九~黄色い薔薇。今度はクロージュ~
王都ロンドベルグ。その場所に、刻を告げる影柱が有るなら、街並みを射す光を引き立たせる影は、極の過ぎ――午後――と呼ばれる刻に、爪先を掛けていた。
その街並みを『それなりの様相』な馬車が抜け行くのが見える。乗っているのは、グランザ・ヴァンリーフ子爵である。
ヴァンリーフ子爵家。イグラルード王国の社交の場でヴァンリーフは、そのまま『ヴァンダリア』と言えた。
ヴァンダリア侯爵家付きの彼らは、社交の場に呼ばれる時、ヴァンダリアと認識されている。
『ヴァンダリア侯爵家付き』または『ヴァンダリア侯爵代理』の誰それと、その冠をかぶる。
――王都での晩餐会に舞踏会。夕食会に茶会。貴族個人の祝、出生、婚姻、天寿から地方での祝。橋が出来れば、屋が敷できれば……と、祭典や式典の数々――
単なる辺境伯では無い、譜代の地方領主の名は、そういった場では重宝され、予定が会えば彼らは何処にでも人を送った。
来るのが子爵家の家門で、名前が侯爵の格式は多面から有用だと見られていた。
「『王国の盾』たるヴァンダリア侯爵家の当主の名代として……」という言葉で始まる挨拶は、格式に花を添えるにはちょうど良かったと言える。
その中でも、やはりグランザに近い者程、その需要は高くなる。
彼の兄や弟にその子である甥姪、伯父叔父伯母叔母に従兄弟達の中でも、序列といった物があった。
また、需要を満たす為に彼ら自身の代理として、辺境区に行く者すらいた。
そんなヴァンリーフ子爵家の当代当主、グランザは別格であった。
彼はある時期から、表舞台に顔を出さなくなる。国事でしか姿を現さず、裏側の部分に力を入れる事になった。
その事が結果的に、彼の価値を高めた。……見たままの風格とは別に。
「旦那。さっきの箱は何ですかい。おっと、何でもねぇです」
グランザは、馬車に同乗しているラオンザの言葉を一瞥で返していた。そして、そのまま彼の問いに答える訳でもなく、声を出していく。
「出掛けの件は、問題なく出来るのか」
「ええ、寧ろそっちのが本職ですぜ。街中の仕事って聞いてたんでねぇ。腕コキを集めてありますよ」
「ならいい。予定が変わったがな」
三面の魔方陣の会談での言葉通り、今回の件で、冒険者のパーティーを何組か王都に入れていた。
結局の所、クローゼの適当な言動だったのではあるが、王都での受け皿を手配したグランザは、適当を知って、彼等をタイランの屋敷の監視に向けたと言うことになる。
――当たれば儲け物だと思えばいい。
グランザにはその程度の感覚であった。
彼は馬車の窓から外を見て、そんな事を考えていた。向かい側に座るラオンザが、その様子を見て声を掛ける。
「まあ、本当にいるんですかねぇ」
「それを確かめて貰いたいと、依頼をしたつもりだがな。見つけたら指示通りで頼む」
「おっ、確かにそうですねぇ。任せて下させい」
何となくの会話で、その場に静かさが戻る。
窓から眺める屋敷に向かう道が、グランザにはいつもより人が多い様子に思えていた。
そんな感じがする先から、彼は視線を外して、先程のクローゼとの会話を思い返していた。
――やれる事はした。後はお手並み拝見という事だな……。
彼はそう思い、宣誓式の場に気持ちを向ける。建前上は、ヴァンダリア侯爵家も頭数には入っていたのではある。
一方、お手並みをと言われた側のクローゼは、ジルクドヴルムの兵舎の一室で、ジルクドヴルム製の装備を前にしていた。
周りには何人か見知った顔と、それを手掛けた者達が顔を揃えている。
「グレアム。助かった感謝する」
場の雰囲気を無視して、クローゼは大きな男に向かってそう言った。彼としては、思った事をそのまま口にした。そんな感じが、彼の思いからも分かる。
――適当な事は言ってないつもりだけどな。
マジでキーナが、あそこまで頑なになるとは思って無かった。辞められたらやばかった。実務能力ないし。段取り取れないんだよ。……まあ、思い付きでというのは認めるけど。
