十四~本戦への流れ…各々の覚悟~
本流から北側にそれたクローゼ達を見る視点から、帝国軍第三軍団の最後の後退を確認したのは、彼らの話し合いから二日後の事である。
敵である、ヘンドリックを信用したクローゼの行動は、彼の周りによって補完されていた。
「騎兵のみ先行で後退したのを除けば、先程の一団で最後になります。騎兵に関しては黙認でしたが、宜しかったですか? 」
「まあ、仕方ないない。間に合うようなら、それはそれだな」
ユーリの最終的な何度目かの確認に、クローゼの答えは「仕方ない」であった。撤退を見渡せる丘に野営したヴァンダリア騎兵の一軍を背に、彼が戻り行く帝国軍を見て出した言葉になる。
「クローゼ。どうします?」
「ケイヒル伯爵。初戦は予定通りだったらしい。少し考える。どのみち、暫くは退却の確認だし」
セレスタの言葉に、何となく答えた感じのクローゼは僅かに後ろを見る。
到着が遅れた兵達や負傷したも者、護衛隊含めて損害もなく、休養を入れて万全の体制になったヴァンダリア騎兵の様子が彼には見えていた。
「ここ、突っ切ったら早いのにな」
「また、そんな事。でも、本気で考えてるでしょ」
「まあ、ちょっと余裕出来たし」
成り行きでセレスタの頭越しに、湖を眺めたクローゼの唐突な呟き。それに仕方ないなの顔を見せる彼女。その美しい顔に彼は笑顔を向けた。
そんなクローゼは彼女が来てから、指揮官としての顔を彼女に任せる感じにしている。
そして、黒千が琥珀色の薔薇の後をついて歩いているように、彼女を側においていた。
その彼女から、返された微笑みの後に言葉みせた。
「あれだよ。君がいてくれるから、それでだ」
「そんなのはわかってるから。好きな事をして」
何と無く見つめあっている二人に、ユーリが声をかける。その顔には、少し呆れた表情が見て取れた。
「閣下。とりあえず、皆の視線が……」
促しを含む苦笑いに、二人の視線が向いた。そこにはダーレンを含めて、護衛隊の者やセレスタの周りにいる者もその光景をそんな感じに見ていた。
「セレスタもそんな顔をするのだな」
「行軍中の雰囲気は、父上そっくなのにな」
「最後の一押しのあれは、ディリック殿、そのままだったよ」
セレスタの父を知る、それぞれ隊を統べる者達が娘を見る感じに口々にそう言い始めた。彼らは、彼女の父をよく知り、ヴァンダリアの軍務を彼女が引き継いだ時から彼女を支えていた。勿論、あの戦いを経験した者も多く、魔獣討伐のおりも彼女に従っていた。
そして、当然の様にクローゼの話に行く。少なからず、赤らめたセレスタの表情を抜けて、声がかかる。
――貫かれたあの場面、何か違う雰囲気の彼。鍛練場での会話、剣を振る彼の姿……そして、重ね合わせるヒーゼル・ベルグ・ヴァンダリア――
今の彼も見知った顔が並び、教練場で名乗っていた若い兵の顔もクローゼには見えた。
「フローラなら名前を忘れないんだけどな」
大きな呟きに微かな笑い。目が合った若い男は、大きな声で「覚えて貰える様に努力します」の言葉を、クローゼに向けていた。その彼はフローラに呼ばれた喜びを、クローゼからも得ようとしていた。
そんな一幕で、クローゼは難しい顔をセレスタに向ける。どんな意味があるのか理解出来たような顔で、セレスタは答えた。
「大丈夫。クローゼはヴァンダリアだから」
いつもなら、ここで得意気な声をあげる彼は神妙な顔をしていた。
――『命をかけてくれ』と自身の側近を砦送り出した、フィリップの『頼む』の気持ちを簡単にうけてしまった自分の浅はかさ。それを悔やむ気持ちと、目の前の彼等にそれが出来るのか? と言う自身の気持ちと……その覚悟を向ける相手の言葉に――
受けた言葉の重さにもだろう。彼は軽く手を上げて若い彼に答える。それが、その場に伝わった……
