弐~基点を見る視線~
――遡ったあの瞬間に時が止まった者達から、綴られる物語の視点を戻していく。それはヴァンダリアの今を綴る物語だった。
物語を綴る彼らは数年の歳月を経た現在、ゴルダルード帝国の一方的な「戦布告」を受ける状況にあった。それは、彼らの王国が具体的で早急な対応を迫られているという事になる。
王国自体は、直前まで王位めぐり争乱の様相を呈していた。
しかし、クローゼがその争乱を特異なる者の力で終息させおり、ゴルダルード帝国が争乱の間隙をぬって、この暴挙とも呼べる理不尽な行動に出たと見える状況には、王国が一丸となり対処出来うる体制を築けていた。
ただ、ゴルダルード帝国の一連の行動は、決して火事場泥棒的なものではない。
あの刻に、決して浅くない傷を負った帝国。その根幹を帝位を手中に収めたライムントが、ヴァンダリアがそうした様に、自らの力で建て直して事に至ったのである。
喜劇的な事への報復ではなく、彼と帝国の自尊心の回復と彼自身の欲望への回答としての『親征』だった。
魔王が復活し、魔解に属するものが当然と帝国内にもあった。それに対する回答をライムントは提示した上で、出しうる最大にして最精鋭を自らの拳として、望む物へ掴む様に突き出したのである。
それは明確な意志ある拳といえた。
その状況下で、一番あり得ない選択肢をした男が、特異なる者 クローゼ・ベルグであったのは、天なる・の意があると思わずにはいられない。
その彼は今、王都ロンドベルグの王宮にいた。そして、そこに与えられた一室で、彼は遅めの昼食を取っている。ただ、久し振りの食事を呑気に食べている訳ではなく、実務が整うまで刻が必要な為にだった。
当然、あの場で最終的に残った者達も、各々の立場で動いている。
アーヴェントは、今回の対応の『実』をオーウェン達に一任したこともあり、ローランドの話を聞く為、彼と供にあった。
ロレッタはクローゼの最後の言葉の対応で、ウォーベック商会の支店に出向いており、グランザはレイナードと幾つかの会話をして、ヴァンリーフとしで動いている。
その流れでクローゼは、彼の帝国軍への対応準備が整うまで待機する事になっていた。その間に、何人の面会を済ませる事も予定しており、その上での現状である。
「子爵も、以外と馬鹿じゃないって酷く無いか」
クローゼは、相変わらずの早さで出された食事を胃袋に流し込み、同室しているレイナードとカレンに話掛けていた。
当然、リルヴァールに転位する為のカレンと、何故か行く気のレイナードと言う事になる。
「馬鹿なのか?」
「違うけど!」
真顔のレイナードに周りの人を気にする事なく、クローゼは大きめな声で即答した。それで、周りの動きが止まり彼に視線が集まる。
その視線の内、普段の輝きな『緋色の瞳』が柔らかな様子を見せていた。
「クローゼ殿。念のために聞く、一万の兵を理解出来ているのか? その内、少なくとも二千から三千は騎兵だ。クローゼ殿の発言でなければ、私も馬鹿ではと思う」
「あっ、気になってたんだけど、クローゼでいいよ。俺もカレンて呼んでるし。あと、ローランドのあれはどうなの。本当の所は――」
「――ごまかしてんだろ」
困った顔のカレンに、クローゼは「誤魔化してないし」の仕草を向けて、レイナードに「なんて事を言う?」的な顔をしている。
「クローゼ。こっち来る前に見ただろ。あれが二千の騎兵だぞ……見たまま、あれだけいる」
「おう」と答えたクローゼの後に、明らかに目が泳いでいる彼を見たカレンが、若干、笑い声を出して笑顔を彼らに向けている。
釣られたクローゼの「えっ」の顔とレイナードの「おう」の声が続いて、彼女は笑いを押し止める様にして声を出した。
「……申し訳ない。クローゼ殿らしい。いや、貴方達らしい。二人となら、数は関係ないな……」
一応にモーゼスの話――彼の思惑の迎撃地点に砦が在る――を聞いていたクローゼの反応を見て、カレンは先ほど思っていた事を聞いたのだった。