自認と自責をグレアムの「ですな」を聞きながら、クローゼは思っていた。
大体の所、散発的な思考が、行き当たりばったり感を出して適当に見えるのだろう。
それは本人も、何と無く認めている所ではある。
「まあ、ですな。アリッサ殿がいないので、皆が上手く回らんのですな。以前は、御領主の仕事は彼女に聞けば皆が分かったので」
感謝をされたグレアムが、皆が言わなかった事を口にした。いつもの面子の彼らはも、同意した雰囲気を出していた。
それは分かってたんだけどなと、そんな顔をしたクローゼは、頭の中で こう呟いていた。
――出来ない事は、結局他人任せだったんだよな。
思いのままに彼は場に視線を走らせて、小さな声で今度は本当に呟きを出した。
「確かにそうだな。単純に俺の力が足らないんだ」
「手拡げすぎだろ」
「出来る事はやりますので、任せてください」
「ですな」
彼の呟きに、皆が声を掛ける。会話が途切れて暫く沈黙が流れ、全体が重い感じなった。
「ヴルム男爵閣下、今は準備が先決かと。やり方はどうであれ、閣下に託されたと思われます」
雰囲気を無視して、ユーリが声を挙げた。
それをレイナードとブラットは、怪訝な顔で見る。そして、当然の事の様にレイナードが、疑問を口にする。
「何でこいつがいるんだ」
「ユーリか? 副官にした。そうだな」
「はい。本日、副官の任を拝命致しました。改めまして、ユーリ・ベーリットと申します。皆様も、以後お見知りおきを」
「あれか。アリッサの代わりか?」
会話を聞いて「ああっ」と声が漏れて、言葉のままの雰囲気が流れた。
クローゼの副官は、その任が多岐にわたるのが、ジルクドヴルムだけで無く、ヴァンダリア全体の共通認識になる。
クローゼをよく知る者は、「大変だな」の視線を含んでいた。
「では、アリッサ殿の補佐官にその旨、通達しておきます。今回の様に、その都度目に入った者に指示されると困りますので、以後はユーリ殿に統括を願います」
「大変だな。頑張れよ」
ユーリに、その場の視線が集まる。意味合いは、ブラットの継ぎの言葉と、レイナードの「頑張れよ」が全てを現していた。
「どういう事でしょうか?」
簡単に言えば、アリッサの下では百人をこえる者が動いていた。彼女は常にクローゼの側にいながら、中隊規模を統括していたという事になる。
そんな内容を、ブラットに説明されたユーリは、困惑の顔をする。
「閣下、そんな話聞いてませんが」
「なるほど、そう言う事か。それでとごに行っても、誰かいたのか」
「いや、閣下、それは。……初めて知ったみたいな感じを出されても困るのですが」
当然の話、そんな重要な事を知らない方がおかしい。しかし、ほぼ丸投げな領主代行の権限は、彼の範疇を越える。
また、自由奔放が服をきている様な彼を捕まえるには、それ位は当然だった。
クローゼが最初に、アリッサにつけた分隊規模でおさまる筈が無かったのだろう。
困惑の指摘もお構い無しで、クローゼはユーリの肩に手をあてる。そのまま、如何にも当たり前の顔をする。
「という事だ。よろしく頼むぞ、ユーリ。お前も色々と忙しくなりそうだから、ロンドベルグには一人で行く事にするから」
軽い乗りで頼まれたユーリは、頭を抱えていた。
ただ、明らかに危なそうな場所に行かないで良いのは、彼も安堵するところではあっただろう……。
安堵な新任の副官を、クローゼは置き去りにする。
「じゃあ、例の物を見せて貰いたい」
クローゼの言葉の先に見えるのは、例の物である。『綴られ行く歴史』の遠くない先で、ジルクドヴルムが受ける名を現す礎となる物。
――黒の六循の装備品である――
対魔王装備として、ジルクドヴルムの総力を挙げて作られた物は、この世界の感覚では異質な物と言える。
「御領主ご覧ください。修行の成果を十分に御見せ出来る物と存じます」
そう言ったのは、バルサスの所に修行に出向いていた職人の一人だった。そして、その隣の女性が続けて、高揚感を言葉に乗せている。
