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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
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八~序曲……ジルクドヴルム~

 冒険者始まりの街――ジルクドヴルム。ここ何年かの内、イグラルード王国で一番様相を変えた街と言える。そう、多種多様の面持ちを見せる場所になっていた。


 そこは、冒険者が集まり商人があふれ、匠の技を持つの者がその力を振るう所。

 また、魔法がある世界で、魔術に携わる者と魔法とは異なるを生業(なりわい)とする人々が集う街になる。


 そしてクローゼが、本格的に拠点とした『王国の建国当初』に玉座が置かれた事もある、歴史と伝統のある街であった。

 ただ、彼がクローゼとしてそこに立った時には、歴史の流れに埋もれて、衰退の文字を浮べていた。


 その『衰退か倦怠か』を、彼は大胆かつ整然と作り変えていく。そして、それは今も尚続いている。

 彼の目から変わり行く街並みは、知識を満たす物だった。それは、この世界のから見れば、異質のものだと言えよう。


 そんな特異な街で、午後に向かう極光――日射し――が昇る中、領主たる、クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアが現れる場所には、多くの人が集まっている。


「セレスタ。程ほどだぞ」

「そんな事は無理です」


「セレスタ様。ここであまり怒ると代行の所に行く前に、領主様が終わってしまいます」


 精悍な顔で腕を組んだまま、その場所を見つめるセレスタに、レイナードとブラットが嗜めを向ける。それを、その場に集まる軍装の者達も、どうなるのかと言う顔で彼女を見ていた。


「それはそれです。キーナさんも今回は、しおらくしくなっても止めないと言ってますから」


「そうだけどよ。いつもの事だぞ」

「でも、今回はやばいですって。代行……目が据わてましたから。だからセレスタ様お願いします」


 尚も食い下がる、セレスタに向けられる言葉に、彼女は一段大きい声を返していた。


「だったら尚更です。正道を説いたクローゼが、それをしたら駄目なのは分かるでしょう。どんなつもりなのか分からないけれど、その道を行くのに皆が命を掛けるのです。だから、いつもの事で済ませて良い訳はないのです」


 セレスタの言葉に、その場のそれぞれが思いのせていた。そんな雰囲気が漂った。


 何故こんな事になっているのか? というのは、グランザから連絡があったからだ。仕方なく容認した彼は、事の次第をジルクドヴルムに入れたのである。


 それと前後して、装備を整える為にクローゼがやって来ると連絡があった。その為、ジルクドヴルムの城壁内に転移可能な、いつもの場所で彼女達は、待ち構えているという事になる。


 そこを限定された場所と言う点で考えれば、城塞都市ヴァリアント程では無いが、ジルクドヴルムも城壁に対魔力防護の措置はとられている。

 その為、何処にでも転移が出来るという訳では無かった……



 ――対魔力防護を基準に考えると、その他の街はそれほどではない。例えそれが王都であれど同じだった。

 城壁全体に施す様な、対魔力防護の有り無しについては、元々都市を揺るがす程の魔法などが簡単に出来るものではない。その前提で、対策などは考慮されないのが、有無のその要因の一つでもあった。

 

 ただ、魔法、所謂、魔動術式に関する点で言えば、ヴァンダリアは王国でも屈指の水準を誇る。寧ろ、王国を牽引していると言ってもよい。

 また、ヴァンダリアの対魔力防護については、ジャン=コラードウェルズ・グラン魔導技師の存在が大きいと言える。


 しかし、城塞都市全体にそれを施すとなると、生半な事ではないのも事実だろう。その上で、城塞都市ヴァリアントは強固さを実現している。


 それは、クローゼの父であるハンネスの見識と先見性により、ヴァンダリアにもたらされ、彼の人となりによって培われた物になる。

 当然、ヴァンダリアの『紡がれた力』であるのは言うまでもない――




 城塞都市ヴァリアントから、ジルクドヴルムに向けて、問題の人物が転位型魔装具でやって来た。勿論、その場状況など知らずにである。


 微かな魔力の揺らぎとともに、少し大きめな魔方陣が、その場所に唐突に展開する。そして、それが地面に重なって二人の人物が現れてきた。


「うぇ、き、気持ち悪いです。頭がくらくらする」


「初めては皆そうさ。レイナードなんて吐いたからな。それで、二度とやらないとか言っておいて、フローラとお揃いでこれを……」


 転移魔法――転位型魔装具――という初めての体験で同行者のユーリが前屈みになる。

 彼に手をかけていたクローゼは、体がそれで流されて彼の方に向いた。そして、彼の表情に気が付いて言葉を止める。


「どうした?」

「た、隊長。……でなくてセレスタさん!」


 クローゼは自分の言葉に、声を出したユーリの視線の先を見る。そこには腕を組んだセレスタが、彼の認識で言えば、怒っている時の顔を彼に向けていた。二人の視線が合わさって、セレスタが先に声かけた。


