十六~勇者の剣~
2020/01/05改稿
剣の名を問うた、勇傑なり者のクローゼ。彼が最後に、カーイムナスの消滅の姿と言葉を意識に捉える。薄れる意識の中で、ローランドが『勇者の剣』だと言う「デュールヴァルド」の名をクローゼは聞いた。
そして、クローゼは暫く眠りに入る事になる。
――言ってしまえば、極神ブラーヴラムの用いた、龍装神具の「剣心」である。
争いの最中に失われた剣心が、時空の壁とも言うべき隔てを越えて、いや、裂け目に落ちて、ローランドの世界に降り立った。それが『彼』である。
数えきれない星の流れを経て、彼は、ローランドに出会い自身を託す。自らの力を奮える者の所に導くようにと。勿論、本来の所有者は極神ではある。
そう言った意味でローランドが、この世界に召喚されたのは、必然だったのかもしれない――
……ただ、託された側のクローゼは、その意味を理解していないだろう。
魔王との対峙の時の様に、スリープ状態に似た意識の狭間を漂っていた。
――落ちが一緒だったな。結局、他力な感じがあれなんだけど。それで、出てくるんだろ?
『そうだね。正解だよ』
自身を、特定出来ない感じが、以前の感覚をクローゼに分からせる事になる。そして、その相手とは最近まで、普通に意識を交わせていた。
『何か、気になる事が有るんじゃないか。と思ってね。話し相手になるよ。……それと、珍しく彼女が怒っていたよ。まあ、慈悲深い彼女は許すと言っているけどね』
――何の事だか分からないんだけど。
『ああ、そうか。彼女が言うには、どうして自分の所に来るまで魔量を使うのか? 静かにしていたいのだけれど。という事だよ。まあ、よく分からないけどね』
答えになってない感じに、クローゼは意識を相手に伝える。それは、状況をから不可抗力だと主張する感じがあった。
――あんなのは、想定外だろ。てか、何だよあれは? ……それに、好きでこうなる訳じゃないし。
『そうだね。そう思うよ。まあ、楽しいから僕は良いけどね。……それで、あれは何かと言うと、眷属神というのかな。君の知識で、近いのは天使とかその類いだよ』
天使と聞いて即座に――違うだろ……とクローゼの思考。それにも答えが帰ってくる。
『善悪の問題ではないよ。深層を悪と見るなら、悪魔だね。まあ、その区別は厳密にはないから、君の基準で言えばそうなる。……何れにせよ、君達が神と言っているのに近い。……人智を越えたものだね』
答えの感じてクローゼの意識は、簡単な疑問に行きつく。それを彼は明確な意思にした。
――あいつ、消えかけに俺の名前は覚えておくって言ってたけど、死んでないのか? と言うか、そんなに強い奴よく倒せたなよな。
その疑問で、流れのないここに……沈黙が時間の流れを作った。
『強さ? か……難しい事を言うね。……あっ、取り敢えず、死ぬ? わけないよ。神具の欠片を壊したから、留まっていられなくなっただけだね。もし、そうしたいなら、その深層までいけないと。もしくは、あれだよ。それに、人地なら君の方が強かったけど……同じ場所なら無理だね……』
――俺の方が強い?
意識にクローゼの思考がついて、それが彼? に伝わる。
『スカウター? ステータス? レベルにスキル? 分からないね、それは。見えてるし理解は出来るけど、それでは説明出来ない。……う~ん』
――じゃあ、分かる様に言ってくれ。
暫く彼は、時間の経過を演出して、クローゼの好奇心に拍車をかける。
――だから、強さ基準があれば、色々分かりやすいんだ。そんなのは無いのか?
『基準ね。……あっ、そうだ。……以前君に、祈りの真力の話をしたね』
――ああ、母さんの事だよな。
それは、なぜクロセ サキが召喚されたのかを、彼に問うた時にそんな話をされていた。……彼女が、本来なら、中央龍翼神聖霊教会の龍の巫女だったと言う話しの流れでである。
『真力は、魔力と同義だから、それを基準に話そう。……それを感じた基準は彼のだから、その辺りはあれだけど。……では、一人の祈りを一つの魔力として、僕らはそれぞれ、三百の魔力を持っている。魔王の力を記憶した僕らが、半分と言った魔力だね』
――千八百って事か。
『そうだ、正解。まあ、君自身分も有るから、もう少しあるのだけどね。……聞きたくないのか? じゃあ、言わないでおくよ。そう悲観するものでもないのだけどね』
共有された空間でも、駄々もれなのか? のクローゼの思考を、彼は無視して話を続ける。
『それで、君は大体一割位が発動魔力だから、魔力魔量は、三千位かな。だから、最大発動魔力が三百人分で、魔力魔量が三千人分の守護者が六つって事になるね』
――えっ。一万八千?
