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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第三章 王国の盾と英傑の碑
89/204

十一~覚悟の戦い…違う土俵の上~

 何事なく開けた獄の刻――夜――は、ゴルダルード帝国第三軍の状況が成していた。魔術師と目されるヴァンダリアの所業か、布陣する王国軍を撃ち破る処か……翻弄されている始末である。


 この時も、旭天が陣地を照らしはじめたばかりであったが、軍議と呼べぬ不毛な評議が起こっていた。食事の度に広がる、黒装束の双剣使いの話が不安と不測を加速させていたという事になる。

 その最中で物質を具現化するのに、どれ程の魔力が必要なのかと言った魔術師は、ギードに怒鳴り散らかされて小さくなっていく。


 そんな流れで、軍監の男がテレーゼに見解を求めた。


「ヴェッツェル副将。初見で、見え見えと仰った王国軍の動向。この状況での所見をお聞かせ願いたい。宜しいか」


 問われた彼女の麾下、軽装騎兵(ヘッツアー)はそのまま機動力を重視する一軍であって、これまでの戦いで何ら益を出していない。

 その上で、個の力や奇術の類いの場面は有れど、戦局と呼べる状況がない中で彼女の定石が、事態を把握出来る筈もなかった。


 単純に、それが通用するならこの場面は起こっていない。


 その為、彼女は言葉を出す事が出来なかった。その少ない沈黙を彼女の副官、カミル・フェヒナーがつなぐ事になった。ギードの許可を得て、彼はテレーゼに代わりに所見を述べていく。


「丘に布陣する王国軍はの動向は、こちらと同様の趣旨であるかと。その上で情報のリルヴァールにあったそれではなく、別の軍ではないかと思われます。その為に斯様(かよう)な動きをしていると思われます」


「情報にあった、王国の四軍ではないと」


「はい。竜男爵(フライヘルヴルム)が副将を名乗った時点で、ヴェッツェル副将よりその言を受けました。然る後、情報を精査して斯様な見解に」


 キードの反応に副将の命で……を強調して、現状を対する具体的な見解も続けて示した。

 彼の認識は、『遠からずであり近からず』だったと言える。――単純に数合わせの虚偽――実質的な兵力は寡兵で水増しされた物ではないか。 その為、方法として異例だが本質的には守勢ではないか? と言う事だった。


 異質な壁攻略の様子で、彼はその見解を認識として決定付けた。そして、現状を打開する一案も示していく。時折開いた穴を根拠に、その薄さを強調してそれを提示する。


 当然これも、副将の……が付属した。


 それは、荷馬車に岩石を積んで、それを騎兵で引き壁に当てると言う単純なものだった。

 豊かな水源である湖の水は、双方に恩恵をもたらすが、なぜかこの辺りには緑が少ない。よって、木々による、攻城兵器の代替えも思う様にいかない。その代案として、竜の背の岩石であったとなる。


 実際に効果があるのか? という点で言えば、カミルの見解では有効だろう。人智の範囲ではあるが、効果としてはそれなりにあると見てよい。だが、特異なる者のそれの範疇には無かった。

 仮に採用されたのが先なら効果ない。……今なら、クローゼが放棄した事で、効果自体が微妙に意味を成さなくなる。


 そんな彼らの思惑を他所に、クローゼは次の手を打っていた。開けられるだろうその壁を狙う位置に、塹壕……蛸壺壕を作り、掘り出した土を土嚢として陣地を築いていた。

 そこに二メーグを超えて三メーグに届くばかりの長さの棒状の物――規格外の魔衝撃の筒――を設置していた。


 そして、丘の上から最初に暴れたその場所を囲む様に、帝国軍の展開を阻害する為、幻影の王国軍の一団を配置していた。


「でさぁ、なんなのよ。それ」


「昨日、カレンが使った奴の初号機。導師は魔衝撃とか対魔装擊とか言ってる。……対物魔衝撃筒アンチマテリアルライフル的な。何回撃てるかわからんけど、魔力強い奴が使うと『やべぇ』の」


 パトリックとラグーンに何人かで掘った、蛸壺壕から顔を出しているジーアの怪訝な感じに、クローゼはそう言った。

 その答えに、「何とか的なって、何処の言葉? 」という彼女に「ああっ」という感じで、クローゼはそうだなという顔をしていく。


 彼の言葉は、取り敢えず置いておくが、ジャン=コラードウェルズとバルサスが、ジャンの試作品を元に、最初に作った魔衝撃の筒になる。バルサスの嗜好をふんだんに入れたそれは、アレックスから武器として見ると『どうするのそれ?』 というこのままの見た目であった。


