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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
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十一~双翼乱舞…前哨戦~

 物語を綴る者達を、天の点から眺める此方側から見ても、この刻は感じた事のない流れになる。綴られた頁でも、見当たる事の無いと言えた。


 ――此方側すらそうである――


 まして、それを見つめる者達にとっては、尚更だっただろう。先程から起こっている事全てを理解できる者など、有ろう筈ずがない。その現実が、場での硬直を持続させた。


 ただ、翼の中には、その出来事と自らが持つ断片を繋ぎ合わせ様とする者はいた。


 黒の六循(クロージュ)が誰で有るか知る者。彼がここに来るのを知っていた者。先程の光景を魔術と理解する者。

 そして、自らが発すべき言葉を奪われた者と、それを見つめる者や純粋に驚く者達……。


 それを含めて、多くの目が集まる先の二人は、見たまま『二人だけ』な距離感を持っていた。


 その距離感で、祭壇の壇上に立つコーデリアは、黒装束の仮面に躊躇なく声を掛けた。

 それは単純に「知っていた」と告げて、「話を聞く」と言葉にしている、と言うものだった。


 クローゼは、向けられた声に誘われて、コーデリアを仰ぎ見る。そして、自らのを落ち着かせる様に、軽く頷く仕草した。

 クローゼは一息の後、地に付いていた自らの膝を解放し、立ち上がり姿勢を正し背筋を伸ばす。


 彼の瞳は、仮面の中から、真っ直ぐに彼女の目を見ていた。


「感謝します。刻の猶予も余りありませんので、単刀直入に申し上げる。正道を成す為に、貴女の御力が必要なのです。御一緒願いたい」


「お声はお聞きました。……では私も手短に。それには、お応えは出来ません」


 目の前の黒装束の仮面。その申し出を、柔らかい笑顔を向けながらコーデリアは完全に否定した。

 その言葉を聞いて、黒い仮面が軽く揺れる。それは、クローゼの動揺を表した物だろう。


 ――えっ、何でだ? 何か間違ったか。


「何故でしょうか?」


 彼の心の声が表す様に、彼は彼らしく、そのままを口にした。それを変わらの微笑みのままに、コーデリアも答える。


「お分かりになりませんか? 偽りの貴方で、正しい道を成すと言っても、それが神義はおろか道義にも足らないと言う事を」


 壇上のコーデリアを見上げる場所に立つ、クローゼには彼女の微笑みは届いている。


 ――拒否はされていない……けどなにが足りないか分からない。偽りの?……ああっ


「それに。そのお姿でのお話では、私が龍の巫女の立場でなくとも、お供は出来ないでしょう」


 その言葉で、クローゼはそれが何かを理解した様に見える。そして、暫く考える仕草をする。

 実際問題として、素性分からない者に同行しろと言われて来る者はいないだろう。


 ――確かにな。なんでこの格好で上手く行くと思ったんだろう……俺。


 そんな思考で声を返せず、表情も見せる事の出来ないクローゼに、困った顔でコーデリアが言葉を続けてくる。


「『貴方が来る』とお話をお持ちくださった方から、貴方が誰かは、お聞かせ願えませんでしたので。それに偽りのお声を聞いても、『はい』とは言えないでしょう」


 彼に向けて、コーデリアの言葉が積み重なる。その重なりが、クローゼの理解を誘った様にみえる。


 それは、彼の仕草で証明された。


 彼の仕草は,仮面に魔力を通す場所に軽く手を添えて「呟く」だった。


 ――少し、あの人にやり返された感じがする。結局外すなら、二つも着けなければよかった。


 彼の気持ちの揺れを感じさせない早さで、表情を隠していた仮面は、リング状になる。リング状になった仮面を外して、その下の『申し訳け程度』は服の中にしまい込む。

 そして、さらけ出した顔をコーデリアに向けて、自身の声を発した。


「顔と声は、この辺りで御許しください。……私の名はクローゼと申します。この仮面は、故あって偽りの姿ですが、黒の六循(クロージュ)として頂くと助かります」


 言葉を終えて、逆の手順で黒い仮面をつけ直した。その所作を、クローゼの顔を確認出来たのは、コーデリア以外は、何人かの竜戦の乙女(ヴァルキュアード)だけだっただろう。


 クローゼは、コーデリアの「お顔とお声はわかりました」の声を聞きながら、仮面に表情が表れるのではないかと言う位の顔をしていた。


 ――変えてた声が違うって……なんでバレてた?