「領主。……領主代行がお待ちです。宜しいか」

「えっ。あ。良いぞ。……セレスタなんで?」


 掛けられた声の向こう側に、小隊規模ではきかない軍装の人と見馴れた者の顔に、クローゼは気が付く。


 そして、状況を余り理解出来ていなかった。


「なんだ、普通じゃねぇか」

「レイナード。何でいるんだよ」

「領主代行から、領主様の拘束命令が出てます」


 普通なセレスタの後ろ姿を見て、レイナードが普通の雰囲気をみせる。

 それに、クローゼは見たままの疑問を投げて、隣のブラットから、代行が領主を拘束する旨の些か『普通でない』言葉を聞いていた。


 ただ、セレスタは当たり前の顔を見せている。


「二人共、余計な事はいいです。お連れしなさい」


 彼女の言葉に、二人はクローゼに近付く。そして、有無を言わさぬ勢いで彼の両脇を固めていた。

 その状況に、うろたえ気味のクローゼが、二人の顔を交互に見て抵抗の言葉を出した。


「なんだよ、ちょっと待てって」

「諦めて下さい。もう、バレてます」

「諦めろクローゼ。今回のはあれだ」


 そんな会話をしながら、クローゼは彼等に引きずられる様にその場を後にする。


 ――ある種の抵抗出来ない相手にされた。『無体なそれ』は、幸いな事に領民の目にはとまる事は無かった――


 因みにレイナードはキーナに、彼を殴り倒してでも連れて来る様に言われていたが、それはクローゼには言わなかった。


 その様子をセレスタは確認して、集まっていた者達に事後の指示をしてその場をおさめる。


 そして呆然とするユーリに、先程までの精悍で毅然ではない顔で視線を向ける。そして、そのまま彼女から、唐突に出される言葉が続く。


「ユーリ。何故、あなたがここに? ……えっとですね。ああ、クローゼに。……いえ、男爵に連れて来られたとか、そう言う事では無くて。その意味です。いえ、どうしてか……そう、どんな理由でと言うのを聞いているのです。それです。だから……」


