八~序曲……ジルクドヴルム~
冒険者始まりの街――ジルクドヴルム。ここ何年かの内、イグラルード王国で一番様相を変えた街と言える。そう、多種多様の面持ちを見せる場所になっていた。
そこは、冒険者が集まり商人があふれ、匠の技を持つの者がその力を振るう所。
また、魔法がある世界で、魔術に携わる者と魔法とは異なるを生業とする人々が集う街になる。
そしてクローゼが、本格的に拠点とした『王国の建国当初』に玉座が置かれた事もある、歴史と伝統のある街であった。
ただ、彼がクローゼとしてそこに立った時には、歴史の流れに埋もれて、衰退の文字を浮べていた。
その『衰退か倦怠か』を、彼は大胆かつ整然と作り変えていく。そして、それは今も尚続いている。
彼の目から変わり行く街並みは、知識を満たす物だった。それは、この世界のから見れば、異質のものだと言えよう。
そんな特異な街で、午後に向かう極光――日射し――が昇る中、領主たる、クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアが現れる場所には、多くの人が集まっている。
「セレスタ。程ほどだぞ」
「そんな事は無理です」
「セレスタ様。ここであまり怒ると代行の所に行く前に、領主様が終わってしまいます」
精悍な顔で腕を組んだまま、その場所を見つめるセレスタに、レイナードとブラットが嗜めを向ける。それを、その場に集まる軍装の者達も、どうなるのかと言う顔で彼女を見ていた。
「それはそれです。キーナさんも今回は、しおらくしくなっても止めないと言ってますから」
「そうだけどよ。いつもの事だぞ」
「でも、今回はやばいですって。代行……目が据わてましたから。だからセレスタ様お願いします」
尚も食い下がる、セレスタに向けられる言葉に、彼女は一段大きい声を返していた。
「だったら尚更です。正道を説いたクローゼが、それをしたら駄目なのは分かるでしょう。どんなつもりなのか分からないけれど、その道を行くのに皆が命を掛けるのです。だから、いつもの事で済ませて良い訳はないのです」
セレスタの言葉に、その場のそれぞれが思いのせていた。そんな雰囲気が漂った。
何故こんな事になっているのか? というのは、グランザから連絡があったからだ。仕方なく容認した彼は、事の次第をジルクドヴルムに入れたのである。
それと前後して、装備を整える為にクローゼがやって来ると連絡があった。その為、ジルクドヴルムの城壁内に転移可能な、いつもの場所で彼女達は、待ち構えているという事になる。
そこを限定された場所と言う点で考えれば、城塞都市ヴァリアント程では無いが、ジルクドヴルムも城壁に対魔力防護の措置はとられている。
その為、何処にでも転移が出来るという訳では無かった……
――対魔力防護を基準に考えると、その他の街はそれほどではない。例えそれが王都であれど同じだった。
城壁全体に施す様な、対魔力防護の有り無しについては、元々都市を揺るがす程の魔法などが簡単に出来るものではない。その前提で、対策などは考慮されないのが、有無のその要因の一つでもあった。
ただ、魔法、所謂、魔動術式に関する点で言えば、ヴァンダリアは王国でも屈指の水準を誇る。寧ろ、王国を牽引していると言ってもよい。
また、ヴァンダリアの対魔力防護については、ジャン=コラードウェルズ・グラン魔導技師の存在が大きいと言える。
しかし、城塞都市全体にそれを施すとなると、生半な事ではないのも事実だろう。その上で、城塞都市ヴァリアントは強固さを実現している。
それは、クローゼの父であるハンネスの見識と先見性により、ヴァンダリアにもたらされ、彼の人となりによって培われた物になる。
当然、ヴァンダリアの『紡がれた力』であるのは言うまでもない――
城塞都市ヴァリアントから、ジルクドヴルムに向けて、問題の人物が転位型魔装具でやって来た。勿論、その場状況など知らずにである。
微かな魔力の揺らぎとともに、少し大きめな魔方陣が、その場所に唐突に展開する。そして、それが地面に重なって二人の人物が現れてきた。
「うぇ、き、気持ち悪いです。頭がくらくらする」
「初めては皆そうさ。レイナードなんて吐いたからな。それで、二度とやらないとか言っておいて、フローラとお揃いでこれを……」
