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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
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十七~玉座……お約束の展開に~

 ……王宮の玉座の間に向かう廊下を、クローゼは宮事の者に先導を受けて歩いていた。


 彼の後ろには従者代わりのロレッタに、護衛の体のレイナードとあの部屋に後からきたローランドも続いていた。

 時折すれ違う人が、その身分に関係無く道を開けたいたのは、レイナードの服装によるものだろう。


 クローゼ、本人の自覚があるかは別にして。


 そんな彼は、ロレッタの報告を受けたアーヴェントに遣わされた、治癒術師から回復の息吹(リカバリー)を受けて、食事も取らずに謁見に向かっていた。


 昏睡ともとれるスリープ状態の期間、対処に当たっていた治癒術士達に、着替えを「させられて」である。


 クローゼの「俺は病気か?」な感じに、事務的に「そういう事にして下さい。私達はメイドでは無いので、その仕事を取ることになりますから」と返されて、「そうか」と納得を見せる場面を挟み。


「……私は、見てませんから」


 という呟かれたロレッタの言葉が出ていた。

 その間で、クローゼは南西の方角を見て、遮る壁に別の情景を浮かべ ――ああ、見られるのか――と余計な思考も加えて、であった。


 そんな中で、向かう先々に適所で配置された衛兵や、時折すれ違う官史や貴族を気にする事なく、クローゼの口は開かれている。


「……アーヴェント国王陛下で、オーウェン王太子殿下って。早すぎないか? それに王太弟殿下だと思うけど」


「初めに、分かりにくかったのは申し訳ありません。陛下とお伝えすると、混乱されるかと思ったので。あと、殿下の件は陛下の意向で……」


 ――王太子殿下の名称は陛下の意向で、オーウェンの立場の話になる。アーヴェントはグランザからの連絡で、直接カレンと共にロンドベルグに飛んで来ていた。

 そのまま、情勢を考慮して略式により、形式を整えて、戴冠式は後日となり現状に収まる。という事の一つにだった――


 会話を当然に、クローゼらは続いて歩いていた。そこで、レイナードが雰囲気気が付く。


「クローゼ。俺、避けられてるな」

「あっ、レイナード……さんの……事ではなくて、えっと。その服ですね。たぶん」


 グランザの屋敷に着いた頃から、レイナードはそんな感じを受けていた。

 明らかに、道が開いて行く現状がある。そして、それは今もだった。その疑問を、ロレッタの表情と言葉で「服か」と理解する。


「暴れたからな」

「……なるほど」


 クローゼの補足の呟きが、レイナードの呟きを誘い短い会話が成立する。納得した両者は、普段通りの感じに戻った。


 クローゼも『避けられている』のに気付いていなかったが、ロレッタの言葉で気が付いた様だった。


 納得の表情のレイナード。その横で彼に意識を向けたままのロレッタに、彼が気付き歩く速度を合わせる。

 そのまま、彼はロレッタに大丈夫か? という表情を見せて「速いな」と呟きを出した。


 案内役の男が震える感じを出して、「俺が速いんじゃないぞ」のクローゼの言葉に彼の前から、微かな呻きが漏れていた。

 それを見てロレッタがその場を収める。


「もう、その先ですから。……大丈夫です」


 ロレッタの言葉の後に、彼ら二人の「そうか」の声が揃い、目的の場所が近付いていた……



 ……王宮で色々な意味を持ち、その中心にある玉座が据えられた場所に、開かれた扉から赤色の道に似た絨毯(じゅうたん)がのびていた。

 クローゼの立ち位置の正面に、彼の王であるアーヴェントの姿が見える。

 彼の心内を覗けば、その先にある光景は、至極当然に思えていた。


 そこに向かい、歩みを進める道筋の両側には、クローゼには分からないが、国政に携わる者と、当事者たる者達が各々の立場で並んでいる。

 無論、あの場にいた人々の姿もあった。


 扉を抜けて赤色の場に足をかけ、数歩進んだ所で、随行者達は、居並ぶ列の末端の後ろ側に消える。


 通常の儀礼所作を消化してではあるが、随行者の体裁のローランドが、何かを呟き若干の動揺を見せたのをクローゼは気付かなかった。


 当然、目の前に意識いっていたのもあるが、成り行きと、国宝級の剣である……デュールヴァルドの処遇の了承を得る為だけに連れてきた。という認識のクローゼには仕方ない事だった様に思える。