『そうだね。それであの具現化した、眷属神の魔力魔量は、大体、一万から一万二千位という感じだった。受けた感じでも発動魔力は一割位だね……アレックス君を通せば、もっと具体的になるけどね』
――何で、アレックスが出て来るんだよ。……それもあれだけど、それで、俺の方が強いって言われても分からないんだけど。
『そうだね』と相変わらずのペースで語る話をまとめると、こんな感じになる。
……種族による違い、または、肉体的強さや技術的な強さは当然として、魔力魔量の総量と言うのは、ある程度、クローゼが言った『強い』に比例する。
単純に、最大発動魔力千二百を攻撃力として、クローゼは、最大発動魔力三百が六つ。そして、彼の特殊な流動に専用魔動術式と魔装具の補助で防御力が上回る。という前提で、負けないから強いと彼はそう説明した。
――倒せないなら、強いって言わないだろ。思い切り魔力をのせたけど、ダメージ。……与えられなかったからな。
彼が言う魔力を乗せるとは、魔法を発動させる呪文に、必要以上に魔力を流すといった、感じで捉えると分かりやすいのだろう。
『わがままだな。……でも、最後のあれに魔力反射を合わせていたら、君のいう所の倒すに値したよ。死にはしないけれどね。それに、魔力を乗せたと言っても、何にも通さずに、ただ当てるだけなら、殴るのと一緒だ』
――それは無理だっただろ。いや、でも魔力は魔力だと思うんだが。
『その為の、魔法なり剣技なりのそれだ。と思うんだけどね。まあ、元々はそれも模した物だけど、……とりあえず、魔力の強い者は、力が同じなら魔力魔量が高い方が力は強いと思っていい』
――よく分からないんだが。
……で、守護者の話でいうと、魔導師が一番強いのでは? とクローゼは思ってしまった。
『力が強いという基準なら違うね。……強さと言うのは、難しいのだよ。ただ、魔力魔量を基準にするなら、魔導師よりも君は強い……となる。まあ、魔導師は別の意味で強いからね』
――わざと難しくしてないか? なら、俺が魔導師並の攻撃魔法かなんかを覚えたら、無敵じゃないのか?
答えが帰ってくるまで、時の流れをクローゼは感じた。ただ、それが何の意味かは理解出来なかった。
『……二度も、絶望を味わう必要はないと思うけど。攻撃魔法? は無理だね。……ああ、分かるよ。記憶に無いのだよね、君は。まあ良いよ。では、魔力を使う事について、簡単なおさらいだ』
そう彼は告げて話を続ける。時折、クローゼの反応を確認して淡々と。それは、『人智と魔解』の話でもあった。
――魔力を使う事。人地ではそれを魔法と呼び、人は、魔術なり剣技に行きつく。
人地や魔界では、岩盤から放出される魔力を受けて体に宿し、魔体流動を形成する。
その流動を動かして、魔力の放出と吸収を行い、人地や魔界を満たしている魔力に干渉して、力を具現化する。
それが魔法となる。魔法を用いるのに、人は魔体流動展開術式――魔術――を使う。
人は、火を作ることは出来ないが、炎を具現化する魔法を使い、氷を作り風を起こす。
それは、世界に満たされた魔力から、該当する属性魔力を集める呪文で、自ら属性の魔力を使い干渉して魔力を集めて行う。
また、自らの起因が、該当の属性を持つ神の欠片で無くてはならず、流動を合わせる事が必須となる。
そして、積極的に魔力を出せる者を『放出流動体』魔力の集約が秀でた者を『循環流動体』と定義して大まかに分類される。
流動が、柔軟で双方に秀でた者が魔術を使い。放出の力が強い者が剣技に進み。内なる魔力を統べる者は、特殊な魔術を使う。
その中でも、魔力魔量が多く流動を操るのに優れ、知識を持つ者は魔導を極め、放出と循環のどちらかに力ある者は、英雄とされる。……人智と魔解の隔ての理でもある――
『簡単に話したけれど、これを踏まえて、君がどうなのかというと。これのどれにも当てはまらない。と言う事は、魔力を使えない事になる』
――何となく分かってたけどな。アレックスに、そんな様な事を言われた。……気がする。
そのまま、今度は流れる時間を甘受する。
『魔法で魔法を使う……正にその通りだよ。君の流動をあえて呼ぶなら、無属性反応流動体。魔力の発動に合わせて魔力が使える。だから、魔力魔量は悲観どころではない程あるけれど、自分から使えない。そして、僅かな使える魔力で、今の形にたどり着いた。強制発動なら出来るけれど、属性の恩恵が受けられないから、どんなに強力な攻撃魔法でも、自身の発動魔力以上にはならない』
それでも十分なのだけれどね……と言う思念を受けながら、クローゼ時間に身を任せた。
『最初に、絶望した君は剣ではなく、盾を選んだ。少ない選択肢の中でね。今の様に掛けられる声が無かった僕の僅か思念で、この原型にたどり着いた。それは凄い事だよ。それで、君も盾を武器として扱い、放て無い魔力を放つすべを見いだした。それも凄い事だよ』
――そうなのか?
