四~最強の剣士を継ぐ者~
ベイカーの目から見たクローゼの姿が、黒の六循の様相に変わっていた。
その場景で、アレックスが筒状の魔動器や長細い棒状の物を三人配り、何やら説明をしている。その様子に一同が視線を注ぐ。
あの日のあの刻に見た、あの格好のクローゼを周りの皆が見て、改めて彼があの男で有ったの再認識している。
そして、その場で仮面の動作を確認しているクローゼに、レイナードが声を掛けた。
「一人で出来んだろ」
「ああ、慣れたら多分な」
「それに、ここをこうすると用足しもすぐだ」
「まっ、待てって。知ってるから」
会話の流れで、またもズボンの「ここ」と言った部分を開けようとしたレイナードをクローゼが止めにかかる。そんな緊張感の無い様子を、カレンは呆れた顔をして見ていた。
そこに、アレックスのいつもの感じの声がして、三人が何と無く並ぶように立ち位置をかえた。真ん中にクローゼが立ち、両脇に王国最強の騎士と剣士がある。とそんな感じになった。
それを見るベイカーが、中央に立つクローゼの姿を改めて確認して声を漏らす。
「一瞬でも、魔王とやり合おうと思った自分が恐ろしいな」
「何を言ってるんです」
「何でもない」の言葉と身振りで、ユーインの問いに答えて、彼は一連の出来事に思いを返していた。そんな、物思いにふける感じのベイカーの隣から、ジャン・コラードウェルズの声がした。
ユーインが、彼がいない所でジャンコラさんと呼ぶジャンは、彼の師にコラードウェルズの名を『呼ぶのに面倒だから今からジャンだ』と言われて、ジャン=コラードウェルズになった。というは余談だがそんな話もある。
「見た目は、だだの服だな……」
そんな彼自身が提供した極鉱石を使った物の完成品を見て、僅かに感想を出していた。
その言葉の先、少し離れた場所でカレンがトントンと軽く跳ねる動作をして、腰に据えた剣を抜き身にして構え動きと共に流し体感をしていた。
「軽い。……これで鎧の体をなすのですか」
「急所は押さえてある。という感じですね。それに間に入っている、ぺらぺらの板が、恐ろしく硬くてね。それと、繊維自体も、特殊で簡単に切れない。あっ、あとその構造上衝撃が伝わりにくい、それと術式が……」
「ユーイン長いぞ」
ジャンに長いと言われたユーインが、「だって」という顔をしながら言葉を止めて、エルマとタイランに何か訴えるような仕草する。
ユーインが、彼女の微笑みと彼の苦笑いが見て取れる位の間をおいて時、思い出した様にジャンはレイナードに声に掛ける。
「レイナード、義兄からだ。今度のは文句ないだろと言ってたぞ」
そう言って軽く指をならすと、壁際で、全く人の気配させていなかった無表情な男達がレイナードの前に歩み出てきた。
その手には剣を持っており、一振りは、長剣の部類入るそれで、一振りは、長く両手剣の類いにみえた。
長い方を受け取ったレイナードが、収められた鞘から剣身を取り出し美しい刃を確認する。
それは年の始め辺りに――クローゼがロンドベルグ行っていた間――レイナードがヴァリアントに行き、改修してもらった、あのオリジナルの槍の代替えであった。
アレックスに「抜き身でいいから、この辺まで剣身付けてくれ」と彼が言った流れで、クローゼが許可した時の事になる。
クローゼ自身は、レイナードがフローラに会いたいのだろうと思って許可したのだが、結局、レイナードはジャンを経由して、バルサスと会い……大酒を浴びる様に飲んで「男だな」と認められる。
そして、普段使いの刀剣の様に改修したあの槍を作って貰っていた。
――ジャンにどうやって会ったかは……彼がお嬢と呼ぶフローラが、鍵を握っているのはここだけの話になる――
また、彼がバルサスに気に入られて、時折酒を……の流れで、度々「いいんだけどよ。しっくり来ない」とこぼしていたのを拾われて「作ってやる」となって、その結果、バルサスの最高傑作の二振りが出来たのだった。
どちらも、魔導技師の魔衝撃の構造を持ち、竜硬弾を打ち出す事が出来る。
勿論、バルサス持ち出しの極鉱石……極竜鉱石とも呼ばれる金属で作られている。
極鉱石製のこの剣がどれ程の強度をもつかは、ジャン自身があの「ただの棒」と言った魔王の槍に、全力で切りつけても刃こぼれすらしなかった。という事で証明されていた。勿論、長剣の方であるが……。
――レイナードの剣技は、カレンと違い魔力を飛ばす事を主とせず連撃が基本だった。その為、遠距離に対しては竜硬弾は必須であり、現状の槍もそのように使い多くのクエストをこなしていた――