……クローゼに覚悟もたらしたフィリップ・ケイヒル伯爵は、当にそれを決めていた。自身に課せられた責任を為すために……である。
フィリップは、初手を切った返しで、偽装した陣地に、旭光を見ながらこれ見よがしに布陣した。そして、敵である帝国の斥候を確認した後、躊躇なく後退する。
空の容器に中身を入れて、空にして見せたのであった。
一見不可思議な行動で、彼は帝国軍の獣装騎兵を誘い込み、追従してきた徒歩の兵の横腹に、王国騎士団を中心とした騎兵六千を投げ入れた。
東部に展開していた。第四から第七の各軍団は、奇しくも、あの戦いに参加していた。と言うよりもそれを戦ったのである。
その当時から、指揮系統に大幅な変更があるとすれば、フィリップ・ケイヒルが、爵位と共に父から引き継いことだろう。それが持つ意味を別の側面から見ると……茶番であったと言える。
だがそれは、その当時からの時間の積み重ねを、練度に転化したともとれる。ヒーゼル達が、彼らを守った事がなし得た事になるのだろう。
そして、その鍛練の明確な目標は、間違いなくヴァンダリアのそれであった。また、ヒーゼル達の最後が『布石であった』という点で捉えれば、ゴルダルード帝国の軍の中核をなすべき部分に、変えがたい打撃を与えたとも取れる。
その点で、王国軍は帝国側に勝る。それに、軍馬用の魔装具の普及と遠隔転写の魔術の差も無視できない。有効性は勿論、その普及はイグラルード王国が遥かに凌いでいた。
ゴルダルード帝国が、転写用の魔動器を得たのは、国事となった冒険者の流れによる。
そして、皇帝虎の子の軽装騎兵は魔装具をつけるが、それのみである。
無論、軍馬用の魔装具は、あの時に回収出来た物の派生であった。しかし、簡単に複製出来ぬ様に、また、なるべく敵の手に渡らぬ様に、あの状況下でも、見えぬ努力があった為にその優位性が僅かに残ったといえた。
索敵と機動性に加えて、軍組織その物の練度の差をフィリップ・ケイヒルは使って見せた。絶望に報告したからと言って、彼が自暴自棄になっていたなどと思うのは、クローゼの認識不足に他ならない。
現に、展開していた軍団を集約して、自領から私兵を呼び寄せて、リルヴァールの騎乗兵を騎兵として、初手一撃を浴びせて見せた。
その上で、秘匿した王国正規騎兵六千の横槍を浴びせて、一時的に帝国軍の動きを止めるに至る。
「下がりながら、敵の中衛を引きずり出す」
戦局を見てそう言ったフィリップは、自軍の後ろに準備していた資材で、リルヴァール近隣から集めた人夫を使い何重もの陣地を築いていく。
そして、重厚な布陣のままそれを使い、日ごと数リーグの距離を後退しながら、敵の前衛を引きずり込んでいった。
――時折、自身の騎兵を両翼に迂回させて、打撃を与えた横槍を意識させる。また、射程に勝る弓兵を有効に使い揺さぶりをかけて、その流れを作っていく――
ゴルダルード帝国軍の前衛は新鋭ではあった。だが、逆の意味で、練度は不足していた様に見える。また、各軍団の連携も絶対的ではないと言えた。
その間隙をフィリップは上手くついて、帝国を翻弄する。時間と場所、そして、オーウェンに繋ぐ為の必要兵力を計算して。変わり行く戦局を見据えながら……彼は頭を動かし続ける。
その流れを、王国正規騎兵の所在を秘匿し、存在感すら消す様に変えていく。時に攻勢をかけて相手を崩しこちらに目を向けさせて、更に自分の手の中に帝国軍を招き入れた。
そして、彼の手腕に業を煮やした、ライムントは号令を掛けるに至る。
「敵は少ない。側面に兵を回して包囲殲滅せよ」
それで、帝国軍中衛に位置したヨルグガルデ城伯にして、ズィーベン将伯ヘルベルト・ヴェッツェル麾下の第七軍団とアハト将伯麾下の第八軍団が、両翼より突出する。