『君の目的が、そうならば。一人では無理かも知れないけれど、仲間と力を合わせれは今のままでも十分だよ。それに君もまだまだ、成長するだろ』
――何か……言いくるめられた感じがする。とりあえず、そういう事なのか。
『少し、話すぎたよ。今回は、この辺りにしておくよ。……あっ。彼が申し訳ないと伝えてくれって』
彼を感じて、彼が誰なのか分からないクローゼは、それとは別に、自身の感覚が戻るのがわかった。
――何の事だよ。それは?
『一度きりだ。と言っておいて手を出した事を謝ってくれ。と言われた。あれに釣られたそうだよ』
「あれ」と言われて、何故かデュールヴァルドを思い出したクローゼは、彼が誰なのか理解する。
――それは良い。……展開的にはあれだけどな。ところで、あの剣は何だ?
『ああ、あれは極神ブラーヴラムの龍装神具。剣の……魔装具で言う水晶みたいなものだね。それが自身を元の形を形どった。大きさは小さいけどね。……剣自身がそう言っていたから、そうだと思うよ……では時間だ。いつでも呼んでくれればいいから……気が向いたら出てくるよ。それではまた』
勝手に出て来て、勝手に帰る守護者にクローゼは雑さを感じた。ただ、あの剣が龍装神具と言われて、そちらに気持ちが行くのがわかった。
体と感覚が、合わさるのを自覚して……自身の音を聞く。
「設定が……雑だぞ」
「クローゼ様?」
クローゼの視界の中に、明らかに天井が入る。そして、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。
若干、日射しが眩しく感じる……そのベッドと思われる場所で、彼は、そのまま肢体を動かそうとしていた。
それを見た、声の主であるロレッタは、ベッドに横になっているクローゼの顔を覗き込んでいる。
彼女の瞳には、目を開いたクローゼが映っていた。
「えっと。お目覚めですか? ……おはようございます。あっ、もう昼過ぎですけど」
「ああ」と彼は答えて、ロレッタの顔が消えたのを見る。そして、感覚の戻った肘に力を込めた。
起こした半身を、そこから伸びた手で支えて、室内を見回している。
その中に、彼女が室内にいた何人かに、指示を出しているが見えた。
「何日……いや、違う。どれくらい寝てた?」
「あっ、えっと。七日……八日だったかと」
背中から、聞こえたクローゼの声にロレッタは振り向いて、少し考えてから返していく。
それを聞いたクローゼの顔が、ロレッタにはため息をつく様に見えた……
「……とりあえず、ここはどこだ?」
「王宮ですね。どの辺りか聞かれると説明出来ないですけれど」
淡々と答えるロレッタに、彼は「そうか」と口にして、軽く伸びをして息をはいた。
その顔は、目覚めたばかりとは関係無い様にやつれてみえる。
「クローゼ様。大丈夫しょうか? お水でもお持ちしましょうか」
「いや、今はいい。それより、どうなった?」
クローゼが眠った様な状態の間、それなりの対応をしたのはロレッタだった。ただ、以前の状況を聞いていなければ、彼女自身も、これ程冷静ではいられなかったかもしれない。
その彼の問いを、彼女なりの理解で返していく。
「概ね、予定通りですね。アーヴェント殿下も、ロンドベルグに御見えですし。事後の処理も大体終わってます。勿論、宣誓式もです。あとは、処分の件が残ってますが、それは、王太子殿下の意向で、クローゼ様が、お目覚めになってからと……」
ロレッタの声を聞きながら、クローゼは、感覚を確める様に手を何度か握り直していた。
それに彼女は視線に合わせて、そのまま話を続けている。
「殿下からは、目覚めたら最優先で報告をと言われておりましたので、今、人をやりました。あと、面会の申し込みが、多数あります。一応、クローゼ様が黒の六循とわかっている……方には、お会いください。後は――」
「ありがとう。手間をかけたな、ロレッタ」
話の途中でのクローゼの言葉に、彼女は一旦報告を止めて、彼の顔を見直す。そして、とりあえず……と言う顔をする。
「えっと。ヴァンリーフ卿から、起きた時に知らない顔ばかりだと、暴れると不味いからと。お世話を賜りましたので、それは大丈夫です」