 そのクローゼの歩み先には、国王の傍ららにオーウェンが存在感を見せて立ち、玉座の後ろには、王を守護する様に真紅乃剱(グリムゾンソード)があった。

 そして彼は、王の眼前の終着で、いつもの様に全力で片膝で跪き顎を引いた。


「国王陛下に拝謁いたします。クローゼ・ベルグ、参上致しました」


「ヴルム卿。楽にされよ」


 横からの声に、クローゼは立ち上がりアーヴェントに顔をむける。そこには、彼の思った通りの『王』の顔があった。


「クローゼ。先ずは大儀であった」

「恐悦至極にございます」


「さあ、卿の言通り、余は王になった。これから、卿も言った正道を行く。今後も卿には忠節を期待する。……良いな」


「国王陛下。御期待に添える様、尽力致します」


 形式的な流れの会話の終わりに、向かいあった二人の間の空気が変わる。

 それは、アーヴェントの方からもたらされた。

 彼の顔が、ジルクドヴルムに突然やって来た時の様な、表情を見せたからである。


「まあ、堅苦しいのは良い。流石に、お前だなと言う事だな。勇者を騙る者を『ぶちのめす』と言っていたあの状態のお前が、まさか、獄の眷属を称する魔物と争って倒すとは……。この場の者が一様にして頷き……あの場も、見たが未だに信じ難い」


「私も、なんとか眷属は、流石に想定外でした。……いや、参りました」


「ヴルム卿。陛下の御前ですぞ」


 アーヴェントに合わせる様に、どこか空気の抜けたクローゼの言動に、国事の何れかの相の者、中でも、年長者と思われる男から横やりが入る。


 それに合わせてクローゼは、アーヴェントを見直して一礼した。アーヴェントは……声の主に軽く手で意識表示をして声を掛ける。


「良い。だが、今の宮中伯の言は是として、余も王たるとする。宮中伯には、以後も期待するがこの場は許せ。ヴルム卿も今は許す。程々だがな」


 アーヴェントの言葉に、双方の恭順が示されて改めて、王たるの言葉がクローゼに向けられた。

 

忌憚(きたん)のない意見を聞かせて貰おう。ヴルム卿」


 そこから続く話の流れは、国王暗殺の一件に関わる一連の処罰処遇に付いてであった。

 オーウェンの思惑は、クローゼには分からないであろうが、彼が何かに期待してクローゼを立たせたのだろう。


 そこで官史に読み上げられたのは、ラズベスとタイランにベイカー等のエドウィン派の処遇に付いてであった。


 実行者のカイムは、既にこの世に無く。それどころか、人ですらなかった始末である。

 エドウィンについても、本来なら主たる者として「責を問う」ではあるが、此方も既に、この世の住人ではなかった。


 その為、消去法でラズベスに責任を問う声が集まった。

 彼は、辛うじてあの場を逃げ出す事が出来たが、結局、近衛に捕まりオーウェンの元に送られる事になる。ここで、ラズベスが逃げる事が出来ていれば、状況は変わったかもしれない。


 そう、ロンドベルグから僅かな距離にいた、彼の私兵の存在が有ったからだ。だだ、彼らは、ヴァンダリアとは違い、元々傭兵団が幾つ集まった完全に私的な兵であった。


 その彼らに対して、オーウェンはロンドベルグの城門を固く閉ざす。そして、アーヴェントの到着を待ち、自ら近衛騎士団とロンドベルグの守備隊を率いて出向いていった。


 そして、状況が把握出来ていなかった彼らにむけてこう告げる。


「ノースフィール候に国王暗殺の嫌疑がかけられた。いや、既に断定された。その上で、卿らに問う。卿らも同罪と見なして良いか? 抵抗するなら罪を問う。死刑以外の選択肢はないがな。無駄な抵抗は止めて武器を捨てよ。さすれば罪は問わぬ」


