参~王立魔法院の一室にて~
クローゼの目の前には、マリオン・アーウィン大魔導師の弟子達がいる。
魔導師が五人、テーブルを囲み顔を揃える光景に、クローゼは久しぶりの衝撃を味わっていた。その状況で彼は挨拶もせず、アレックスを掴んで引き寄せる。
「何で、導師とちょび髭が一緒にいるんだ」
「そんな事。僕が知るわけないよね」
耳元で囁かれた小声に、アレックスは普通な声で答えていた。「ちょび髭」と言われたのをタイランの事であると認識してだと思われる。
「何か、あの二人は険悪な関係じゃないのか」
「だから、知らないって言ってるよね。僕もさっきジルクドヴルムから来たばかりだから、師匠がいたのも今知ったんだからね」
「お前、嫉妬がなんとかと言ってたろ。日記に書いたから間違いない。えっ?」
クローゼは話の途中でおかしな事に気が付いて、言葉が止まる。――さっきてなんだ? ……である。
「とりあえず、挨拶ぐらいしたらどうだ?」
ジャンの声が、クローゼの思考を引き戻す。だが、状況を理解出来ない彼はそのまま内向きなった。
――ちょっとまて。転移魔法なのか? と言うか導師とちょび髭って仲悪いんじゃ……えっ?
「ちょび髭って……まあ、確かに」
「ヴルム卿、彼がどう思っているか分からないが、私からすればそう取られても仕方ないな」
動揺して漏れた声に、ベイカーとタイランの言葉が向けられて、クローゼは我に返った様に『はっと』した表情で二人を見た。
「タイラン・ベデスだ。君には感謝している」
「ベイカーだ。あの時は助かった。それと、エルマから聞いた。先ほども庇ってくれたそうだな。併せて感謝する」
クローゼの表情を、彼らは何となく流す様に自身を述べる。それを笑いを堪える様に見ていたユーインも、自ら名乗った。
「……直接話すのは、初めてだね。ユーイン・ルベールです。王国認定の魔装技師と魔装術師の統括をやっている。それと後ろの三人も宜しく」
ユーインの「宜しく」を皮切りに、初見の者が挨拶を交わして行く。それで、若干取り残された感のクローゼに視線が集まる事になった。
ただ、彼は、久しぶりに漏れてしまった声に、ばつの悪そうな感じで固まっている。
「思った事を、そのまま口を出すのは良し悪しだ。どうやって来たかなら、転移魔法でだ。聞きたい事が有るなら、考えてから話す事だな」
そんなジャンの言葉に、クローゼはアレックスを見て何か言いたげな顔をした。当然の疑問というのか、そうなのだろうという感じで彼は視線を送る。
それを見て、ジャンは当然の様に頷いた。
それで、そのままアレックスがクローゼの腕を指差しながら口を開く。
「クローゼ達のそれ。僕が手掛けたからね。転位型の魔装具でも装術と装技は、オリジナルが分からないと落とせないからね」
「彼は、優秀ですからね」
エルマの言葉に、アレックスの「とんでもないです」が合わさって、空気感が少し変わる。
それでクローゼは暫く考えた感じを見せて、自身の事と謝意を出した。
「クローゼ・ベルグです。方法は分かりました。意図は、この後分かるのでしょう。後は、失礼ながらこの場に、導師とベデス伯が同席されているのが驚きでした。何らかの確執があって、お顔をあわせないものと思っておりましたので」
「私は基本的に人が嫌いだ。兄弟子に限った事ではない。それを確執だと言うならそうだろう。何処を見てそう思ったか知らんがな」
人嫌いを意見と言うならの答えに、クローゼは次の言葉が見つからないといった感じで黙り込んでしまった。そこでタイランが、クローゼに同意する。
「君の認識は、正しい。単純な嫉妬だよ。私の一方的な。テーブル彼の認識では私は眼中にないのだろうが私の方にはあった。ただ、それだけだ」
「貴方が私に嫉妬? 。逆でしょう。……純粋な魔導師として私が貴方に勝てる要素がない。だから、魔装術にそれを見いだした。それでも事如く乗り越えられたのは事実だ。ここに居た時に作り出したのは、全て貴方を越える為の物。それこそ、自己顕示欲を満たす為だけにやったと言っていい」
