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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第三章 王国の盾と英傑の碑
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七~湖畔の砦……開幕の狼煙~

 湖畔の砦より、僅かに帝国側へ戻った場所。ゴルダルード帝国第三軍の野営地では、突然現れたイグラルード王国軍の対応に追われる形になっていた。


「王国軍一万程が、湖畔の砦と称する所を見下ろす丘に、陣をはっております」


 ――先鋒部隊が、唐突に丘を越えて現れた王国軍によって後退させられて、幾ばくかの距離を下がり全軍が再布陣をしている――


「報告と確認」が天幕で為されて、本陣では見解が出ていた。


「リルヴァールから、こちらに兵を向けてくるとは、予想外でしたな」


 ドライ将伯 ギード・アルニムに向けられた、軍監の言葉に彼は難しい顔をする。


「敵の斥候を追走する形で、早めに進軍したのが、結果的に良かったと言う事ですか」


 独断先行で軍を動かしたギードに、黙認で答えていたゲルオークが、そんな呟きを掛けていた。

 彼の立場を言えば、皇帝直属であって、ギードの職権に介入する必要も無い事もあっての判断だった。


 難しい顔のまま、他者の意見を聞いていたギードに、テレーゼは深刻な顔もせず、軽い口調で意見を述べていく。


「では、私が指揮下の軽装騎兵(ヘッツアー)で出ます――」


 そこまで言って、彼女自身の副官で、年配の男に制止の促しを掛けられていた。ただ、ギードにはそのまま続ける様に言われて、テレーゼは話を進めていく。


「感謝します。あの丘に布陣したなら、意図が見え見えです。私が、本軍が手前の平地に布陣する時間を作ります。なので、そのまま正面から打ち破ればリルヴァールは、主軍を待たずして陥落かと」


「ヴェッツェル殿。事は、そう簡単ではありませんぞ。時間が味方するなら、そのまま敵を引き付けて、後退に併せて追撃する方が確実ではありませんか?  無下に功を焦る必要無いでしょう」


 軍監の言葉が彼女を遮り、一瞬不満な感じをテレーゼは出したが、続く、ゲルオークの言葉で若干の笑顔見せる。


「ドライ将伯がこれを採用されるなら、ラファエルとエクムントの二人をつけましょう。それなら、軍監殿の懸念も紛れるのではないですか」


 ゲルオークの言う二人とは、自身の元にある皇帝の十三の牙になる。


 第十一の牙(エルフト・ファング) ラファエル・ファング・ヴァイトリングと第十二の牙ツヴェルフト・ファング エクムント・ファング・グミュールの事だった。


 俄然、追い風が吹いたら形に、テレーゼは「どうですか?」の顔をギードに向けて迫り……またも副官に制止を受けた。


 それに不満げな顔を向けていく。


「精強な帝国第三軍なら、王国軍など敵ではない。ドライ将伯が判断されるのだ。それを期待しては駄目か……いつまでも、子供扱いするな」

 

「諫言ともとれるそれだよ。彼の職務も尊重した方がいい。少し落ち着かれよ」


 騎士団長 ヘンドリック・フィッシャー伯の言葉に、テレーゼは『しゅん』として「はい」と答えて小さくなっていく。


「ヴェッツェル副将の言も理はある。その辺りも含めて暫く考える。それまで抜かるな」


 ギードの言葉で、その場がまとまりそれぞれの指示が飛んで、各々が持ち場に戻っていった。

 項垂れながら、その場を後にするテレーゼに、ヘンドリックは声をかけた。


「ヴェッツェル殿。あまり気負われるな。父上も叔父上も、帝位継承の功労者だが、いきなりそうなった訳ではない。それに彼の事もある。心配なのも分かるだろう」


 ――『彼』とは彼女の従兄で、ヴェッツェル方伯の息子の事であった。ライムントが帝位に就いたのは、彼の父が存命の時である。その流れで、少なからず血が流れたと言う事だった。

 彼女に兄弟はいないが、まだ従兄姉達はいる。しかし、ヴェッツェル方伯は、彼女を高く評価して大事にしていたと言う事になる――


 彼女は、ヘンドリックの言葉を素直に受け止め、気を引き締めて、当面の敵である王国軍と小さな砦に思いを向けていった。





 彼女の気持ちの先、ゴルダルード軍が一時的に去った場所にある湖畔の砦に、歓喜と落胆を与えてクローゼ達一行は受け入れられる事になった。一応に混乱を携えてではあるが……。