 結局、彼からマーリアを通じて、ジワルドが加わりあの槍になったと言う経緯があったが、始めに、威力を追及したこの魔衝撃の筒は、取り扱いを無視した重さと通常の魔装具を凌ぐ、魔力増幅の術式が施されている。


 クローゼに近付いてくるジーアに、その術式の所を指し示して、彼は彼女の顔を見る。


「これがヤバいやつ。量産不能の一点物。魔力充填(チャージ)をユーインさんから、殆んど貰って来たから、昨日の差し引いても結構撃てる」


「凄い繊細だね。こんなの刻める魔装技師って……ジャンコラさん? それともユーイン? 」


「彫刻だよ。手彫り……ドワーフの技術。ふっ」


 どや顔のクローゼに、呆れた顔を向けるジーアはその表情のままで彼に言葉を投げ掛ける。


「さっきは、精悍な顔してたのに、また、子供みたいに……大体、君はドワーフじゃないでしょ。何で、そんなどや顔してるの?」


 期待外れの答えに、『おふっ』となっているクローゼが、「驚かないのか? 」と続けて怪訝を彼女に向けた。


「それが、凄いのは分かるよ。魔導師なんだから。魔力で刻んで無いなんて、それは驚きよ……」


「なんだ、分かるんだ。やっぱり」


「こう見えても、昔は天才だって言われたからね。今は只の――」


「――おばさん」


 会話の流れで、いつものクローゼの漏れる声がして、ジーアは声の調子を変えてそれに言葉を発した。少し怒っている様にも見えたが、続く言葉は違っていた。


「はいはい。おばさんです。……話を続けるね。兎に角、今は只の魔導師です。まあ、いいわ。でも、そんな事を言ってると、女の子に嫌われるわよ」


 煽るつもりはクローゼにもなかったが、意外と冷静な様子に『なんだよ』という表情で呟きを見せる。


「いいよ別に。昨日、レニエに頭撫でてもらったから。それに、こんなんでも好きって言ってくれる人いるからさ」


「別に、私も嫌いなんて言ってないじゃん。女の子は繊細だから、気をつけてって言ってるだけ」


 緊張感の欠片もない会話に、ラグーンが口を挟む。かけた声が示す先には、騎乗したカレンがいた。


「お取り込み中、あれだけどな……」


「クローゼ殿。編成は終わった。……本当に、私で良いのか」


 彼女の後ろには騎乗した一団がおり、その指揮をクローゼはカレンに任せたと言う事になる。


「カレンじゃなきゃ駄目だ。それに誰も文句言って無いだろ。ケイヒル伯爵とは、話はついてるし……真紅乃剱(クリムゾンソード)カレン・ランドールの麾下でなら『誉れ』だと皆乗り気だよ」


 難しい顔カレンに、クローゼは、続けて言葉をかける。その表情は、先ほどまでとは違い気を引き締めた感じが出ていた。そして、長くのびた筒の先をさしてそれを示す。


「あそこを抜かせるつもりはない。でも、抜けた奴がいるなら、カレンに任せる。あと、昼……極天の頃に、俺の護衛隊がくる。その指揮も頼んだ。黒の六循(クロージュ)に従えとダーレンには言っておいたから。……まあ、寝過ごすなんて、五十人もいたら無いだろうから、来る筈……だ」


 彼が昨日リルヴァールに飛んだ時に、「必ず間に合う」とレイナードが言った、彼の護衛隊と鉢合わせる事になった。


 ――強行軍で、日ごと百二十リーグを超える距離を走破して彼らは、リルヴァールに到着していた……驚くべき事になる――


 その彼らに対して、クローゼの「あり得んな」の言葉に、そのまま行くと言い出したのを、彼が時間を指定したと言う事になる。

 もう少し言うなら、夜営中のセレスタの元にも彼は訪れて、彼女の到着日時を把握していた。


「とりあえず、相手の土俵ではやらない。何でも有りなら、その様にするまで。……ラグーン。ジーアさんに指示して、囲んでるあれをそれらしく動かせ。あと、状況は逐次確認を入れるから、把握してくれ。パトリック。もしかしたら、敵が来るかもしれない。彼女の護衛は任せた。命をかけろとは言わない……全力を尽くせ」