二人の言葉に微妙な空気が流れて、彼らは互いに顔を見合わせる。そこで、タイランは否定の表情をしたがジャンは即答する。
「我らの師が、既に答えたを出している。貴方はしがべき地位にあって、我らの師からより多くを託された。それが全てだと。そして、私に転移の術式を託したのは、自己ではなく見識を広めろと解釈して、あの時そうしたまでです。……クローゼ。お前がなぜそう思ったかは知らんが、ここに居る者と直接的会うの久しい。名指しした相手だけでなく、私がここに居るのが、驚きと言うなら分かるがな」
いつになく、饒舌なジャンの様子に、クローゼは認識の甘さを理解した様に見えた。そして、クローゼが言葉を出す前にカレンの声がする。
「越えるべき壁があると思えるなら、人は努力できる。魔導技師殿とベデス伯に取って、互いにそうだったと言う事では?」
彼女の瞳は隣に立つレイナードを見ている。彼女が向けた先の「そうだな」の呟きに、カレン軽く頷きを見せていた。
「私の認識がおかしかったです。失礼しました。後、ベデス伯。ちょび髭なんて言ってしまって、すいません」
二人の会話にクローゼもタイランに向けて言葉を出し、あからさまな謝罪の表情を見せる。
謝罪の様子に、二人を交互に見たベイカーの目線には、以前のタイランでは無い様な表情が見てとれた。単純に「事実だから」とその事に拘りを見せなかったタイランの感じを、ベイカーは彼が変わったのだと理解した……。
「じゃあ、クローゼ君。納得したかな。見えてないみたいだけど、本題の方にいきたいね」
頃合いなユーインの促しが入る。彼の指し示す先には、黒の六循の装備が二つあった。一つは黒、一つは真紅の物である。
「中々素晴らしいよ。ジルクドヴルムの魔装術の高さが想像以上だった。癪だから手を加えようと思ったけど、こうなったら仕方ない。……でも、直ってるから大丈夫だ」
「カレンさんのは僕が持ってきたからね。ジワルドさんが、赤は目立つからって言ってたけど、やっぱり赤と思ったんだよね。だから……」
ユーインに続いて、アレックスがそう言って真紅の黒の六楯に近づいて軽く触れて呟きをした。それに反応して、真紅の黒の六楯は黒色に変化する。
残された色は、真紅の薔薇の模様だけだった。
「どう? 実用的だよね」
若干の驚きが場に出て、レイナードが怪訝な顔をする。そして、唐突にそれを声にした。
「王国軍だと浮くだろ」
コントラストの問題を指摘されて、動揺するアレックスに、カレンの笑顔が向けられる。
そして、クローゼの「凄いなそれ」が続いていった。
魔導師達は、得意げだったアレックスの落胆を微笑ましく見て、軽い会話を交わす。その後、カレンの「赤で大丈夫では」に「まあ、そうだな」のレイナードの声が合わさっていた。
「アレックス君だったかね。君も転移魔法を使えるのなら、十分、魔導師と言ってもいいのだね」
その流れでタイランは、決して大きくはないが確実にそう言った。それを聞いて、エルマが彼に同意する。
「宜しいと、思います」
エルマ声にアレックスは更に動揺をして、「いや、えっと、それは、あの……」となっていく。
その雰囲気とタイランの言葉に、ベイカーとユーインが驚きの声あげた。
「師伯の代では、初めてじゃなか」
「絶対出ないと思ってました。でも、彼なら十分資格があるよ。女の子みたな格好だけど」
「初めてでは?」と驚かれ、アレックスは益々「ううっ」となっている。その流れで、クローゼもアレックスに向けて言葉をかけた。
「今さらだよ。君は天才だからな」
「落ち着いたら、正式に陛下に具申しよう。……陛下といえば、ヴルム卿、改めて感謝する。陛下より、王命を賜ったよ。残り人生をかけて、自責の念を払拭する機会を頂けた。嬉しい限りだ」
タイランは、クローゼの言葉やベイカーに師伯と言われた事に触れる事なく、そう言葉まとめて改まった様にカレンを見た。そして、その機会に対する気持ちを彼女にむける。
「カレン殿。陛下は、ローランドを送り返すだけでなく、道を作れと命じられた。それで、貴殿にあらためてお聞きしたい。ローランドは私に嘘をつけない。その彼は、自身の言った事は事実だといった。その上で、カレン殿。彼の言っている事は正しいのかね」
