十四~双翼乱舞……獄の眷属~
両翼な感じの観客席は、既に意志を持つ者のみが残り、武装した者の争いの場になっていた。
ただ、結果だけ見れば、オーウェンに傾いていたと言える。
また、意志を持つ者達が見詰める先では、クローゼが、エドウィンと対峙していた。無論、人の盾を挟んでであった。
その中から一人の男が歩み出てくる。
それなりの感じを出している彼は、魔導師のベイカー・シュラク客子爵。マリオン・アーウィン大魔導師の直弟子、六人の内の一人だった。
「君が何者かは分からないが、貰っている分は働かなければいけないのでね。出来ればこのまま、立ち去ってくれる助かるのだが」
ベイカーはそう言葉にして、倒れているカイムを越えてクローゼに歩みを向ける。その雰囲気は、如何にも魔導師の雰囲気だった。
彼が近付くにつれて、黒の六楯のクローゼは、彼の後ろに意識を向けていた。
「あれで死んで無いとか……何で立ち上がる?」
「何を言っている?」
距離を詰めたベイカーは、黒の六循の呟きにもとれる言葉に反応して、声を合わせる。
そして、そのまま仮面が声を向けた先に振り返った。その瞬間ベイカーは、「なっ」と声を漏らして後ずさる。彼の視線の先……そこには、カイムの立ち姿があった。
――そこには、倒れていたカイムが立ち上がり、首が折れているのか、後頭部が背中に付くかの様な状態で、ベイカーの視界に飛び込んでいた。
……いや、折れているどころではなく、異様な姿に見える――
二人が見る「首なし」の様に見える物が、唐突にケタケタと音を立て、紫色の光を崩れそうな壁に照射した。光が当たる点では、石が焼ける臭いを放っている様である。
その異様さに、エドウィン達も驚きの様相を見せていた。エドウィンは勿論、カークでさえ冷静さを欠いている様に見える。ラズベスに至っては、頭を抱えて背中を見せ、しゃがみ込んでいた。
そんな状況を、彼らの頭上から見る者にどう見えていたのか……。
南側の観客席から、グランザはそれを眼下におさめていた。その場にいた人々が、殆どが逃げ去っていく中、近衛の一団に守られた南部貴族の中心に、彼は立っている。
当然、彼の周りにはラオンザを除く、彼のパーティーの銀階級の冒険者がいた。
「この場も危険です……そろそろ退去致しては?」
「そうだな」
モーゼスの言葉に、グランザはそう答えて、コーデリアが、この場を離れたのを再確認する。そして、隣の冒険者の魔術師に声を掛けた。
「あれは魔術……魔法か何か?」
「明言できませんが、その類いとは違う。かと」
その声に「そうか」と答えその場に指示を出す。
「良し。この場はもう良い。出口に向かうぞ」
その声に、周りの南部貴族達に安堵の表情が見えた。それを気にする様子もなく、グランザは僅かに視線を東側に送り、その場を後にした……。
グランザが一瞬気にかけた東側にも、それなりの一団が見える。当然、タイランを中心にした者達である。その中で、タイランは、崩れそうな壁に当たる光の線を無言で見据えていた。
「ベデス魔術師総監。この場は危険ですので、御移動願います」
その場の衛兵を抑えた近衛の騎士が、タイランに声を掛けた。あの件で、糾弾すべき対象と疑わしいタイランではあるが、エルマとユーインの存在がそれなりの言動にさせている。
それなりの声に無反応なタイランに、近衛の騎士が苛立ちを出そうとした時、エルマが声を向けた。
「この場は、問題ありません。それよりも、王族の方々がまだ居られるやも知れません。そちらを優先に、と思います」
エルマの問題ないがどういう意味かは別にしても、確かに魔導師が三人。それに、随員の彼らの弟子達も王国認定魔術師である。
その三十に近い集団で、そう言われれはそうなのだろうの雰囲気が、近衛の騎士には見えた。
また、この近衛騎士にしても、この場を担当しただけだった。『本来なら北側』にとの思いもある。
一応に、彼は納得の意志をエルマに向け、その場を後にすることになった……。
『本来なら北側』の場では、オーウェンが弓兵達を打ち据えていた。
最初の矢を付加された力の発揮で防ぎ、彼らの心を砕いた彼は、その場に飛び込む。技量と覇気で圧倒する彼に、帯剣を抜くことなく恭順示す者さえいた。
「抵抗しないなら、罪は問わぬ。無駄に命を落とすな。皆も、命までは取るな。いいか?」
自身に集まる敵と味方に、オーウェンの声が飛んでいく。
――冒険者に近衛の一団。配置されていた衛兵や回り込んで来た弓兵の半分に、彼を狙った目の前の弓兵だった者達。そして、それを見守るドーラにシエラとロレッタ達にと……。
因みに、クラークは既にいない。金の力で持ち込んでいた武器をロレッタらに渡して、退去済みであった。勿論、近衛の乱入前にである――
オーウェンの動き以前に、近衛の乱入の折りに大半の衛兵は抵抗を止めている。下に配置されていたエドウィンに近い私兵達も、どちらかと言えば、クローゼに心を折られていた。
それを踏まえて、事態の終息は見えている。
だが、クローゼは、そんな状況に意識を向けられる雰囲気ではない。彼の視線の先では、紫色の光線が一点に向けて伸びていた。
位置的にはカイムの口から出ており、得体の知れない時間を作っていた。
――何だ? こいつ。……と見たままの思いになる。
明らかな異様に剣先を向けながら、クローゼは様子を伺っていた。そのカイムが、体を返す様にゆっくりと動き始める。クローゼはそれに「動くな」の言葉を向ける。