握りが長く、鍔の部分が術式で折り畳む事が出来て刃元に刃のない部分があり、槍のように使う事も出来る。構造上、刃の厚みはそれなりだが、幅との兼ね合いで逆にしっくりしていた……。
レイナードは剣を握り、広い部屋の中を移動して構える。……その場の視線が集まる中で、彼はゆっくりと動作を始めた。徐々に、流れを見せるように剣先の動きが激しさをまして――美しい剣舞の如く剣先を走らせていった……。
見つめる目が、それを美しいと思える程の時間が流れ、彼の納得の終焉をむかえる。
「どうだ? 」と言うジャンの声に、頷きで答えた彼は、それを机において……もう一振りを鞘から解放する。
基本的な構造は先ほどと同じで、剣先部分が二つに分かれている。剣身はすべて刃がついており、長剣の作りであった。先ほどの剣が戦場の物なら、この手にしているのは常に帯剣する感じだろう。
彼は先ほどの動きを辿る流れで剣を振り、程よい重さを最後に構える。その後「すげぇ」の言葉と共にそれを鞘におさめて、自らの腰にあるデュールヴァルドを確認する。
それが意味するのは恐らくだが、本来それが何であるか理解していれば『天極と人智』の差である。考えるまでもなく選択肢は一つしかない。だが彼は迷う事なく選択した。
「クローゼ。いいか? 」
「何がいいかだよ」
突然の声にクローゼは訳も分からずに答えたが、レイナードの動きで意図を理解した。おもむろに腰からデュールヴァルド外して、カレンの元に歩き出す彼の行動によってだった。
――そっちかよ。良いけどさ。それでいいなら。……とそのままクローゼは答えを返す。
「良いぞ。どっちも相応しいよ」
レイナードの動きとクローゼの言葉で、意図を理解出来たのは、カレン以外では、それが何かを知るタイランだけだった。彼自身も、カレンが西方域にいなければローランドに真っ先に彼女の事を伝えていただろう。
逆に目の前の彼が、その剣を当たり前に持っている事の方が、タイランにとっては不思議だった。
――世は、広いと言う事か。彼は気負いもなく当然の顔している……と見たままの思いなる。
彼の思いとは別に、当たり前の様にデュールヴァルドを差し出すレイナードに、握りの部分を向けられたカレンは、自身の前に立つ彼の表情とその剣を見ていた。
差し出されるのは、剣自身が所有者を選ぶ龍装神具の剣心。そして、この剣は向ける相手を当たり前に選ぶだろうと、疑いすら抱かぬレイナードの感じをになる。
「試せ。と言う事なのだな」
「いや、あんたが使えって事だ」
言われた言葉に、そのまま手を動かしてカレンはそれを握り僅かに力を込める。その表情には微かな不安が出ていた。
「すげぇな。……俺じゃなかっただと」
カレンが剣身を引き抜く瞬間に、レイナードの言葉が重なった。そして、当たり前の様にデュールヴァルドはカレンの物となった……。
最後に、アレックスがカレンの腰の短筒を新型に交換して、カレン「今度は、持って行っても?」の問いにクローゼが応じた流れで、エルマの「これで、用件は済んだかと。思います」の言葉がその場をまとめた。
「それでは、私は戻る。ユーイン、残り魔量充填は預ける。あとの普及は任せた。あとこれは……タイラン・ベデス伯に。それと何かあれは手伝います。あっー。……アレックスの事を認めてくださって感謝します。なかなか誉めてやれないものですから」
一刻も早く帰りたい感じの、ジャン=コラードウェルズは、転移魔法の魔体流動展開術式を自ら書き込んだ羊皮紙の巻物をタイランに渡し、言葉を続けていた。
その言葉に、タイランの謝意とアレックスの驚いた顔、そこにエルマの微笑みが向けられる。
「それでは、自分も戻ります。やることいっぱいで、忙しくなりそうなので、失礼します」
「なら、私も。師伯の屋敷に引っ越さないといけないので、本の整理に候の屋敷へ一旦……」
ユーインの言葉に、ベイカーも同調する。ベイカーは、タイランに「本当に来るのか」と聞かれて「勿論」と即答する。そして、ばつが悪そうにエルマとタイランに向けて声かけた。
「できれば……人手も借りれると助かります。私だけ弟子がいないのもあれですが……」
彼の言葉にジャンは「弟子も良いものだ」と呟きを向けて、クローゼの唐突な反応を引き出していた。そして、それを無視して連れて来た働魔と共に、此方も唐突に魔方陣に消えて行った。
「はやっ……余韻とか無いのかよ」
「ジャンコラさんは、大体あんな感じだな」
「ジャンコラ? 」
ユーインが「失礼します」の言葉の後に、帰るタイミングを逃していて、クローゼの残光に対する言動に反応した。
