十三~双翼乱舞……集まりし者達~
唐突に破壊をもたらした衝撃は、観客席が崩れ落ちるかと思われる程の場景を、作り出している。
それが、本来は王太子の宣誓式の場であった事を、人々に忘れさせていた。
眼下で起こった、人が仰け反る様に倒れた事よりも、 破壊の光景が衝撃だったのだろう、逃げ惑う人々の声で、騒然とする場景が続いていく。
騒然を作り出したクローゼ越しに、西域龍翼神聖霊教会の龍の巫女、コーデリアは驚きの表情を出す事なく、その破壊の様子を見ていた。
――あの人は何? 壁、壊れたんですけど。子爵様が言った通りに現れたけれど……最初の何?
彼女の思いの中で、子爵と呼んだのはグランザである。彼は、ジルクドヴルムに連絡を入れた後、コーデリアの元を訪れていた。――自身を明言して、金貨の入った大きな箱というルートを使って。
「今日、貴女の元に話を聞いて欲しいと言う男がくる。だから、話を聞いて頂きたい」
あり得ない程の金貨を教会に寄付する。と言う子爵に、彼女は仕方なく時間を作るつもりで会ったのだが、彼はそう言った後「宜しく頼む」と言い残して去っていった。
西域龍翼神聖霊教会において龍の巫女は、中央教会と異なり、神事を司る最高位であって本来実権を持たない。所謂、表の顔といったところであった。
しかし彼女は、中央教会の巫女が高位の神聖魔法を使える事によって持つ実権を、極音の守護者の加護によって、名実共にその地位にいた。
その自分が聞いた事で、それなりの対価を呈示され為に、話だけは聞こうと思っていた。
そして、確かにやってきた。話をしたそうな雰囲気の男がである。
極音の加護は音を伝え聞くと言うもので、初めの声は偽りが、本当の声は真っ直ぐな思いか感じられた。
その為、彼女にも悪い者ではないと思えたのだが、目の前の光景は、思いを躊躇させるのに十分だった。
――あんまり驚きが強くて、素に戻りそう。
そんな思考に至ったコーデリアは、兎に角、いつもの冷静さを取り戻そうしていた。
ただ、彼女の目に映る人の中で、冷静な感じの者はほとんどいない様に見えていた。それが彼女の気持ちに影響も与えている。
当然、彼女の視界に映る、エドウィン派の面々もまた、冷静な者はいなかった。
当のエドウィンは、起こした者と起こされた事実を交互に見て、声にならない声を上げている。
それを感じてか、護衛のうろたえ様は許容範囲を逸脱している様に見える。
辛うじて、ベイカーはまだまだの感があったが、ラズベスは頭を隠しながら、額を地に着けていた。
また、飛び出してきたローランドも、光景を起こした黒の六循を驚きの顔で見つめていた。
ローランドの視線を受ける、祭壇に背中を向けたままのクローゼは、大の字で倒れているマスクを付けていた者。 死に顔を晒している、外道な勇者を見下ろして、安堵の思考になっていた。
――まだ半分位なのにこれか。魔王完全復活したらやばいな。取り敢えず、こいつもそれなりので良かった。まだ顔は分かる……
何と無く、やらかした感を出しているが、彼のよく分からない思考は、自身の状態に起因する。
――彼は、簡単に言えば『最大発動魔力六分の一魔王』である。もっと言えば、六分の一魔王を六人纏っていると言った方が分かりやすい。
彼を貫いたあれを「魔王の槍」とするが、それによって魔王の魔力魔量のリミットを、守護者達が各々に受け持って蓄積した。
その時に、クローゼがクロセに代わりクローゼになったという流れで、放出し容量として刻まれたという感じになる。
それが、魔王の回復と対を成すように定着していっている――
……というのが智の守護者の見解である。
因みに、今の魔衝撃は現状の最大魔力で、大型の魔物でも下手をすれば抜ける前に壁の様になるのでは、と彼は思っていた。
単純に、それが良かったに繋がる……。
行動に後悔している様な彼であるが、明らかに、この場の最上位者になっただろう。勿論、暴力的な意味合いで、周りは確実にそう感じたと思われる。
謁見の間で、カイムを目の当たりにして、オーウェンや近衛の騎士達が味わった絶望。それが、エドウィンらを襲っている事は間違いない。