――冒険者が、どれくらい集まるか分からないけれど、壁があって二個小隊。
それであの二人となら、『何とかなりそう』と感じた私も馬鹿と言う事か。ただ、不安が無いのは不思議な事だ。……出した言葉の後にカレンの僅かな思考があった。
「だいたい。レイナードだって、どういう状況か分かって行くのか。って事だろ」
「相手があれなら関係ない。殴る相手が居なくなったからな。流れでそうなる。それに、護衛隊も準備が出来次第行かせる。というか行くと言ったぞ。必ず日時には間に合わせるとな」
カレンの納得から、二人の会話に繋がった様子に、彼女は少し驚いた顔見せる。クローゼは、彼女の表情の意味を理解して「彼も普通に話すよ」と声をかけた。
そして、その流れで疑問を彼に向ける。
「あれなのは分かるけど。無理だろそんなの。馬がもたないし。それに、燃え尽きてたらしいじゃないか。ロレッタが言ってたぞ」
「伯父貴の人選だぞ。間違いなく最精鋭だ。お前、自分の立場分かってるか? お嬢の護衛よりお前の方が基準が厳しいんだ。それに自分達の馬には乗ってきて無いからな。分かるだろ。乗り継ぎだが魔装具無しで来た。本気なら届くぞ」
話す感じが真剣な彼は「近衛から馬を借りて、三段構えで届かせる。空馬と連れて来た俺らの馬は、黒千にまとめさせる」と続けていた。
――クローゼのこの護衛隊は、ヴァリアントとジルクドヴルムそれぞれ小隊規模でいた。単純に、五十名程いることになる。
元々の随員の護衛ではなく、新たに戦場目的で集められた者であった。それ自体は、戦場を駆けるヴァンダリアの当主に対して通常ではある。
なので、現状を考えるとフローラとフェネ=ローラの護衛とは、基準が厳しいと言うのでなく違うと言った所だろう――
彼らの会話を聞いていたカレンは、不思議そうな顔をして声を掛けた。
「レイナード殿が、こんなに話すのを見たのは初めてではないか。しかし、そう聞くとそんな気がするから不思議なものだな」
「あんたの、その不思議そうな顔も初めて見たな。必要なら俺も話すぞ。流石にこれは隊長だから言っとかないとな」
クローゼの護衛隊。その隊長だと言ったレイナードに、カレンは彼が剣を捧げた相手が違うのでは、と疑問を持った。しかし、彼が自分と同じ『共鳴の魔装具』を持つのに気付き『転位出来る』の認識をして疑問は出さなかった……。
その場の感じが、如何にも『分かったよろしく頼む』的な顔のクローゼにおさめられた。
そして、目の前に食べる物が無くなっていた彼は、「ご馳走さまでした」と食事も終わらせていく。
当然に、食事の片付けが始まり、クローゼは座っていた椅子から立ち上がる。
ただ、手持ち無沙汰感を出して、クローゼは身体を動かし始める。レイナードもそれに習ってか、身体を動かし始めた。
そんな二人を見たカレンが何かを口に出そうとした時、扉が音を出し「失礼致します」と声がして、クローゼの許可で入ってきたロレッタの部下の男が、用件を述べていた。
「クローゼ様。クルン子爵より、使者の方がお見えです。至急 院の方にお越し下さいとの事です」
その男の後からは、認定魔術師の紋章が付いた服を着た男女が続いていた。若干、緊張気味の彼らを視界に入れたクローゼもそのまま口を開く。
「直ぐに、伺いますと子爵にお伝えください」
即答された二人は、怪訝な顔クローゼに向けるが、一礼してその場を去った。そしてクローゼは、近くに立ったままの男に声を出した。
「ロレッタが戻って無いけど、まあ、行くかな。商会の幌馬車はまわせるか……」
とクローゼは、続く会釈での返答を見て、レイナードとカレンにも「来るよな」と声を掛けていた……
幌馬車の準備が整い、彼らが部屋を出て歩き出した頃にロレッタが戻って来る。そのまま追従しながら、彼女はクローゼに報告をしていく。
「リルヴァールへの便が都合よく夕方到着だったので『言われた』通りに冒険者の手配を頼んでおきました」
「何か引っ掛かるな、言い方が。怒ってるのか?」
