七~魔導師の弟子~
クローゼである『彼』の記憶で言えば、この世界は剣と魔法の世界となる。もっと言えば『彼の世界』で、ありふれた創作物の中の世界。
――中世欧州擬き――と、同じであった。
彼の感覚で言えば『本にも満たない走り書きの世界観』のそれである。
未だ、クローゼである彼は、この世界が綴られ点で繋がれた、『本の中の様な』世界であるとの認識はなかった。
本……書籍または書物。クローゼである彼の記憶の点に、この世界でも、少なからず影響を与えたものである。
俺は、いつもの道をアリッサを伴い、何冊かの本を小脇に挟み歩いていた。前方には、東側の城壁があり、その向こう側に龍の背と呼ばれる山脈が見える。
向かっている先は、ヴァンダリア侯爵家御抱えの魔導師、ジャン=コラードウェルズ・グラン客子爵の屋敷になる。
王国史上最高の魔術師と言われた、マリオン・アーウィン大魔導師。その六人の直弟子の一人で、現在十二人しかいない王国認定の魔導師だった。
兎に角、凄い人物なのだけど、世間の評価は結構あれな感じ。
屋敷周辺の話や噂をまとめると「頑固で偏屈で人嫌いで少し変わっている」そんな、扱い難い人という感じになっている。
――個人的には、偏見だと思うのけれど。まあ確かに、会話をして貰えるまで、結構かかった気もする。
彼の飾り気のない屋敷を目指し、さして高くない塀沿いを進むと、入り口が見えてきた。入り口の両側の柱には、人型の彫刻が施されている。
中央区画にある、その場所自体は、間違え様がない。だけど、そこが彼の屋敷だと知らないと、多分たどり着けない。
――貴族の屋敷とは思えないほど、無防備さもあれで、何の変哲もない所だし。
「衛兵ぐらいたてれはいいと思うのですが」
「人嫌いだからな」
――アリッサにはそう答えたが、それだけでなく、実際には必要ないと思う。
そんな事を考えて、入り口の前まで行き、その彫刻に「クローゼとアリッサ」と呟く。嵌め込まれた緑色の竜水晶が、光ったのを確認して、二人でその間を抜けていった。
「なかなか、馴れません」
アリッサが中の様子にそう言って、後ろを指しながら続けてくる。
「あれ、どうなってるんでしょうね」
「どうなってるんだろうな」
「ですよね」というアリッサに、何と無く彼女と顔を見合わせる。
――アリッサにも、分からない感じの事があるんだな。
と、そんな事とは別に兎に角中に入る。そこには、外からは想像出来ない光景が見えてくる。
――これを見ると色んな意味で、そう言われるのも分かる気がする。
幻術魔動術式を組み込んだ、魔方陣の刻みで、何重にも偽装されているこの場所。高価な竜水晶が、その辺りにも落ちており、庭の隅には様々な竜鉱石が幾つも山積みにされていた。
また、魔動器の残骸と思われる物や武器や防具といった物、何か分からない魔動機の類いも、放置されている。
特筆すべきは、働魔と呼んでいる人型で人形の様な、使い魔? がかなりの数、何かしらの作業をしている事だ。
建屋の方は屋敷と言うより、鍛冶屋か金物職人の工房の様で、大きく間口開いた建物が幾つかある。
――外から見ると普通の屋敷なんだけど。
その一つの間口に向かって、俺は「師匠」と呼び掛ける。暫くして中から人の気配がして、声が聞こえてきた。
「弟子でもないのに師匠って呼ぶな。呼んで良いのは僕だけって言ったよね」
見た目は、可愛い格好の女の子が、アリッサに手を振りながら歩いてきた。
――まあ、あれなんだけどな。
「アリッサお疲れ」
「お疲れ様、今日もよろしくね」
俺に向けた表情ではない感じに、見た目は女の子の彼が、アリッサそう言っていた。それに、嬉しそうな感じで、アリッサも小さく手を振り返している。
「師匠って呼んだら、反応してくれるだろ」
「だ・か・ら。クローゼが師匠って呼んでも、師匠は反応しないって昨日もいったよね」
俺の言葉に、本人は怒っている雰囲気を出しているが、顔が少し楽しそうだ。
――それは、たぶん聞いてる。いつもの流れだ、期待している。
「僕の名前はアレックス。弟子になれるのは女の子と、犬と、カエル……」
「君は男なんだろ」
「楽しんでるよね」
「フローラ様と男爵の下りもやっとくか?」
お約束の会話の流れだ。彼とは、大体こんなに感じになる。以前の俺と直接面識のない彼は、今の俺とこう会話出来る、初めての人物かもしれない。以外と彼との会話は楽しい。
「もういいよ、時間が勿体ないから。アリッサいこうか」