 ジーアから見たその感じのクローゼは、彼女が今朝見た精悍な顔をしていた。その命令口調に二人も意を唱える感じもなく頷いている。

 それを見たジーアの彼に対する印象が、変わっていくのが見てとれた。


 ――なかなか、良い顔するじゃない。ちょっと格好良いかも。


 そんな彼女の思考を、クローゼは思いもしていない様で、彼が最も信頼しているであろう男の事を確認した。それに、カレンはその時の事をクローゼに伝える。


「交代した時、始まったら来ると……彼はそう言っていた。あの後、何も無かったと残念そうだった。何故か彼らしい顔だった気がする……」


 難しい顔がその事でいつものカレンに戻り、それに笑顔を向けならクローゼは騎乗の一団に向かっていた。そして、幾ばくかの声を掛ける。それは時折見せる、彼の唐突な奮起の言葉であった。

 魔王を倒すと言ってのける彼は、何故か無謀を無理と思わせぬ何かがあった。それを、彼をよく知らない砦の者達も感じた様にみえた。


 あの時彼が出した「叩き潰す」の言葉は、(いくさ)として出す物ではない。その上で彼は「覚悟を」と続けた。

 彼は昨日の出来事で、自身の覚悟を姉上と呼びはじめた彼女に告げていた。


「戦場を駆けるヴァンダリアは、私が賜ります。自分がクローゼである限り……」


 それが、明確にした彼の覚悟であった。


「さて、そろそろばれても良い頃だな。ク◯野郎でも……それほど馬鹿じゃないだろうからな」


 そう周りに促して、幻影の壁の向こうのゴルダルード帝国軍に思いをむけていく……



「馬鹿ではない」とクローゼに(ののし)られた形のゴルダルードの陣では、壁を壊す為の手筈が整えられていた。勿論、テレーゼの発案の体裁の策である。


「中々、奇抜な考えをなされる」


 ラファエルの言葉に、テレーゼは沈黙を見せて、それにエクムントは微かな笑みを向ける。


「まあ、魔術師ごときの小細工には丁度いい」


「その魔術師に、武力で伏せられそうになったお前が、小細工と言うのもあれだがな」


 (とげ)のあるラファエルの言葉に、彼の表情が変わる。それにテレーゼは困惑を向けていた。


「可笑しな術に惑わされただけた。それに、まだ紋様の力を使った訳ではない。お前の様に頼り切りではないからな」


「負け惜しみだろ」と捨て台詞のラファエルに、「なんだと」と応じるエクムントの強い感じが見える。そこにゲルオークの怒気が刺さった。


「やめろ。紋様は我らの力の証。陛下の覇道の程ではないが、軽々しく語るな」


 突き刺さるゲルオーク視線に、二人は凍りついたかの如く静寂を見せる。それに併せるかの感じで、テレーゼは自身胸元に手を当てていた。


 ――彼らの言う紋様とは、覇道に優れた英雄たるライムントのその容姿の由来に起源する……伝承のそれを武傑として特化した、祖たる勇者の力の証だった――


 帝国において紋様が有るものは、勇者の力の一部を持つと信じられていた。皇帝の十三の牙(カイザー・ファング)の多くは、容姿こそエクムントの様に英雄然とはしていないが、容姿に出る代わりにアザのような紋様としてそれぞれに持つ。


 ラファエルとエクムントにはそれぞれ一つ。ゲルオークには四つあり、テレーゼは胸元に一つと背中に二つであった。あのラファエルの跳躍は、それによるものである。

 また、ライムント自らは覇道に優れ、力としての武力は欲する者であって、そういった意味では、彼ら程の武傑ではないとも言えるのかもしれない。


「それに、クローゼ・ベルグなる輩もそうだが、もう一人の剣士も侮れぬ。陛下が言われた通り、心してかかれ。と言う事だ」


 テレーゼはその言葉を聞いて、それ程の者が他にもいる――クローゼとその従者以外――のかと、一瞬脳裏によぎっていた……




 それぞれの思惑とは、関係無く局面は動く。前日と同様とは思えぬ脆さで、いや、まるで無い様に抜けていく馬車の様子に魔術師の「やはり幻影……」 という言葉がのった。

 それを凪ぎ捨てるギードの声が響く。


「見れば分かるわ――盾を前進させて道を作れ」


 怒号で萎縮する魔術師を侮蔑して、ギードの指示が飛ぶ。それに併せて慌ただしく、兵達は動きだした。当てられた怒気を相手に向ける様に進む一団を、ギードの視線が捉えていた。

