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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
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十~双翼乱舞……誘い~

 晴天が、王都ロンドベルグを照らしていた。天と点を結ぶ光が人智を照らし、極と獄の境に向かって進んでいく。

 進み行く刻を送る場所には、簡易とは名ばかりの祭壇があった。


 その祭壇は、王太子の宣誓式が行われる、競技場の様な作りの場所にある。


 円形の闘技場または競技場に見える、せり上がる観客席。それと類似した場所には、多くの人が見えた。居並ぶ位置は、祭壇の向かい側に王族に列する者がおり、その場を基点に両翼をのばす様に、王国の臣と民が続いている。


 明らかに、水増しされたであろう人々は、意図して王国の総意がある様に演出されていた。

 そして、その中心になる場所の天幕に、今日の主役になるであろう人物が、その刻を待っていた。


 エドウィン=ローベルグ・イグラルードである。


「カーク、どうだ? ここまできたぞ。これでやっと俺の正統な権利が得られる」

「殿下。御言葉が些か荒ろう御座います。陛下になられる御身なれば、御自分の事をそのように表されては……」


「ははっ。余とでも言えば良いか。相変わらず堅いのだなお前は。なあ、ノースフィール候もそう思わぬか、はははっ」


 年甲斐もない様子で、エドウィンは高揚感を押さえ切れない感じになる。

 嗜めた者も、向けられた言葉の先の義父も、困惑の表情が見てとれた。


 場の雰囲気も全く意に返さない彼は、 その場で異質を放つ、マスクの男の容姿と存在に疑念を投げ掛ける。


「その者はなんだ?」


 男は場違いな様相で、椅子にふんぞり返っている。男は、勇者カイムの秘匿の姿だった。


 エドウィンの言葉は、その態度が自身の大事にふさわしくない。との意を込めた様にとれる。

 誰にでもなく発せられた声に、ラズベスが恐々とした。


「……かの者であります。殿……陛下の護衛をかねてこの場に連れ置きました」


「あの者か。……護衛? といったかノースフィール候。だがな、この場を見ろ。これを見て必要だと思うか?」


 ラズベスを促す様に、エドウィンは腕を広げて見せる。彼の指し示す先には、天幕の周りはおろか、『場』全体に彼の私兵が配置された、異様とも取れる様子が見てとれた。


「陛下。念の為にともありますが、正統な人智の王たる陛下の大事を間近で接すれば、かの御仁も陛下の覇道を感じると思うが故にですぞ」


 苦し紛れの言葉に、エドウィンは侮蔑までは行かぬ、冷ややかな目を向けて「そうか」とだけ口にする。……あからさまな不快であった。


 不快な眼差しを受けて、ラズベスは額を拭う仕草をする。そして、彼の隣に立つベイカーに何とかしろという表情をむけた。

 その様子を、現状の絵面を描いたカーク・ボレスラク子爵は、表情を変える事なく見ている。


 ――この者は危険だ。


 その思いの彼が、描いたものには勇者カイムなどはいなかった。思いの外……否、想像以上に事が進んだ事は、彼にとってもある意味誤算であった。


 その意識が、彼に『この場合の過度な光景』を作らせていたと言える。……そう、この者は危険であると、彼の感覚がそう告げていた。


 そんな僅かなやり取りは、エドウィンと共にこの場で待たされていた観客席の者には、見ることの出来ない位置で行われていた。

 そして、天幕の上部を見つめる者も、各々の思いを持ってこの場にいるのである。


「ベデス伯。侯爵と共に天幕に入ったあの様相の者は、あれですか?」

「そうだな。ベイカーがこぼしていた。……既に御せぬらしいな」


 小声で、タイランに話しかけるローランドに、タイランも周りに聞こえぬ様に軽く答える。先に言葉をかけた側の彼は、伯爵位を持つ彼の護衛として、彼の弟子達に混ざりこの場にいた。


「無事に成せれば良いのですが。あれがいると為ると嫌な予感しかしませんね」

「もしもの時は、その様にだと言ったではないか。無理強いするつもりはないが……それのせいでそうなってしまうな、すまない」


 首輪を指摘されて、軽くそれを触るローランド。ただ、タイランの言葉は、そのままその通りであると言えなかった。


「まあ、それはそれですが。初めに申し上げた通りに、この剣は私には抜けません。なのでお役にたてるかどうか……。いっその事、仮面の騎士殿が抜く事が出来ていればと……」