「領主様の御要望が大変難しゅうございました。ですが、御認め頂いた故、誠心誠意を込めましてございます。それは……」
声の主は、魔装技師の中でも、魔装裁師と言われる魔動術式を刺繍などで織り込む技を持つ者であった。
貴族の衣服を手掛けるのも、魔装裁師の範疇になる。
その女性は、言葉な後にも「糸が特殊だの染色が特別だの作る込みが複雑で……術式が高度な」等々と話を続いて行く。
「いい加減、此方の話もさせてくれんか?」
「まだ、この薔薇の紋様の説明が」
「説明も聞きたいが、先に着させてくれ。薔薇は後程。トラスト殿の話は着替えながら聞く」
クローゼの言葉によって、その二人のやり取りは始まる前に終わる。当然、そのまま着替える為に、別室に向かう事になるのだが……。
一応に、公私を含め、冒険者の名を借りてジルクドヴルムに集められた彼らにとって、クローゼの言葉に異を唱える者などいない。
そんな面々が多数いる中で、クローゼ自身も、全員の話を聞く時間は今はないだろう。
だだし、これを具現化する為に、初めは彼等も呆れる程クローゼは話はしたのだが。
流れで別室に入ったクローゼは、それに袖をとうそうとして、先程トラストと呼んだ男の声にその手をとめた。
「御領主様。御要望通りの配合の物を、いつもの仕様で用意致しました。御試しになりますかな」
その男が言ったいつものとは、配合竜結晶の事である。彼はクローゼに名前を覚えられるほど、クローゼに重要視されていた。
「大丈夫だ。貴方の仕事はいつも期待以上だ。そこは信用する」
「恐縮しますな。ですが御領主様。多少は自慢させて貰えねばやる気が出ませんな」
「また冗談を。明らかに、好きでされているのでしょう。まあ、今日は刻がありませんが、いずれその場を作りますよ」
「それはそれで、恐ろしいですな。また、何を言われるか」
クローゼは、トラストと受け答えをしながら、軍装の者に手伝われて装備を着けていく。
会話の相手でトラストと呼ばれた彼は、配合師である。彼の功績の最たる物は、竜撃筒を実現した『火薬相当』の配合竜結晶だった。
また、クローゼが普段から身につけている、各種筒も彼の物が多い。
彼等の会話が終わる頃。クローゼは、姿見の前で自身を見ていた。彼が着ているのは、服の部類に入る物ではある。
全身を黒を基調とした色でまとめて、黄色を配して、彼らしさを感じさせる様相だった。
――見た目で、存在感を示す黄色の薔薇が一輪、胸元にあしらわれていた。また、今ない顔を隠す仮面にも、それと同様に六枚の花びらで書かれた薔薇があった――
至って普通の服の様な黒の六楯の装備は、クローゼの知識で言えば、ボディーアーマーの様な構造をしている。
「軽いな。本当に入っているのか」
「申し訳ありません。それは別室で御待ちの方々でないと。……我々では分かりかねます」
クローゼ自身が構造を指定して、作らせた軽量の軍装になる。この世界で極限に近い硬度を持つ、希少な金属があいだに入っている筈だった。
勿論出所は、彼が導師と呼ぶ魔導技師に他ならない。
彼がドワーフの王より賜った、特別な竜鉱石から、彼の義兄である、ドワーフのバルサスが作った物であった。
「まあ良い。信用しておこう」
着るのを手助けしていた軍装の者の答えに、クローゼは呟きを出した。
その意味合いは、見た目に反して着るのに手間のかかった事と、彼の思考を読み取る事でわかる。
――取り敢えず面倒くさい。
彼はこれから起こす事で、十分に頭の中が満たされている。……彼はそんな感じがしていた。
彼の呟きに、周りの者が一瞬の間を置く。
彼らは、クローゼの言葉を自分達に向けられた物ではないと理解して、その動作に戻る。彼専用の双剣を腰に据え、彼の背から黒色でフードのついたマントの様なコートをかける。
「グレアム。どうだ?」
「なかなかですな」
立ち会っていた彼に、鏡越しのクローゼの姿から声がした。掛けられた声に彼がそう答える。
落ち着いた声がクローゼを通り抜けて、彼の精悍さを際立たせていく。
