十二~双翼乱舞…魔衝撃~
2020/04/23 若干修正
――天極の神々の御前です、お静まりなさい。龍の巫女たる私が双方のお声をお聞きします。神裁を。神の御裁きをお受けなさい――
繰り返される極音の加護を持つコーデリアの声に、場全体が押し付けられる。
悪意はないが、聞こえる音には逆らう事が出来ない。人々は、彼女の声を受け入れていた。
待機状態中のクローゼも、音に影響を受けて彼女の声が届いている。クローゼは振り返って見たが、何故、術式を越えて声が聞こえるのか分からない。
――どうなってるんだ? これには……黙りか。
彼の二重の意味での心の声は、取り敢えず無視されている。
クローゼも聞いていたコーデリアの声が止まり、人々の視線が彼女に集まる。双方のと言われたクローゼとエドウィンも、当然彼女を見ていた。
「これは神事です。神事の最中にこの様な。黒の六循と申す者。あなたには、神――」
「――五月蝿いぞ! それはもう飽きた」
コーデリアの声に、単純な大声が被さった。大声には幾ばくかの視線が向けられていく。その大声の主の横で、ラズベスが口をしきりに動かして、声を出そうとしていた。
当然、クローゼも大声に意識を向ける。エドウィンの天幕から、無造作に出て来たマスクの男。声の主は勇者カイムである。視認した場景に、クローゼの思考が乗っていた。
――エドウィンの消えた言葉と、今のノースフィール侯の様子。それにさっきの守護者の言葉。後はヴァンリーフ。情報を総合すると間違いなく、コイツが勇者だ。
そう、行き着いたクローゼの思考。
彼が断定した勇者は、当たり前の様に祭壇に向けて歩き出していた。時折止まり、足下の矢を掴んでである。
「面倒くさいんだな。ラズベス、俺がまとめて処理してやる」
「なっ。何をする気だ」
大きめの声を大声で返す、彼等の会話を聞いて、クローゼは身構える。あからさまな行動に、警戒の姿勢を見せたのである。
――まとめてって、何する気だ?
クローゼの疑問の答えは、直ぐに現れた。
おもむろに、カイムは手にした矢の束を祭壇に向けて投げた。無造作に投げられた矢の束は、流石に全てが意図を満たしてはいなかった。
――ヤバイ。何本行った? 間に合うか。
この瞬間、時折ある『見える』が起こっていた。
ゆっくり流れる時間と視覚。その間で首を振り――対象防護の対象を コーデリアに決めて発動する。
ただ、周りの竜戦の乙女達に向かった分は、多分追い付かないの感覚がクローゼにはあった。
――間に合わない……
「――見えてんなら誰か何とかしろ」
大声を出すまで、視認から二秒以下。彼の守護者の目でなけれは、投げられた軌道も見えず、発動の意思も持てなかっただろう。
その為、彼が声に出てしまったのは、自分の守護者に向けた物。いつも通り漏れ出た声……。
続けざまに身体ごと振り向く動作をして、直接防護の連続発動に移行する。ただし、彼が振り向いた時には、届く筈の矢がどうなるか分かる筈もなく。
――ク○野郎……。
クローゼの『声か思考か』の後で、頭上を越えた矢の束が意思を持たず、ばらける瞬間が見えている。ただ、続けてばらける矢が、無形の刃で叩き落とされるのも分かった。
クローゼは、時間の感覚が戻り目の前が開ける。その視界の先には、コーデリアと彼女達の恐怖感を漂わせた光景があった。
そして、続けて光景の中に男が現れる。
魔力の波のその後から、魔力の刃を放った主がその場に降り立つ。飛び出したであろう場所から考えると、人の技とは思えない程の距離と高さがあった。
「なかなか、凄まじいな。剣技と言うのは」
その男は、自ら放った力に自らが、驚きを呟いていた。彼はコーデリア達を背に、黒の六循を越えてマスクを無視し、エドウィンに問い質していく。