 この時のオーウェンの心境で言えば、初めから一戦も交えるつもりもなかった……というのが正しい。


 数百の近衛の騎兵と、数だけは揃えた歩兵八千の守備兵と衛兵で、どうにかなるとは考えていなかった。無論無策ではなかったが。


 そして、自らの名を出して約定とし、彼らを下らせた。抵抗する者いたが、それはそれでオーウェンの力量を示す糧となっただけだった。


 また、彼らの現状はオーウェンの預りで、そのまま無駄時間を過ごしている。と言う事なる。


 彼らが、助けにくるという淡い期待をしていたラズベスが、オーウェンの行動で、心を砕かれたのは言うまでもない。


 なし崩しな首謀にされた、ラズベスに下された処遇は、本人は極刑、家名は断絶。一族は連座で一切の権利を剥奪の上、国外追放だった。

 ベイカーを含めた、家名に連なる臣の主だった者は、身分に関する権利を剥奪されて、主要都市への入場を制限される事になる。


 タイランに関しては、オーウェン救済と国王暗殺時の対応を相殺する形で、王国魔術師総監の解任とそれに伴い爵位剥奪に収まった。

 勿論、獄の眷属神を呼び出してしまった事については、自責以外の刑罰は今の所予定されていない。


 エドウィンの直臣を含む私兵については、オーウェンの言動通りの処遇となる。

 その為、結果的に黒の六循(クローゼ)とやり合った彼らは、処罰不問の処遇保留となっていた。


 そして、最後にエドウィンの妻子。妃と令嬢二人については、王権に関する権利を無くし、王族の何れかの公爵家の預かりとなる。とされ、それらの事が素案としてこの場で公表された。

 

「ヴァンダリアの外にいる。ヴァンダリア卿の意見を聞きたい」


 それは、オーウェンが、アーヴェントに発言の許可を求めてクローゼに、語った言葉であった。


 世間的には彼の見解は正しいが、クローゼにしてみれば、ヴァンダリア男爵家などと言うものは存在しない。

 ……勿論彼自身がそう思っているだけで、周りは既にそうであった。それは、彼個人が持つヴルムの称号を付けて、ヴァンダリア・ヴルム男爵家と認識されている。


 そんな話を聞いて場の視線を感じながら、クローゼは考えるだけはしていた。


 ――意見をと言われても……あの言い方は姉上に対する配慮って感じか。でも、因縁深い二人。一人と一つか? それもういないしな……それにそんなん聞かれても分からんし。


「どうだ? クローゼ」


 考え込んでいる様に見えたのか、アーヴェントが催促をクローゼにみせる。それに『あぁ』という顔をしたまま、彼は声を返した。


「とりあえず、あの場所で暴れたのが私だと、ばれているという認識で宜しいんでしょうか?」


 怪訝な顔のアーヴェントが、肯定の仕草を示したのに合わせて、クローゼは、少し落胆を見せる。

 その状態で弱々しく言葉を続けた。


「あの、今の処罰の話を聞いて思ったんですが。もしかして、あの場所、弁償しないといけませんか。結構派手に壊したので、心配になったんですけれど……」


『は』を基調とした、アーヴェントの抜ける様な笑いの後。それなりのざわめきが訪れて、王の顔は隣に向けられた。


「オーウェン、どうだ? ……此が噂のヴァンダリアだ、なかなかだろう。……弁償か。そうだなクローゼ。そうして貰わねばならんな」


「あっ、いや。そうですよね、そうなりますよね。困ったな、またニコラスに怒られる……何も考えてなかった」


「ヴルム卿。卿は今回の件で『救国の英雄』となった。目の前で見た私はそう思う。少なくとも、この場の者は共感してくれるだろう。褒美は思いのままに、地位も名誉も意のままだと……」


 オーウェンの言葉が、クローゼを目掛けてその場に流れる。隣に座る王たる彼は、オーウェンの言葉に上機嫌な様子を表していた。


 それに釣られる様に、全体の雰囲気がゆるんだのがクローゼにもわかる。そして今度は、緩めた本人が締める感じで、凛として視線の先二人を見る。


 その表情を受けて、アーヴェントが彼の発言を促した。


「国王陛下。処罰処遇については、国法に沿って出されたもので陛下の意。私、個人に唱える異はございません。だだ、当事者として、機会を与えて頂いたと解釈(いた)しますれば、処断すべきものはいないと考えます」


 クローゼは、言葉を区切って確認の表情する。アーヴェントは仕草だけで、『続けろ』と言葉を返していく。それを受けて「感謝します」の後、言葉が続いていた。


「殿下の御言葉の『英雄』が私なら、あの場の魔導師の方々もそれに値する。それに、あの物を切り捨てた剣を私に握らせた、ローランド殿も英雄。その剣の先を示したベイカー殿もまた然り。そして、王国にあの剣をもたらした、ベデス卿の貢献も疑いようはございません……」


 クローゼの言葉に頷くアーヴェントを確認するかのように、間をおいてクローゼは更に続ける。


「然るに、そのようなお二人のあるべき地位と場所を奪うのは、陛下に……強いては王国にとっても多大な損失と考えます。その旨御考慮の上、御再考の余地はあるかと、恐れながら進言致します。と、この辺りで宜しいでしょうか? 」


