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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第三章 王国の盾と英傑の碑
86/204

八~湖畔の砦……初陣。人を斬ると言う事~

 彼らは、収穫時期を終えて温暖なヴァンダリアの地とは違う空気感を感じ、赤土を踏みしめる馬蹄の感触を確かめていた。同様に手綱を動かすその仕草が、しっくりこない者もその中には含まれていた。


 城門が放たれる手前の場所には、同様の様相を纏った三騎の騎馬があった。


「さっきの件たのんだから」


「あっちに、転写……それも軍用の遠距離転写の魔動器なんて無いと思うけど。まあ、やってといわれたら、やりますけど」


 足で地面に何かを書く感じに身体を動かしながら、ジーアはクローゼのそれに答えた。


「そんな感じ嫌いじゃないですよ」


「はぁ? 。お子ちゃまが余計な事言わない。大人をからかったら、だめだからね」


 クローゼの余計な一言に、彼女の足の動きが少し早くなるのが分かる。それを一旦視界におさめて、クローゼは、黒色の黒の六循(クロージュ)になっているカレンに向けて軽く声をかけた。


「黒い方なのな。……まあ、とりあえず顔見せだから、二人は少し下がって、ケイヒル伯爵が言ってた……なんたらかんたらが出てきたら頼むよ」


「顔見せって何すんだ」


「予備がある内に、派手にかましとく。相手に選択肢を増やす感じに。あんなの居るのかって、考えてくれたら時間稼げるし」


 いつもの騎乗姿でない、レイナードの様相に少し違和感を感じている様にクローゼは声の主を眺める風でそう答えていく。単純に、この時のクローゼは、初めから五・六発魔力をのせた竜硬弾を放つ気でいた。


「先程のラグーン殿の話ではないが、相手は人だと言う事をよく考えるべきでは」


 赴く先に緊張感を見せないクローゼに、カレンの言葉が向けられる。それに、「確かにそうだよな」と考える感じを彼は返していた。


 ――確かに、この世界に生まれかわってなかったら、こんな事しないだろうしな。でも、現実にはクロセでなくて、クローゼだから……些かな現実的な思いとも言えた。


「そう言えばカレンて、経験……いや、斬った事は有るの?」


 カレンに向けた、クローゼの顔が何故か動揺しているのを彼女は不思議そうに見て、真剣な顔で答えていた。


「ランガーの戦士……百から先は覚えていない。人と言う意味では、そうなるのでは」


 レニエやバルサスを見て、人ではないと言うのなら、彼女の経験は違うのだが、一般的にはそう言う事になる。その言葉に、側にいたラグーンは口をつけていた水を吹き出して、クローゼの「ああ」という相づちに合わせる様に「はがっ」っと声を上げて呟きを漏らしていた。


「こんな感じの嬢ちゃんが……」


 ラグーンの動揺に、ジーアは何故か笑顔を浮かべていた。そんな二人を無視して、クローゼは何かを思いだした様にレイナードを見る。


「さっき、有るとか無いとか言ってたな」


「兎に角行くんだろ。喋ってないで早くしろ」


 興味本位丸出しないつもの感じの顔をレイナードは一瞥して、握り潰す感じに促しを出していた。

 だが、尚も食い下がる感じを出していたクローゼに、無表情のまま事実を返した。


「ラオンザを殺った」

「はぁ? なんでだよ」


「グランザ子爵が。あいつゴルダルードの奴だったとよ」


 答えに、理解が追い付いていないクローゼに、次の言葉が聞こえてきた。


「まあ、詳しい事は、あの人に聞け」


「いや、いや、いや。無理だってそんな半端な話。気になって、集中できないし」


 その声に、渋々レイナードが語った事はこんな流れになる。無論、視点の補足を踏まえてであるが。


 グランザは、クローゼから冒険者の受け入れを依頼された時にその全員を調べた。刻として決して多くはなかったが彼の本分でもあり、ラオンザがゴルダルード人であるのを突き止める。


 そして、クローゼが不味い事をした場合を想定して、アーヴェントに繋がる糸で最も遠く、信憑性の高い始末の方法としてラオンザ達を使うつもりだった。勿論、対価を払い汚名を着せて、海の向こうの同盟にでも送る手筈が彼の胸の内にはあった。