「エドウィン殿下。流石にその者は、騎士道に反しますな」
首飾りの騎士、ローランド・ブレーズの諫言であった。
――なぜ彼がと言うのは、赤い顔のオーウェンを見つけたタイランが、彼をその場に送ったからであり、彼の予感が当たった為に、立っていると言う事になる。それは、別の意味であるが――
彼の騎士道を向けられたエドウィンは、俺は知らんとばかりに、既に王道すらも保てぬ体たらくを晒す。また、ラズベスは何故か安堵の表情を顕にしていた。
エドウィン派……いや、それ以外の者も、彼の登場は「渡りに船」だっただろう。それは、カイムの行動が明らかに、コーデリアを狙ったからである。
「何だお前?」
エドウィン派では、カイムだけがローランドを知らない。それが言葉にでたのだろう、当たり前の雰囲気で彼は疑問を投げる。
「私は、首飾りの騎士とでもしておきますか。エドウィン殿下に、ご迷惑が掛かるといけませんので」
「はぁ? なめてんのか」
まるで、チ○ピラの様な返答のカイムを、ローランドは見据えて、この場のバランスが絶妙であると感じていた。
――思いの外、龍の巫女殿の権威が確かだな。それで何とか、この場が保たれている。黒の六循と言うこっちは話せそうだが、問題はこの者だな。
と,ローランド考察になる。そんな彼の思考の先にある人智を越える男、勇者カイム。実際に、この男を勇者というのは、もうおかしいだろう。一応に、魔者とでもしておこうか。
彼らの登場から僅かで、その場に少なくない間が現れる。
英雄然としたローランドと、魔者カイムが対峙する間に、両者に存在感を持っていかれたクローゼが、彼等と三角形を作る頂点の一つになっている。
その三人の微妙な距離と思いが、そこに三竦みを演出していた……
硬直ともとれる三角形を、観客席で呆然と見つめる男がいた。それは、オーウェン=ローベルグ・イグラルードである。
事の始まりから、不本意な形になっている事の憤りが体に現れているのか、または別の何かであるのか、その手は小刻み震えていた。
――何がどうなっているのだ。あの黒装束は? それに天幕からて出来た奴……あの体つきはあいつだろう。挙げ句果てに、ローランド殿まであの力とは、思いでだけは駄目と言うことか。
オーウェンは、存在をかけてこの場に来ていた筈だった。ただ、訳の分からない者の登場で、宣誓式が混乱に包まれて、その機会をつかみ損ねていた。
また、何がどうなっているのか分からない、状況が理解出来なくなっているのは、彼の周りの者達も同様である。
しかし、この場全体が右往左往している中で、オーウェンの周囲の者達は、各々が持つ面を合わせれは形になるもの有りはする。
「お姉ちゃん。首飾りの騎士さまだよ」
この場では、シエラだけが初めからを、嬉々として見ていた。単純に、驚きが楽しいと見てとれる。
――始めに転位の魔法陣が展開した時は、皆が驚く中で、彼女は真顔で『自分ではない』と主張した程だった――
シエラの言葉に、ロレッタが質問をする。
「シエラ。えっと、そこから飛んでった人は、お知り合いなの」
「そうかな。伯爵さまのおやしきで、いっしょにごはんをたべたの。なまえは首飾りの騎士さまです」
シエラが答える前に、ドーラの顔が一瞬緊張のがロレッタには見えていた。その問い掛けに、シエラは構わずに答える。
ロレッタは、黒の六循がクローゼであることを知っている。ただ、クローゼの声に答えて飛び出した者が、誰だか分から無かった。
それをシエラの口から、ロレツタは聞いたのである。
単純な話、ロレッタから見てもあの動きは尋常ではない。しかし、領主のクローゼの知り合いと言われると以外と納得出来る。しかし、聞いてはいないのである。
「それで、こっちが仮面の騎士さまです。どっちも騎士だからまちがえないように」