 しかし、その疑問について考える時間は、エドウィンの声によって遮られる。


「なんだ? くそ、馬鹿にするな。私は王になるのだぞ。兎に角奴を殺せ。……お前らは誰の臣下か」


 再びの怒号。いや、先程のままの勢いで押し殺されていた思いは、二度目ではなかったかもしれない。


 エドウィンの言葉に、一旦下がっていた彼の私兵達は、黒装束の仮面の元に向かって動きだした。下に配置されていただけでも、二桁ではきかない数がクローゼに殺到していく。


 背に受けた怒号と、殺到する彼らを感じて、クローゼは声を出す感じで振り返った。


「コーデリア様。あの男が一連の首謀者です。あの場にいて、彼等だけが無傷などあり得ません」


 そう言葉を並べて、コーデリアに伝える意思を持って声を張る。そのまま、クローゼは迫り来る私兵達に気持ちを向けた。


空間防護(スペース)――連続展開」


 向けた気持ちのまま呪文を唱えて、声に明確な音をのせ繊細に魔力を制御し、術式を発動させる。


 その意思を言葉に込めた呪文が、彼を中心に半円を描きながら、地面すれすれで閃光を放つ。閃光をだどる様に、砂埃を上げながら複数の魔法陣を展開した。


 クローゼの術式は狙い通りに、迫り来る彼らの足元で魔法陣を展開させ、彼らの体を宙に舞わせ悲痛を呼んだ。

 若干の砂ぼこりと、地面近くにという条件がその存在を惑わした。更に、彼ら自身の勢いと空間防護(スペース)の位置が、足元をすくった感じになる。


 ――ただ、空間防護(スペース)は切れる――


 クローゼの前方で、迫り来た大半が転倒して少なからず砂を舐めていた。その光景の方々で、うめき声がもれている。

 勿論、クローゼは転倒させる『だけ』を目的に展開したが、流石に、鮮血が全く無いではすまなかった。


「早く手当をしてやれ。手加減が難しい、それ以上近付くな。傷つけたくない」


 少なからず見下ろされる形の彼らには、何が起こったか分かってはいない。また、場景を成した黒装束の仮面(クローゼ)からの言葉は、彼等にとって意外な物になる。

 言ってしまえば、『殺意の対象と認識しろ』と指示され者が、自分達に配慮しているのだ。


 それ以後……大きな半円を描いた空間防護(スペース)の跡は、黒装束の仮面(クローゼ)と彼らの境界になった。


 ――醜態を晒して、その外に逃げる者。意を決して、仲間を助け出す者。当然、別の選択をする者の場景が続いた――


 無論、それが本来の目的である。


「怯むな。行くぞ」


 流石に私兵とは言え、何が起こったか分からない程度では、戦意喪失とはいかず、中隊規模の長と思われる男の声で再度その線を越えてくる。


 各々が慎重に境界線を越えて、そこから気合いの声を切っ掛けに、意を決して距離詰めようと走り出してくる。


 その瞬間を狙って、クローゼが空間防護(スペース)を相手の胴体辺りに発動する。当然、これも繊細に……。そして、呻き声と転倒する音が、何度も繰り返される。


「近付くな。と言ったぞ」


黒装束の仮面(クローゼ)が、その言葉を彼らに向けた頃には、動きも止まっていた。


 それに、業を煮やしたエドウィンの命令で、クロスボウとロングボウが登場する。並ぶ列を見るエドウィンが、黒装束の仮面(クローゼ)に対して『どうだ』と言う形相で見ていた。


「どうだ。これなら……」


 そんなエドウィンの声が、護衛の騎士の隙間から、僅かにその場に聞こえた。


 彼の言葉は、黒装束の仮面(クローゼ)との間に、小隊規模のクロスボウを配置して、両翼の観客席の仕切りを越えた無人の場所に、各々小隊規模の弓兵が矢をつがえて構えている。という状況によるものだろう。


 ただ、クローゼはエドウィンに呆れた感じになっていた。


 ――どや顔されてもな……後ろに龍の巫女がいるのにお構いなしか?