転移魔法――転位型魔装具――という初めての体験で同行者のユーリが前屈みになる。
彼に手をかけていたクローゼは、体がそれで流されて彼の方に向いた。そして、彼の表情に気が付いて言葉を止める。
「どうした?」
「た、隊長。……でなくてセレスタさん!」
クローゼは自分の言葉に、声を出したユーリの視線の先を見る。そこには腕を組んだセレスタが、彼の認識で言えば、怒っている時の顔を彼に向けていた。二人の視線が合わさって、セレスタが先に声かけた。
「領主。……領主代行がお待ちです。宜しいか」
「えっ。あ。良いぞ。……セレスタなんで?」
掛けられた声の向こう側に、小隊規模ではきかない軍装の人と見馴れた者の顔に、クローゼは気が付く。
そして、状況を余り理解出来ていなかった。
「なんだ、普通じゃねぇか」
「レイナード。何でいるんだよ」
「領主代行から、領主様の拘束命令が出てます」
普通なセレスタの後ろ姿を見て、レイナードが普通の雰囲気をみせる。
それに、クローゼは見たままの疑問を投げて、隣のブラットから、代行が領主を拘束する旨の些か『普通でない』言葉を聞いていた。
ただ、セレスタは当たり前の顔を見せている。
「二人共、余計な事はいいです。お連れしなさい」
彼女の言葉に、二人はクローゼに近付く。そして、有無を言わさぬ勢いで彼の両脇を固めていた。
その状況に、うろたえ気味のクローゼが、二人の顔を交互に見て抵抗の言葉を出した。
「なんだよ、ちょっと待てって」
「諦めて下さい。もう、バレてます」
「諦めろクローゼ。今回のはあれだ」
そんな会話をしながら、クローゼは彼等に引きずられる様にその場を後にする。
――ある種の抵抗出来ない相手にされた。『無体なそれ』は、幸いな事に領民の目にはとまる事は無かった――
因みにレイナードはキーナに、彼を殴り倒してでも連れて来る様に言われていたが、それはクローゼには言わなかった。
その様子をセレスタは確認して、集まっていた者達に事後の指示をしてその場をおさめる。
そして呆然とするユーリに、先程までの精悍で毅然ではない顔で視線を向ける。そして、そのまま彼女から、唐突に出される言葉が続く。
「ユーリ。何故、あなたがここに? ……えっとですね。ああ、クローゼに。……いえ、男爵に連れて来られたとか、そう言う事では無くて。その意味です。いえ、どうしてか……そう、どんな理由でと言うのを聞いているのです。それです。だから……」
「セレスタさん。落ち着いてください。どうしたんですか? ちゃんと分かりますよ」
あからさまに変な感じの彼女に、言葉の途中でユーベンが口を挟んでいた。
セレスタはその声に「はっ」として、瞬間彼女は自分の胸に手を当てて、もう片方の手でちょっと待っての仕草をユーリに向けた。
そして、『大丈夫、大丈夫』と言わんばかりに息を整えている。そんな様子がユーリに伝わっていた。
「らしくないですよ。ちょっと意外ですね」
「ごめんなさい。少し集中が切れたみたい。平気だと思ったのだけれど。……ちょっと待って」
少し間をおいたユーリの声に、彼女はそう答えをを返していた。声をかけた側は、言葉通りの顔をして彼女の様子を見ている。
僅かな期間であったが、彼は彼女を補佐していた。そして、彼女と彼等の間には経過した時間よりは、密度の高い関係があった。
そんなユーリが言った、彼女らしくない事。
彼女の『らしくない』は時折おこる。いや、起こっていた。落ち着きを欠く、動揺する様な感じなる。彼女は、それを自身でも意識はしていた。
――彼の事だと、時々こうなってしまう――
彼女がクローゼ付きを命じられてからは、それほどではなかった。ただ、彼女自身が思い出すのを躊躇する『あの出来事』から、数ヶ月は自覚出来るほどだったと言える。
セレスタも、何故そうなるのかは分からない。
しかし、彼女が彼の事クローゼと呼ぶようになってから、それほどたってはいないが、またそんな感じの自覚が少なからず彼女にはあった。
単純に、彼らの距離は無くなったと言っていい。セレスタもそれは認めている事に思う。
その上で、彼女の思いを述べるならこうなる。