 当然に、相手を飲み込む勢いである。だが、彼らの目に映ったのは、その一団が四散するその光景であった。


 その光景で萎縮を見せ、小さくなる魔術師を見るギートの怒りの表情。それに、幾度も頷く彼の意は『魔法であると思われる』の言葉だった。

 当然の話、それはクローゼの放った竜硬弾の爆裂である。重厚にして繊細な……バルサス好みの規格外の逸品で、魔力増幅の術式により大幅に飛距離を伸ばした魔衝撃の筒による光景だった。


 七百メーグを超える距離の着弾点で、のせた魔力をぶつけるイメージの竜硬弾は、クローゼの想像に違わぬ成果を示した。


「スコープ着けたら狙撃銃になるな……ちょっと相談しよ。ヴィニーなら頭狙える感じだな」


 集団を面で狙う一撃に、呟きを重ねて自軍の歓喜をクローゼは聞いた。そして、手元で次弾を装填する流で、ラグーンの声に併せて二擊を放つ。

 声の主であるラグーン。彼の体感よる経験で流動を合わせたのか……その目とその感覚は、魔術の強化術式に類似した力にも見える。

 ただ、理屈ではなく、正確な目測と判断がその力を裏付けていた。


「結界をはる気だ。魔術師らしいのが岩場の影に」


「関係無い」


 弾けるゴルダルード軍の一団を、場景として捉えるクローゼはラグーンの指摘に答える。


『結界など無意味』の意味合いで彼が答えた根拠は、威力を出しているのが、魔動術式――雪上に雪玉を通す様に魔力を纏い増幅する――と違い、クローゼは、彼の魔力その物で殴る如くの為にであった。

 だが、精強なゴルダルードの兵達は、折れる事なく命令を遂行していた。盾を持ち、槍をかざし……剣を携える……人智を照らす光が極天に昇る刻に至るまでそれは続いた。


 その場景に、何度かの竜硬弾の装填を重ねてその場面は起こる。

 丘の高い位置に黒の軍装の一団が姿を見せて、その並びに大きな黒い馬。そして、その横に栗毛の馬が立っていた。……その栗毛の肌は光の映りで、金とも銀とも取れる美しく毛並みを魅せている。


 クローゼが自身の愛馬を視界に入れた。


 その一瞬、ラグーンの視覚もすり抜けて、ゴルダルードの軽装騎兵(ヘッツアー)の一軍が、クローゼの目の前の光景を突き抜ける様が戦場に入ってきた。

 抜ける先にある、幻影の兵に目標を定めて行く一軍の先頭には、第九の牙(ノイント・ファング)テレーゼ・ファング・ヴェッツェルの姿がある。


「あれを抜く。最速で突き抜けろ」


 テレーゼの号令が響き、彼女の両側は十一と十二の牙が固めていた。そのまま、文字通りの最速で、自軍の屍と混乱をすり抜けて、クローゼの目の前を通り過ぎようとする。

 ラグーンの「騎兵だ!」の声に、クローゼの視界が重なり放った竜硬弾がその中段を吹き飛ばす。飛ばした場景に後続が崩れるのが見えた……


「ラグーン」と叫ぶクローゼの促しに、ラグーンは言葉で応じる。答えた声は「三百はいる」と抜けた騎兵の数を示していた。


「カレン頼む!」


 響きをともなったクローゼの声に、カレンと一団は即応で動き出す。――丘に進む敵の倍する数をものともせず風を切り、敵の先頭を抑え込む為弧を描いて加速していった。

 一方のテレーゼは、弾かれた麾下の兵を苦悶の表情で背中に感じながら、目前の敵……幻影であったそれを掻き消し走り抜けた。


 そして、よく通る声でその場を鼓舞する。


「敵は幻だ。犠牲を無駄にするな――」


 彼女の鼓舞にカミルの声が重なって、一団から騎影が二つ牙を剥く様相で、クローゼに向井飛び出した。それと同時に、丘の上の黒い軍装のを無視したまま、テレーゼと一団は、砦へと舵をきっていった。