「彼女が……ジーア殿ですか」

「普通だな」


 カレンとレイナードの目の前には、先程までの少女でも、初めに会った老婆でもない、普通の女性が立っていた。

 年の頃は、クローゼ達より年長なのは分かる……その程度の感じであった。


「ジーアさんさ、何で、こんなに面倒くさい事したんだよ。さっきの見たら、納得するけどさ……あれ説明するの大変だったからな。それに幻術の域越えてるし」


 ――彼女の呪文、極幻なる錯覚の力(ハルーシネイション)は、当然、大魔導師マリオンの遺産だった。幻術魔法の一種で……いや、それを極めた形の呪文の魔動術式になる。

 術師の思い描いた映像を術師の魔力を起点に、岩盤から放出される魔力を使い、実体化した様に見せて思った通りに動かせる――


 それが丘の上に、野営の陣を構築した様に見せていた。クローゼが言う『あれ』――見る者の感覚に訴える魔動術式――である。

 ただ、特定の魔力以外を遮断する、対魔力防壁(ウォール)待機状態(アイドリング)中のクローゼには見えていない。


 ――そして、彼の術式が任意である様に、魔力発動の終焉は術師の意思で終わらせられる。

 それ以外では、対象者が触れない限り消える事は無いものであった――


『面倒な説明をさせられた』の雰囲気を出すクローゼに、ジーアが拗ねた感じになった。


「だって、普通って言うじゃん」


 ジーアの言葉に、「普通」と口に出したレイナードが「おっ」となっていた。その音に反応して、「普通と言われる」から始まる彼女の言葉は、只の愚痴に聞こえていた。


「師匠が天寿を……の時にね。どうするか聞かれたから、好きな絵が描けるのに困らない領地を欲しいっていったの……」


「そこからかよ」と言ったクローゼの突っ込みに、止まる事なく続いた彼女の話は、こう言う事だった。


 王国の魔術の発展に貢献する様にと言われて、彼女は暫く王宮で国事に携わっていた。

 約束通り、何年後かにマリオンの遺言として、国王からクランシャと言う、街道から離れた東部の村を貰う事になる。


 それで、クランシャ村が彼女の生活の場になった。


 そこからの租税は、すべて彼女物となる。貴族達が払う王国税すらない村で、彼女一人を養うという状態になった。

 そして、彼女は必要以外の物全てを村に還元する。当然、村の環境は良くなっていく。その噂が広がり、不法な住人増えていった。


 王国の手が入る頃には、村とは名ばかりとなり、村の租税は以前より増えていた。増えた分もまた、彼女の還元により村の環境は住みやすくなる。

 その為、ひっそりと暮らしたい彼女の思惑とは別に、魔導師が住む村として有名になっていった。


 規制が入ると、今度は、弟子志願の者を中心に、様々な売り込みをする者が後をたたなくなった。そうすれば、そこに住めるからという理由でだけでである。

 ただ、見た目は普通の彼女をほとんどが魔導師だと思わずに、メイドなり従者なり使用人などと間違われたそうだ。


 間違いを正す説明が面倒になった彼女は、魔導師らしい、老婆の姿で高圧的な態度を取る様になった。と言う事らしい。


「そりゃさ、いい感じの格好いい男もいたよ」


 そう言った彼女は、言葉を自ら否定して話を続ける。最初の頃に、手のひらを返す人を見て『人』を信じられなくなったと。ある意味嫌になったという事になる。

 そこで彼女は、クランシャ村を王国に返えそうと思い始め、今回の報酬を見た彼女は、手を上げたという事だった。



「こう見えて、案外あれなの私。だから、蓄えとこの報酬の分があったら後は大丈夫かなって……簡単って書いてあったからね。実際そうでしょ。逃げってったじゃん」


 その話を聞いて、クローゼはレイナードとカレンを見て、ジーアの最後の言葉に、呆れた感じをだした。


「いや、あり得んけど……意味分からんし」


 彼の思考では、自身で簡単と書いておいて、あり得んと言うのもだが、彼女がエルマの言っていた妹弟子だというのも、あり得ないの言葉に繋がる。


「エルマさんも、助けてあげてって書いてあったでしょ。だから、それでいいじゃない」


「だからって、変なしゃべりの婆さんって……変身かよ」

「とりあえず、さっきのは全部忘れて……お願い」


 そんな、様子見ていたラグーンが、クローゼに向けて呆れた様子を見せる。


「俺からしたら、その嬢ちゃんより、あんたら三人の方があり得ないけどな。長年、傭兵やって来たから目算には自信がある。あん時、二千は下らない数がいた。それを当たり前に止め様とするなんて、正気じゃないぞ」