「最後のは余計だ。卿の言はそれで良い。強ち、何も考えていない訳では無いのだな。お前も」


「恐縮致します」


 アーヴェントは、クローゼに答えながら、居ならぶ列に視線をやり、軽くグランザを表情を見た。そして、彼の『そのようです』の表情を確認する。それかららオーウェンを見やり、その場に大きく意を示した。


「良し。この件は、ヴルム卿の言を踏まえて、先の案は再考する……。クローゼ、その剣は後で見聞するが、まずは卿だな。思いのままに遇するぞ。申してみよ。褒美とらす」


「急な事なので……何も思い付きませんが。というのか、これが望んだ形なので、褒美と言われてもしっくりきません。逆に感謝したいくらいです」


「そうか『急な事』か。なら時間をやろう。ゆっくり考えると良い。何なら、ノースフィール候の領地領域すべてくれてやらんでもないぞ」


「あっ。それは無理です。今でも人任せなのに、出来るわけありません」


 その二人の会話の終わりに、居並ぶ列から少なくない声が漏れた。その意味をクローゼは理解していたかは分からないのだが……。



 その件は、結局後日となり、問題のデュールヴァルドのそれに話題が移る。

 正式な儀礼所作を経てクローゼの後ろに、レイナードとローランドが並ぶ。


 本来ならローランドも立場が微妙だが、先ほど話で彼も英雄なのだとの声に、異を唱える者はいなかった。だが、何故か彼は僅かに震えていた……

 それに気付いている者が、いるかいないかは別にして、王たるアーヴェントを待たせる訳にはいかず、この剣の簡単な事情をクローゼが説明を始める。


 ――神をも切り裂く極剣。選ばれし者が奮う刃。そして、龍極剣エスターを振るった者として、それを凌ぐだろう力の話を……最もらしく。聞いた『智識』を言葉にして並べていった――


 ――まあ、極神ブラーヴラムの使ってた龍装神具と言っても、何で分かるんたと言われると面倒くさいからな。とりあえず、そんな感じて……


「あの時は、デュールヴァルドに助けられました。私は、今は選ばれし者ではなくなりました、残念ながら。いずれまた、これを奮うつもりですが」


 そんな言葉の後に、レイナードによって解き放たれた、デュールヴァルドの美しい剣身がその場の空気を変える。

 クローゼが語った言葉が本当かどうかは、アーヴェント自身、その光景を見て疑いを持たなかった。


 ――魔王と渡り合い、眷属神を称する物を退けた英雄(クローゼ)から、王国最強の剣士(レイナード)に渡され、目の前にある剣が神々の領域だとしても頷ける。……少ない興奮の思考にとれる。


神を切り裂く剣(ゴッドスレイヤー)デュールヴァルドか素晴らしい」


 アーヴェントの言葉の後の、彼の動きにレイナードは軽く剣先を流す動きして、剣身を鞘に収めて鞘ごと腰から外す。

 レイナードが見たのは、アーヴェントの挙げられた手がカレンを誘う仕草だった。


 ――どんだけ、負けず嫌いなんだ陛下は。……そういう所、好きだけどな。


 クローゼの思考がその光景を捉えて、カレンが困った顔でその場に歩み出てきた。

 レイナードは当然の様にそれを差し出し、クローゼは声をかける。


「カレン、お疲れ。お約束の展開だ……」


「クローゼ殿。また、派手になされたようだな。あまり、彼女達に心配かけては、駄目だと思うぞ」


 カレンは、クローゼの言葉を軽く流して、レイナードに向かっていた。差し出された剣の握り(グリップ)に手を掛けて、カレンは軽く振り向いて玉座を確認し向き直る。


「試せ。という事だな」

「そうだ。よく分からんが普通は抜けんらしい」

「私に出来るか?」

「出来るだろ。あんたなら」


 二人の会話に弾かれたクローゼが、割って入る為に声を出そうとした瞬間に……大声がした。


黒の六循(クロージュ)殿。宜しいか!? 」


「何だ、ローランド殿? いきなり」


「あの、ご婦人のお名前は『カレン』殿で間違いないか。いや、あの瞳……あのお顔……間違いない」


 唐突な会話で一瞬止まるその場。

 クローゼの驚きの顔に、声の先を見る二人。そこに……天井を見上げて、感極まる雰囲気のローランドの姿が見えて視線が集まる。


 その彼が、徐に姿勢を正しカレンに向けて言葉をかける。


「奥様に……お母上に瓜二つだ。探しておりましたお嬢様……」


 向けられた声に、カレンは驚きの表情を見せた。


 ――どんな展開だよ。これ。……クローゼの呆れた思考である。





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