ただし、クローゼは、そこで死んでいる男が王を殺した勇者だとは証明出来ない。彼自身は、確信を持って犯人だと思っていた。勿論、正当な行為であると言う認識になる。
しかし……それを除いても、彼自身、初めて人を殺したのである。
その状況で、クローゼは開き直る。
「明らかに、コーデリア様を狙ったそいつは、こちらにも殺意を向けていた。……改めてお聞きする。その者は、エドウィン殿下の手の者か? まさか、見ず知らずの者をこの大事に、側においていたとは言われないだろうな」
クローゼ自身も、自分の事を棚に上げているのを自覚していた。
――ただ、彼の言葉はこの場に視線が集まっている間に、威圧的でも、エドウィンから何らかの言葉引き出したいになる――
だが、エドウィンも開き直る。
「なぜ。お前にそんな事を答えばならん。龍の巫女は生きている。お前もだ。そいつは、死んでいる。それに、王国の騎士や兵達を大勢傷付けたお前が、王になる俺に偉そうに声を出すな」
「ならば、別の問をする。そいつは、国王陛下と近衛の騎士、それにデェングルト宮中伯とその一族を殺した勇者を騙る外道だ。それを容認するかの様な態度。殿下の意思だと理解するが宜しいか」
エドウィンは、自らの声に返ってきた問いに、なんとも言えない笑み。……いや、勝ち誇った様な笑顔見せる。それには、クローゼも仮面の中で怒りの表情した。だが、不敵な笑みが何を言うのかは理解出来た。
「ふっ。そんな証拠が何処にある。そいつは、口が聞けんぞ。あるなら出してみろ」
その言葉に、クローゼは僅かに顎をあげる。その仕草にどんな意味があるかは、見ている者達には理解出来ないだろう。
――いっそ……魔族の方が楽だな。
そんな思いに、剣を握る手に力が入るのが、彼自身にも分かった。しかし、証明出来ない事には、返す言葉がなかった。
――ああっ。やるんじゃなかった……。
しかし、後悔に肩を揺らすクローゼの頭上から、声掛かる。
「その者の言は正しい。証拠は私だ」
唐突に発せられた声に、視線が集まるのがクローゼにも分かった。そして、彼自身もその声を見上げた。
声の主のは当然、仮面を外したオーウェンである。ただ、距離的にそこから彼らには、誰だとは認識出来ていなかった。
そこで、クローゼの見上げる視線が不明確なまま、『誰か?』を捉えていく。しかし、突然別の視点が彼の目に重なる。
――その人物のすぐ横で、彼を見つめる視点。そこには、オーウェンの姿が映っていた――
そして、エドウィンが『誰か?』に向かって声を挙げようとした瞬間に、クローゼの声が先に走る。
「――オーウェン殿下?」
「はっ?」
全体に抜ける様に通るクローゼの声に、間の抜けたエドウィンの声が続いて、僅かな「ざわめき」を呼んだ。
そこに続く「待たせた。すまない」のオーウェンの声で、クローゼは膝を付きそうになるのを堪える。
――待ってないし、あり得んけど。とりあえず生きてて良かった。それに、ロレッタ良い判断だ……俺が惚れるぞ。
そんな思考と同時に、視点が外れていく。それを感じながら、クローゼは、オーウェンを視認し対象防護を発動して彼をロックする。
――重なる視点は、魔術でもなく、加護や守護でもない。ロレッタの固有の力。簡単に言えば、千里眼にも似た視覚共有という事になる――
クローゼが、最初に現れた時の演出にこれを使った。転移の始まりは、この場所の近くの路地。
そこから飛ぶのに、ロレッタが視点を合わせたタイミングが良かったので、あのクローゼの言葉になった。
ただ、ロレッタにしてみれば、レンナント経由でクローゼの指示が追加になって、王都での彼との合流は面倒な事だった。
本来の目的は、行軍補助の手配と人員調整に冒険者の調達になる。その為、ジルクドヴルム仕様の幌馬車で、支店を回り来ていた。
――誉められようが、余計な事になる――
余計な事と言えば、彼女は、『冒険者の体』で時々逃亡者する、クローゼの所在確認をさせられていた。
セレスタやアリッサ。それに領主代行のキーナやニコラスから、曉の冒険者商会に確認が入る為にである。
その確認に時折彼女は、視覚共有を使っていた。
――大体の場所が分ければ、クローゼの「特殊な流動」を捕まえるのは難しくないとロレッタも体感して、クローゼには、不思議だと思われていたが、その所在は把握出来た。