「セレスタさん。落ち着いてください。どうしたんですか? ちゃんと分かりますよ」


 あからさまに変な感じの彼女に、言葉の途中でユーベンが口を挟んでいた。

 セレスタはその声に「はっ」として、瞬間彼女は自分の胸に手を当てて、もう片方の手でちょっと待っての仕草をユーリに向けた。


 そして、『大丈夫、大丈夫』と言わんばかりに息を整えている。そんな様子がユーリに伝わっていた。


「らしくないですよ。ちょっと意外ですね」

「ごめんなさい。少し集中が切れたみたい。平気だと思ったのだけれど。……ちょっと待って」


 少し間をおいたユーリの声に、彼女はそう答えをを返していた。声をかけた側は、言葉通りの顔をして彼女の様子を見ている。


 僅かな期間であったが、彼は彼女を補佐していた。そして、彼女と彼等の間には経過した時間よりは、密度の高い関係があった。


 そんなユーリが言った、彼女らしくない事。


 彼女の『らしくない』は時折おこる。いや、起こっていた。落ち着きを欠く、動揺する様な感じなる。彼女は、それを自身でも意識はしていた。


  ――彼の事だと、時々こうなってしまう――


 彼女がクローゼ付きを命じられてからは、それほどではなかった。ただ、彼女自身が思い出すのを躊躇する『あの出来事』から、数ヶ月は自覚出来るほどだったと言える。


 セレスタも、何故そうなるのかは分からない。


 しかし、彼女が彼の事クローゼと呼ぶようになってから、それほどたってはいないが、またそんな感じの自覚が少なからず彼女にはあった。

 単純に、彼らの距離は無くなったと言っていい。セレスタもそれは認めている事に思う。


 その上で、彼女の思いを述べるならこうなる。


 ――クローゼがどんな境遇なのかを彼女は聞いた。それは初めて彼が、自分がクローゼなんだと言った時よりも驚きだった。

 それでも理解は出来た。その事で、彼に対する見方が変わった訳ではもない。


 想いのそれも……向けられる気持ちも心地よく感じる。だけど、これから彼がどこに向かうか分からない。

 大事な部分で、彼を分かってあげれらない。そんな自分が嫌だ。


 彼女感覚ならそうなるのだろう……。



「……少しは落ち着きましたか、セレスタさん?」


 ユーリの問い掛けに、セレスタの『らしくない』は唐突に途切れる。そして彼女は、かけられた言葉の先に、気持ちを戻すように彼を見ていた。


 そんな様子をユーリは、何と無く心配そうに見ている。

 彼の感覚で言えば、彼女は強い人だった。幾度も皆が諦めてしまいそうな状況でも、彼女は折れなかった。そんなセレスタを、仲間達も分かりやすく信頼していた。


 しかし、目の前その人は少し違った感じがしている。と彼は思っていた。


「ええ、大丈夫です」

 

 はっきりとした顔で、言葉を出したセレスタに、ユーリは一呼吸おいて、彼女が始めに意図した言葉に答える。


「では、ご質問の答えを。先程、ヴルム男爵閣下より副官の任を拝命致しました。と言う事で、副官なら同行が当たり前と仰ったので、此所に」


「えっ、副官ですか?」

「はい。臨時で代行ではありますが、そう言う事になりました」


 簡単に、そう答えたユーリの物怖じしない感じは、エストテアからの帰路で、セレスタも分かっていた。

 それでも、他国の彼にそれを任せるクローゼの気持ちは分からなかった。


 そんな思いからか、怪訝な顔をしているセレスタに、ユーリは続けてこう言った。


「ユーベン解放までの期限付きですけれど。成り行きなんですが、なんというか……」


「何です?」


「まあ、なんと言いますか。ヴルム男爵は御領主ですので、軍権も御持ちかと思います。なので副官で良いのかも知れませんけど。ただ、特務外交官待遇兼任臨時副官代行という私の肩書きは、違和感しかありませんね」


 ユーリの立場を現した言葉を聞いて、セレスタはクローゼの感じか出ていると思った。それで、何と無くセレスタの納得した感じが起こり、ユーリは続けて声をかける。


「それに、他国の者を従者ならまだしも、官史と明言して任官するのも些かどうかと。まあ、口頭での個人的な事で有ると理解はしましたけど。それに、先程言いましたが成り行きで、あの場の雰囲気では私が話さないと終わりそうにも無かったので。と言いますか、もう誰もいませんが宜しいですか。セレスタ殿?」