だが、クローゼの更なる疑問には、エルマの瞳で答える事なく逃げる様に彼はその場を後にする。
その流れとは関係なく、タイランとベイカーが、その場を後にして、その間、放心状態が続いている感じのアレックスにカレンが声を掛けた。
「アレックス殿。大丈夫か?」
「あっ、うっ、うん。そだね」
「何だよ。おかしいぞ。どうかしたのか?」
カレンの言葉とクローゼの後追いに、心ここに有らずのアレックスが呟きを漏らす。
「多分……弟子入りして、初めて名前よばれたんだよね。師匠に……」
「あぁ、そう言う事か。前に話しただろ。何で、弟子って呼ばれてるのかって。言ったか忘れたけど、俺の前ではずっとアレックスだったぞ」
クローゼの雰囲気にも、「そうだね」と相変わらずの感じ返事が返ってくる。それには、流石にレイナードもかける声がない様に見えた。そして、それはクローゼも同じで、場がそんな感じになっていた。
そこにエルマが近付き、アレックスの顔が見える位置に立った。向けられた顔は、やさしさに溢れていて彼女から優しい声がする。
「兄弟子は、アレックス君が弟子になってから変わったと思います。もちろん、良い方にです。それに貴方の事は、凄く評価してると思いますよ」
その声に、アレックスはエルマに視線を合わせた。そのが表情は、どこか複雑な様子に見てとれる。そんな彼にエルマは言葉を続けた。
「私も、ユーインも、通信用魔動器の件で助力をしてから、兄弟子とはよく話す様になったと思います。勿論、直接ではないですよ。その話は、クローゼ殿の件がほとんどですけれど。……ですが、貴方の名前が出ない事はないと思います」
ゆっくりとした口調で、アレックスに向けた言葉を一旦区切り、エルマはそこに集まる視線に話しかける感じに赴きを変えた。
――そこで語られた、ジャン・コラードウェルズのアレックスに対する様子は、才能なり、発想なり、人となりなど……彼がエルマ達に話した事をまとめると、いかに彼がアレックスが好きなのが分かる内容だった――
「――あと、アレックスが焼いたパイは絶品なのだそうです。……だからと言う訳では無いですが、先の事は兄弟子の本心だと思います」
「まあ、アレックスがいなかったら、ここまで来てないからな。ヴァリアントもジルクドウルムもな」
「アレックス殿は、好かれているのでは」
「恋人みたいだな」
エルマの話を聞いていた三人が、それぞれの言葉を合わせた。それに、アレックスは涙目になりながら、頭をぷるぷる振って「よし」と声だした。そのまま、続けて言葉を出して行く。
「兎に角、嬉しい。……でも、僕は男だから、恋人って言うのはおかしいよね」
そう言って彼は、レイナードの言葉に疑問をかけた。唐突に「おう」と答えるレイナードへ「自分どうなのさ」とアレックスは言葉を続けていく。
「何の事だよ。レイナード?」
「何でもない」
何となく流れで、クローゼは口をだした。だが、レイナードは歯切れ悪い答えをする。そのままクローゼが声を出そうしたが、突然思い出した様なエルマの感じで途切れる事になった。
「お伝えするのを忘れておりました。妹弟子がクランシャ村にいます。何かあれば頼ってくだされば、と思います。紹介状をお書きしようと思います」
「そんな時間はないかと……それに」
クローゼは、エルマの申し出にそう答えたが、途中で確認の為にロレッタを見た。既に、分からない事があると、条件反射の様にそうなってしまう彼であった。
その先には、ロレッタ『あっ』という感じの顔があった。そして彼女は少し考えて……その場所や位置関係をクローゼに説明をし始める。
その間に、レイナードが「準備出来たか見てくる」と逃げる様に、その場を離れようとした。それに合わせたカレンも「一度陛下の所に行く」と言ってそれに追従する。そんな彼らに、クローゼが答えるという流れが唐突に起こる。
「屋敷跡で集合な。俺は、教会によってから、殿下に会うから……」
と、その言葉でクローゼは彼らと別れる事になったが、話の途中だったロレッタに『聞いてますか?』
の顔をされ、足早に話をまとめられる事になった。
「リルヴァールで、城伯か誰かに頼んでいただいたら、思わぬ援軍になるかもしれません」
彼女なりの見解に、クローゼは頷いてエルマの申し出に答えた。とりあえずの感謝をつたえて、アレックスに向く。
「アレックス。行くよな」
「行くわけないよね。僕は忙しいから……クローゼ君のせいでね」
その答えで、クローゼは導師と彼に頼んであることを頭に浮かべて……「仕方ない」と呟きを漏らしていた。その感じで、その場に人がいなくなり、ロレッタの促して彼はコーデリアとの面会に向かう事なる……。
