十三~戦い。始まりの終わり~
簡単に現状の流れから見ると、ゴルダルード帝国第三軍。それと、無傷の第三騎士団を加えた――第三軍団は戦をしていない。
かろうじて、捕まったテレーゼ麾下の軽装騎兵がそれらしいが、ほぼ、相手がレイナード。と言う訳の分からない事になっていた。
そして、何とか体裁を整えて後退した場所で、あり得ない事態になっていた。形だけの編成も何もない状況で、全面的な敗走だけは免れている。その混乱の場に、黒装束の者が三人立っていたのだった。
フルチャージで待機状態。黒の六循のフル装備のクローゼが従える……王国最強剣士と騎士。彼らも、彼と同等黒の六循の装備に、バルサスの最高傑作……人智最高峰の剣と神を切り裂く剣デュールヴァルドを携えて、彼の魔法の影響下にある――レイナード・ウォーベックとカレン・ランドール。
そして、三人ともが転位型魔装具を持つというチートな展開。その状態で、お礼のお礼は……であった。
最初の襲撃から、今日の破壊的場景。ゴルダルード帝国に刻まれた黒の軍装――ヴァンダリア騎兵のとどめの一撃。その流れなら、士気を叩き折るのは造作もないとクローゼは思いここに来た。
――文字通り『叩き潰す』為にである――
完全包囲下にあるが、互いの背中を預けて、その存在が周囲を威圧する三人の姿。それを恐怖に阻まれて、遠巻きにするしかないゴルダルードの兵達と言う図式になる。
クローゼが「どけ」と言ったら、道が出来ても不思議ではない。そんな状況であった。
当然、この膠着状態を演出するまでに動きはした。しかし、「おう」とか「やあ」等の間合いの剣など、既にクローゼにすら届かない。
敢えて言うなら、弓矢など黒の六循を抜くのも出来ず対物衝撃盾のついでであった。無論、他の二人などは語る事すらない。その上で、クローゼが声を響かせる。
「まだこれからだろ。ヴァンダリア ヴルム男爵 クローゼ・ベルグだ。死にたい奴からかかってこい」
現実問題として、敵軍全部を斬るなど出来る訳はないが、声の主は出来ると思わせていた。この状況に持ち込む迄に、この三人で倒した数とその流れ。
そして、威圧的なよく通る声でである。
それを遠巻きの後ろから、ドライ将伯のギードは深刻な顔をして聞いていた。
戦略的・戦術的優位性を皇帝に提示するつもりでの独断先行。その結果が、現状損害も把握出来ずに一押しで瓦解寸前という始末になる。
後方の輜重隊との間に、軽装騎兵の騎士団が無傷でいるのだが、その後方は死傷者の山であった。
「兎に角、あの者どもを何とかせねば、再編成どころではありません」
「先ほどの様子から、 並みの者では歯が立ちません。ドライ将伯、如何致しますか」
続け様に、軍監・軍官史から掛けられる声は、その視線がゲルオークを経由してギードに向いていた。
「貴殿らの言いたい事は分かる。無論、その為の我らだ。……行くぞ、ラファエル」
ゲルオークの言葉に、あの時の現状をギリギリまで見ていたラファエルは、躊躇いの表情を見せた。だが、彼は目の前の男の怖さも知っている。そのため、何時死ぬかの選択を、僅かに先送る事を決めた様であった。
それで、ラファエルが追従した。ゲルオークの歩く先に道が出来て、クローゼ達との隔てがなくなった。当然、ギードの視線にも、クローゼの姿が映った。
双剣を自然体に構えて、敢えて顔を隠さずに自らを晒した彼の姿である。
「ヴァンダリア……殺した筈だ」
ギードの大きめな声と、そのタイミングでやって来たヘンドリックの驚きの顔をが続いた。
当たり前であるが、兄弟である。そして、ヒーゼルを守護していた――勇傑なり者の――守護者は、今彼の元にある。その場の雰囲気は、まるまるヒーゼルのそれであった。勿論、彼はそれを狙っていた。
――クロセの彼には、その記憶はない。だが、日記の彼もセレスタの中や、周りから聞くどれもヒーゼルに憧れて、その背中を追いかけていた。クローゼのその姿だった。
フローラが、侯爵家の令嬢として小さいながらその雰囲気を持つのに、彼女と顔の作りが似ている自分の事を、今一で……貴族らしくないと思っているのは彼の事情になる――