「腕の魔装具を僅かで使い得た貴殿なら、そのままでも問題あるまい……無論、何事も無ければ必要すらないのだがね」


 帯剣しながら、それを抜く事が「出来ない」と言うローランドの言葉を、何事もなく受け入れているタイランの気持ちは分からない。


 ただ、彼自身はローランドを信用していた。初めは落胆したタイランも、比べる対象を変えれば彼も十分にその域を越える。ということを理解はしていたからだろう……。


 ――剣を抜く事か。……ローランドの話が本当なら、シエラが召喚したのはそれかもしれんな。いずれにせよ、殿下の事も含めて始まりは私だ……



 タイランの殿下は、当然、オーウェン=ローベルグ・イグラルードである。彼もまたこの場で人々に紛れて、翼の羽の一枚となっていた。


「ドーラ殿。手数をかけた感謝する」


「いえ。伯爵様が立派な馬車を御貸しくださったので、私は何もしておりません。それに、シエラの方が御役にたてたと思います」

 

 ドーラの言葉通りに、王国認定魔術師の護衛の体でオーウェンは仮面のままこの場にいる。ドーラは、タイランに事の次第を打ち明けられており、その上で、シエラの身分で問題が出れば、タイランの名を出すように言われていた。


 その事を向けられたオーウェンは、人の多さに目を丸くしてるシエラに声を掛ける。


「シエラ、助かったよ。ありがとう」

「人……いっぱいだね。なんにも見えない」


 唐突に出された言葉に反応して、シエラは声を出していた。声を掛けたのが、仮面の騎士……オーウェンの声であるのを気付いていない様に見える。


「そうだね。もう少し前に行こう」

「あっ、仮面の騎士さま。……うん。それがいい」


 二度目の言葉を彼女は理解したのか、軽い頷きを返していた。彼女の頷きにオーウェンは答えて、彼女を先導する形で歩きだす。そして、彼らに追従する様に、ドーラはシエラの背中を軽く押した。


 シエラは姉の手に後押しされる様に、一段低くなっている通路の様な場所から、彼の後をついて内側へ続く階段に向かって歩き出して行く。


 その時、突然彼女達に声が掛かった。


「ドーラ? ……ドーラだよね」


 彼女は、向けられた声に合わせてその方を見る。そこには、彼女も見知った女性がいた。

 ドーラの視線先に、ゆるふわな感じのロレッタが目丸くして立っていた。


「えっ。ロレッタさん?」

「あっ、やっぱりドーラだ。どうしたの?その綺麗な格好……凄い素敵だよ。見違えそうになった」


 そう言った彼女の声につられて、オーウェンとシエラも声の方向に体を向ける。


「あっ、お姉さん。こんにちは」

「えっ、シエラ? そんな格好だから全然分からなかったよ。……えっと、その紋章って」


「えっへん。わたし、王国認定魔術師になったんだ。すごいでしょ」

「凄いね、シエラ。頑張ったんだね。最近、私の所に来なかったから、ちょっと心配してたんだよ」


 ひさしぶりな筈の再開だが、そんな事はお構いなしで話すシエラ。本当に、「えっへん」と言ったのをおいても時間の経過が感じられない。

 そして、会話に互いの同行者も困惑の表情をだしている。


「ロレッタさんは、どうしてここに?」


「あっ。えっと、仕事かな。あの祭壇、ウォーベック商会も手掛けてるの。それで、その手伝いでね。それが終わったからここに……。えっと。じゃあ、ドーラ達はシエラの参集のお供って事ね」


「そうです。そんな感じです」


 彼女達の会話は、根本部分で、理由が違うのではある。ドーラの理由はオーウェンの意図を、ロレッタの訳はクローゼのであった。

 ただ、ロレッタの場合は、レンナントがらみとジルクドヴルムからとの二つの理由があった。勿論問題なのは、レンナントを経由した、クローゼの指示だったと思われる。


「ロレッタさん、そろそろいきましょう。うちの者が、先に行ってますので」


 二人の会話に入った男は、暁の冒険者商会の現商主であるクラーク・ドーンであった。


 その男は以前、クローゼが宿場で金を渡した彼である。あの時の言葉あや……そう、ある意味チャンスを物にした結果。レンナントに認められて、暁の冒険者商会を買い取った。


 勿論、南北街道中央路以外の看板は、ウォーベック商会に変わったのはいうまでもない事になる。そして買い取り資金の出所の大方は、ヴルム男爵と言う男からの借用ではあるのだが……。