ロンドベルグの街並みを幌馬車に揺られて、クローゼは区画の反対側に向かっていた。それなりの時間経過が必要になり、クローゼは向かい側に座るロレッタに、先ほどのレイナードの話題を振る。
「ところで、さっきの傷。あれはどうしたんだ?」
その話をクローゼに向けられて、ロレッタは困った顔をした。だが、クローゼの雰囲気が止まらないと思ったのか重い口をあける。
「……えっと、ですね。簡単に言うと、オーガスさんにつけられた傷です。……あの時は、本当に死んじゃうかと思いました……」
「オーガスって? 」
「あっ、えっと。フローラ様の近習のオリヴィアの叔父のオーガスさんです――」
――彼女の話をまとめると、クローゼが王都にいる間に『あの戦い』が起こったのだが、ロレッタ達近習は、実務を経験する為に各々の適正で仮配置されていた。
そして、レイナードは、当時からその才能を見せており、クローゼの護衛にと……オーガスがヒーゼルの護衛だった為に彼の下に就く事になる。
当然に、その刻のヴァンダリア最強の剣士だったオーガスからも、レイナードは一目おかれていた。
そして、『あの戦い』で出征が決まった時に、レイナード自身も当然行くつもりになる。ただ、年齢のかねあいでオーガスの許可が降りなかった。
当然、レイナードはごねる。「何故駄目なのか」とオーガスに詰め寄った。
その結果、オーガスの『俺に勝ったら連れて行く』の言葉で、諦めさせようとした彼の前にレイナードは立つことになる。
「カレンさんとのも見てましたけど。あの衝撃に近い位の光景でした」
ロレッタの言葉が示す様に、その場に立ち会ったヒーゼルすらも絶句する光景だったという。
――クローゼから見るレイナードの剣は、しなやかで美しい。オーガスの剣が正にそうだったと話の流れで、クローゼはロレッタから知る事になる――
そのロレッタがレイナードの事が心配で、隠れて見ていたが、彼女の目に映ったその時のレイナードは、本能を剥き出しがむしゃらに剣を奮う様子だったと言う。
そして、その流れがオーガスの本気一撃を引き出してしまったそうだ。
治癒術師の全力の結果、僅かに傷がのこる程度まで回復したが、先ほどのロレッタの「死んじゃう」の言葉である。それは、打ち込んだオーガスが絶叫をあげる程の状態だったという。
その流れで、オーガスがいざ出征となった時に、彼はレイナードと二人だけで、長い時間話をしていたらしいと。内容まではわからないが、レイナードはどこか吹っ切れた様な顔をしてたと、ロレッタの記憶の中にはあったと言う事だった。
そして、『あの戦い』はあの結果である。ぼろぼろになりながら、かろうじて戻って来た者達は多くを語らず、レイナードの問い掛けにも答えるのに時間を必要とした。
彼が時々をかけて得た断片的な話でも、オーガスの最後はレイナードには分からなかったという。
その状況で、比較的仲のよかったロレッタに、その時から頑なに沈黙だったレイナードが、かすれる声で言ったそうだ。
「次はない。必ず俺が守る。…絶対にだ」
その言葉を、彼女は忘れられないと言う……それ以後、レイナードは鍛練場や教練場の宿舎で生活して、ひたすら剣を振っていたと言う事になる。
レイナード自身は、今でもそうしている。体が空いている時は、ジルクドウルムでも、ヴァリアントでもそうしていた。勿論、どちらにも彼の屋敷……とまではいかないが家はある。
クローゼの屋敷には彼の部屋すらあるが……そうしていた。
「こんな感じになります。……えっと、だからだと思います。彼がフローラ様に拘るの……それと、クローゼ様知ってますか? 彼、時々オスカーの所に行ってるんですよ」
オスカー・フロックハート。成人すればそうなるオリヴィアの弟。――知らなかったよ。それは……とクローゼの驚きが出る。
「知らなかったよ」
クローゼは、ただそれだけ言って、幌馬車の中には沈黙の時間がながれていた……。
その衝撃を引きずったまま、クローゼはコーデリアと会い――龍翼の奇蹟という――特別なものを貰って、オーウェンの元で、大事な書簡を受け取ったのだが……。
覚えているのがコーデリアに「これを大切な人に、預けても良いですか」と言って笑顔を受け取った事だけであった。そして……。
「遅いぞ。クローゼ」
そんなレイナードの声で、我に帰った時に彼はデェングルト家の屋敷の跡地にいた。
――とりあえず、行くか。何かを守る為に。……行きなりなクローゼの思いであった。