「いいえ。えっと、怒ってません。ただ、コーデリア様との面会の件、お忘れなんだな、と思って」
立ち止まって「嗚呼」となったクローゼを見て、彼女は何処か納得の表情で「大丈夫です。人をやりましたから」と告げていた。
――アリッサが、凄いのがよく分かる。この方は流れる様に動くから、捕まえるのが大変なんだ。それに、冒険者の手配の件も、本当に、この方らしい。
「おっ、おう。忘れては、無いよ。エルマ女史から早急と言われたからな。仕方ない」
「まあ、あれだな」
「なら、そのまま迎えの馬車で行けば良かったのでは?」
カレンに痛い所をつかれて、クローゼはロレッタに助けを求めるような顔見せ「歩きながら聞く」とそのまま足を動かし始める。
結局の所、彼はジルクドヴルム製の幌馬車で、フェネ=ローラに連絡を取ろうしたらしい。ただ、ヴァンリーフの屋敷の物でないと無理だと言われて、若干の失意を見せる事になった。
事の流れで、ロレッタの報告と彼女に入った情報をまとめて幌馬車の中で受ける事にして、クローゼは移動の時間を過ごし王立魔法院に至る。
随員としてあの場にいた彼女は、アーヴェントの側近達からクローゼの補佐官と認識されていたらしく、道すがら唐突に色々な案件を託されていた。
その報告の中でも、グランザからの情報にはクローゼも反応した。
フェネ=ローラとフローラが伴った、ヴァンダリア騎兵二千がリルヴァールに直接向かう事になったからで、それに対して彼は疑念を持った。
「フローラと姉上の警護は大丈夫なのか?」
「ブラッドとヴルム中隊。ヴァリアントからの護衛隊に併せて、随員の警護の者もいるので、当主様が問題ないと仰ったそうです」
ロレッタはそう返して「レニエ様もお見えですし、クローゼ様の名前で街道周辺に冒険者も手配して置いたので、大丈夫だと思います」と言葉を続けて、最後にこう結んだ。
「それに、レイナードさんもいますから」
ロレッタの言葉に、レイナードがいつもの感じ出していたので、クローゼは要らない心配だったなと言った顔をした。
その流れで、レイナードはカレンの方を向いて、話に出たブラッドの事に触れる。
「ああ、ブラッドが『もう一度』だと」
「喜んで」
短い言葉に僅かな答え――心を折るほどの差を見せられて、折れる処か再び挑む――。そこに出た彼の名前に、伝えた側は納得の受けた側は期待のと、そんな一幕が起こる。
ただ、クローゼは、そんなやり取りを気にする事なく、建物の入り口で出迎えた先程の二人の魔術師に、何やら言い訳じみた言葉を出して案内を受けていた。
「逆に困るだろ」
対応に困るその二人を見かねて、レイナードが声をだす。それで、若干の安堵がその三人に流れる。結局、クローゼもその雰囲気はもて余していた。
「我らは流せるが、他は、まだそうではないと思うぞ、クローゼ殿」
「あっ、えっと。話を流せるのは、お二人位ではないかな。と。あっ、後、アレックスさんもかな」
グランザですらそうであるが、あの場を見た者は流石にクローゼを普通だとは思えない。そして、あの光景をエルマの弟子あるこの二人も見ていた。
――単純に普通では無いクローゼが、自分達に気を使っているのである。だから、困惑しても流せる訳もなかったのだ。
その雰囲気をレイナードが変えて、ロレッタが話をそらしていた。
ただ、ロレッタが認識したように、簡単に「流す」と口にしたカレンと『人智を越えた試合』を見せたレイナードの二人。そう、ロレッタの目に映る彼らも普通ではない。
その人智を越えた試合の時、ロレッタは傭兵としても冒険者としても、暁の冒険者商会では屈指のラオンザに「どうなっているのか」と聞いた。
その時の彼の答えは「あいつと、まともにやれる奴がいるとはな。二人とも、人じゃねぇな」と彼自身の驚きを伴っていた。
それが、そのままロレッタの認識になっていたのだが、その上で、あの刻のクローゼを見て越えている気が彼女はしていた……