そんな彼は、ゴルダルード帝国軍の直中に行くと決めた時。ヒーゼルの様な雰囲気で自身を晒して、その最後を知る者を探すと決めていた。
ここまでの流れは、『そのつもりでやるぞ』からのクローゼのシナリオになる。珍しくちゃんとした計画と言えなくもない。
勿論、簡単に出来た訳ではないが、結果的に個の力で軍を退ける……その可能性までこぎ着けた。
そして、目的の言葉も引き出した。あくまでも、副次的にそうなったのだが……。
「そこの二人……話を聞かせて貰おうか」
声を出したクローゼは、ゲルオークとラファエルを視界から消した様な顔をする。そして、「ヴァンダリア……」の言葉を再認識したのか、無造作に歩き出す。目的は声の主。それは、見た目から上位者であるのは間違いなかった。
「ふざけるな」
皇帝の牙である。自身を無視する男に、ゲルオークは言葉を向ける。それと同時に抜き放なった剣で、初めとは違う魔力の刃をクローゼに放つ。
そして、魔方陣の輝きを見る事になっていた。
その状況で次の言葉を出す前に、牙である彼らは斬擊を受けた。
――ゲルオークは、カレンの飛翔とも取れる跳躍で消された間合いから。ラファエルは、瞬間的に移動したかに見える足さばきによって詰められた距離で、二人は斬撃を受ける事になった――
カレンが放った、デュールヴァルドの剣筋をゲルオークは剣身ギリギリで流せた。一方のラファエルは、かろうじて抜刀が間に合った。そんな状態の勢いで、よけた人の列を巻き込みながら、彼らは各々の戦いの場を形成していった。
牙の二人が、どれ程の者かは分からない。だが、騒然としたその空間を気にする事なく、クローゼは歩みを続ける。
それで、目の前の隻眼が分かる距離まで近づいて、クローゼは、それがカミルから引き出したドライ将伯ギード・アルニムであるのを確認する。あざといクローゼの言動に、カミルの忠誠心が彼に向いていなかった結果ではある。
そして当たり前に、その間を埋めにきた敵兵に、流れる動きで竜硬弾を浴びせて排除する。そのまま、剣先を両側に向けて「どけ」と言ってのけた。らしくないと言えばそうであるが、殺気を込めた声と雰囲気で、彼の意図は伝わった様であった。
後方で、懇願するラファエルの断末魔のそれらしきを聞いて、クローゼはギードに問いかけた。
「主将……ギード・アルニム殿で間違いないな」
クローゼの問いかけの先には、驚愕の表情のギードとその前に立つ、騎士団長ヘンドリック・フィッシャー伯の覚悟の顔があった。そして、ギードが行動を起こす前に、ゲルオークの捨て台詞が、叫びのように聞こえてきた。
「お前など、フリートヘルムの足も――」
その声に、クローゼも意識が若干向けられた。その先では折れた剣で魔力を放ちながら、折れぬ心のゲルオーク……その最後の姿が場景に映され、それを戦士と扱うカレンの一撃が合わさっていた。
「安い台詞だな……。まあ、返事がないのが答えで良いな。ドライ将伯だったか。で、誰を殺した?」
侮蔑ではなく、話の流れが安いのだと。そんな顔のクローゼは、隻眼の男に続けて問いかける。そんな彼がする言動の流れが、あの守護者のそれに見える。
――勇傑なり者のそれが如く――
威圧の雰囲気を一軍の将たるギードは、答えより先にヘンドリックを押し退けて前に出る。そのまま抜き放なった剣に輝きをのせた。
その光景に、押し退けられた男の顔が驚きをだし、その光をクローゼは口角を上げて受けていた。
結果的に、クローゼがギードを吹き飛ばして、ヘンドリックの喉元に剣を当てて拘束し「ヴェッツェル殿をお預かりしている」と告げて、この場の決着を見る事になった。
――個の力で、万を越える軍勢を打ち破る。クロセの世界では当たり前な事になる。魔法でも無いのに指先一つで――手順はあるが――世界そのものが崩壊する切っ掛けが出来るほどである。
だが、人智がなすドラゴニアードでは、魔王なり勇者なりが限度であろう。それでも一瞬で世界が崩壊するほどではない。天なる・は別にして。
また、強烈の個の力を見た者も、見方によってそれの捉え方はそれぞれになるのだろう。