 要するに、秘匿性の高い者のリストに乗っていたということになる。


 今回の流れで、ラオンザがゴルダルード人だからと言って、殺す理由にはならない。しかし、王太子の宣誓式の場所で、グランザが初めて声を出した時に彼は僅かに違和感を感じる事になる。


 ラオンザが黒の六循(クロージュ)が誰であるか理解した発言をし、それをクローゼだと断定出来る答えをした。

 互いの理解があっていれば、何気ない会話だが、あの流れでクローゼだと理解するのは難しい。普通であれば、モーゼスの反応である。


 その違和感の後で、それが薄れた頃合いにゴルダルードの侵攻の報があった。その場では、平静を装ったグランザはその後直ぐ様行動する。その時の彼には分からなかったが、ラオンザ達はまだ王都にいた。


 ――当然、クローゼの監視役だったので当たり前であったのだろう――


 オーウェンの名を使い、グランザはラオンザ達を王宮へと誘ったという。そして、グランザは、彼らの有利な状況で彼の名前を呼んだ。


 王宮に向かう御者を、彼の手の内な冒険者に任かせる。それで、王宮内では不自然にならぬ様に人目を排し移動して、武器を所持させたまま、中庭に面した大きな窓のある部屋に誘い込み。謁見の為の着替えを促す流れで声かけた。と言う事だ。


「ところで、ライナルト・クラッセン伯。卿は何を企んでいる。教えて貰いたいものだな……」


 この段階で、グランザには確信はなかった。だが彼が、彼らに与えた状況と妙に確信めいた雰囲気。それが、ラオンザ……ライナルト・クラッセンの判断を誤らせる。

 それは、一番楽な選択肢――グランザを始末して逃げる――を取らせる事になった。


 確信を持たぬ声の後で、グランザによる意味ありげな言葉が続く。その途中で、捨て台詞と共にラオンザが動き……ギリギリの感で間に合った――窓から飛込んだ――レイナードによって、彼らは天極の地へと足を踏み出す事になった。


 ラオンザの(てい)の彼を含め、レイナードは四人の銀階級(シルバー)の切り捨てた。勿論、グランザに斬りつけたライナルト・クラッセン以外には、警告を発した上でである……


「利用するつもりが此では……流石に許せんな」


 レイナードが、拾ったグランザの呟きである。返り血すら浴びず、抵抗を見せた者を瞬殺とも呼べる勢いを見せた。その光景に向けられた、グランザの呟きになる。


 誰が許せないのかは、レイナードには分からなかった。その後、別室で息をひそめて待機していた、近衛の一団に引き渡した男の処遇で察した感じなる。


 白旗を上げた男の指を、治療魔法をかけさせながら何度も折る彼の姿と「何も話さなくていい。これは自分へ戒めだ」の言葉を聞いて『ああ』と思ったのを思い出したと……彼の感想でしめられた話の流れはこう言う事になる。


「最後は懇願してたぞ……自白を」


「あぁ。もうその場景しか浮かばない。……でも、ラオンザが、ス、間者とはな。ちょっと考えさせられる。てか、騙されてたのか……何か腹立つ――」


「――クローゼ殿。もう、暗くなるのでは」


 レイナードの話の流れから、クローゼのそれが長くなりそうなのを察したのか、カレンはそう告げた。


 それに振り向いたクローゼの目には、 カレン仕草が見える。。それは、クローゼと同じく栗毛色の髪にある太目のカチューシャにかけられた右手と軽い呟きだった。

 呟きな詠唱と共に、カレンの美しい顔が、黒の六循(クロージュ)の仮面と同じ要領で、(のち)にクロージュヘルムと呼ばれる兜に変わる。

 その流れで赤色の仮面だった物が黒色になった。


 それを見たレイナードも、額当ての部分で同じ仕草をする。――それらは、クローゼの仮面と違い防御面に重きをおいて、露になる部分よりも視界が開けている。その様な物であり精神的な魔力発動に耐性を持たせていた。