ただ、同時にカイムの体が急激に旋回した。
旋回によって伸びた光線が、派手な音を立て観客席の下側の壁を焼き、その線上の者を薙ぎ払らってクローゼに迫る。
だが、クローゼに届く事なく発揮される対魔力防壁に阻まれて止まり、短く戻る様に口の中に消えていった。
戻った先は、背中に逆さまの顔を下げたカイムの姿になる。それを見てクローゼは、有無を言わさず二発目の竜硬弾を放つ。
今度は抑えた魔力で、弾道を刻む竜硬弾が、ぶら下げた顔の横を突き抜ける。ただ、竜硬弾を全く意に返さないカイムはにやけた顔をした。
「体が逆か……おかしいと思った」
同時に、カイムは両手で顔を持ち……元の位置に戻した。その動作とカイムの背中越しに、クローゼの視界入ったのは……単純な惨状だった。
恐らく視界に入っていた左側に、立っている人影はなかったとクローゼには見えていた。
――エドウィンは? ……ああ。下半身だけ立ったままとかどんなスプラッターだよ。……でも、自業自得だよな仕方ない。と思ってしまう俺もあれか。
その思考は、ベイカーの「殿下!」と叫ぶ声に戻される。立ち位置の関係で、先ほどの光線は彼に届いたいなかった。クローゼは彼に視線を当ててから、カイムに意識を戻した。
クローゼの認識が、カイム視線と交錯する。その交錯を、その場の全員が見る事になった。
全体の動きが止まり、ベイカーの声で、驚きがエドウィン達のいた場所に注がれる。
その様子は、惨劇と対峙するクローゼとカイム。
ベイカーが、彼らから後退り距離とろうとし、それにつられて、同じ面で息をしていた者達が階段部分に殺到していく。
また、薙ぎ払われた面上にうずくまっていたラズベスは、そのまま壁を目指して這っていた。……そして、不恰好な幸運には感謝していた。
その流れに、カイムだった者の声がする。ただそれは、正面のクローゼに向けたものではなかった。
「人智に沸いたカス共よ、恐れおののいて我が名を聞け。我は、獄が眷属……カーイムナスなり」
「知るかそんなもん。だから何だク○野郎」
カーイムナスと名乗った者に、クローゼは双剣を突き構え魔力を込めた。
――何が眷属だ? 姉上を泣かした馬鹿野郎は、消し飛ばしてやる。
と、思いのままを言葉にのせ「起動」の連続詠唱――呪文と同時に放たれた竜硬弾が、クローゼの魔力を纏いカーイムナスの身体を貫いた。
――先ほどのように、壁を壊す様な貫通する感じではなく、インパクトの瞬間に魔力をぶつけるイメージで放った竜硬弾は、クローゼの意図を十分に満たし具現する――
竜硬弾は、突き抜けた部分をもぎ取って、右胸から腕と左の腰から足を消し飛ばしていた。――彼専用な双剣のイメージ通りで、当然、壁を壊す程の威力である。
しかし、結果的にカーイムナスは倒れなかった。欠損した部位は、紫色の光によって肉体が形成され、まるで、それが本来姿であるかの様に立っている。
「面白い……なんだ? ……そう曲芸だな。我が名を聞いて逃げぬのは、カスとしては珍しい」
「だから、お前何て誰か知らんと言っている」
言葉投げ返したクローゼも、少なからず動揺し、黒の六循の仮面をしていた事に感謝していた。
――物理も魔力も効かないとかダメだろ。どうすんだこれ……ってまだ分からないか。
「――その名が本当なら、獄神ガイアザークの眷属だ。人がどうにか出来るものではない。逃げろ!」
カーイムナスと対峙するクローゼに、ベイカーが叫ぶ。クローゼはそう言われても、それが何か分からない。
――一般的には、獄の眷属と言えば第十深層の……極の側で言えば、第十階層の存在である。
それは、第十二深層の獄神の息吹きによって生まれたものであった。
千年近く生きている、ハイエルフであるエルフの王が、唯一第十一階層の四大精霊の内、風の精霊と契約……契りによってその魔力を借り得るのを除けば、人智では到底到達できない二桁の領域である。
それ故、具現化するものを、最下層である人智……人地の者が勝てる相手ではない。
本来であれば、神々の争いの後、点なる天によって不干渉になった各階層・各深層は特殊な条件を満たさなけれ通る事など出来ない。
まして、隔てた岩盤の壁を越えるなど考えられない。故に魔王や龍の巫女などの神子が存在するのである――
要するに、クローゼが分からない、獄の眷属を名乗るものが、具現化してこの場にいた。
「だから、おっさんが……魔導師か何だか知らないけど、単語の意味が分からないから、凄いか分からないんだよ。要するに神様的な何かって事か?」
そう、魔導師だろと呼ばれていたベイカーにクローゼは答え、そして、そのまま言葉を続ける。
「『神』だからって『はい、そうですか』と逃げる訳けには行かないだろ。こんなのこのままにして」
そう、素の感じが言葉に出る程、クローゼは焦っていた。
ただ、転生者として考えると彼には「神が強い」という感覚も分からない。それに、守護者の言葉……魔王に近いと言うのが、この場にとどどまらせている要因の一つだった。
「そういう事だ。だから――」
「――分からぬなら、そのまま消えるがいい」
肯定するベイカーの声に、カーイムナスが被せる様にクローゼに声を放った。
それと同時に先ほどのあれ――光線が飛び出す。
放たれた紫色の光を、対魔力防壁の発揮で防ぎ、クローゼは距離を詰めて肉薄する。
――ウォールで防げるなら、なんとかなるか?