勿論、ライムントも信頼度する精鋭である。
だが、フィリップはその苛烈な攻勢に併せて、広い平原で絶妙に構築された防衛陣地を使い、後退と突出を織り混ぜてその包囲を掻い潜る。
絶対的な場面で、集中的な兵力の運用と移動を繰り返して、彼はその攻勢を受け流していた。
「あと幾つある。――両翼を厚くし突破を止めろ。右側の前進が遅い。そこに騎兵を回せ」
「我らも出ますか? 」
「正念場はまだだ。――おい、あと幾つだ。騎士団の位置は? 左は持たせろ――六軍から弓兵を……」
フィリップは指示を繰り返して、残り陣地の確認を連呼する。飛び交う報告と指示。動き回る人のそれが続いていく。正に、薄氷を踏む様相だった。
ただ、本陣となる彼の周りには、彼の私兵がそれなりの数がいた。
しかし、彼は『まだ』と言いきる。
機動戦を仕掛ける。と言っていた彼がやっているのは、単なる遅延の防御戦に見えた。既に前面の敵は倍を数えた。その光景になる。ただ、その薄氷は依然として、フィリップ・ケイヒルを支えていた。
「何故崩れん」
薄く見える前面を崩せない自軍に、ヘルベルトの声が漏れた。かなり押し込んでいるが、後ろ処か横にも回り込む事が出来ない。絶妙な後退に自軍の前進が追い付いていない。彼の表情は、それを表している様に見えた。
正に『引きずり込む』その様相を見せて、残り二つとなった陣地にフィリップは再布陣を成し遂げる。そして、ライムントの号令は、一時的に止まる事になった。
そんな流れの中になる。獄の入りが近付いた、約束の日まではまだ僅かにあったその刻。その瞬間に、フィリップの消し去った刃が、帝国の真後ろに輝きを作り出した。
それは、王国正規騎兵の一軍が、ゴルダルード帝国軍の輜重隊の荷馬車の半数近くを焼き払った……炎のなした事になる。
それなりに屈強な守備兵らを倒し、目的を達した王国正規騎兵は、本陣と輜重隊の間にあった一軍の獣装騎兵の追撃をかわし、本陣から放たれた軽装騎兵の追撃を辛くも退けて、フィリップのある陣地へと帰還する。
彼らは、囲まれる危険を回避して、暗闇を駆け抜けて、イグラルード王国軍に歓喜をもたらした事になる。勿論、彼にもであった。
「半分はなった。どう出るか分からないが、夜襲には警戒を怠るな。まだこれからだ」
ただ、フィリップは、驚きも喜びも見せずにそう言葉を続けた。それが何を意味するのかは、極天の光を浴びたイグラルード王国軍全体が理解する事になる。
この結果を成した彼の指揮下には、この時まだほぼ無傷の正規騎兵六千余に、三万二千に近い兵力があった。後退した日数と対峙した兵力を考えれば、彼の手腕は脅威的であった。
そして、彼の頭の中では、後一両日の時間経過を要して第一軍と第七軍が、リルヴァールまたはサーカム近郊に到着して、あと数日でオーウェンがリルヴァールにやってくる筈である。
その事を踏まえて、もう一撃が必要だと彼の構造にはあった。頼みの綱は、残りの陣地に正規騎兵六千余と相手の動揺になる。自軍が限界に近い状態で、以前として士気を保っているのは、ひとえに目指す場所の違いであったのだろう。その点も彼の支えになっていた。
「後は相手しだいだ、最悪は……」
フィリップが、相手しだいと言った帝国軍では少なからず動揺があった。一旦、距離を取り布陣して、獄の刻がふけて行く中、主だった者で軍義が行われていた。
若干の不毛と終わり無き論争。……片肘付けでそれを見るライムント・ファングの様相。そんな光景その刻にはあった。そして、彼は徐に決断する。それが、極天にのぼる頃に表現された。
イグラルード王国軍の布陣の正面に、横陣展開する獣装騎兵の列がずらりと並びはじめていた。その数およそ一万二千。その最前列に、皇帝の十三の牙六本がその牙を王国軍に向けていた。