 負けじとクローゼも腕にかけていた、リング状の仮面をを装着して黒の六循(クロージュ)の黒一色で黄色の薔薇な仮面をつけた。

 そして、号令と共に開けられた城門より、三人は馬を走らせた。――「声は変えないからな」とクローゼの余計な一言と共にである。



 その彼らが向かう先は、湖と切り立った竜の背の間にあった。その狭小の地の前面に布陣する、夜営を視野に入れた陣替え中の敵にだった。


「あの遠くに見える丘に、敵がいるんだろ」

「ああ、こっちは敵はいないって言ってたのにな」

「そんなに、持って来てないんだろ。荷馬車、半分も来てないからな」


 動員された輜重隊の人夫が、石を積んで簡易のかまどを作っていた。


「それに、最前線で飯炊きとかなんだよ。それも有り合わせでやれとか。……何でこんな前まで来ないといけないんだ」


「今日は終わりじゃないか。それに、配る手前が省けていいよ、大体、あの丘、あれきりなんだから」


 そんな会話の途中に、慌ただしく動く兵士達の姿が映る。二人は、その中の顔見知りの男に「どうした? 」と声かけた。


「砦から、騎馬が三騎出て来て、一人こっちに向かってるんだよ。直ぐそこだ」


 投げ捨てる様に言葉をおいて、その男は走り去る。投げられた方は、互いに顔見合せていた。


「降伏でもすんのかな……」

「違ったら、馬鹿だぞ」


 そう言い合って彼らは、また石を積み始めた。



「馬鹿だぞ」と言われたのは、勿論、クローゼである。彼は「一リーグ程」と言われた敵陣までの距離の中程に、二人を残して暫く進み馬を降りていた。

 獄の入りと言っていた、暗闇を招く夜のとばりの訪れが近いその場所で、沈み行く天の残光に照らされて、クローゼは存在を際立たせている。


 彼の視線の先には、落ち行く光が写し出す敵陣の光景が見える。所々にある馬防柵に据えられた、かがり火と消え行く極光が同化した感じがした。


「歩く速度でこれくらいの距離らしいから、一リーグが一キロ切るくらいか。ならこの辺りで、レニエの弓なら死んでるな」


 相対的な距離を詰めながら、クローゼは声出して確認をしている。レニエの弓は、彼女の母親であるクロエが彼女に渡したものだった。

 そして、その位置は彼の感覚で残す所三分の一ほどになる。


「この辺で三百メートル位か……。あぁ、メーグだったな。それで、レニエのなら直接照準で死ねる距離。王国の長弓なら、間接照準で飛んで来る距離だけど……」


 土を踏みながら足取りも軽く、あたかも散歩しているような彼の先にある帝国軍の陣は、馬防柵が点在しており、その隙間を盾を持った兵士が埋めていた。その隙間。……いや、後ろにクロスボウを持つ者が並び、槍の動きが見えて軍団配備の馬上の姿があった。


 その距離で、クローゼの位置を真ん中にし、敵陣から『逆ハの字』でのびる様に弓を携えた者が展開して来る。その数は、両側にそれぞれ中隊規模と思われる数であった。


「なるほど、そう来るか。そこなら、これでも当たる距離だな……たぶん」


 そう、大きな独り言の後に、彼は双剣を抜いて両手をこちらも『逆ハの字』に拡げて、魔力を込めた声を出す。


「無駄な抵抗は止めて降伏しろ。そうすれば命までとらない!」


 ある種の自己弁護の言葉が、相手に届いたかは別にして、一呼吸おいて彼は答えを待った。だが、間違っても、そんな事にはならない……言った本人もそう認識していた。

 そして、意を決したかの様に、「起動」その言葉と共に、魔力をのせた竜硬弾が展開中の弓兵の列を吹き飛ばす。――向かって右の真ん中を、左は前方を……双方ともに根こそぎであった。


 それに続く「くっそ」の声。そのまま、前方に走り出したクローゼは、騒然とした敵陣の盾の列の真ん中に再び竜硬弾を放つ。本来なら、魔力の結界が張ってあるのだろう。しかし、竜硬弾の軌道上ではその存在すら判断出来ぬ程、いとも簡単に、その盾の列に風穴を開ける。


 その衝撃は、その後ろにあった士官と見られる騎乗の姿とその場の全てを消し飛ばして見せた。


 衝撃音と共に唐突に起こる場景。その場に何が起こったかすらわからない兵達は、各々に声を上げて……右往左往していた。その様子に、一連の流れを切らす事なく、クローゼはその場を走り抜ける。