「嬢ちゃん」と呼ばれたジーアは、はにかんだ笑顔を見せた。彼女の仕草を気にする事もなく、ラグーンの話にレイナードが食い付く。


「あんた、どこの生まれだ? 何でこれを受けた」


 言葉に乗った雰囲気をカレン感じたのか、レイナードの方に顔を向けた。まともに受けたラグーンも、その顔に殺気をみせる。

 ラグーン自身も、ただ者が放つ雰囲気ではないと感じたが、自身の経験と培った勘……それが引くなと言っているのを自覚していた。


「金……以外に何がある。そこの嬢ちゃんじゃないが、これだけあれば、余生は困らんからな。……それと、どこで生まれたか? なんてのは俺が知りたい。記憶があるまで遡っても、戦場しか知らん。尻を蹴られて、殴られて、矢とか槍とか運んでたぞ」


 そこまで言って、クローゼから見ても震えが分かる手を握り締めていた。そして、彼は声を続けた。

 

「あんたが、どんだけ強いかわからんでもない。だがな、クエスト受けて、パーティー組んで、そこまで殺意を向けられる謂われないぞ。十二で殺してから、くぐった修羅場は数えられない。で、残ったのが今の俺だ。結局何も残せてない……そこしか知らない俺が、最後に金を得るのに選んだのがこれだ。それが気に入らないなら勝手にしろ」


 ラグーンの様子に、レイナードが僅かに下がった様に……クローゼには見えた。彼が声をあげようとした時に、レイナードが謝意をだした。


「悪かった。ずっと傭兵なんだな」


 それとともに、彼は頭を下げていた。ラグーンもその事で、戸惑いの顔を見せる。その流れで震えながらパトリックが、自身の事を言おうとしたのだろう。口をパクパクさせていた。


「大丈夫です。私達は仲間ですから」


 カレンの柔らかい声がして、パトリックは安堵の表情をみせる。


「分かってくれたらいい。いくら強くても魔物狩りとは違うんだ。その年じゃ殺しはまだだろ。初めては覚悟いるぞ……戦場の経験じゃ――」


「――魔物と大差無い」

「おっ、経験あんのか……道理で――」

「げっ、レイナード、殺した事あんのかよ」


 まとまりかけた話の流れに、何と無く聞いていたクローゼが突然声をあげた。その勢いで、レイナードを直視する。その先には、難しい顔なレイナードがあった。


「ああ、あるぞ」

「いつだよ。俺知らないけど」


 クローゼの問いに、益々難しい顔をするレイナード。それに、クローゼは益々の疑問を募らせる。


 ――俺も経験あるけど。あれは違うか?