 思いのままにクローゼは、状況を視界におさめて、自身の胸を拳で二度叩き、大きめの声を前方の一団に向ける。そして、徐に歩き出す。


「後ろには、コーデリア様がお見えになる。キッチリここを狙え、外すなよ」

 

 掛けた言葉は、思いの外その場に響いた。


 ――彼の声はよく通る。コーデリアの加護とは違い素ではあるが、声に乗る魔力が違うからだ。

 そして、魔力を上乗せしているのは、武で守護する者だと思われる――




「……『お手並み拝見』とは言ったが、聞くと見るとでは違うのだな」


 グランザ・ヴァンリーフ子爵は、小さな呟きを漏らした。


 彼は光景がよく見える、観客席の両翼の先端部に陣取った、二十人程の南部諸侯の一団の中心にいた。オーウェン達がいる丁度反対側で、この場に来てから、グランザが初めて出した声であった。


 隣に立つ、モーゼス・ポロネリア子爵は、その音を聞いて何故か頷き、グランザの言葉を拾った、護衛の体のラオンザが呟きに答える。


「初めのは、いつもの感じですね。今のは見たことねぇですね」


 それなりの声になったが、かなり大柄な彼の後ろには空間出来て、グランザの周囲は彼のパーティーが固めている。それに何と無く、事情が分かるポロネリア子爵には、配慮は必要ないと言うことなのだろう。


「これは、不味いだろう」

「いや、問題ねぇですぜ。旦那」


 目の前の状況を見て、そのまま言葉にしたグランザに「問題ない」とラオンザが答える。そして、その通りの光景をグランザは……彼等に見る事なる。


「弓隊。放て――」の声と共に、クローゼに向けて両側から矢が放たれたる。だが、ラオンザの言葉通りに問題なく、美しい光を放ち発揮される魔法陣の盾によって、矢は弾かれる。


 コーデリアを考慮したのであろう。クローゼは自ら描いた、その線を踏む位置にまで進んでいた。それに相対する様に、彼の前方の一団が下がったのが見てとれた。


「ヴァンリーフ卿。あれはあの方と言う事ですか」


 グランザに、顔を寄せてモーゼスはそう聞いた。問い掛けた先の頷きで、彼はそれを肯定と理解した。


 彼は、ヴァンダリアの意向で、いや、クローゼの依頼でこの場にいた。情報操作の一貫で、自領近隣の何人かを説得してやって来た。

 当然、伴って来た貴族達は事情を知らない。エドウィンに「媚びを売るのか?」と、断られた貴族にはそうも言われていた。


 モーゼスが黒装束の仮面…… 黒の六循(クロージュ)をクローゼだと理解出来たのは、彼の屋敷の庭で、クローゼが現れるのを自身で見たからである。


「貴方にしか頼めない」とクローゼに頼まれて、バルルバの森での出来事の『恩と自責』を返すつもりで引き受け、この場にいた。


 クローゼとしては、転位魔法で飛べる場所がそこだけだったと言うのが彼を選んだ理由だが、選ばれた側はそう受け取ってはいなかっただろう。


 ――あの時のあれは……返す事が出来たのだろうか?


 その思いに答えを出せるのは、モーゼスの眼下に見える黒い仮面。散らばった矢を蹴飛ばして払い、足下を整えているその男だけだろう。


 ただ、クローゼは向けられた思いなど知らない。


 ――とりあえず邪魔だ。コーデリア様と話の途中なんだからな。


「さあ、次はなんだ? 忙しいんだ」


 黒装束の仮面(クローゼ)の言葉に、彼の目前のエドウィン派の人々も出せる言葉がなかった。

 エドウィンは勿論、ノースフィール侯爵やベイカーにしても、冷静なカークまでも同じ事を思っていた。


 ――何者なのだ? ……である。当然の様に理解出来ない事は、その類いに秀でた者に向けられる。


「ベイカー。お前は魔導師だろう。何とかしろ」

「そうだ。何とかしろ」


 エドウィンとラズベスの言葉に、ベイカーは(しき)りに天幕を見ている。それに気が付いたラズベスは、手で拒絶の合図をしていた。


「この場で、あの御仁は駄目だ。既に連れて来たのを悔いているのだ」


「今までの見てましたよね……仕方ないと思いますよ。それに、あの黒いのは魔法使いだと思われるので、殴り倒した方が早い」


 ベイカー・シュラク客子爵の言葉に、エドウィンの護衛の騎士が声を出した。


「恐れながら殿下。私があの者を打ち取ります」


「よく言った、サンディ。あれを倒したら――六剱の騎士(シックスソード)の名をやる」


 サンディ・ドリューウェット騎士爵は、エドウィンの手駒の中では、一番強いと言うのが認識としてある。六剱の騎士(シックスソード)に一番近いと言われ、裏側では「次点の騎士」と呼ばれ嘲笑されていた。