 それは、一重に目的の場所の視認の為だった。

 前線の人の壁を抜けると、まとまりの無い兵達が状況を把握出来ずに、愕然とクローゼを見ている。


 暫くの空白の後「ここまで来やがった 」の声。それに我に帰ったのか、続けざまに方々で声が上がる。それと共に武器を持つ者がクローゼに向かって来る。


「抵抗するな。刃向かう奴は容赦しない」


 群がる兵に、彼は覇気を放つ様に声をむけた。

 だが、自陣に単身で飛び込んできた、訳のわからない者の言葉に従う者などいない――彼らは、当たり前のようにクローゼに襲い掛かる。


 統制の取れない連続した群がりを、時折、カチッカチッと――竜硬弾を装填する――音を出し、その場を支配したかの様な視界でクローゼは迎撃する。

 それに連なる動きと、瞬間的に水平展開した空間防護(スペース)を使い屍を周りに築いていた。


 一連の動きの中で、竜硬弾を装填する構造をクロセな彼の認識で……あたかもマガジンを交換する動きを腰の当たりで――映画のワンシーンの様に――織りまぜていた。

 一人に対する人数でない兵らは、僅かにクローゼの支配を抜けて彼にせまる。その怒号と合わせた斬擊を、対物衝撃盾(シールド)の発揮を待たずに彼自身の剣勢による連擊で……斬り捨てる。


 それに併せて、クローゼは舌打ちを出した。そのまま、コートの裾を(ひるがえ)して双剣を奮う。――才能を捨てても、剣の師であるジワルドの言葉通り欠かさぬ努力を続けてきた。その流れから……レイナードが『悪くない』と言った特殊な剣で剣舞を魅せる。


 意図して、鍛練をしなかったのはユーベンで不貞腐れていた僅かな時間のみである。


「ヴォルグに比べたら、止まって見えるぞ」


 彼の言葉の意味は、その場をの兵士には理解出来ないが、仲間の屍が彼らの動きを止めた。その瞬間に、片方の剣を鞘に収めて、胸辺りにある発光筒を取り上に目掛けて放り投げる。


 ――発光がフラッシュの様にその場景を露にして、クローゼは目的の場所を目に焼き付ける様に記憶した――


「これで良いか。取り敢えず飛べる」


 自身への確認を自分の声でする。そして、残り片方の剣も鞘に収めて、トラスト特製の配合竜結晶の筒を何本かを四方になげた。

 ――時差を持たせた爆裂の筒が……爆発音と共に破裂していく。その爆発で彼の周囲が混乱し、その隙間を抜ける様に、クローゼはもと来た道を走りだし――再び双剣を抜く。


 走る先には、最前線を抜かれた先程の兵達が何とか事態を収拾して、クローゼの行く手にに立ちはだかっていた。だが、彼は走る速度を落とす事なく、そのままの勢いで人の壁に声をぶつけていった。


「どけ! 死ぬぞ」


 本来なら『どけ』と言われて退ける筈もないが、彼が向けた剣の先には否応なしに道が出来た。

 それを当たり前の様にクローゼは走り抜けて行く。


 ――見送るゴルダルードの兵達に、黒装束の姿を恐怖として記憶に刻み付けてである――


 そんなゴルダルードの兵達が見送る先に、同様の姿をしていた騎影が二つ。から馬を引き、走り去る黒装束を待っていた。

 その光景を見ても、彼らは誰一人として動く事はなくそのまま、黒い軍装の後ろ姿を見るばかりであった。

 最終的に、嵐の様に暴れて去った状況の後、ラグーンの言葉でジーアが幻影騎兵の一団を砦の方向に動かした事で、その場のゴルダルード軍は全面的な敗走を見せて……そこに静けさが訪れていた。