――並び立つの牙の名は――
第二の牙コルネリウス・ファング・ゲルツァー
第四の牙ギュンター・ファング・リッケルト
第五の牙ベルノルト・ファング・ブリッツェ
第六の牙バルトルト・ファング・シュパン
第七の牙ギルベルト・ファング・ヴィルケ
第八の牙アルバン・ファング・ジーゲル
そう連なる。その壮観な光景に続く先は、まさしくゴルダルード帝国軍の正攻法の形であり、並べられる牙はライムントの意思を反映していた。
それを見て、自軍の再編成を終えたフィリップ・ケイヒル伯爵は……絶句する。そして、天を仰ぎ見て、自らの顔に手を当て、暫く考えを巡らしていた。そして、明確につぶやく。
「動揺する処か……開き直ったか」
並べられる牙の存在を、彼が確認出来たのかは分からないが、その雰囲気が尋常で無いのは理解出来たのだろう。一旦、前を向いたフィリップは、再び、片方の手のひらで目を覆って時間を費やしていた。
――『十日稼いでくれ』と言っておいて、こちらが出来ぬでは話にならんな……とある種の決意になる。
「正念場だ。イグラルード王国はヴァンダリアだけではないと示せ。あの時とは違うと言う事を証明するぞ」
どちらかと言えば『策を……』のフィリップにとっては、最悪の展開になった。何も考えず、そのまま力業でこられたのが大きい。しかし、それでも彼は振り絞った。そして、両軍の思惑は別に、その対峙は圧巻とも取れた……
……そんな光景を、その場から死角になる所で、黒い軍装の一軍を背中にクローゼは見ていた。
「ほら言っただろ。こっちのが近いって」
クローゼから掛けられた声に、テレーゼはどうして良いのか分からない顔をした。その両脇のカミルとラファエルも、それは同じように見える。
「ジーアさん。解いてあげてください。……ユーリ彼女の剣を……」
クローゼは、ジーアへの促しと受け取った剣をテレーゼに渡した。そのタイミングで、ジーアの呪文が重なる。
「約定通りに解放する。ここから迂回して行けば、本陣まで危険は無いと思うから」
「ここでと言うなら、また直ぐに戦う事になると思うのだけど……本当に良いのか」
「少しは、手加減して貰えると助かるけど。まあ、約束だからな」
捉え処のないクローゼの様子に、テレーゼは益々表情が複雑になっていった。捕虜としてここ何日彼ら……いや、彼と行動していた彼女は、魔術で拘束されている以外、特に何かをされた訳では無かった。
逆に、敵として扱われておらず、最後の方にはテレーゼと名前で呼ばれていた。そして、普通の何気ない会話をしていた事に彼女は気が付いていた。
クローゼの返しに付いて、何かを言おうとする感じを彼女は出した。しかし、クローゼは既に別の話を始めている。テレーゼの困惑な雰囲気に気がついたのか、隣のセレスタがテレーゼ達に促しを向けていた。
「宜しいですよ。彼はあんな感じなので。驚かれるかもしれませんが、全く他意はありません。と言うよりも、思ったまま動く人なのです」
促しを受けて、カミルがセレスタに答える感じで会釈をあわせた。そして、馬を返そうとした時にクローゼの声がする。
「あっ、ちょっと待って。指示だけしたら、俺も行くから」
「えっ、竜男爵 何を……」
「あっ、テレーゼ。クローゼでいいよ。……何って一緒に行くから待ってて。乗せてってほしいからさ。……で、ユーリはあの二人とジーアさんをリルヴァールに護衛してくれ。あとは……」
テレーゼの反応をお構い無しに、自分のペースを崩さないクローゼに、彼女は回りの反応を伺う素振りを見せた。その様子は、さして驚きがあるとは感じられない雰囲気だった。
「まあ、あれだな」
「セレスタ殿。また、彼はあんなこと言っているが良いのか。一度きちんと言うべきでは」