 淡々とした彼の言葉に、落ち着きを戻していたセレスタは、僅かにそれを心地良いとも感じていた。

 そして、最後の言葉に現状を思いだし「あっ」とした顔した。


「セレスタ殿。案内頂けると助かります。まだ、この街には疎いもので」


 それを切っ掛けにセレスタは、彼を連れて目的の場所へ向かった……。




 セレスタがユーリを連れて、執務室に続く廊下を歩いている。その先の部屋では、開け放たれた扉を囲む、少なくない人の姿がみえていた。

 歩みを進める先の入口付近の男に、セレスタは当然の様に声かけていく。


「ヴィニー。どんな感じです?」

「あっ、セレスタさん。お疲れっす」

「余裕ですね。ヴィニー」


 セレスタに余裕と言われたヴィニーも、自分を作れていないので全く余裕ではない。更に、セレスタの何か吹っ切れた顔に「いっ」となっていた。


 ニコラスに何とかしろと言われて、彼はここまで来ていた。そこで、グレアムを呼びに走ったブラットとすれ違い、この場に立つ事になったのだ。

 しかし、本当に何も出来ないといった感じになっている。


 その様子を見ていた。ユーリ・ベーリットは、彼の言葉使を聞いて手を軽く叩く。そして、ティン=スヴァトスラフ・ティーン=レントベルフの事を思い出した。


 ――『あれっすよ』他にもいるんだなそんなやつ。


 彼の思考を砕く声が、部屋の中から聞こえてきた。勿論、クローゼとキーナの声である。


「それならば、代行の職を辞させて頂くほか――」

「それと此れとは違うだろ」

「各々に適当な事を言われるのでは、代行職などできないと申し上げている」

「何で、急にそうなるんだ――」

「今回の件は……」


 聞こえて来る言葉から、何時もと違う流れ。周りはそう認識していた。

 いつもなら、状況を把握した領主代行が領主の行動を咎めて、領主の彼が反省するという図式が成立する。それで関わった者も、当然怒られて終わる。


 毎回そんな感じだった。


 ただ、領主代行のキーナ・サザーランド士爵にすれば、今回の戴冠式の件は、先程聞いたばかりだった。


 彼女にも、何となく噛み合わない感じがずっとあった。その為に、今は引き際が分からない。クローゼもそんな感じになっていた。


 そんな彼女は、目の前の主君を見て思う。


 ――彼の手は限り無く広い――


 ――ジルクドヴルムだけでも、彼の思いを具体化する為にはやるべき事が山積みだった。

 そして、魔王の一件で、自分の判断が正しかったと思えた。多少……無茶苦茶な事になったけれど。


 自分が仕える彼は、この街程度でおさまる器では無い事。いや、ヴァンダリアはおろか、王国内でも狭いのではないのかと。……その判断が間違って無いと思えた。

 その彼の行動の一端を、彼自身に乞われて助ける事が出来ている事に、少なからず心地さがあることを自覚している。


 だから、尚更きちんと送り出したい。無茶苦茶でも構わない。そうすると主である彼が言えば、自分の狭い手を目一杯広げて努力してみせる。

 彼はこの街から王国を越えて、エストテア王国に、魔王までも手を広げている。


 その上で、彼は正道を行くと……その決意を起こした事態は、驚きを通り越して衝撃だった。

 ヴァンダリアに列する者全てが、そうだったと思われる。そこには、怒り意の以外の道が無かった様に思えた。しかし、自身の主は精悍さを見せた……



「……逞しくなったものだ」


 投げ合う言葉の隙間に、彼女は呟きを入れた。誰も口を出せない空気に、終演の兆しを彼女は感じている。

 そんな彼女に映る、クローゼの雰囲気が変わるのがその場に広がった。


 ――出した言葉戻らない――


「そこまで言うなら」とクローゼの声がして、キーナは仕方が無いと感じた。そして、あきらめの気持ちが体を抜けるのが分かる。その時だった。



「騒がしいですな。お二方」


 入口の所で大きな男の声がした。文字通り大きな男グレアム・キャンロム士爵である。


 ブラットを従えて、ヴィニーとハイタッチをさせられて、セレスタに安堵を与える。

 そんな道順を通り、針のむしろのレイナードが振り返って、助かったと呟きそうになった。そんな男が、続けて二人に言葉向ける。


「今日は大事。喧嘩は別の日ですな」


「喧嘩なんかしてない。怒られてるだけだ」

 

 この場で、彼の登場に一番感謝したのは、クローゼだっただろう。ここぞとばかりにいつもの流れに自分を引き戻す。そう、受け入れた言葉を彼女は覆さない。しかし。その彼女は尚も食い下がる。


「喧嘩ではない。その大事の事を話している」


「御領主。こちらは準備万端ですな。それで、領主代行殿。原因が今日の話なら、私が伝え忘れた様ですな。申し訳ない」


 ゆっくりとした口調で、彼等の喧嘩の否定を軽く流す。グレアムはそんな言い方をした。


 そうして、当たり前の様にこう付け加えた。


「対魔王用の装備は駄目でしたか。まあ、今からでは 間に合いませんですな。仕方ないので我慢してください」


 わざとらしいそんな話。関係ないのだが、装備品に関しては彼の管轄であった、というだけだ。

 それに突然クローゼが、選択肢をせばめる様に乗っかっていく。


「それでは仕方ない。それならそれで行っても問題無いなキーナ・サザーラント士爵」


 クローゼの側近の内。キーナが唯一折れることが出来る相手の言葉に、彼女の主の言葉がのっている。


「それに関しては問題無い。だが、そんな話でわ」


 弱々しい反響をキーナは言葉にのせたが、それを打ち消す様に言葉が連なった。


「その装備なら問題ないかと」

「それなら、問題ないだろ…と」

「それで、良いっすよ」

「キーナさん。それで大丈夫です」


 その言葉達の最後の「ですな」で、キーナは定位置で姿勢を正していた。そして、見下ろされる形になったクローゼに気持ちを向ける。


「御意に。……それなら問題ありません」


 彼女の肯定を聞いて、クローゼは「後は任せた」と言葉を残してその場を後にする。


 その清々しい後ろ姿が、その場に残った者にどんな印象を与えたか分からない。


 その中で、領主代行は、改めて先程の思いを返していた。



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