結局、アーヴェント来訪の件でロレッタは、クローゼや周りに隠しておきたかった能力が、ばれる事になる。
それが今回に繋がるのだが、受け入れたのは「気持ち悪い」と言われると思っていた力が、クローゼの「凄いじゃないか」の言葉で救われたからだ――
そのロレッタは、「待たせた……」とオーウェンがクローゼに答えたのを聞いて、下にいるクローゼを見た。些かな思考を含んでになる。
――登場の仕方に拘って、こんなになるのはあの方らしい。それに、ここにオーウェン殿下が居たなんて、それもあの方らしい。……でも、一緒じゃなかったのはちょっぴり……だったかな。
ロレッタが、クローゼにオーウェンを見せたのが正解だったのは、その後の流れで証明された。
オーウェンが名乗り、エドウィンが喚く……。躊躇の後の開き直りで、エドウィンの私兵達が、オーウェンに襲い掛かった。
その展開になり「二人を頼む」の声と共にオーウェンが、自分のを狙うであろう兵から、ドーラ達をを遠ざける様に移動する。
「殿下!」と呼ぶドーラにロレッタが「大丈夫だから」と合わせる声を出し、彼女達の手を引いてその場から離れた。
彼女の『大丈夫』の根拠は、冒険者レイナードの言葉だった。それは、彼から見たクローゼの気持ちになる。
「クローゼはよ。目に入った奴、全部守る気だからな。あいつ。そこだけは変わってないな」
それを踏まえて、理解と認識を取り戻したロレッタは、集め持っていた情報を精査して、最善と思う選択をした。
彼女は、オーウェンにある程度の情報は呈示し、その上で、眼下のクローゼが見せた力を「恐らく、彼はあの力を付与する」オーウェンに告げていた。
――クローゼにオーウェンを見せれば、そうするであろう彼女の認識の上でである――
それで、オーウェンは彼女の言葉を「信じるよ」と簡単に言い行動をした。
冒険者の仕掛人とされたオーウェンを、彼女が知っているのは当然だが、オーウェンは彼女を知らない。その上で、クローゼが起こした「現象を」と言われて彼は即答した。
即答で信じた結果、対象防護の力は発揮されて、クローゼに折られた弓兵達の心を再び砕いた。
そこにラオンザ達が参戦し、オーウェンの周りを固めていく。開き直りの者の数は、彼等よりも圧倒的に多かった。
しかし、局面を一変させる事が起こる。
「オーウェン殿下を御守りしろ」
「奸臣を捉えろ」
「エドウィン殿下の御身を此方に」
口々に声を上げながら、近衛兵――近衛騎士団が入ってきた。彼等の行動によって、状況はオーウェンに傾いた。
『何故ここに』と言うのは、糾弾したいノースフィール候爵に手を出せなかった為、ヴァンダリア候爵を頼った事によってになる。
――事の次第で言えば、ヴァンリーフ子爵の屋敷の前で、コーデリアの元から戻ってきたグランザに、彼等はヴァンダリアの助力を訴えた。
その一幕で、グランザが言った言葉がある。
「君達近衛の本分は何だ? 私の屋敷に押し掛ける事か? そうではないだろう。ならば、殿下を御守りせねばなるまい。閉め出されようが、邪険にされようが、その回りを囲めばいい。いや、守れば良いと思うが。それにだ、陛下を害した輩が襲って来ぬとも限らぬし、思わぬ奸臣がいないとも言えまい。もし、何事かあった時には、卿らの本分を遮る者はいないと思うがな。その時どうするかは、卿らの胸の内一つと言うところだ」
そう言って彼は、一呼吸入れる様に間をおいた。そして、西の空を見ながら、呟きを真似て声をだした。
「喋りすぎたな。まあ、最後に、これは独り言だが。今日は何かが起こる。まあそれは良い。それに、殿下は御一人ではない。卿らの殿下は、何れにあるのだろうな。卿らも為すべき事を成せばいいと、我ら王国の盾は愚考するところだ……」
と、あからさまな独り言があった――
そんな言葉を受けた、近衛の行動になる。
そして、何かを起こした張本人の黒の六循を名のるクローゼも、その流れを座して見ていた訳ではない。
オーウェンを対象防護に包み込んでから、当然動いていた。
一連からクローゼは、護衛の騎士に隠れたエドウィンに、剣先を向けたまま後ろに声を向けていく。
「竜戦の乙女達。君達の為すべき事を成せ」