 そのまま暫しの静寂が流れて、先程の場所を砦の城壁の内側に足場のように組まれた所で、レイナードとカレンは眺めていた。


 そこに下から、クローゼの声が掛けられる。


「レイナード。寝ないのか……だったら俺が先には寝るけど。流石に今日は来ないだろ」


「いいけどよ。そのまま寝るとやばいぞ」


 掛けられた声に振り返るレイナードの視線に、先程まで返り血で汚れていた黒の六循(クロージュ)の装備が、何事もなくなっていた。


「ああ、魔術って凄いな。そのまま、水を被ろうとしたら、あの人が『馬鹿じゃない』って綺麗にしてくれた。……じゃあ先に寝るわ」


 そう言って、クローゼはとぼとぼと歩きだし、建物の方へ向かっていった。


「レイナード殿、今夜は私が見張る。遠慮せず寝てくれればいい」


「暫く寝れそうにない」

「昨日も、寝ていないと言っていたのでは」


 心配を向けるカレンにレイナードは頭を掻く仕草をして、それについて話始める。


「なんとなく、自分の口で話したら余計に気になってよ。……罪悪感がないんだ。ラオンザをヤったのに全然……そう言うもんかも知れんが」


「強い弱いの話ではなく……意志を持って剣を握って向かい合えば、対等なのでは。グランザ殿に向けられた刃を払っただけ。そう簡単にはいかないのわかるけれど……」


「そう言えば、初めてあんたと試合った時……」


 何か唐突に思い出して、レイナードが話の流れを変えた。それに少しカレンは戸惑いを見せて続く言葉をまった。


「上には上がって言ったと思うが……あれな、あんたが、どうとかで無いんだ」


「よくわからないけれど……。その時、私も言ったのでは……言葉の意味は違うかも知れない。だだ、私はそのまま貴殿の力量が上だと思った。レイナード殿は違うのか?」


 不思議そうな顔を見せるカレンに、彼は言葉を選んでいるような感じをだしていた。


「あぁ、あのあれだ。俺はあの時まで自分より強い人は一人しかいなかった。その人の強さも体験した。それで、ああ、そこを目指したんだがな……」


 話をしているレイナードの方が、困った顔をカレンに向けていた。そんな顔をされても……と言うカレンに彼は取り敢えず声だした……様に見える。


「その人もういないんだ……で。師匠がもうその人を越えたと。でも、いないから試合ったり出来んだろ……でだ。師匠に違うって言ったら。あれだ……上には上がある、いないものを追いかけても自分を見失うだけだって。……でも、自分がどれほどかなんて、相手がいないとわからんだろ。まあ、師匠も強いけど歳だからな。流石に全力では、できん――」


「――それで私には、全力を出せたと思ったと言う事なのだな……」


「そうだな」


 少し感じの変わったカレンに、彼の感じも変わる。


「認識が、間違っているのでは。少なくとも、年齢の積み重ねが不足になるとは思わない。それに……私が今まで受けて来た、捨て台詞を聞けば認識は変わると思う」


 そのカレンの顔は、何故か嬉しそうだった。それに今度は、レイナードが不思議そうな顔をした。


「どんなのだ」


「ふふっ。『生まれた時代が良かったな。あの人の全盛期には足元にも及ばん』……今なら納得する。貴殿らの師匠 ジワルド・ファーヴル殿の全盛期は、今の真紅乃剱(わたし)より強い。そう私と試合った皆が口を揃えていた。それはそうだと分かった。弟子の貴殿らがこれ程なのだから、当たり前ではと思う……」


 そして、その言葉の続きをレイナードの口から聞く前にそのまま声出していった。


「今日は、先に休ませて貰う事にする。背中を預けれる貴殿らが、初体験で高揚しているのではと思う。だから、突然動かなくなった時に支えねばならない。私もそうだったから、無理にでも寝た方がいいのではと言っておく」


 まだ、十日もあるのだから程々に……とレイナードの「おう」の返事に、そう言ってカレンは歩きだした。そして、カレンが土に足を下ろした時、その行き先でジーアの声した。


「ちょっと、君さ。こんな所で寝たら……って何でこんなになってんのよ。さっき綺麗に……」


 先程、寝るわと歩いて行ったクローゼが、食べた物と仲良くその辺で寝ていた。という事らしい。

 ――流石に、刺激が強かった様で……彼も人だったという事になる――


 そして、……あと十日。そう(いくさ)戦場(げんば)でやると言う事だ。である。




2021/02/15誤字一部修正

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