「そうなんだ。お知り合いなのね。えっと、ドーラ……教えて貰える」
ロレッタの言葉に、ドーラが緊張するのが分かった。それは今まで、何処かしら芯を持って『事の次第』を見ていた彼女が、一番動じた様にロレッタには見えた。
「あ、あの。そうです知ってます」
「ドーラ。ひょっとして何か隠してる? あの人尋常じゃないよね。……思い切って聞くけど、誰かに何か頼まれてない。ちょっと大事なことなの」
少しスイッチが入った感じのロレッタ。彼女に問われたドーラは動揺した。……互いに、心の当たりがあっての会話で、何と無く噛み合っている。
動揺で、赤い仮面のオーウェンをチラチラ見て、歯切れの悪いドーラに追撃が入る。
「う~ん。えっと、ドーラあっちを見て。分かるラオンザ。あの頭どころか肩まで出てるの……」
ロレッタは、ここに来た瞬間に見つけていたラオンザを思い切り指差し、クエストなのと言う意味でドーラに示していた……。
指された側のラオンザは、宣誓式どころではなくなった場で、人の動きと眼下の様子に警戒を強めていた。そこに一報が入る。
彼はその一報を、無言で下の様子を見つめるグランザに伝えていく。
「旦那。例の件で報告がありました」
「なんだ?……見つかったか」
ラオンザの言葉に、グランザが機嫌が悪いかの様な声を出した。それは、彼の隣のモーゼスの仕草から、ラオンザにも伝わる。
その様子に、若干引く感じで、ラオンザは報告続けできた。
「背格好がそんなんのが、屋敷から馬車でここに」
「何?……ここに来てるのか。確かか?」
妙な言い方のラオンザは、返しの早いグランザの声で少し戸惑いを見せる。だが、報告自体は特に変わった事はない。
「この状況なんで、中はまだ調べてねぇですが、入る時に確認したんで間違いはねぇそうです」
「そうか。なら、どういう感じだ? 聞かせろ」
ラオンザはグランザに、「どういう感じか」と聞かれたが、報告自体が馬車から降りる、赤い仮面の対象人物に似た背格好の男が、ここに入ったと言うだけである。
――まあ、本人かどうかも分からんしな。
ラオンザはそう思いながら、何と無く目を泳がせて周囲を見た。そして、また何と無く、赤い仮面を見つけた感じになった。
「あっ、あれ! あんな赤い仮面つけてるらしいです。あー、あいつですかねぇ。……あっ、えっ、嬢ちゃん……」
「あれを仮面だと判断するのか。どんな目をしてる? ……兎に角確認しろ。下が不味そうだ」
たまたま、と言うわけではないが、対面に赤い顔を見つけてラオンザはそれを言葉にした。
それに確認を促すグランザの声に、ラオンザは頷いて、もう一度その場所を見たが、その男は彼に背中を見せていた……。
背中を見せた男は、ラオンザの思った通り対象の人物……オーウェンである。眼下の三竦みに綻びが見えはじめた辺りで、ロレッタに問われていたドーラに彼は声を掛ける。
「ドーラ、大丈夫だ。……ところで彼女は?」
「あっ。彼女は暁の冒険者商会のロレッタさんです。ジルクドヴルムでお世話になりました」
ドーラの答えと共に、ロレッタも赤い仮面を見る。彼は視線を感じて、「ああ」と理解を示す感じになり、それが彼の答えになった。
「思い切りが無くてね。出来れば、騒がないて貰いたい。……冒険者の件でヴルム男爵だったか、彼に密命を与えた者だよ。一般的にはね。その私の意向で、彼と彼女達はここにいてくれる」
ドーラの「ああっ」の顔とロレッタの驚きと「殿下?」呟きが出ていた。
「一応はね。情けないがそう呼ばれている」
答えるオーウェンの言動と感情に、ロレッタの理解と認識が戻るまで、暫く時間が掛かる事になる。
――ただ、三竦みの三者の動き出した時間は待ってはくれなかった――
三者を並べるなら、この場をおさめる為の思案に時を使ったローランドに、目の前に現れた彼を見て力をはかりかねていたカイム。