 テレーゼに無視された一団を率いて、尋常ならざる距離を越えた男は……ダーレン・マクフォール士爵という。兄の名はランドン・マクスフォールであり、セレスタと同じ家名、唯一の適齢成人になる。

 尋常ならざる距離と決意。戻って来た場所は違えど、対する相手は同じであった。


「クローゼ・ベルグの護衛隊を無視するとは、いい度胸だ。いいか、必ず後悔させるぞ。槍擊用意――追撃する」


 その言葉とともに、横隊で並んだ丘の上から隊列を変え、向きを変えたゴルダルードの軽装騎兵の追撃に入る。敵の数を意にかえさない眼差しは、彼が握る剣の様な槍擊がそれを成していた。


 目まぐるしく動いた戦況に、クローゼは舌打ちをして混乱をする着弾点に追撃の竜硬弾を撃ち込む。

 そして、何本目かの魔量充電器(チャージ)をした。その刹那、ラグーンの危険を知らせる声が飛んできた。


「騎兵二騎……こっちにくる」


 その声に視線を向けるクローゼ。その瞳には牙を剥き出しにした様な勢いで駆ける……騎兵が二つ映っている。その認識を即座にクローゼはして、土台にしていた木の上で、魔衝撃の筒を二騎に向けて竜硬弾の装填をした。


 定めた狙いで、竜硬弾を放つクローゼの魔力を纏う弾道は、二騎の間抜けてその進路を湾曲させる。そのまま、次弾の装填の流れにラグーンの再びの声くる。


「前だ。押し出してくる」


 それた軌道の二騎の一つが自身のに迫るのを、ラグーンは見ながら、そう告げていた。彼の下には、頭を抱えてうずくまる。震えるジーアの姿があった。


 彼の伝えたその先は、この状況で丘の上の王国軍が動かないのを見た帝国第三軍をあずかる、ドライ将伯 ギード・アルニムの決断による全軍の押し出しであった。


 ――その光景は、脇にはそれた軽装騎兵(ヘッツアー)の横……狭小地をひしめき合い移動するゴルダルード兵の波だった――


 その瞬間のクローゼの感情は、決断と葛藤のそれであったと言える。

 押し出し来るゴルダルード兵の群れを見ながら状況を確認する。そして、迎撃に向かったカレンの一団と突き抜けた軽装騎兵(ヘッツアー)の一団。更に、追撃に入っていた自身の護衛隊。


 最後に、自身の横に迫る騎影が二つ……


「任せる――」


 向けた先は、ラグーンとパトリック。自身は止めるべき場所に、全力の衝撃を放つ。止めねばならぬ場所に向けて……


 ……任された彼らには、既に目前のエクムントの姿があり、その間に盾を持ち立ちはだかるパトリックの勇姿が見える。その後ろには、ジーアを跨ぐ様に塹壕に立つラグーンの決意があった。

 そして、彼らに迫るエクムントの手では、馬上の槍が煌めきを魅せていた。


  ――放たれる武技の閃光が、パトリックの盾に当たり、ジーアの刻んだ術式がその魔力の閃光を弾き返す――

 

 煌めきを魅せる勢いのまま、強烈な槍の突きをパトリックが盾を通して体ごと受けた。

  僅かに弾かれた槍の軌道を、エクムントは馬上で器用に返し、走り抜ける瞬間に塹壕の中を目掛けて槍先を繰り出す。

 尋常ではない高速の流れに、ラグーンはジーアに被さる様にそれを受けた。苦痛の顔に視線を向けるジーアに、彼は笑顔を向けていく。


 その一瞬で、横を抜けたエクムントが、距離取り馬を切り返す。そのまま、彼は再び彼らを狙う。

 走り出すパトリックに、背中の傷をジーアに向けるラグーンの立ち姿。

 そこに、次の一撃が迫る瞬間が続く。


「嬢ちゃん、うずくまれ。任されたからには、守るからな」


 覚悟を決めたラグーンの言動と間に立つパトリックの背中が、ジーアには見えた。そして、助走をつける為、手綱を捌くエクムントの様子が彼女の覗く光景にはいる……が次の瞬間。


 エクムントは、天極の地へと歩みを進めていた。


 彼ら二人の目には、斬擊と思われる一閃で、両断された彼のずり落ちる体の向こう側に立つ王国最強剣士の姿があった。




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