 そして、エドウィンの言葉を受けて、彼は色々な物を払拭したいこの場で思っていた。……ベイカーの言葉を頼りにである。


 彼はそのまま、歩み出て黒装束の仮面(クローゼ)の前に立つ。もちろん、先程の境界線ほどの距離を置いてである。


「私は騎士、サンディ・ドリューウェットだ。その腰に下げている剣が飾りで無いなら、私と一対一で……正々堂々と立ち合え」


「――断る」

「なっ、何だと」


「何が正々堂々とだ。外道で非道で卑怯な奴の手下の癖に、どの口が言うのだ。今も散々多勢で襲って来ただろ。そうやってに掛かってくれば良いだろ」


 サンディは堂々と歩み出て、狼藉を働く者と正面で対峙し、立ち合いを申し込んだ。それを断られ、主君を散々罵倒された彼は、顔を真っ赤にして怒っていた。


「殿下を、そこまで侮辱するとはもはや許せん」


 彼はそう言うと、黒装束の仮面(クローゼ)との距離を詰める様に動きだし、魔装具に魔力を込めて剣技を放つ。それは、その距離を積める事の出来る技であった。


 そんな相手の動きに遭わせて、クローゼも全力で前に出る。


 放たれた剣技の刃が、剣先から抜けて僅かなゆらぎで、黒装束の仮面(クローゼ)に届いた。

 だが、威力も魔力もクローゼには届かない。サンディ・ドリューウェットはそれを見て、たじろぐ様に驚き……勢いを殺した。


「ばっ、馬鹿なっ」

「倒す方が早いんだがな」


 軽い呟きとともに、相対的な距離で数秒の間をクローゼは詰めた。


 勿論、徒手で空剣である。


 驚きで、上体をあげていた相手の懐に潜り込んで、掌底を叩き込む瞬間に対物衝撃盾(シールド)を発動する。

 そして、自らの魔力魔量をアンカーに、展開させた魔法陣の盾の反発力を相手に全て預けた。


 ――ヴォルグも弾き飛ばしたやつだ。その時は見てるだけだったが。


 対物衝撃盾(シールド)の効果が発揮されて、対象物となった彼は弾き飛ばされて、かなりの距離を文字通り転がっていった……。


 その音がやんで静けさが現れる。しかし、静けさと言うより絶句と言うのが正しい。

 単純に見たままで、鎧を着けた騎士が黒装束の仮面(クローゼ)に殴られて、普通では考えられない程飛ばされていた。


「多分。死んではいないと思うが、早めに治癒魔法をかけた方が良い。誰か……早くしろ」


 明らかに、殴り飛ばした側の発言ではない。しかし、当たり前の様に、その場の兵達はその言葉で動き出す。


 本来のなら、エドウィンも何か言わんとする筈だろう。ただ、その光景を見て呆然としていた。勿論その周りも、それを上から見つめていた者たちも。


「これで良いな。邪魔をするな」


 クローゼはそう言って、祭壇の方向に体を向けて歩き出す……


『物凄いのがいたぞ』


 ――なっ、いきなり出てくんな。なんだ?


『後ろだ。天幕の中でいきなり雰囲気が変わった』

「誰だ?」


『分からんが、この間の奴に近い』

「魔王級って事か……手を出すなよ。俺がやる」


 振り向き様に、天幕を見てクローゼは呟やきを放った。その視線の先から、マスクの男が頭を掻きながら出てきていた。


「騒がしいな。こんな所に入ってたら一緒だぞ」


 その様子に、慌てるラズベスがカイムに声を出そうとした時、エドウィンが黒装束の仮面(クローゼ)を指差して、先に声を出した。


「おい、お前。あいつを殺せ。お前は勇――」


「――天極の神々の御前です。お静まりなさい。龍の巫女たる(わたくし)が、双方のお声をお聞きします。……神裁を神の御裁(みさばき)きをお受けなさい」


 エドウィンが出した声も、クローゼの殺気を込めたやる感じも含めて、触発の雰囲気を掻き消す様にこの場の全て人々へ、龍の巫女コーデリアの声が届いていた……。



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