……しかし、この時のクローゼは丸腰のそれなりに強い人だった。魔力魔量自体が全快なはずも無く、起動もしていなので待機状態でもない。それに、黒の六循の装備を付けている訳でもない。
素のクローゼ・ベルグ・ヴァンダリアになる。その状態で、玉座に向かいあの言動である。そう彼の得意のノープランであった。
大体の所、地形も分からない上に、――対面千人なら止められると考えて――万の敵を一人で止めると言ってしまうのも既にあれだが、まともな話になるのもおかしいと言える。
だが、彼の王であるアーヴェントは、取って置きのカレンを当たり前の様に預けて、オーウェンは彼の軽口を当たり前の様に受け取った。
モーゼスは、目の前で見た黒の六循の彼がヴァンダリアであると前提で進言し、それをグランザは当たり前の様に容認していた。
しかし、それは決して彼が魔王と対峙したとか、獄の眷属を退けたとか、力だけの話でそう思ったのでは無い。
――彼が、クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアであって、その彼自身をだからという事に他ならい。
記憶を失くしてからの彼を周囲の人々は一様に、『彼が変わった』と認識している。しかし、最終的に『彼は彼なのだ』と結論に至る。
恐らく、その『彼は彼なのだ』を認めているという事だ。
クローゼは、彼の守護者達に影響を受けて言動が時折変わる。それでも素直に「ごめんなさい」と言えるのが、本質的な彼の良さだと皆が理解していた。
自由奔放にして、他者にその自由を、信頼と権限を丸投げ出来る才能が彼の強さではないかとこの視点は思う。
――物語の基点になれる者――
「展開があれで、設定が雑……」彼の言葉を紡いだものだが、その展開を起こしているのが自分自身だとはまだ理解していないと思われる。
彼の場合、毎回の事であるがほとんどが丸投げで、なるようになっている。クローゼ自身はやりたい事をやっているだけだった。
――ただ、これからの物語はどうなるだろうか? その点は楽しみである。
少し話がそれた様だが、彼らの目線に視点を戻すとする。
流石に、王国の魔術の中心であるだけあって、彼らもそれなりの広さを歩き、エルマ・クルン子爵が指定した部屋だと言われた場所の扉が視界に入る。
……ただ、歩きながらクローゼはこの時、当たり前の様にサンプルとして提供していた白の魔量充填を貰う事を考えていた。
――確か、三本位渡したと思うけど。あるよな。とりあえずそれがあれば……行って来いすれば、なんとかなる。……と些かの思考である。
それで応急して、ヴァリアントの魔導技師ジャン=コラードウェルズ・グラン子爵……クローゼが「導師」と呼んでいる彼の元に行けば、魔量の回復手段はいくらでもあると考えていた。結局、中々の展開である。
しかし、逆に言えば『一貫してそう言う思考』なので周りも、その前提で動く様になっていた。そして、その結果が扉の部屋の向こう側に現れている事になる。
彼らはその部屋の前まで導かれ、扉の前で一定の手順が取られるのを待って、案内役の二人によって通されて結構な広さの部屋に入る。
そして先頭で立ち入った、クローゼの瞳に映ったアレックスの声がした。
「あっ、ロレッタお疲れ。カレンさんもお疲れ」
彼の相変わらずの声に、クローゼは驚きよりも怪訝な顔をした。
突然に当然で、アレックスとお約束の展開を……の前に「はぁ?」の驚きが自身から漏れるのがクローゼには聞こえた。
「導師、なっ、なんで?」
クローゼの声の先には、魔導技師の彼を含めた魔導師が五人いた。それが、お約束の展開を驚きに変えた光景であった。
――久しぶりに、思考停止するなこれ。……と言う雰囲気になる。
そんな彼を、彼の導師は『手間をかけさせるな』ので顔で、笑顔を向けるという特殊な事をしていた。
――導師。その感じ嫌いじゃないです。
……これは、漏れずに言えたとクローゼは思っていた。