「そうね、そうしましょう。あっ、だったらドーラ達も一緒に行かない? 場所決まって無いでしょ。一番前で見れるよ」


 若干困惑するドーラが、誘いに答える前にシエラが声にする。


「やった。いくいく。よく見えるなら、仮面の騎士さまもいいでしょ」


 その笑顔に、オーウェン「良いよ」と自然に答える。それで、その場はまとまった。


「じゃあ、クラークさんお願いします。よし、みんなも行くよ」


 そんなロレッタの声に、彼女と共にきた彼女の部下も頷いて答える。そして、促されたクラークが歩き出した。その背中に視線をむけたロレッタに、シエラが話しかけた。


「お姉さん。巫女さまは、いつおみえになるの?」

「えっとね。あの場所に光がかかったらだから、もうすぐね。急ごうシエラ」


 軽い会話をしながら、クラークの後ろを歩き出すロレッタとシエラを切っ掛けに、その一団はその場を後にする。それで、これから起こる事の認識が違う彼女達が、同じ場所に向かった事になる……




 先程の場所で、ロレッタがシエラに告げた場所に、晴天の光が差し掛かる頃……。

 彼女達、いや、その場の全ての瞳に映る様に、少女の様な女性が祭壇に向かう姿が現れる。


 その表情を認識出来る距離ではないが、あたかも、顔の作りまで見える様な存在感を放つその女性は、西域龍翼神聖霊教会の龍の巫女、コーデリアである。


 彼女が、祭壇の一段高い場所に立った。後ろには晴天の光のみがあって、彼女に神秘的な趣を与えていた。

 それを、合図にエドウィンが天幕を出る。そして、見上げる視線と共に祭壇に歩みを向ける、その刹那。


 ――彼の前方に、突然魔法陣が展開する――


 晴天を浴びる空間に、水平展開した魔方陣を見下ろす翼からは、あたかも龍の巫女がそれを成し、神の御力を具現化した様にも見える。


 鮮やかに光を放つ魔法陣は、時間の流れを無視するかの様に、ゆっくりと人地と重なった。その場に居た者は、ほんの僅かな時間の光景が、長い間に感じられただろう。


 そして、人々が作り出す双翼の翼から注がれる視線。その中の意思を持ち、この場に集う者の瞳が向ける先にその男は現れた。


 ――黒の六循(クロージュ)を纏いし特異なる者。魔王の魔力を内に宿し者。英傑な守護者の加護を受ける転生者。それは当たり前に、クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアである――


 立ち姿は黒一色に見える。


 ――ドンピシャ。ロレッタ凄いぞ。……今度昼飯ご馳走してやる。……レイナード付きでな。


 訳の分からない思考を放って、魔法陣の消える残光に映えた黒のフードを自ら振り払う。そして、見つめる先の男の表情に嬉々たした。

 