と、些かな思考であるが、クローゼは諦めてはいない。
「おっさん。やる気がないなら、逃げろ」
カーイムナスに双剣の斬撃を入れながら、クローゼがベイカーにそう言った。
その間にも近距離で、閃光を放つと防壁が、美しい色合いを見た。――そして、クローゼは色彩を放つに任せ走り抜ける。
その抜けざまに、首と左腕を切り落とした。だが、予想通りに中から本体が出てきた。そんなの展開をみせる。
――実体がないのか? その想定はなかった。魔力の塊なのか?
疑問が重なる思考。その間にカーイムナスの声。
「お前のそれは、龍装か? いやそんな筈は――」
「――小僧避けろ。極限なる破壊の力」
振り返るカーイムナスの後ろから、ベイカーの声に呪文が続く。
避けろと言われたクローゼの「何処に!」の声を掻きき消すように、カーイムナスの上から、魔力の塊が襲った。――目標を包み込んだ魔力が、地面に当たり爆音と爆煙を奏でる。
一瞬で視界がなくなり、クローゼは、魔方陣が絶え間なく発揮されるのがわかった。
「師の遺産だ。出し惜しみ無しの……」
暫く時間が止まった様になり、ベイカーの声が聞こえて、魔力防壁の残光がみえた。
奏でられた音と光と闇が収まり、視界が開ける。それで、ベイカーの視線に、若干の揺らぎを見せるカーイムナスの姿とクローゼの姿が見えて、言葉が止まる。
――何だ、一点集中だぞ。それでも駄目か。
「なかなか……カスごときにしては、面白いな。久し振りの傷みだ」
ベイカーの驚きを置き去りに、カーイムナスが、完全に、カイムの肉体を脱ぎ捨てた姿がそこにあった。
紫色の体は、人のそれと類似して、彫刻の様な筋肉美をさらしている。凶悪な顔は大きな角が二つ、口からは牙が覗いている。
クローゼの感覚では、悪魔の様な容姿にみえた。
その悪魔の様相に、狙いを定められたベイカーは、動く事が出来ずに、カーイムナスが見詰める視線を受け入れていた。
――流石に死ぬのかこれは。まあ、仕方ないか。
ベイカーの視線に、大きく口を開けたカーイムナスが映り、そこに紫色の光が集まるのが見えた。
しかし、それが放たれる瞬間に、クローゼがカーイムナスの頭を足蹴にする。
放たれた紫色の光線は、有らぬ方向に飛んで地面をえぐる。それは、クローゼが空間防護を足掛かりに、駆け上がり蹴りを入れたからだった。
「おっさん、危ないだろ。あんなん何処に避けんだよ。やる時は先に言え」
クローゼは、それなりの高さからの着地の瞬間に、対物衝撃盾の発動でカーイムナスから距離とる。
「人智が及ばんのは、わかっただろう。あれ以上は出せん」
おっさん呼ばわりされているベイカーが、クローゼにそう言いながら、カーイムナスから距離を取るように……逃げ出した。
「カス風情が、我を足蹴にするとは許さんぞ」
逃げたベイカーから、カーイムナスの意識が足蹴下にしたクローゼに向かった。
それをクローゼは認識して、先手を打つ。
放たれる竜硬弾が、カーイムナスの体を捉えて突き抜けた。それは劇的では無く、多少の打撃は『与えられた』の感じをクローゼは持った。
――全く無傷では無いけど、このまま行くとこっちが先にガス欠するな。魔力の塊系の相手、想定外だったな。そのまま吸い込むか? ……と、感じたままの思考になる。
「こざかいし……カスの分際で――」
「――魔力結界」
「――魔力結界」
カーイムナスが、竜硬弾で崩した体勢を直し、クローゼに声を投げたと同時に、エルマとユーインの呪文を唱える声が南北からして、カーイムナスの周りに結界を張った。
それを受けて「カス共が……」のカーイムナスの声をタイランの意思が押さえ込む。
「大人しく。封印されろ……ここにお前の居場所は無い」
魔法だろう……ふわりと宙に舞う様にタイランはカーイムナスとの距離を詰めていた……。