そして、黒の六循として意気揚々とこの場に来て、何故か思い通りにいかないと苛々が募る……クローゼであった。
――何なんだこれは。とりあえず、どうする? まずはコーデリア様か。
そんな思考に行き着いて、クローゼは自身の拘束をといて祭壇に向けて後退る。そのまま後ろのコーデリアと竜戦の乙女達に届く様、大きな声を出した。
「コーデリア様。先ずはお逃げください。この場危険です。……君達もコーデリア様をお連れしろ」
出された声に、コーデリアはまだしも、彼女達にしてみれは、先ほどまで騎士や衛兵……エドウィンの私兵であれど王国側と戦っていた者の声である。
その為、彼女達は判断する事が出来ないでいた。また、コーデリア自身が、この状況に全く動じていない様に見え、結果的に逃げるの行動には続かなかった。
そんな場景とクローゼの動きを見て、カイムはまた矢を拾う格好をして、後ろに向けて声だした。
「ベイカーだったか? 飛んできた奴は強いのか」
「二度も同じ事させるかよ」
ベイカーが声を返す前に、クローゼの魔法陣が、地面に手を伸ばしたカイムの手前に展開する。唐突に出来た壁に、無造作に出していたカイムの手が当たり声が出た。
「痛っ。なんだ? ……」
「目の前で、同じ事はやらせないと言ったんだ」
「お前がやったのか。うざいぞ。……おい、ベイカーどうなんだ?」
起こった事より、また、クローゼの存在よりもカイムは先ほどの問いの答えを催促する。
彼は、ローランドが矢を叩き落とした魔力の刃が、不可解に見えて、相対的な強さの差が分かっていなかった。
「そんな事を聞かれても、分かる分けないでしょう。見たままで言えば強いのではないのか?」
「なら、俺より強いのか?」
「だから、分からないと言ってる」
ベイカーは、自ら答えに被さる声を更に拒否した。彼にすれば、カイムに答えたらどうなるか想像で出来ていた。
――お前より強い奴がいるわけがない。 ……単純にその辺りになる。
そんなやり取りをクローゼは、拳を握りしめて聞いている。感情の高ぶりを、押さえ切れない様子が、目に見えて分かる様にだった。
「殺していいか?」
クローゼの誰に言ったでもなく、独り言の様な呟き。それをローランドは拾った。
「黒の六循殿だったな。どうされた。殺すとは誰を――」
「――エドウィン=ローベルグ・イグラルード殿下。殿下にお尋ねする。そこのマスクの男は殿下の手の者か?」
広いその場に響きわたる声。
怒号ではなく、真っ直ぐな怒りと威圧を乗せた声が、エドウィンに向けられた。
危険を感じて、抜け落ちていく様に、人が減った双翼な観客席にも届いた声。その声が、全ての意識をクローゼ自身に集めさせた。
そして、クローゼの見据える視線の先のエドウィンは、その覇気に押されて声を出せずにいる。
「言葉がないなら、そう理解――」
「――なんでそんなことを答えねばならん。俺は王になるのだぞ。邪魔者はお前だ」
威圧を振り払って、クローゼの言葉を遮ったエドウィンの言葉に、「邪魔なら始末してやる」のカイムが声を合わせた。
それと共に、カイムはクローゼに向けて走り出す。
クローゼは、それを冷静な顔つきで見据え、腰の双剣の片側を抜いて、剣先を迫り来るカイムに向けていく。
「始末するのは……こっちだ」
その言葉とともに持ち手に魔力を込めて、呪文を唱える。――「起動」
放たれた竜硬弾が、クローゼが込めた魔力を引きずる様に飛んで、カイムの額を撃ち抜きその勢いでマスクを引き飛ばす。
そのまま、エドウィン達の横を通り過ぎたと思われた軌道で、風を切り、せりあがった観客席を支える壁の一部を轟音と共に破壊した。
震動と轟音に爆煙……の中で……「まだ、半分だ」……そんな声が聞こえた。