ゴルダルード帝国皇帝 ライムント・ファングは、それを見て、個の力を突き詰めた。それが、現状のゴルダルード帝国軍の勢いになる。また、大方の見解として個の力を欲するのが普通でなのだろう。
絶対的に強ければ、誰に従うことも無いく。それ自体が、羨望と尊敬を受けるものだからだ。
しかし、同じ光景……強烈な個の力を見て別の見方をした男がいた。フィリップ・ケイヒルである。
彼の父も集団ではあるが、個々の力を集めた。だが、その息子のフィリップは、あの時にヴァンダリア騎兵の先頭で、敵をなぎ倒していた二人を見てそれを自身に映す事はなかった――
……その日の夕方……獄の入りが近い頃、フィリップ・ケイヒル伯爵は逆光に紛れて、ゴルダルード帝国軍と戦端を開いた。日数的に、ギリギリのタイミングで、展開する帝国前衛に苛烈とも無謀とも取れる攻勢をかける。
全体的に見れば寡兵であるが、対峙する帝国軍の前衛とは、差ほど兵力の隔たりはなく、自軍に気が付いて後続が包囲にはいる前に、戦闘行軍から、なし崩しに攻撃を仕掛けた様に見えていた。
この時の参加した双方の兵力は、王国軍が、三万五千――騎兵五千。対する帝国軍前衛は四個軍団、四万八千――騎兵八千であった。
広めに展開する帝国の各陣地に、時間差をつける形で王国軍は攻撃をしかけ、各々に何リーグかの距離を後退させる。そのまま、暗闇と共に移動して、帝国の正面に布陣して陣地を構えた……様にみせた。
実際に、もしこの時帝国軍が獄の刻の闇を気にせずに、構築された王国軍の陣地――夜営の様相を見せる――を夜襲すれば事実を確認出来ていた。
しかし、守勢と思っていた王国軍の攻撃……その意図が前衛軍では判断出来ず、逆に、再度の攻勢――夜襲――を警戒して獄の刻を越える事になった。
こうして、フィリップ・ケイヒル伯爵が、強烈な牙を要する帝国軍を相手にする、その初手が示されたという事になる。
勿論、クローゼはその事をまだ知らないが、フィリップも、既に北側の帝国軍が無力化した事を知らない。と言うよりも、あり得ない事を想像出来る訳もなかった……
クローゼの力だけではないが、帝国軍第三軍団は帝国領域に後退する事になった。それは、砦で彼と対面するヘンドリック・フィシャー伯との話によってなったという事になる。
「フィシャー殿が、話の分かる方で良かった」
あの場の殺気を帯びた表情ではなく、普段の感じでクローゼは彼と向き合っていた。テレーゼを人質にして敗走の体ではなく、交渉による後退の選択を帝国軍がしたという感じである。
実際には、あの場での魔王的な恐怖で、なし崩しの流れになった可能性はあるのだが、理性的に排除する方向にクローゼがしたという事と言ってよい。
以後の混戦を想定して、損害という点では双方に利点があり、主将が討ち取られた帝国軍は、戦闘継続意外の選択も取り得たという事だった。
「あの時の話をしたのも、条件というのは些かですが。……ヴェッツェル卿が存命なのは、色々と感謝すべきだと思います。出来ればそのまま、御返し願えればと……」
「それは、無理ですね。貴方やフェヒナー殿は信用するに足る。ですが、彼女の命には背けないでしょう。彼女が、黙って帰るとは思えないですから」
クローゼは「自分ならそうするから」と付け加えて、その苦笑いを咎めるようなセレスタに背中をつつかれる。彼はそれで表情を納めて、テレーゼの方に意識を向けた。
テレーゼはジーアの隣に、何故か凛とした姿勢で立っていた。既に拘束は解かれていたが、ジーアの隷属の鎖によって見えない鎖で繋がれている。クローゼの指示だが、見たままの拘束をジーアが嫌った為という側面もあった。
「何? もう彼女は抵抗できないわよ。何なら黙って返して上げたら……男でしょ」
「あ、いや。普通、解放するなら魔法解くから」
『あっ』と言う顔の彼女から、クローゼはヘンドリックに向き直る。そして、片手でユーリを促す仕草をした。
「委細は、副官と詰めてください。日程は考慮します。名目は休戦で構いません。それと先程の話の件は感謝します」
「そこまで、譲歩頂かなくても、敗戦は受け入れます。私の独断で撤退しますゆえ、ヴェッツェル卿の件は無しに願いたい」