 『あれ』とはカイムの事である。


「あのさ、ラグーンさんだっけ。その鎧脱いでくれる? それ直すから。さっきので、使っちゃったから、きっちりとは出来ないけど、最初のよりはましなのにするから」


 クローゼの疑問に、ジーアが口を挟んで、彼女に周囲の意識が行った。その隙間で、レイナードが僅かに呟いていた。

「昨日な」と。……だが、クローゼの意識も、ジーアに少しずれていて、それを聞き取れてはいなかった。


「それなら、いいのが……」


 それを証明するかの様に、彼女の「使った」に反応して、彼は予備の魔量充填(チャージ)を手渡していた。


「何これ?」

魔量充填(チャージ)。流動の魔力魔量を回復する感じのやつ」


 クローゼはそう得意気に、彼女へ使い方を説明する。そして、言われたままを体感して、ジーア驚きの顔を見せて感嘆をあげていた。


「とりあえず、考えがあるから、行けるとこまで回復しといてくれ」

「『くれ 』って。年上にもう少し言い方ないの」


 二本目の魔量充填(チャージ)を使いながら、ジーアはクローゼの言葉にそう反応した。それに彼は「あっ」とした顔をする。


「逆算すると……ヤバい事になりそうだから、敢えて触れずにいたのに、自分からくるとか勇者だな。ジーアさん」

「あ――むかつく。婆さんに戻ろうかしら。どうせばばぁですよ」


 全く緊張感のない会話に、レイナードが先程の難しい顔から呆れた様子になる。

 隣にいたカレンは、砦の士官とケイヒル伯爵の側近らから促されて、クローゼに声を掛けていた。


「クローゼ殿。今後の対応を協議したいとの事。宜しいか」


「大丈夫だよ。少し考えがあるし……それとジーアさん。もう、俺にはそれ効かないから。でも、幻術魔法無しでその感じ、逆に凄いよ」


 上からの感じに、「いー」となるジーア。


 彼女の「いー」を見る他の二人を残して、クローゼは今後の協議に入る為に、別室に向かっていく。

 その後ろでは、鎧を外したラグーンに向かって、ジーアが歩いて行っていた。




 別室に設けられた机で、クローゼを中心に主要な顔ぶれが揃う事になった。

 彼自身が、玉座の前で軽く言ってのけたのとは、状況が違っている。


 始めの時点で彼は――平地で正面から一万の敵を一人で止める――そう普通に思っていた。結局、決まってしまった段階で、寝ずは無理だと気付いたと言う事になる。


 クローゼが、自身の思惑を含めた展開のを簡単述べた後、現状認識について彼は質問をその場に落とした。――具体的な部分については、転位型の魔装具を持つ三人を中心に……柔軟かつ臨機応変に、要するに彼らしい内容である。


「まず、予定より帝国軍の動き早かったと思いますが、その辺りはどうかと?」


「リルヴァールからの斥候が、何度か東側に行っていたので、それが原因で引き込んだのではと」


 クローゼの切り出しに、湖畔の砦の士官が答える。ただ、先程までの感じではない彼の様子に、彼の認識を改めた感じが、会話の中に出ていた。


「現実問題として、帝国軍がすぐそこにいるわけですから、当面の対処と方針を決めなければいけません……丘のあれが、幻術の類いなのは残念ですが」


「先程も言いましたが、元々一人でやるつもりなので、寝てる間だけお願いしたい所です」


 同行の二人以外の全員が、驚きの顔をクローゼに向ける。概要は先ほど本人から聞いていたし、案内役からも聞いてはいた。

 ただ、当たり前の様に面と向かって言われても、信じるのは難しいと言った顔であった。


 その空白をクローゼの声が埋める。


「暗くなるまで、どれくらいですか? その上で、動きが有るのも踏まえた意見がほしいですが」


「獄の入りであれば、一極程かと……仮に相対的な布陣の距離なら暗くなるので、定石なら夜襲の警戒が先になるかと思われます」


 伯爵の側近の一人から、クローゼの問に答えが帰ってきた。それは――夕刻で日が落ちるまで、一時間程であって、戦闘が始まるとすれば暗くなる――と言っていた。それが、最後の言葉に繋がる。


 その答に別の者から、補足の見解が続けてでてきた。


「丘の幻影ですが、ご説明の通りなら遠距離転写も問題ないとの事。その上で、流石に砦の目の前を通り夜襲とも考え難いのではないかと思われますが」


「それに関連して、砦内の兵員の偽装もジーア殿に頼むつもりです。まあ、敵に遠距離転写がある前提で、有効利用させて貰いますよ」


 先ほどの様子を、遠巻きに見ていた何人かは、この口調で話すクローゼの事を、掴みかねている感じだった。

 援軍として、砦に入った彼らをまとめるその男。その彼の隣に座るのが、真紅乃剱(グリムゾンソード)であり、反対側に座る男は、カレン自身が自分より強いと言った者だった。


 そして、二人は彼が一人でやると言っても、全く動じた様子はない。


「予想より、帝国軍が早いのが誤算ですが、こちらも想像より手駒が増えた。それと先ほどで死者出なかったのもよかった。押さえる予定の日時は増えましたが、それを踏まえて……狭小に陣取る帝国軍の前衛に少し挨拶をしておきたい。二人とも準備をしてくれ。先手を取る」


 突然言い出したクローゼに、ざわめきが向けられた。だが、受けた二人は全く驚きを見せる事はなかった……。


 湖畔の砦……その戦いの幕はあける事になる。



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