そう、アリッサを促すアレックスに「出来てるか? 」と問い掛ける。「出来てるよ、師匠は奥の工房にいるから」と、彼は別の建物に歩き出していた。
アリッサは、アレックスに治癒魔法を習っている。そうしたいと言った時に、なんとなく理由が分かったので許可はした。
まあ、死ななかったから、良いと思えるは自分だけで、周りはあれなんだろうな。もし仮にそんな時がきたら、その時はアリッサを頼りにしょう。
俺に一礼して、アリッサはアレックスの後に続くと楽しそうに話ながら歩いていく。二人の後ろ姿を見ると、女の子のお茶会でも始まりそうだな、と。
――片方は男だけど。
二人を見ていて、少し思い出した。それで、持ってきた本を一冊手に取る。
アレックスは、見た目から服装まで、素で女の子をしている。正直、云われなければ分からない。
勿論、彼は男だ。本人もそう言ってる。
――何故そんな事になっているのかは、当然理由がある。
開いた本で、その話を書き留めた頁を見つけた。基本的に、以前の俺は綺麗な文字を書く、だから、今の俺も綺麗に書くこと出来る。ただ、その時の文字は少し踊っていた。
マーリア女史のお墨付きもあるし、ああ見えても彼は優秀だ。当然、知識欲もあり向上心もあった。それで、近くに王国屈の指魔導師が居るのだから、選択肢としては自然だと思う。
「一番弟子って魅力的だったんだよね 」
最近教えてくれたその言葉も、彼を気に入った理由の一つだと思う。
王国内では、弟子をとらない事で有名な導師のもとに、マーリア女史の少しの思わくと彼の熱意があって行く事になった。
そこで、この屋敷の念入りに、と言うより過剰な偽装や防護が、弟子志願者の対策だという事に初めて気付いた、とアレックスが言っていた。
勿論、優秀な彼は何度目かで導師に会う事が出来きた。まさか、ここまで来ると思っていなかった導師は、それでも弟子をとりたくない為に「弟子は女しかとらない」と男の彼に言ったそうだ。
そんな理不尽な言葉を、彼は最終試験だと思ったそうだ。そして、彼は今の様な格好して「女になりました」と導師の所に行ったと言う事になる。
「女の子の格好」で現れた彼を見て、幻術魔法の類いを使ったと思った導師は、当然見破ろうとした。
――普通はそう思う。
当然、魔法や魔術ではないなので、看破出来なかった。それで導師は、マーリア女史の推薦もあって彼を弟子にする事になる。
理由を打ち明けた彼を怒るでもなく「その格好のまま」と条件を付けたと言う訳だ。
――多分、嫌がらせだと思う。
「魔法を使ったら絶対無理だと思った。だから素で勝負しょうと。幼少の頃から、男女とからかわれてたこの容姿。鏡を見たときは、拳を握ったね」
そんな感じで語ったアレックスは、俺は凄いと思った。微妙に勘違いの流れもあるけれど、魔導師の弟子になる試験として、魔法を選択しないのは中々出来ない。
特に、彼にはそれでも認めて貰えるだろう、力があった筈だから。
それからが、微妙に大変だったと。弟子をとらない導師が弟子とったという話は、王国中に広まりヴァンダリア領内には、志願者がかなりの数訪れる事になった。
まあ、殆どは会うことすら出来なかった。でも、名の知れた魔術師もいたので、流石に何人かは導師に面会する事が出来た。
取り敢えず、アレックスで懲りたのか、出した条件が酷すぎて、彼が唯一の弟子ということに収まっている。
そんな経緯と今の現状もあって、導師の弟子というのに、彼は拘りが強い。
初めの頃、中身が中途半端な、ヴァンダリアと言うだけで、出入り自由な弟子を自称し出した俺を、殺意を持った目で見ていた程だ。
まあ、アリッサの「マーリア女史の教え子という点では、兄弟弟子では?」と言う言葉に「なるほど」と態度を軟化させたのは、少し驚いたけれど。
――その辺りに、彼の思う所があるのかもしれない。
少し思い返して、開いた本を閉じてまとめて抱え直す。そうして、向いの建物の窓の向こう側で、楽しげに、時折笑顔を見せ合う二人を見て、思わず言葉が出てきた。
「二人とも、可愛くなったよな」
――絶対、本人達には言えないけど。
と少し思ってから、目的の場所と相手に歩き出した。ジャン=コラードウェルズ・グラン魔導技師。ヴァンダリア領内では、魔導師な彼の事を「魔導技師」と呼ぶ。
俺個人は、師匠と呼んでも相手にされないなので、導師と呼んでいる。本当に、師匠と呼んでも、多分一度も返事をして貰っていない。
――色々あれだ、多分。と言う感じだ。