――クローゼがどんな境遇なのかを彼女は聞いた。それは初めて彼が、自分がクローゼなんだと言った時よりも驚きだった。
それでも理解は出来た。その事で、彼に対する見方が変わった訳ではもない。
想いのそれも……向けられる気持ちも心地よく感じる。だけど、これから彼がどこに向かうか分からない。
大事な部分で、彼を分かってあげれらない。そんな自分が嫌だ。
彼女感覚ならそうなるのだろう……。
「……少しは落ち着きましたか、セレスタさん?」
ユーリの問い掛けに、セレスタの『らしくない』は唐突に途切れる。そして彼女は、かけられた言葉の先に、気持ちを戻すように彼を見ていた。
そんな様子をユーリは、何と無く心配そうに見ている。
彼の感覚で言えば、彼女は強い人だった。幾度も皆が諦めてしまいそうな状況でも、彼女は折れなかった。そんなセレスタを、仲間達も分かりやすく信頼していた。
しかし、目の前その人は少し違った感じがしている。と彼は思っていた。
「ええ、大丈夫です」
はっきりとした顔で、言葉を出したセレスタに、ユーリは一呼吸おいて、彼女が始めに意図した言葉に答える。
「では、ご質問の答えを。先程、ヴルム男爵閣下より副官の任を拝命致しました。と言う事で、副官なら同行が当たり前と仰ったので、此所に」
「えっ、副官ですか?」
「はい。臨時で代行ではありますが、そう言う事になりました」
簡単に、そう答えたユーリの物怖じしない感じは、エストテアからの帰路で、セレスタも分かっていた。
それでも、他国の彼にそれを任せるクローゼの気持ちは分からなかった。
そんな思いからか、怪訝な顔をしているセレスタに、ユーリは続けてこう言った。
「ユーベン解放までの期限付きですけれど。成り行きなんですが、なんというか……」
「何です?」
「まあ、なんと言いますか。ヴルム男爵は御領主ですので、軍権も御持ちかと思います。なので副官で良いのかも知れませんけど。ただ、特務外交官待遇兼任臨時副官代行という私の肩書きは、違和感しかありませんね」
ユーリの立場を現した言葉を聞いて、セレスタはクローゼの感じか出ていると思った。それで、何と無くセレスタの納得した感じが起こり、ユーリは続けて声をかける。
「それに、他国の者を従者ならまだしも、官史と明言して任官するのも些かどうかと。まあ、口頭での個人的な事で有ると理解はしましたけど。それに、先程言いましたが成り行きで、あの場の雰囲気では私が話さないと終わりそうにも無かったので。と言いますか、もう誰もいませんが宜しいですか。セレスタ殿?」
淡々とした彼の言葉に、落ち着きを戻していたセレスタは、僅かにそれを心地良いとも感じていた。
そして、最後の言葉に現状を思いだし「あっ」とした顔した。
「セレスタ殿。案内頂けると助かります。まだ、この街には疎いもので」
それを切っ掛けにセレスタは、彼を連れて目的の場所へ向かった……。
セレスタがユーリを連れて、執務室に続く廊下を歩いている。その先の部屋では、開け放たれた扉を囲む、少なくない人の姿がみえていた。
歩みを進める先の入口付近の男に、セレスタは当然の様に声かけていく。
「ヴィニー。どんな感じです?」
「あっ、セレスタさん。お疲れっす」
「余裕ですね。ヴィニー」
セレスタに余裕と言われたヴィニーも、自分を作れていないので全く余裕ではない。更に、セレスタの何か吹っ切れた顔に「いっ」となっていた。
ニコラスに何とかしろと言われて、彼はここまで来ていた。そこで、グレアムを呼びに走ったブラットとすれ違い、この場に立つ事になったのだ。
しかし、本当に何も出来ないといった感じになっている。
その様子を見ていた。ユーリ・ベーリットは、彼の言葉使を聞いて手を軽く叩く。そして、ティン=スヴァトスラフ・ティーン=レントベルフの事を思い出した。
――『あれっすよ』他にもいるんだなそんなやつ。
彼の思考を砕く声が、部屋の中から聞こえてきた。勿論、クローゼとキーナの声である。
「それならば、代行の職を辞させて頂くほか――」
「それと此れとは違うだろ」
「各々に適当な事を言われるのでは、代行職などできないと申し上げている」
「何で、急にそうなるんだ――」
「今回の件は……」
聞こえて来る言葉から、何時もと違う流れ。周りはそう認識していた。