「何だそれ……。子爵は、俺を何だと思っているんだ?」
「なんでしょうね。私もあれを目の前で見ると、クローゼ様が何か分からなくなりました」
はっきりとした、クローゼの返答にロレッタが答えて、暫く間をおいた。
そして彼女は、『宜しいですか?』という顔をする。クローゼが軽く手を動かしたのをきっかけに、ロレッタは報告を続けた。
――元々、近習で、今は商会に出向いているが、側近の彼女とクローゼの関係で言えば、他の者と同じである。
そして、今のクローゼが他の者と距離感を良好に出来ているのと同じで、彼女にもそうなる――
「黒の六循の装備品一式は、ルベール卿が修繕の対応をしてくださってます。予定では明日には。……えっと、何かお口に入れられますか? ……誰か、食事の用意をお願いしてください」
クローゼが、答える前に室内いた者にロレッタは声を掛けた。その声にクローゼは、ベッドから足をおろして腰掛ける。
「じゃあ、先ず水をくれ」
「あっ、はい」
声かけに振り向いていた、ロレッタがクローゼを軽く見直して、水差しに向かい準備しながら、改めて楽しげな口調で声を出す。
「後、護衛隊はもう到着してます。レイナードさんにも言われてましたので……で、あっ。ジルクドヴルムからの先発隊は、御当主がこちらに、と言うと事になりましたので、予定より到着が遅れます」
「なんか楽しそうだな。……と言うか早すぎないか来るの。レイナードだけか?」
「いえ。えっと、全員です……今は何人か燃え尽きた感じですけど。……勿論、あの子以外の馬は商会で準備しましたから」
コップを手渡しながら、ロレッタはそう返していた。クローゼは、受け取ったコップに軽く口を付けてロレッタを見る。
「黒千か……あれなら分かるよ。あれは、馬じゃない。……それは良いけど、ロレッタ。あいつそう言うのに疎いから、はっきり言った方がいいぞ。何なら俺が言ってやろうか」
「あっ。えっとですね……クローゼ様には、言われたくないです。疎いとか。……それに、良いんです、それは。もし、言うにしても……ってなに言わせるんですか! 止めてください」
クローゼが言葉を投げて、飲み干したコップを彼女が受け取る。そんな流れの中で、彼女は、出した声に頬を赤くする。
「大丈夫だ。ロレッタは十分あいつの好みに入る。俺が保証する」
そんな事をクローゼは言いながら、両手で女性らしさを強調する仕草をする。仕草を見て表情を消したロレッタの感じが、クローゼに刺さった。
「それは、太ってるって事ですか? ……それは。セレスタ様とキーナさんには報告しますね。ちょっと駄目です。それと余計な事は言わないでください。絶対ですよ」
コップを片付ける為に、背を向けたロレッタに「あっ、いや、ちがっ」とクローゼの声が、微かに続いていた。
その最中に、先ほど出ていった者が扉を開けて戻ってきた。後ろから、黒い服を着た男が続いてくる。
男は、クローゼと同等の黒の六循を装備したレイナードである。
ただ、アクセントになる薔薇は黒色で仮面無い。
「なかなか、派手にやったらしいな。クローゼ」
その声に、二人視線がレイナードに向いて、ロレッタはクローゼに、『絶対です』という顔を見せている。
「まあまあ、だな。……相手が想定外だった」
「そうか。まあ、お前らしい。……おっ、珍しいな長剣なんて……いいか?」
良いかと問われて、クローゼは彼の視線の先を見る。そこには、デュールヴァルドが立て掛けられていた。
「えっと。ローランド様が、お持ちになりました。『使命は成った。感無量だ』と言われて……」
ロレッタの声を聞いて、クローゼは「ああ」と答えて、歩み行くレイナードの姿を見ていた。
――展開が読めるぞ。安っぽいな……でも、そうだな俺には盾で十分だ。それに、彼がいてくれる。
「レイナード。抜けたらやるよ」
「抜けるだろ」
クローゼの「ああ、そうだ」の声と共に、レイナードは、デュールヴァルドに手をかけて……。
……美しい刀身を、午後に差し掛かる日射しに、合わせて魅せた。
――やるよ。それ、龍装神具だからな。……そんな感じであった。