カレンは向けられた言葉に困惑の表情を見せて、クローゼの方にさりげなく気をやった。それを受けて、クローゼはタイランに言葉を預ける。
「この場だけ……と言うのであれば、カレンも答えれるかと」
タイランは、クローゼの意味合いに頷きを返して、自身の声を彼女に届ける。
「無論だ。利己的な勘繰りをしてる訳でなく。王命を完遂する為に、何かしらの事が欲しいのだよ。陛下は、道を作れと言われたのだ。それが意味する事を理解した上で、君の意見を聞きたい」
暫く沈黙した後に、カレンが自身の記憶を語る。
「私の記憶が間違ってなければ、ローランド殿の言は……正しいです。彼が誰かの記憶は、うっすらとですが、話をすれば思い出すのでは……と」
「公爵家って言ったら、王族じゃないか」
カレンの声に、誰よりも早くクローゼが口を挟んだ。思いの外大きい声に注目が集まる。
「いきなり、大きな声をだすなよ」
ベイカーの指摘に、またも我を忘れそうになったのをクローゼも気が付いた様で、しおらしく謝罪の言葉を見せていた。それを挟んで、タイランが納得の顔をする。
「まだ手探りではあるが、彼と同郷と言うのであれば、その別の階層と言うのか、その世界とドラコニアードは繋がりが深いやも知れないな」
「異世界ですね」
また唐突でクローゼは、タイランの見解に口を出した。ただ、出した側から口を押さえて頭を下げていく。
「少し落ち着いたらどうだ? 」
見かねたジャンが、そう言ってクローゼを睨むような視線を投げる。クローゼは、それに気が付いて「うっ」と声をあげたかのような反応になっていた。
「イグラルードではそうなのだけれど。そこではそう言う訳でもない。どちらかと言えば、公国の縁だったのでは。と」
話が遠回りしたが、カレンがクローゼの言葉に一応を投げたあと、もう一度ローランドの言葉を「間違いでは無い」と肯定した。
それに、タイランは頷きを返して「残りの人生を費やさねばならない。……やりがいの有る事だ」と呟きを漏らし、カレンに以後の協力と感謝を述べていた……。
「とりあえず、話を進めてもいいですか?」
とのアレックスの声に、タイランが了承を向けてその場が元の流れに戻る。
「じゃあ、カレンさん。着方を教えるからね……えっと、エルマ女史。手伝い願えますか?」
アレックスは自分が男だからと、女性の着替えを手伝うのはあれなのでの感じで……カレンとエルマの二人に確認を向けていた。
「これと同じだろ」
「大体は。男女差は多少あるけどね」
レイナードの唐突の言葉に、軽い返事を返したアレックスが、それを後悔する光景が目に入る。「こんなん一人で着れるだろ」と声を出しながら、レイナードは黒の六楯を脱ぎ始めた。
呆気に取られる周りを他所に、レイナードは、手順よく軽やかに……上半身の肉体を露にする。
「下に、何も着てないのかよ」
「そうだな」
クローゼの問い掛けにも、レイナードは素っ気ななく言葉を飛ばし、足の部分の防具を外していた。
「いきなり、脱がないでよね」
「脱がないと、説明できんぞ」
レイナードの勢いは、アレックスの釘指しで止まる事なく……そのまま、ズボンに手が掛っていく。
「レイナード、待て。やな予感しかしない。とりあえず、待てって」
「なんだ? 待てばいいのか」
クローゼが、レイナードの手を掴んで……とりあえずは、ズボンが脱がれるのを防いだ。
その光景をタイランとジャンは、呆気に取られて見ており、ユーインは既に声を堪えきれずに、お腹を抱える勢いで笑っている。
その横で、エルマは意外と冷静に、ベイカーに話し掛けていた。また、カレンは顔を背けて視線をそらし、隣のロレッタは、真っ赤な顔を両手覆い。……指の間から彼を見ている。という事態になっていた。
そして、アレックスはパタパタと慌てて、レイナードに声をぶつける。
「教えるなら、クローゼのがあるよね」
「おう」の声の後に、レイナードは、それもそうだなの雰囲気で、仁王立ちになっていた。