際立ちは、そのまま振り返った姿が物語っていた。
「そうか。道化には見えないか」
予想以上と言われて彼はそう返した。
悪い意味にもとれる言葉ではあるが、彼等の中では、そう受けとる者はいなかった。
「見えんな。なかなかだ」
「何か、物凄く重装備かと思っていましたが、普通の服なのですね」
興味があると追従した者。当然追従すべき者。それらの声に、クローゼは笑みを浮かべた。前者には誇らしげに、後者には得意気にだった。
特に「なかなかだ」の男から男にの言葉に、クローゼは満足した様に見える。
その様子で、言い方は悪いのだが、珍しく彼の周りには女性の姿が見えない。
――セレスタは連隊の長を、フェネ=ローラから直々に拝命し出陣の準備している。
レニエは、ヴァリアントで集まっている諸侯の持て成しを取り仕切っていた。
そして、アリッサはあの地にある――
「仮面をくれないか」
彼等の声で笑みを浮かべた顔に、アイマスクの様な布製の仮面をつけ終えたクローゼが、そう言った。
「それつけて、仮面被るのか」
「念の為だ。取れたら困るからな」
レイナードのいつもの感じに、クローゼも普段で答える。彼の「そんなもんか」の声と並んで、差し出された仮面を頭から被る。
――仮面は目の周りを覆って固定された――
ここで、当然の様に彼の声が聞こえた。見た目で分かる単純な言葉。
「意味ないだろ。それ」
二重の意味も露な部分も『無い』に続く。両方共に、そのままな疑問を受けて、クローゼが微かに口角をあげる。
「見てろよ」
言葉と同時に、こめかみ辺りに触れる指先と、微かな呟きの流れの後、唐突に、クローゼの顔が頭ごと黒色の仮面に覆われる。
目元位置には、黄色い薔薇が存在を主張していた。
「どうだ?凄いだろ。アレックスに頼んだ。まあ、皆のついでだけどな」
仮面は周囲の雰囲気を変えたが、その声は驚きをもたらした。単純に、クローゼの声で無いが理由だった。
続く「ですな」であり「確かに」だった返しを受けて、表情不明なクローゼは頷いていた。頷きには、ユーリが冷静な疑問をあわせていた。
「閣下。それは流石に見にくくありませんか?」
「だと思うだろ。これは着けてない的な感じだ」
「着けてない的な? 仮面は、お着けになってます。そう見えますが」
変声のクローゼとユーリの会話が、多少噛み合わないのを除けば、全体的に彼の思惑通りの雰囲気がその場を包んだ。
その後も、若干食い下がるユーリに、クローゼが『着けてない的な』の説明をする事になる。
その最中に、部屋の扉が音を立てた。
音を聞いたグレアムの確認の後、扉が開かれてブラットが入ってくる。
「領主代行より、そろそろ定刻との事。領主様にはご準備をして頂く様にお伝えしろと」
簡単な儀礼を踏まえた後に、ブラットはグレアムに告げていた。経緯を確認していないブラットは、恐らくクローゼであろう黒い男にむけて、改めて声を出した。
「領主様、領主代行より伝言を。『御武運を、我等一同ジルクドヴルムにて領主の帰還を御待ちする』との事です」
ブラットの言葉に、その場の一同が姿勢を正す。
クローゼはそれに合わせて仮面を戻し、微かな思考を浮かべた。
――ロンドベルグは戦場か。まあ、確かにそうだな。
「分かったと伝えてくれ。では、装備の確認が終わったらそのまま向かう。何、すぐ戻る。夕刻には祝杯でもあげるぞ」
成に勢いを見せたクローゼが、自らも確認して、準備されていた白色の魔量充填を五本連続で使用する。
そして、ブラットとユーリを連れて、勢いよく部屋を後にした。転移魔法――転位型魔装具――を使う場所に向かう為にであった。
「白五本ですか。御領主は化け物か何かですかな」
「いや、人だな今のところは」
トラストの思わず出た声に、レイナードが答える。その流れで彼は、微かに思った事を口にする。
「ところで、クロージュって偽名なのか」
「ですな」
最後に、黒の六楯……で、そういう雰囲気になっていたのを、グレアムの「ですな」の言葉がおさめる事になっていた。




