せていた。


 それなりの長さと幅を持つ集団。それを手足の様に扱い一つの生き物の様に見せた、セレスタの事を思っていく。


 ――指揮をする。簡単に言うのでは……ないが、その域は越えている……。


 そんな思いのカレンの言葉が、連鎖的にセレスタに伝わった。そして、僅かな思考の後に彼女はクローゼに馬体を併せる。目の前には、獣装騎兵の壁が迫っていた。


「友軍が動いてます。残り二つ……この辺りで合流しましょう」


 二人……彼女達とクローゼだけの距離感と違う、セレスタの言葉がクローゼの耳入る。


 それは、置き去りにした敵が状況も考えず追撃に入って、その間隙をフィリップ・ケイヒル伯爵に突かれていた。帝国側の流れがあった。


「じゃあ、あれで最後だ。俺が、あれの真ん中を吹き飛ばす」


 セレスタの促しに、クローゼは前面の敵と時折視界に入る、並走している軽装騎兵(ヘッツアー)の様相を見ながら子供の様な顔する。

 隣のレイナードとダーレンも、彼らの会話を聞いていた。そして、セレスタの目線に頷きをかえしていく。


 先ほどまでの速度ではなく。整えた隊列をゆっくりと流したその場で、セレスタ軽く頷きを挟んで言葉を出した。


「槍擊大隊前へ、各大隊も隊列を再編。前面の敵を突破後、右側の友軍の後ろに回る。総員準備」


 前方の獣装騎兵は約二千。中央部を厚くした突撃体制を構築し始めていた。その先端には第五の牙(フュンフト・ファング)ベルノルト・ファング・ブリッツェがあり、その声が響く。


「皇帝陛下の御前だ。このままでは済まさん。騎士団長――止めるぞ」


 その声と共に獣装騎兵(ティーガー)が並んでいく。


 クローゼ達は、それと相対距離をた持ったまま流れる様に隊列を変える。クローゼを中心に槍擊大隊が並び、その後ろに各大隊が連なる。


「クローゼ・ベルグの一撃を合図に、槍擊大隊は残数確認の上、三連槍射。その後、クローゼ・ベルグ共に敵右翼徒歩兵力との間を抜ける。中央はレイナード共に、第三第一が縦陣で突破。カレンは第二を連れて敵の左翼を崩しながら抜けて。第一は後方からの反転追撃を警戒。黒の投下を許可します」


 セレスタの美しい顔と瞳から、鋭い声が続いていく。彼女は一旦それを切り、しなやかな指先をのばし目標の場所を指した。


「あの高い所で合流後、友軍の後方に移動。そのまま再編成する。私は槍擊大隊を。各大隊長は各々に指揮を任せる。今は誰も欠けさせない。止まらぬ様、普段の力と鍛練の成果を期待します。……敵が動く。総員戦闘用意――」


 セレスタの言葉通り、獣装騎兵が突撃の射程を推し測る様にゆっくりと助走に入っていた。その中で、単騎の軽装騎兵(ヘッツアー)と取れる様相な騎兵が、後続に先んじて速度を上げてきた。


「良い?」とセレスタに掛けられたクローゼは頷いて、反対側に向けて声を漏らす。


「お前以外に一騎駆けとかいるんだな」


 促す感じにレイナードは、面倒くさそうな顔で「後ろに居んだろ」とクローゼから「そうだな」を引き出していた。


「ああ、あれだろ……任せた。じゃあ――やるぞ」


 なし崩しな感じを出し、クローゼは両腕をクロスさせ流す様に双剣を抜く。それなりの雰囲気を見せ、切っ先を前方の敵に向けて彼は呪文をあわせる。


 空気を裂く弾道で両腕から放たれた竜硬弾は、前方から向かって来るベルノルトの頬をかすめる魔力を纏い飛翔した。そして、着弾点で破裂と呻きをもたらして見せる。

 続けざまに、双剣を振りニ擊目を繰り出して、槍擊とあわせた彼は、繰り返しの動作でハの時に腕を伸ばし、音と魔力をのせて言葉をつけた。


「おまけだ。……じゃあ行くか、セレスタ」


 その声に、セレスタの号令が連なって馬蹄の響きを誘っていた……。


 ――結果は、セレスタの懸念など無かった様に隊列は欠ける事なく王国軍と合流を果たした。と言う事になる。

 別の視点で、レイナードの駆け抜ける(さま)の斬擊を、意識を保ったまま受けてみせたベルノルトの強さは現れた。だが、その直ぐ後のダーレンの一撃で彼は天極の地へと旅立っていった――



 その光景を、高い場所でライムントは見ている。難しい顔から、出た言葉は驚きを伴うものだった。


「あれが、あの時光景なのか?」


「速度と流れは、相違ないかと。あの槍、不可思議なあれを使ったと思われる戦い方で、思いの外ですが……」


 ヴァンダリアなのか。どこから来たのか。指揮官は誰か。あの男は来ているのか。と、矢継ぎ早に、あの時の戦いに参加していた鎧の男に、ライムントは確認を投げ、崩れ行く行く戦線を瞳に映して……最初の答えを聞ていた。


 彼が見ている『崩れいく』を演出したのは、言うまでもなくフィリップである。後一撃を欲していた彼がこの状況を見逃すはずはなく、クローゼが作り出した混乱を上手くついて、正規騎兵を惜しげなく投入した。


 それによって『崩し行く』なし得たと言える。


 ただ、この状況で彼の私兵の多くが命を落とした。

 牙の存在を認識していた彼は、私兵を騎兵の前に配置して――そう、温存していた彼らを牙にぶつけたのであった。


「何としても……抑えてくれ。頼む」


 彼の父が育てた彼らは「命じてください」との言葉を残し、彼の頼みを……それに期待に違わぬ結果をだした。無論、自身と引き換えにである。


 そんなフィリップに、クローゼが会った時の彼の第一声は「申し訳ない」だった。

 歓喜とも取れるその場での事になる。カレンとセレスタが砦での事情を説明した後に、フィリップは一言を返した。


「自分が不甲斐ないばかりに、○んでくれ……としか命令出来なかった。君が謝る事はない。期待以上だよ。感謝する」


 向けられた言葉は、砦に向けた者の生き残りに対してなのかは分からないが、その後の呟きを拾えた者はクローゼだけだろう。


「非才ゆえ、敵にも味方にも……○ね。それしか言えないのだよ」


 彼自身の自己評価は別に、少なくとも一連の流れで彼は非凡であると言っていい。必死だったセレスタもそうであるが、才能とはそういう物であるのかもしれない。


 ライムント自身が、前線に出てきていない事を踏まえても、彼の行動は王国にとって有益であった。現に、この後ゴルダルード帝国軍は何リーグも後退して、時間を費やす事になる。


 幾ばくかの刻を重ねて、クローゼ達も含めて王国軍はリルヴァールに向けて移動を開始する。


 後は『待ち人来る』の報を待つばかりであった。




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