今度は、その言葉に彼女達は答える。
コーデリアの周りを守っていた一人が、彼女に「逃げる様」促す声がクローゼにも聞こえた。
それに、オーウェンの名乗りが重なり、目の前エドウィンが喚き声を上げるのが見える。
――よし、一つは潰した。後、二つか。まあ、どちらも手の届く範囲に入った。話は子爵に頼もう。
クローゼはそう思い、エドウィンを牽制しながら、コーデリアに届く声で言葉にする。
「後程、お話を聞いて頂きたい」
「分かりました。お待ちしております」
全体の流れが、慌ただしくなり始めたその場で、クローゼは、普通の声のコーデリアの言葉を辛うじて耳におさめる。
そのまま、先程の光景で、その場を動けないエドウィンらに意識を集中した。
「さあ、オーウェン殿下と言う証人が出た以上。最早、言い逃れは出来んぞ」
「ふざける。真意の分からん輩が沸いて来ようが、そんな事は関係ない……」
向けられた剣先を人の盾の隙間から見つめて、エドウィンはそう返している。そして、その視界の中にローランドを見つけて、上から声を投げた。
「おいっ、ローランドだったな。そいつを殺せ」
頻りに、頭上を気にしていたローランドは、その声にエドウィンを見る。その顔は、自分なのかという様子であった。
「エドウィン殿下。この状況で、私にそれを言われのるか……申し訳ないが出来かねる。それにあちらが気になるので、これで失礼する」
そのまま彼は、上に続く階段に体を向ける。その前方に見えるクローゼに、言葉をかけた。
「この場は貴殿にお任せする。……それと貴殿なら出来るやもしれん。だから、後で良いが頼みがある。……これを抜いて見てくれ」
そう、ローランドが鞘に収まった長剣を、クローゼに向けて見せていた。
言葉の答えをクローゼが出す前に、エドウィンの護衛の騎士の足元で砂塵が舞った。
「動くな。次は手は加えん。……で、あんた誰だ? それに、意味が分からんのだが」
「すまない。少し急いでいる。私なローランド・ブレーズと申す。委細は後に……貴殿がそうならその機会もあろう。では、ここはお任せする」
そう言い残して、ローランドは走り出した。それを視線を移さずに、クローゼは送ることになる。そして、その動きに合わせるかの様に、近衛の言葉がその場に流れていた。
場が騒然となり始めて、エドウィンが去り行くローランドに罵倒を浴びせた後に、ラズベスに大声を出した。
「ノースフィール候、何とかしろ」
「ベイカー。何とかしろ。魔導師だろう」
自身の護衛の後ろに立つ、ベイカーの更に後ろから、ラズベスは、エドウィンの言葉をそのまま投げつける。
投げられたベイカーは、終止無言のままこの状況に身を任せていたが、ラズベスの言葉に若干の苛立ちを感じていた。
――貧乏くじを引いた感じだな。生きてる間にこんな奴を続けて見るとは……あいつみたいに何処か辺境で領地でも貰っておけば良かった。
そんな感じであった。
「仕方ないですね。頂いている分は働きますよ」
そう、彼は魔導師の顔に戻り、クローゼと対峙した。そのベイカーの背中を、遠くから見つめる視点があった。
それは、ここまでの事態を見つめていたタイランである。彼の周りには、弟子達もいた。その後ろから、タイランに向けて声が掛けられてくる。
「凄い事になってますね」
「ユーインか……忙しかったのではないのか」
「まあ、一応体裁だけは……」
弟弟子である、ユーイン・ルベール子爵の言葉をタイランは見る事なく返していた。その会話に、別の側からも声が向けられた。
「ベイカー殿は下でしょうか? ……この場は危険ではと。思います」
「そうだな」
続けてかけられたエルマの言葉に、タイランは先程と同じに答えた。見据えた目を離さないタイランを、二人は怪訝な顔で見ている。
「あの黒いのはなんですか?」
「転移魔法で現れた。……あの男の手だろう」
ユーインの言葉に、呟きを返したタイランの「あの男」にエルマは一瞬はっとなる。
「兄弟子……あの紫色に光ってるあの男は何でしょうか?」
「あれか……私の負債だ……」
ユーインとエルマの視線の先に、死んだ筈のカイムが紫色の光に包まれて立ち上がっていた。
――そう、私のだ……とそれを見た、タイランの思考だった。