 ――その顔が見たかった……。好き勝手やりやがって脳筋野郎。ダブル待機状態(アイドリング)中だ。ここからはこっちの番だ。


 仮面の向ける先には、絶句の文字が相応しい顔のエドウィンが、必死に口を動かして声にならない動揺と格闘していた。


「異議ありだ。外道の王太子など俺が認めん」

「なっ、がっ、きっ、貴様はなんだ?」


 威圧を込めたクローゼの言葉は、エドウィンとの距離を越えて突き抜け、彼の声を引き出した。だが、クローゼはそれを無視して無造作に体を返す。 

 そして、エドウィンが歩くで筈であろう道を進んでいく。


 彼の背中を見送るエドウィン。そして、彼を取り巻く人々。観客席の者達、その全てが止まる。


 その中で、龍の巫女コーデリアは微笑みを浮かべている様に、クローゼには感じられた。


 踏み出す足と詰まる距離。


 理解していた者でも、声を出すのをためらう感じに、龍の巫女を護る竜戦の乙女(ヴァルキュアード)達が静寂を破る。


「不埒者そこで止まれ。それ以上来たら命はない」


 言葉と構えに、クローゼは両手挙げて尚も距離を詰める。それと同時に、言葉を発した彼女の持つ槍が飛翔する。

 その狙いの先と距離は、クローゼの時間を止めるのに十分に過ぎるものであった。

 しかしそれは、突然発揮される魔法陣によって弾かれて、あらぬ方向に飛んで地面に突き立った。


「――なっ」


 立ちはだかる者の漏れた声を越えて、クローゼの歩みは止まらない。彼は、驚きの顔を向ける彼女に、何事なかったように声を掛ける。


「こちらは無手です。帯剣はしてますが、両手は頭の上です。危ないでしょう」

「止まれと言った――」

「止まりました。これでよろしいか」


 その声との行き来の中、彼女は驚きの顔を迫る者に向けた。警告を無視して歩みよる黒装束の声に、その仮面の異様さに向けて放った槍は弾かれ、再びの声も遮られた彼女は、背中に当たる何かに気が付いた。


 ――祭壇? 下がったのか。


 彼女の目の前には、仲間の何人かはいるが、コーデリアと黒装束の距離は、彼女達のみとなっている。声も出せず、動く事も出来ない彼女達の状況に至って、流石に全体にざわめきが起こる。


 そして、本来の主役であった筈のエドウィンが声を上げる。それは、怒りをぶつける絶叫だった。


「ふざけるな。お前達が下げてるそれは飾りか。俺がコケにされたんだぞ、何をしている。奴を殺せ」


 その声に全体が揺れた……それで我に帰った者達が、クローゼに向かって一斉に動き出す。場の雰囲気を感じた彼は、コーデリアに向かって恭しく礼をする。そのまま彼女に背を向けて、迫りくる者らに向き合う姿勢を取った。


 ――まあ、こうなるよな。……さて、どうするかな。


 若干、面倒くさそうなクローゼの思考だが、それは、相手が王国の民で有る事の縛りからだった。


 距離感の感じでは、何人かもう届きそうではある。ただ、今この瞬間の迫りくる勢いなら、空間防護(スペース)で事足りる……。


 ――殺しちゃまずいもんな。諦めるまで殴られるのもなんだしな。……とりあえず、連れてくか。


 クローゼが、勝手に連れ去ろうと考えた相手は、龍の巫女、コーデリアの事を言っているのだろう.

ただ、そうするとユーリの言葉が正解になるのも、彼には自覚があった。


 そんな彼の躊躇とも取れる流れを、目的の相手は自ら絶ち切った。


「龍翼より生まれし神の子らよ。心穏やかにしてください。私は、大丈夫です」


 少女の様な彼女の声は、本来なら全体には届く筈がないもの……であると思われる。


 しかし、この時の言葉はそうではなく、皆に届いていた。そして、その言葉の後に挙げられた彼女の手には、晴天の光が重なり輝きを見せる。


 その様子に……その場が収まっていく。敬虔な神徒も多いこの場で、彼女の一言が届くならば、エドウィンの言葉を凌駕してもおかしくはなかった。


 そして、得たいの知れない黒装束の仮面が、現れた光景が後押した様に見える。


 それに合わせて、クローゼはコーデリアに顔を向ける。二人の間には、怪訝な様子の竜戦の乙女(ヴァルキュアード)が依然としてあった。


「大丈夫です。貴女方もおさがりください。私は、その者のお声をお聞きします」


 落ち着いた声を聞いた彼女の達が、幾ばくかの葛藤を要して退いて行く。クローゼは、それを確認してコーデリアの前で片膝をついた。


「天極の地より来たれ神子たるコーデリア様。突然現れた無礼を――」


「貴方が、お出になるのは分かってはおりました。ですが……この様な形で、とは思ってはおりませんでした」


「はぁっ?」


 唐突に「分かっていた」と言われた、クローゼの仮面の中は些かであった。


 ――へぇ。なんで?……もしかして、本格的な奴とか。知ってたとか……マジか。


 軽く上げていた顎を引いて、散発的な思考ををしているクローゼに、コーデリアが微笑みを向けているのが見える。


「お顔を、お上げください。そして、あなたのお声をお聞かせください」


 微笑みを魅せるコーデリアの声がして、クローゼは取り敢えず、地面を見ながら聞いていた……。




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