彼の見るからに鍛え抜いた肉体は、芸術的な様相を見せている。ただ、その胸板にはカレンに削がれた傷があり、その他に傷と思われる傷が肩口と脇腹にも見て取れた。
状況が収まったのを感じて、視線を戻したカレンの瞳にレイナードの胸板の傷が入った。それを見て、カレンは思わず声を出す。
「それは、あの時の……」
「おっ、ああ、セレスタのが、途中だったからな。……格好いいだろ」
その答えに複雑な顔するカレン。そんな彼女表情をクローゼは見て、レイナードに近付きの肩口の傷を指差してこう言った。
「気になる? ……この肩やつは、馬に噛まれたんだよな、これは知ってる。で、この脇腹のは……なんだったけ?」
「ああ。……お前、記憶が無いんだっだな」
そう、レイナードに言われたクローゼは、振り返りロレッタを見る。そこには、駄目ですの顔で手振りをする彼女が見えた。
クローゼがその仕草に声を掛けようとした時、テーブルの上で大きな音がする。――チャカチャと何かが揺れる音が続いて、ジャンの声がした。
「手順はそっちでやってくれ。クローゼのは、後でまたレイナードが教えてやればいい。兎に角、これが先だ」
そこには、魔力充填と呼ばれる魔動器が、大量に差し込まれた箱が置かれていた。
「とりあえず、百本ある。この前の倍だ……必要だろうと、ヴァンリーフ卿が連絡を寄越した。だから、わざわざ来てやったのだ。有り難く思え」
「ありがとうございます」
――真面目に助かります。無かったらやばかった。……と些か真剣の面持ちのクローゼだった。
エルマとユーインは、それが何であるか何となく分かっていたが、その量が尋常でない事に驚きを隠せずにいた。そんな二人様子に、タイランとベイカーは怪訝な顔を見せていく。
「ユーイン。あれはなんだ?」
ベイカーの問いに、ユーインは取り敢えず答えだけは提示する。
「魔量充填と言って、まだ試作品の段階のものです。効果としては、流動を作っている魔力魔量を補給するといえばいいのかと……そんな感じです……因みに、彼は、ガンガン使ってますけど、僕らなら、限界まで魔量放出しても、五……いや四本も有れば、お釣きますね」
あの時流れで、提供されていた)魔量充填を体感したユーインの見解が、彼の言葉には現れていた。当然の話、彼の元でもそれなりの試作が作られていて、それを踏まえてである。
また、流動転写の術式での感覚的判断から、ベイカーも何となく自分達のそれは分かる。偽物の勇者カイムを自身と比べて、見解をだしたのもそれがあったからだ。
「魔導師の魔力魔量で、その量なら……彼のは一体、どれくらいなんだ」
彼の言葉は、見るからに二十本近く消費されているのを見て出た言葉だった。
そして、それは止まる気配なく、カレンが黒の六循の装備に着替えて来るまで続いていた。
そして、それが六十に届くかというところで……クローゼの動きが止まる。
「こんなもんです。……助かりました」
「恐ろしいな。ついこの間の倍近いぞ」
二人の会話を聞いていたベイカーが、それを試したいとジャンに申し出ていた。
「宜しいですか?」
その言葉にジャンは、魔量充填を数本ベイカーに手渡す。そして、注意をする様に声をだした。
「明確に分からない。感覚で限度探ってくれ」
ベイカーは、その言葉に頷きを返して、自身の体感を考えていた。
――あの日、ほぼ出し切った感じと、日数での自然回復が少ならずあった上で……あたりを付けて――
それは、ユーインの見解通りに四本目に手が届いたが、使うには至らない感覚だった。
そして、結論付ける。
「化け物か?」
そう、ベイカーが思いを向けたクローゼは、黒の六循の装備を身に付けるのに手間取っていた。
ただ、その呟きにも似た声をアレックスが拾った。
「彼は、魔王級ですね。流動が特殊ですけどね」
「魔力級? 君は分かるのか」
「何となく、分かりますね……見えちゃう感じですね。僕の場合」
ベイカーは掛けられた声に、体を向けてアレックスに「魔王級」と尋ねた。そして、その答に乗り過る思い。
――魔王級か……なるほど。だだの魔王か。
しかし、ベイカーの思い先のクローゼは以前として。……格闘中であった。