いつもなら、状況を把握した領主代行が領主の行動を咎めて、領主の彼が反省するという図式が成立する。それで関わった者も、当然怒られて終わる。
毎回そんな感じだった。
ただ、領主代行のキーナ・サザーランド士爵にすれば、今回の戴冠式の件は、先程聞いたばかりだった。
彼女にも、何となく噛み合わない感じがずっとあった。その為に、今は引き際が分からない。クローゼもそんな感じになっていた。
そんな彼女は、目の前の主君を見て思う。
――彼の手は限り無く広い――
――ジルクドヴルムだけでも、彼の思いを具体化する為にはやるべき事が山積みだった。
そして、魔王の一件で、自分の判断が正しかったと思えた。多少……無茶苦茶な事になったけれど。
自分が仕える彼は、この街程度でおさまる器では無い事。いや、ヴァンダリアはおろか、王国内でも狭いのではないのかと。……その判断が間違って無いと思えた。
その彼の行動の一端を、彼自身に乞われて助ける事が出来ている事に、少なからず心地さがあることを自覚している。
だから、尚更きちんと送り出したい。無茶苦茶でも構わない。そうすると主である彼が言えば、自分の狭い手を目一杯広げて努力してみせる。
彼はこの街から王国を越えて、エストテア王国に、魔王までも手を広げている。
その上で、彼は正道を行くと……その決意を起こした事態は、驚きを通り越して衝撃だった。
ヴァンダリアに列する者全てが、そうだったと思われる。そこには、怒り意の以外の道が無かった様に思えた。しかし、自身の主は精悍さを見せた……
「……逞しくなったものだ」
投げ合う言葉の隙間に、彼女は呟きを入れた。誰も口を出せない空気に、終演の兆しを彼女は感じている。
そんな彼女に映る、クローゼの雰囲気が変わるのがその場に広がった。
――出した言葉戻らない――
「そこまで言うなら」とクローゼの声がして、キーナは仕方が無いと感じた。そして、あきらめの気持ちが体を抜けるのが分かる。その時だった。
「騒がしいですな。お二方」
入口の所で大きな男の声がした。文字通り大きな男グレアム・キャンロム士爵である。
ブラットを従えて、ヴィニーとハイタッチをさせられて、セレスタに安堵を与える。
そんな道順を通り、針のむしろのレイナードが振り返って、助かったと呟きそうになった。そんな男が、続けて二人に言葉向ける。
「今日は大事。喧嘩は別の日ですな」
「喧嘩なんかしてない。怒られてるだけだ」
この場で、彼の登場に一番感謝したのは、クローゼだっただろう。ここぞとばかりにいつもの流れに自分を引き戻す。そう、受け入れた言葉を彼女は覆さない。しかし。その彼女は尚も食い下がる。
「喧嘩ではない。その大事の事を話している」
「御領主。こちらは準備万端ですな。それで、領主代行殿。原因が今日の話なら、私が伝え忘れた様ですな。申し訳ない」
ゆっくりとした口調で、彼等の喧嘩の否定を軽く流す。グレアムはそんな言い方をした。
そうして、当たり前の様にこう付け加えた。
「対魔王用の装備は駄目でしたか。まあ、今からでは 間に合いませんですな。仕方ないので我慢してください」
わざとらしいそんな話。関係ないのだが、装備品に関しては彼の管轄であった、というだけだ。
それに突然クローゼが、選択肢をせばめる様に乗っかっていく。
「それでは仕方ない。それならそれで行っても問題無いなキーナ・サザーラント士爵」
クローゼの側近の内。キーナが唯一折れることが出来る相手の言葉に、彼女の主の言葉がのっている。
「それに関しては問題無い。だが、そんな話でわ」
弱々しい反響をキーナは言葉にのせたが、それを打ち消す様に言葉が連なった。
「その装備なら問題ないかと」
「それなら、問題ないだろ…と」
「それで、良いっすよ」
「キーナさん。それで大丈夫です」
その言葉達の最後の「ですな」で、キーナは定位置で姿勢を正していた。そして、見下ろされる形になったクローゼに気持ちを向ける。
「御意に。……それなら問題ありません」
彼女の肯定を聞いて、クローゼは「後は任せた」と言葉を残してその場を後にする。
その清々しい後ろ姿が、その場に残った者にどんな印象を与えたか分からない。
その中で、領主代行は、改めて先程の思いを返していた。