カミルにしても、目の前ヘンドリックにしても、テレーゼに対する配慮が過剰な感じをクローゼは受けた。だが、自身に照らし合わせてなのか、何と無く納得の顔をして同意を表していく。
そして、レイナードを見て……彼の頷きを感じていた。
「皇帝陛下の名誉の為に、付け加えますが。最後に手をかけたギード殿には、陛下は命令しておりません……咎めもしていませんが。あの時は、既に話がついていたと言う事です。それに、私の恥を上塗りするなら……毎年、彼ら、貴方の兄上の碑には必ず皇帝陛下はお会いになっています。近しい者しか知りませんが……」
抵抗を止めた理由が、ヒーゼルとオーガスの武神が如くのあの光景と、クローゼ達のそれが重なったのだと彼は付け加えていた。
「ところで閣下。彼の処遇はどうされますか? 」
ユーリの声にその場の視線が、後ろ手に拘束されて存在感なく立っていたラファエルに向いた。
「どうも何もない。基本的に捕虜は移管する。でだ。レイナード、何でこいつ生きてるんだ?」
レイナードの仕方ないだろの顔と、待ってくれというラファエルの顔がクローゼに向いていた。
「待ってくれ。このまま帰ったらどうなるか分からない。ヴェッツェル卿と違って後ろ立てなんか無いんだ。せめて、彼女と一緒に帰らせてくれ」
全体の勝敗によらず皇帝直属の彼は、僚友を倒されて一人で帰れば、その責自体を一人で受けなければならないのだろう。そんな感じが、表情に表れていた。
「そんな考えでは捕まる……違うな。降伏するのも分かる。大体、ヴェッツェル殿は強かったから捕まった。お前は弱かったからそうなった。それだけだ。そんな事を言ったら、フィシャー殿はどうなる……それに勝敗はついてないぞ」
その言葉にラファエルは項垂れて、テレーゼは大きく開けた瞳でフィシャーを見ていた。その表情を受けたフィシャーの声がその場に向けられる。
「皇帝陛下が負けるなどとは、微塵も思っておりません。ただ、この場は負けたというだけです」
「閣下。論点が微妙に違うかと。私は、話の流れでこの男を返すのは不味いのではと言ったつもりですが……」
「そうなのか?」
ユーリの言葉に、クローゼは間の抜けた顔をして、隣のセレスタを見る。実際の所、間に合ったヴァンダリア騎兵はセレスタの神聖魔法で、一時的に気力を繋いでいただけで、現状戦闘継続能力は著しく低下していた。
二千の兵全体に施す程の魔法をかけた事は、セレスタの非凡を示す事では在るのだが。
「皇帝の直属という事と、受けた報告で、この者の武力は無視できないと思います。体裁の問題ではなく兵を引かせるなら、人質として、ヴェッツェル殿の件は仕方ないです。ただ、この者を解放するのはその事と別ではないかと思います」
「レイナードより弱いぞ」
クローゼのその答えに、軽いため息をついた様にセレスタは続けて言葉を出した。
「……皆がレイナードなら問題ないです。勿論、全員貴方ならでもです」
二度目の「そうなのか? 」の後に、彼はジーアに「はいはい」と返事を受けていた。いつもの癖で、咄嗟に彼女を見た結果であったという事になる。
結局、セレスタがヘンドリックと話をして、然るべき時を見計らって、彼女達を解放する約定の元に、帝国軍第三軍団はヘンドリックの独断で退却する事になった。
現実問題として、双方共に戦闘継続能力を失くしていた事による『妥協』の結果であるのだが、王国側は秘匿で、帝国側は明らかな……それによる。
こうして、湖畔の砦の戦いは幕をおろした。最終的に、この戦いの数字を記する。
王国側の戦力。兵力、二千三百五名――騎兵二千二百五十五。損害、死傷者約七十名。捕虜三人。
帝国側の戦力。動員数一万六千。兵力、一万二千――騎兵二千。損害は、死傷者三千がみえる数であった……。
クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア。彼の初戦は、彼の土俵で勝利となり、王国と帝国の争いは王国の勝利で始まった事になったと言える。
ただ、戦いの本流は始まったばかりであった。