「何となく、『見て見たい』な感じで言うと思ってました。魔王の時は流石に覚悟決めましたけど。今のクローゼなら、仕方ないかな……です」
至極当たり前の様な流れを、ゴルダルード側の三人は見せられて驚きが漏れる。
「見て見たいって……馬鹿なのか」
「ラファエル。馬鹿とは失礼だな。皇帝陛下は、俺に興味があるそうだから、一応挨拶をしておこうかと思って……二人とも皇帝陛下のお気に入りなんだろ。ちょっと挨拶したら帰るから」
「戦の最中にて。現在展開中の布陣から皇帝陛下は既に、武人の心持ちかと。我らの処遇も危ういゆえ、貴殿の御命の保証が出来かねます。故に、ご再考の程を……」
厳しい顔のカミルとそれにならったラファエルの表情……そして、言葉の意味を捉えきれていないテレーゼの二人を見る姿が、クローゼのには見えていた。そして、その流れをユーリが拾う。
「閣下。お三方は、本陣には直接行かれないと言う事だと思われます。それに、私に戻れと言うくらいですから、端からそのおつもりではありませんか。誰も、話し合いでという雰囲気ではないですが」
黒の軍装の一軍の顔は、クローゼが話を付けるなら仕方がないという顔していた。
「そうか。武を好み勇を尊ぶか……仕方ない。ラファエル貸しだ。そちらの陛下に土をつけといてやる。……よし、友軍が形勢不利だ。やるぞ。セレスタ、全体の指揮を頼む。カレンは遊撃でヤバそうなのを頼んだ」
簡単に言ってのけたクローゼは、ながれる目線で彼女らを通りすぎて、レイナードを見やった。
「俺達は前だ」と言うレイナードの頷きを見て、クローゼはセレスタに向けて子供の様な顔みせる。
それに彼女は、微笑みを返して凛とした顔に変わった。
「クローゼ・ベルグが前衛をつとめます。護衛隊、力を見せなさい。槍擊大隊は左翼、敵前面に平行槍擊を。第一は後衛、第二は右翼に第三は私と中央を。隊列敵面に対して横陣をとる様に。黒の手投げ筒の使用は許可します……」
セレスタの指示が各隊の長達に進むなか、坂になっているその場所を上がってきたジーアがクローゼに声をかけた。
「あなた達、馬鹿じゃないの。凄い数いるわよ」
「まともに当たる気は無いからな。……それより、うちに来てくれる気になった?」
「それは……。大体、侯爵領より私ってどういう事よ。それも――」
「――貴女には、それよりも価値がある。って事」
彼女を自分お抱えの魔導師として、クローゼは誘った流れでの話になる。そう言われたジーアは、少し嬉しそうな感じを出して彼のそれに答える。
「兎に角、これが終わったら考えてあげる。……だから、死なないでね。寝起きが悪いから」
それを肯定と捉えたクローゼは、あからさまな笑顔を見せて、「まだ……」と彼女に、否定の言葉貰っていた。
「クローゼ……殿。敵の私が言うのも……なのだけど。無理ではないか」
全く関係ない会話に、テレーゼが割り込んできた。敵のと自身で言っている彼女の表情は、それとは違っていた。
「死ぬ気も無いし、無理だとも思わない。心配してくれてありがとう。まあ、ずっと戦が続く訳じゃないから、またな」
その言葉の終わりに、セレスタの言葉が続いて聞こえてきた。皆の意識がそれに向いていた。
「突き抜けます。遅れる事は許しません。だから、貴方達の力を示しなさい。――総員戦闘用意」
それなりの答えと笑みに、静かな決意がその場に流れて……クローゼの言葉が場景に乗った。
「お前達の覚悟を俺にくれ。魅せるぞ、ヴァンダリアの力と矜持を」
クローゼは言葉を切って、愛馬琥珀色の薔薇の馬体に軽く手を添え呟きをかけた。そして、そのまま背筋を伸ばして前を見る。
そこには、先ほどまでと違い精悍な顔をした彼が見えた。軽い呼吸のそれを挟んで、彼らしいよく通る声が響いた――
「行くぞ。突き抜ける――」
――馬蹄の響きがそれに続いていった。